39話 戦支度
大変お待たせいたしました。
今日から更新を再開させます。
ザ・キングス・テスタメントへのエントリーを決意してから一週間後、ナツメはシェリーに呼び出され、彼女の自室を訪れていた。
扉を開けて足を踏み入れた瞬間、ナツメは少し息をのんだ。想像していた騎士のストイックな部屋とはかけ離れ、そこは女性らしい華やかな雰囲気で統一されていた。
壁には絵画が飾られ、上品なアンティーク調の家具が並ぶ。窓辺には花が活けられ、甘く柔らかな香りが漂っていた。ナツメは、シェリーの意外な一面に、心が少しだけ跳ねるのを感じた。
「よく来たな、ナツメ。とりあえず座ってくれ」
シェリーは、ナツメに椅子を勧めた。その口調は穏やかだったが、彼女の表情はどこか緊張感を帯びていた。
「どうした、そんなに改まって」
「コンペティションの主催者から、コンタクトがあった。今からテレビ電話で要件を伝えられる」
シェリーの言葉に、部屋を満たしていた和やかな空気は一気に張り詰めたものへと変わった。ナツメはごくりと唾を飲み込み、シェリーの隣に置かれた椅子に腰かける。選択の余地はなく、ただ黙って頷くことしかできなかった。
画面が切り替わると、丁寧に撫で付けられた銀髪と、鋭い眼差しを持つ初老の男性が映し出された。柔和な雰囲気を漂わせる微笑みに反して、その立ち姿には一切の隙がない。
「お初にお目にかかります、私はアラン・スペンサー。ザ・キングス・テスタメントの運営に携わっている者です。この度は、王室からの要請を貴殿に伝えたく、お時間をいただきました」
その威厳ある声に、ナツメは自然と背筋を伸ばす。
「お初にお目にかかります。ナツメ・コードウェルです」
ナツメは簡潔に名乗り、相手の発言を静かに待った。
「簡潔に申し上げますと、ナツメ様のザ・キングス・テスタメントへの選手としての参加は難しいです」
告げられた言葉に、ナツメの胸に落胆が広がる。しかし、どうにも引っかかる物言いに、彼は沈黙を保った。
「このような回答になってしまったことは残念に思われるでしょうが、重ねてこちらからお願いしたい儀がございます」
アランは、ナツメの表情をじっと観察するように見つめながら、言葉を続けた。
「なんでしょうか」
「どうか、今回のコンペティションの見届け人になっていただけないでしょうか。と言いますのも、ザ・キングス・テスタメントは台覧試合です。王族の方々からも、男性ながらにアクトレスのトップに君臨するナツメ様に見届け人をしていただければ箔がつくのではと提案がありました。客観的に考えて、あなたにもそう悪くない話であると考えております」
ナツメとシェリーは、アランの発言に政治的な匂いを嗅ぎ取った。これは単なる要請ではなく、彼らの存在がコンペティションの権威を高めるための「駒」として見られているのだと悟った。ナツメの顔に、苦渋の表情が浮かぶ。
「このことに関して、他の人に話が通っているのですか?」
ナツメの問いに、アランはわずかに口角を上げた。
「ご懸念はもっともかと存じます。キャメロット、ならびにディバイン社にはご承諾を頂いております。ディバイン社を通して聞いた話ではございますが、あなたの『保護者』からは、あなたの判断に委ねると言われているそうですよ」
「保護者」がイノベイターを指すことに、疑いの余地はない。ここでもやはり、私の判断に委ねるのか。胸の奥に、わずかな苛立ちが湧き上がる。計画はもはやこの段階まできてしまえば、ナツメに依存する部分はそう多くはないのだろう。うまく立ち回って目立ってくれれば、それで儲けもの。そう言われているような気がした。
「シェリー……」
ナツメは、どうにもならない状況を抱えながら、苦々しくチームメイトの名を呼んだ。
シェリーは、ナツメの沈んだ表情に気づくと、そっと彼に寄り添う。彼女の瞳には、ほんのわずかに動揺の色が浮かんでいたが、すぐに強い意志の光が宿った。
「門前払いをくらうよりも100倍マシだろう。それに、共に戦えないのは残念だが、我の勝利を見届けてもらうというのも悪くはない」
シェリーは努めて気丈に振る舞い、ナツメの肩をポンと叩いた。その言葉は、ナツメを安心させるとともに、彼女自身の固い決意を示していた。ナツメは、その揺るぎない眼差しを受けて、自身の迷いを断ち切った。
