41話 聖女たちの檻
薄暗い部屋から出されると、ティアは部屋の寒さが残る腕を振り払うように一歩踏み出した。連れられたのは、パイプ椅子とモニターのみが置かれた、冷たく無機質な部屋。壁はコンクリート打ちっぱなしで、換気扇の低い唸りだけが響いている。
すでに両脇には「愉快なお仲間」が座っていた。恒例のブリーフィングの始まりだ。
レア・ベータは、何がおかしいのか知らないが、普段と変わらない穏やかな微笑みを浮かべている。そのアイスブルーの瞳には、一切の迷いがない。まるでガラス玉のように透き通っていて、無垢だ。対照的に、ヴィー・ガンマはパイプ椅子に無造作にもたれ、苛立たしげに椅子をガタガタと揺らしていた。その鋭い眼光は、飢えた獣のようだ。
モニターが映ると、そこに現れたのはシルエットしかわからないように加工された人物。さらに、その声も男性か女性かも判別がつかないように、機械的に加工されていた。
(いつも思うが、ここまで加工するなら画面に映す意味があるのだろうか)
ティアは内心で冷ややかに毒づいた。命令書を投げてよこす方が手間がないだろうが、両脇のお仲間がそれを読んで内容を正しく理解できるかはかなり怪しい。結局、この回りくどいやり方が、「管理側」にとって一番無難なのだ。
メッセンジャーから伝えられたのは、「ザ・キングス・テスタメント」への襲撃命令だった。
「任務の特性を考えると、ティア。あなたが一番適正だと思われます」
その言葉を聞くや否や、ヴィーは椅子から跳ね起きるように身を乗り出した。ショートボブの黒髪が乱れるのも気にせず、食いつくような目でモニターを睨む。
「おいおい、ターゲットは『ケラウノス』だろう? 俺を呼ばないなんてつれねぇじゃねぇか!」
ヴィーは芝居がかった様子で抗議する。一度殺されかけた相手だから、復讐がしたいのだろう。「ケラウノス」というのは、公式にはクルセイダーと呼ばれるドレスにつけられたコードネームだ。2年ほど前から戦場に介入してくる謎のドレスとして、裏の世界で名を挙げていた。ひとたび戦場に現れれば、神の雷霆のように瞬く間に全てを終わらせてしまう苛烈な戦闘スタイルから、そう呼ばれるようになった。今はその正体がナツメ・コードウェルだということが明らかになっている。コンペというお遊戯会に合わせて生温い戦い方をしているものの、動きの癖は完全に一致していた。
(それにしても、この狂犬は命からがら逃げ帰ってきたというのに、なんでこんなにも自信満々なのだろうか)
ティアはヴィーの無尽蔵な自信に呆れを感じる。彼女のその強さは、「知性」の欠如からくるのかもしれない。
メッセンジャーの声は、冷徹にヴィーの抗議を一蹴する。
「正直に言うと、会場の襲撃にはヴァルキュリアが一番適正ですが、あなたでは私怨から任務に支障をきたすと判断されました」
「信頼が厚くて恐れ入るなぁ」
ヴィーは皮肉たっぷりに言い放ち、再び椅子に深くもたれた。苛立ちが収まらないのか、貧乏ゆすりの振動が床に伝わる。
ティアはモニターに向かい、率直な疑問を口にした。
「別に単独で任務にあたる必要はないのでは? 現地には相当数の戦力が集まっていると予想されます」
「もちろんそうだ。サポートはレアについてもらう。ティア、君とて任務に制御不能な暴力装置を持って行きたくはあるまい?」
「お心遣いに感謝いたします」
ティアは静かに返答した。この脳足りんの戦闘狂を連れていくくらいなら、「神の意志」に従うレアを連れていくほうが100倍マシだというのは同意できた。レアは無駄な動きをしない。
「おいティア、別に失敗しても構わねぇぞ。俺が後始末してやっから」
ヴィーがニヤリと笑って声をかけてきた。その目には、勝利への確信と、ナツメ・コードウェルへの悪意が滲んでいる。無視すると後でうるさいので、ティアは視線だけ合わせて小さく嘆息する。
「そのときは好きにしてください」
それを聞いてヴィーは満足そうに顎を引いた。隣では、レアが任務を与えられたことで、喜びを隠しきれない様子で静かに首を垂れている。その金髪のストレートロングが、無機質な部屋の中で微かに揺れていた。
(思うに、ティアがこいつらのように製造されなかったのは悲劇だ)
ティアは、諦観に満ちた目で二人を見た。こいつらのように、与えられた命令だけが世界の全てだと信じるお花畑な頭で生まれていれば、こんな憂鬱な気持ちになることもなかっただろうに。
「それでは、活躍を期待しているよ」
無責任で、感情の伴わない発言とともに通信は打ち切られた。モニターの光が消え、部屋は再び薄暗い蛍光灯の光だけになる。
ヴィーは待ってましたとばかりに、椅子を蹴るように立ち上がり、真っ先に鉄扉の向こうの巣穴に戻っていった。
ティアは立ち上がらず、静かに思考を巡らせた。
(ティアがヴィーの立場なら、血縁者に助けを求めてこんな環境から抜け出すのに)
ヴィーはシオリという臨界者の卵子から生まれており、シオリとナツメ・コードウェルという血縁者がこの世界にいる。血縁関係を頼る、という発想がなぜ彼女にはないのだろうか。そうしないということは、ヴィーにとってこのパンドラでの生き方は、むしろ性に合っているのだろう。
そんな意味のないことを、『比較的ましな頭』で考えたところで、何の解決にもならない。ティアは重い足取りで立ち上がり、自身の独房へと戻っていった。




