37話 審判
翌日、全米を駆け抜けたのは、トランザムの優勝を報じるニュースだけではなかった。
『トランザム・タイトルホルダー襲撃事件』――。
ナツメと、謎の人物が襲撃者に襲われた事件は、瞬く間に報道され、波紋を呼んだ。しかし、イノベイターがその存在を公表し、ナツメの真実が明るみに出ることで、全世界の予想を超えるものとなる。
結局のところ、今回の襲撃事件は世間からナツメへの同情を買い、イノベーターにとっては、あまりにも都合の良い結果となった。エクリプスの3人としては、そのあまりの都合の良さに、いっそマッチポンプを疑ってしまうほどだった。
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ナツメは、ディバイン社の宿舎で待機していた。パシフィック校の判断を含め、世論の動きがつかめるようになるまでは、行方をくらまして、おとなしくする他なかった。
隣に座るエリとシェリーは、不安そうに俯くナツメの手を握った。二人にとって、こんなにも弱さを見せるナツメは、彼の性別が露見して以来だった。
いつかこの日がくることが分かっていながら、今まで命を賭して戦ってきたナツメを思うと、二人は胸が張り裂けそうだった。
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世間の反応は、イノベイターの想定以上に割れていた。ナツメの性別詐称を不正行為だと糾弾する声は当然あった。しかし、女性の中からもナツメを擁護する声は少なくなかった。それは、今までナツメが繰り広げてきたコンペティションでの戦いが、あまりに熱く、彼の実力を疑う余地もなかったからだ。
日本を中心に形成されているナツメファンのコミュニティにも激震が走った。最初は動揺と混乱しかなかったものの、否定的な意見はあまり見られなかった。糾弾する声もあるにはあったが、以前からもぐりこんでいたアンチだとすぐにわかり、ファンサイトを含めたコミュニティから即刻で追放された。
そして、コミュニティで主流を占めた受け止め方は、「むしろあり」だった。もともと中性的な見た目で王子様扱いをされていたのがナツメだ。それが本当に悲劇の王子様だったとわかった時には、何人ものファンが昇天しかけた。その証拠に、ナツメ関連のグッズは急激に高騰していた。
そして、最も反響があったのは、当然男性からだった。男の根本にあるのは、闘争と力への信仰。それを何十年も踏みにじられ続けてきた男たちにとって、ナツメの存在は福音となった。男性でもドレスで戦うことができる。タイトルを勝ち取って頂点に至ることができるという事実は、彼らを酔わせるには十分過ぎた。これらの大きな反響は、偏にナツメがイノベーターの想定を大きく上回る活躍を見せたからに他ならない。
そしてイノベーターから提示されたのは、男性用に開発された「クルセイダー」の情報と、クルセイダーのみによって編成された「クルセイダーズ」の存在だった。この力が、ナツメという特異点だけにもたらされるものではないということが明かされ、世間には止めることのできないムーブメントが巻き起こっていた。
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ナツメが所属するパシフィック校にも当然、問い合わせが殺到した。そして、パシフィック校が下したナツメへの処分は、1ヶ月のコンペティションへの出場停止と、同じく1ヶ月の停学処分という、あまりに形式的なものだった。
どんな力が働いたかといえば、イノベーターはナツメのチームメイトのスポンサーにも手を伸ばし、抱き込んでいたのだ。シェリーのスポンサーであるキャメロットは、この問題への不干渉を早々に表明しており、一方エリとカオリのスポンサーであるクサナギ重工は、ナツメという存在を擁護した。
もともとは、クサナギ重工の上層部は慎重な対応を望んでいた。しかし、テスターであるカオリへの取材があまりにも世間の反応を大きくしてしまったために、自社がスポンサーをしているアクトレスの主張と整合性をとらざるを得なくなったのだ。
「今回の件について、百華猟乱はどのようにお考えですか?」
「むしろなんの問題があるんだ?お前さんらはF1やボクシングで、女性が性別を隠してチャンピオンになったらズルいって非難するのかよ」
初手からあまりの正論が叩きつけられ、どよめく記者たち。
「ドレスコンペにおいて男性が女性に勝つなんて、不正が疑われると思いますが?」
「形式的な質問だってのはわかるんだけどよ。それはコンペの主催者や審判をするパシフィック校、そして何より参加者への侮辱に他ならねぇぞ。そして、オレが闘争を侮辱するものを許さないってのは、世間の皆々様もよーく存じ上げているよな?」
以前より失礼な取材に対して、百華猟乱が苛烈な対応をするというのはよく知られていた。そして、本件への取材をカオリが会場を設けて受けるということが決まってから、メディア関係者の中では事件が起きぬかと危惧する声も多くあった。