「お心は決まりましたか?」
アランは、二人のやり取りを静かに見守っていた。
「ええ。身に余る栄誉ですが、謹んで拝命いたします」
ナツメが恭しく頭を下げると、老紳士は満足そうに微笑んだ。
「色よい返事がいただけて大変喜ばしく思います。本日はお時間をいただきありがとうございました。詳細は追って連絡させていただきます。なにぶん調整が必要なことが多いもので」
問題なく事が運んだことに満足している様子だった。それから簡単な別れの挨拶を済ませると、通信は切られた。
ナツメは、ほっと息をつき、ソファの背もたれに体を預ける。先ほどの張りつめた空気が嘘のように消え、彼はシェリーに問いかけた。
「なあ、シェリー。見届け人って何をするんだ?」
シェリーは呆れたように肩をすくめた。
「知らん。我に聞くな」
「まあ、あの場で聞いておくべきだったのは確かだ」
ナツメは頭を抱える。彼の様子に、シェリーはくすりと笑った。
「その、力になれなくてすまない」
ナツメは、申し訳なさそうに視線を落とした。
「気に病むことはない。別件で埋め合わせはしてもらうからな。それとは別に、チームメイトとしてエントリーまでの手伝いはしてもらうぞ」
「何をしたらいいんだ?」
「参加メンバーの勧誘だ。ザ・キングス・テスタメントは6人1チームだから、メンバーを揃えねばならん」
ナツメは、その言葉に顔を上げた。
「ああ、なるほど」
----------
久々にエクリプスのチームルームに入ると、そこにはエリとシェリー、そしてカオリがいた。ナツメの顔を見るなり、エリはホッとしたように安堵の表情を見せた。
「ザ・キングス・テスタメントへ、参加してくれないか?」
ナツメの問いかけに、カオリはニヤリと笑った。
「欧州の猛者たちがひしめくコンペなんだろ?腕が鳴るねぇ」
「ありがとう。このコンペが終わったら、正式なチーム加入の手続きをしよう。世間から見たら、それが自然なはずだ」
ナツメの言葉に、カオリは片目を閉じ、冗談めかして言った。
「任せるよ、旦那様♪」
その軽口に、エリから鋭い視線が突き刺さる。カオリはわざとらしく肩をすくめ、エリからナツメへと視線を戻した。
「これであと三人か、あてはあるのか?」
「実力から考えて、アストラルの三人が適当だと考えているんだが、どうだろうか」
ナツメの提案に、シェリーは腕を組み、納得したように頷く。
「そうだな。あの三人が共に戦ってくれるなら、これほど心強いこともないだろう」
「わかった。とりあえずリリアにメッセージを送ってみよう」
ナツメがメッセージを送ってから、一分と経たないうちに、着信が入った。相手はリリアだった。
「リリアか。ずいぶん早いが、メッセージの件か?」
『ナツメからのラブコールだったら、24時間いつだって対応するよ!』
画面から聞こえるリリアの明るい声は、カオリの軽口と違い、彼女の平常運転だった。ナツメは苦笑し、彼女のペースに付き合わずに流す。
「それは心強いな」
『それで、力になれず申し訳ないんだけど、うちからはアンと僕の二人しか参加できそうにないんだ』
「キャシーになにかあったのか?」
ナツメが尋ねると、リリアの声からわずかに笑いが消えた。
『今度詳しく話すけど、アストラルの方針とかキャシーの進退のことで、今軽く修羅場なんだよね、うち』
リリアの言葉に、ナツメは眉をひそめる。
「えっと、それはコンペに参加して大丈夫なのか?」
『大丈夫。大型コンペの参加とか、願ってもないことだからね。特に、今は三人チームのコンペに参加できない状況だから、むしろ助かるよ。キャシーの穴は埋められそうかな?』
「それはこちらでなんとかしよう。メンバーが固まったらまた連絡をする」
『首を長くして待ってるよ』
電話を切ると、ナツメは他のメンバーに視線を巡らせる。
「あと一人、心当たりがある者はいるか?」
しばしの沈黙のあと、カオリが口を開いた。
「実力だけで考えたら、アマネがいいんじゃないか?」
「なるほど。しかし、口説き落とせる勝算はあるのか?」
ナツメの問いに、カオリはにぃと笑った後に、少し眉を寄せた。
「それはお前さんら次第だろうさ。少なくともオレが同席しない方がいいことは確かだな」
