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3話 シェリー・ブロウニングの場合

基本レギュレーション

ドレスによる模擬戦は、演習用に武装出力を落とした状態で行われる。少々の被弾はエネルギーフィールドで受け止めることができるため、一種のスポーツとして高い人気を誇っている。各部位は被弾判定を受けるとロックされ、使用ができなくなる。また、バイタルエリアや機関部の損傷、エネルギー切れは撃墜判定となる。


--------------------


翌日。学園の広大な屋外訓練場は、午後の日差しを受けて白く輝いていた。中央には模擬戦用のフィールドが広がり、周囲の観客席にはちらほらと生徒が集まり始めている。ナツメとエリは、フィールドに隣接するハンガーで、それぞれの愛機の最終チェックを行っていた。


「まさか、模擬戦になるとは……」


エリは、整備士に最終調整を任せた愛機――淡紅色の長距離支援ドレス「ミラージュ」の傍らで、どこか落ち着かない様子で呟いた。シェリーの威圧感と、あの剣幕を思い出すと、まだ少し気後れしている。

ナツメはそんなエリの様子に気づき、静かに振り返った。オフホワイトのクルセイダーは、すでに最終調整を終え、その雄姿を誇示するようにハンガーの中央に立っている。


「心配いらない。エリと二人なら、大丈夫だ」


ナツメの声は、まるで澄んだ泉のように落ち着いていた。その涼やかな瞳が、真っ直ぐにエリを捉える。そこには、揺るぎない信頼と、ほんのわずかな優しさが宿っていた。エリはナツメの言葉を受けて、深呼吸した。そうだ、隣にはあのナツメ・コードウェルがいる。この人は自分を認めてくれた。このチャンスを逃すわけにはいかない。エリはギュッと拳を握りしめ、覚悟を固めた。


--------------------


訓練場のブザーがけたたましく鳴り響き、模擬戦の開始を告げた。

フィールド中央。シェリーのドレッドノートは、その暗灰色の巨体に見合わぬ驚異的な初速で、一直線にナツメのクルセイダーへと突進してきた。重装甲が軋む音が聞こえるような迫力だ。地対地を得意とするドレッドノートの圧倒的な突進力は、まさに「現代の重装騎兵」と呼ぶにふさわしい。


しかし、ナツメのクルセイダーは、その突進を受け止めることなく、低い高度を蛇行するように滑空し始めた。同時に、肩部のジェットが最大出力で噴射され、フィールドの地面から大量の砂埃が舞い上がる。それは瞬く間に巨大な砂の壁となり、後方に控えるエリのミラージュの姿を完全に隠蔽した。


「チッ、厄介な……!」


シェリーは舌打ちした。クルセイダーの空戦能力は想定内だったが、まさか砂煙で支援機を隠すとは。ドレッドノートの強みは地面に足が着いていること。空中で不規則に舞うクルセイダーは、シェリーにとって有効打の少ない相手だった。


シェリーは即座にドレッドノートの武装を展開し、機体各所からアンカーをナツメのクルセイダーへと連続で射出した。金属製のワイヤーが空を裂き、白い機体に絡みつこうとする。だが、クルセイダーの装甲は、それらをやすやすと弾き返した。


それでもシェリーは諦めない。二度、三度とアンカーを射出し、ついには一本のワイヤーをクルセイダーの腕部に巻き付けることに成功した。シェリーは笑みを浮かべた。


「捕らえたぞ!」


シェリーはワイヤーを巻き上げ、クルセイダーを地面に引きずり下ろそうとする。一見、ナツメが不利に陥ったように見えたその瞬間、クルセイダーの背部ジェットが轟音を上げて唸りを上げた。


ナツメは拘束されたワイヤーを逆に掴み、ジェットを最大出力で噴かせる。クルセイダーは、ドレッドノートを空中へと釣り上げようと猛烈な推力を発揮した。


「なっ……!?」


シェリーは驚愕した。ドレッドノートは、足裏に備えられたピックで地面を掴み、アンカーのワイヤーを限界まで伸ばして緩めようと抵抗を試みる。しかし、ナツメは一転して距離を詰め、そのままシェリーに肉薄した。クルセイダーがドレッドノートの目の前に迫り、直接組み合いになだれ込む。