「まあ、極論、徹底的に調べりゃいいとは思うさ。誰も後ろ暗いことがなけりゃそれでしまいだ。
「なるほど、それは最もご意見だと存じます。あと、コンペティションでの不正とは別に性別詐称は咎められるべきことだと思いますが、そちらはいかがですか?」
「オレの知る限り、コンペのレギュレーションにもパシフィック校の入学要綱にも性別に関する記述は見当たらなかったがね。まあ、嘘ついてたことに関しては、腹をたててるやつがあいつに直接物申せばいいんじゃねぇの?」
結果として、この正面から正論で叩き返したカオリの取材は、日本の世論に大きな影響を与えた。外部から見て、ナツメと接点のないカオリが擁護したという点も、世間にいい印象を与えた。また、百華猟乱という日ごろから天真爛漫な振る舞いをしている存在が絶妙なバランス感覚で問題に切り込んだということはナツメにとって最大の援護となった。
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そしてドレイク社も、この問題に対して不干渉を表明した。アメリカのドレスメーカー最大手の表明に、世間は大きく反応した。それもそのはずで、キャメロットも表明している不干渉という姿勢は、事実上の容認に他ならなかったからだ。
キャメロットとしては、シェリーの強力なチームメイトが抜けるというのは損失であるし、何よりトランザムの優勝という手土産は、陸戦ドレスメーカーにおいて大変な栄誉になる。技術供与を含めて前々から根回しされていたこともあって、企業としてこの波に乗らないという手はなかった。
一方、ドレイク社は、リリアの件での借りを返すという側面が強い。下手な対応をすれば、ナツメに入れ込んでいるリリアが手ひどく裏切るということは、父親である社長もよく知っているところだった。また、シューティングスターでは土をつけられたが、それを今回の件に乗じて覆そうというのは、企業としての信頼を損ねかねない。勝者であるナツメが世間に受け入れられる方が、最終的に株を落とさないと判断したのが、ドレイク社だった。
バル・ドゥ・ソワールでペアを組んでいたリリアにも、取材の申し込みがあった。援護射撃をしたいのは山々であったが、リリア自身、自制心がきく自信はなかった。父から「大人しくしているならドレイク社から最大限の援護をする」という打診があった際は、理性を働かせて頷く他になかった。今では、メディアの動向を確認しつつも、ナツメの無事を祈るほかなかった。
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そして、ナツメがタイトルを保有することに対して、主催者たちの表明はすべて同じであった。
「正当なコンペティションによってもたらされた結果は覆らない」
それはそうだろう。こんなことで結果が覆るようでは権威の失墜は免れない。ただ、各々の思惑は微妙に異なっていた。
シューティングスターはスポンサーがいるものの名目上の主催はパシフィック校であった。パシフィック校の首脳陣は大いに頭を悩ませたが、前例を作らぬために無難な対応とした。
グランドマスターズは団体戦であり、最も活躍した装者はエリだったため、主催者はこの問題に労力を割くことがそもそも馬鹿らしいと感じていた。
バル・ドゥ・ソワールはアメリカ人2人が優勝したことがそもそも面白くなかった。しかしリリアは良家の子女であり、相方のナツメが実は男で、それも格別な美丈夫であったとあれば話が変わった。ドラマチックなペアは話題性があり、そしてパフォーマンスが空前絶後のものであったとあれば、広告塔としてうまく使ってやることに舵を切るのは当然だった。
そしてトランザムはといえば、「この過酷なレースを前に男女がどうだのそんな些細な問題は全く関係ない。無補給でアメリカを横断するという偉業に、くだらない政治的闘争を持ち込むなど言語道断である」とナツメを批判するものに対して中指を突き立てるキレッキレの対応をした。
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そして……
「ハハッ、まさか男の子だったとはね。それにしてもドレスアクターか、随分洒落た名乗りをしてくれたものだ」
スターリングは先日助けたナツメが自分にだけ一足先にネタ晴らしをしていたことに笑いを抑えられなかった。
スターリングは自分こそがこの差別社会の最前線に立って戦っていると思っていたのでナツメの存在にはド肝を抜かれた。
それでも、あの日お互いがお互いに感銘を受けたということは確かだった。
この数奇な運命に勇気づけられたのが自分一人ではないようにと小さな祈りを捧げてニュースの記事を閉じた。
いよいよナツメの性別が世間に公表されました。
ここからは物語も後半戦になります。