「ふん。ならば腕の見せ所だな、ナツメ」
シェリーは、ナツメを挑発するように言った。
「え、私なのか」
ナツメは驚いて自分を指差す。
「我を引き入れたときの手腕、忘れたとは言わさんぞ」
「あんなことそうそうしないからな。あまり期待するなよ?」
----------
しかし、意外にもアマネとは簡単にアポイントがとれた。エクリプスの三人は、疾風迅雷のチームルームを訪れていた。そこには、アマネが一人で出迎えをしていた。
「まあ、楽にしてくれよ。それで、要件はなにかな?」
シェリーは、すぐに用件を伝えることにした。
「単刀直入に言うと、ザ・キングス・テスタメントへ共に参加して欲しい」
アマネは、片方の口角を上げ、不敵に笑う。
「ふーん、構わないけど、交換条件がある」
「なんだろうか?」
シェリーの問いに、アマネはナツメを指差した。
「君が僕と組んで、他のコンペに出てくれればそれでいいよ」
「私か?騒動は知っているだろう。この先どのコンペに出られる保証もない」
「空手形で構わないさ」
アマネはおもむろに立ち上がり、ナツメにゆっくりと近づいた。そして、突然右手が霞む。ナツメの顔面めがけて、鋭い突きが放たれた。
ナツメは、その攻撃をまるで予期していたかのように、事もなげに横からアマネの手を掴み取る。アマネは抵抗を試みたが、ナツメの手は岩のようにピクリとも動かない。
「降参。百華猟乱を退けたという話は、あながち嘘でもないみたいだね」
アマネは、あっさりと攻撃を諦めた。
「ああ、木刀で襲われた件か」
ナツメは、何でもないことのように答えた。
「どんな手品を使ったんだ?」
アマネは、目を丸くして尋ねた。
「? 普通にぶっ飛ばしただけだが?」
「は?」
アマネは信じられないといった表情を浮かべる。その様子に、エリは静かに事実を告げた。
「事実です。カオリは二合で実力差を悟って退きました」
「あの女はドレスがなくても飛びぬけた戦闘力を持っているはずだが」
アマネの言葉に、ナツメは淡々とした口調で、しかし絶対的な真実を突きつけた。
「生身で女性に負けてたら、ドレスで戦い抜いてこれるはずなんてないだろう?」
その言葉は、アマネに覆ることのない絶対の原理を突きつけられているようだった。
「理屈の上ではそうに違いないが……なるほど、おもしろい」
アマネは、ナツメの不遜なまでの自信を、むしろ好ましく思った。彼女の目は、好奇心に輝いていた。
「あなたは私が男性であることを気にしないのか?」
ナツメは、勇気を出して尋ねた。
「うーん。正直に言えば、この容姿をまじまじと見た後だと、君が実は男の子だんなんて言われても全然現実感がないな」
ナツメは、少し肩透かしをくらった気分だった。自身の抱える重い秘密について真剣に尋ねたにもかかわらず、返ってきたのは容姿への言及だけだったからだ。
「なんだい、腑に落ちないって顔に書いてあるよ」
アマネは、ナツメの内心を見透かしたように笑う。
「いや、あなたにとって不都合でないなら、それでいい」
「不都合があればコンペに誘ったりなんてしないさ。むしろ興味津々だ」
アマネの言う「興味」が、カオリのそれとは違い、純粋な強さに対するものであることはナツメにも分かった。それでも、なんだか少しくすぐったい心地だった。
「なんにせよ、これからよろしくね」
「ああ、よろしく頼む。ところで、カオリと組むことに含むものはないのか?」
ナツメの問いに、アマネは冷静に答える。
「んー、敵に回すよりはやりやすいだろう」
ナツメが想定していたよりもカラッとした回答に、彼はひとまず胸をなで下ろした。
「あと、チームメイト二人を差し置いてしまう形になるが、そちらはどうだ?」
「あの二人は本業で忙しいし、それほど僕を束縛する性分でもないさ。気にするほどのことじゃない」
シェリーは、満足そうに頷いた。
「お互いの利害が一致して何よりだ。頼りにさせてもらうぞ」
「僕としては、君とも鎬を削ってみたいけど、まずは肩を並べて栄冠を勝ち取るのも悪くはないね」
こうして、エクリプスはザ・キングス・テスタメントに向けて、頼もしい仲間を得たのだった。
ノクターンでもこのお話を書いてみたので、気になる方は調べていただけますと幸いです。