力と力がぶつかり合う。両機の装甲が軋み、火花が散る。拮抗する二機の狭間で、エリは冷静だった。類稀なる洞察力で、ナツメの狙いを瞬時に理解する。


「ここだ…!」


エリの瞳が、ドレッドノートのある一点を見つめる。圧倒的な重装甲を誇るドレッドノートだが、唯一、脆弱な部分があった。それは、機体を支え、推進力を生み出す足裏の履帯。周囲は重装甲に覆われてはいるものの、可動部である履帯そのものを完全に覆うのは困難な場所だ。


エリは冷静にミラージュの長距離狙撃ライフルを構えた。スコープを覗き込み、ナツメとシェリーが組み合う中でわずかに露出した履帯の一点に照準を合わせる。そして、引き金を引いた。


「命中!」


乾いた射撃音が響き、ドレッドノートの履帯から小さな火花が散った。続いて二発目。正確無比な射撃が同じ箇所を捉え、ドレッドノートの片足の履帯が完全に機能停止する。駆動音と共に、機体が僅かに傾いだ。


「くっ……!」


シェリーは呻いた。たった二発の狙撃で、片足が走行不能になった。この状態では、ドレッドノートの真価である突進力を発揮することはできない。致命的なダメージだ。シェリーは潔く、降伏の意思表示をした。


--------------------


訓練場のブザーが、模擬戦の終了を告げた。ドレッドノートから降り立ったシェリーは、日焼けした顔に汗を滲ませていた。彼女の瞳は、ナツメとエリを交互に捉えている。


「信じられん……。まさか、ここまでやるとはな、ナツメ・コードウェル」


ナツメの実力は、彼女の期待をはるかに上回っていた。そして、それはエリも同様だった。シェリーの胸には、敗北の悔しさよりも、強者としのぎを削ることができた喜びに満ちていた。


そして、エリに視線を移す。たしかに、あの娘は「弱き者」ではなかった。チャンスが来るまでぐっと堪え、そして一瞬の隙を逃さずに、最も有効な一撃を叩き込む。その立ち回りは、まさに熟練の支援機パイロットのそれだった。シェリーは素直に、エリへの認識を改めた。


ナツメはシェリーに向き直り、わずかに頭を下げた。


「挑発して悪かった。だが、こうでもしないと、君は私達の誘いに乗ってくれなかっただろう?」


シェリーはバツが悪そうに顔を歪ませた。


「……安い挑発だと、わかってはいたさ」


その言葉を聞いたエリは、内心でクスリと笑った。わかっていたのに、プライドを刺激されて乗ってしまうシェリーの単純な一面が、どこか可愛らしく思えたのだ。

ナツメは微笑み、右手を差し出した。


「改めて、シェリー・ブロウニング。我々のチームへようこそ」


シェリーはためらいなくその手を取った。その握手は、確かな力強さに満ちていた。

機体名:ドレッドノート

装者:シェリー・ブロウニング

メインカラー:鉄灰色

スペック:攻撃性能8、防御性能8、運動性能7、継戦能力8、技術的特異性6

特徴:大型に分類される地上用重ドレス。武装は大型滑空砲と無骨な突撃槍、両腕部に装着された炸薬式のパイルバンカー。さらには胸部に射出式のアンカーが2基あり、これを使って登攀したり、敵を捉えたりできる。アンカーで捕らえてからのパイルバンカーのコンビネーションは強力。一見鈍重そうな見た目をしているが、足裏にある無限軌道で走行しており、踵から地面にピックをさして急旋回するなど機動性は低くない。攻撃性能は破壊力や突破力を評価されており、殲滅能力は高くない。総じて一対一や一番槍としての機能に特化された機体といえる。陸戦に振り切り、機体にコストをかけたことで、走攻守のバランスを極めて高い次元で実現したが、技術面で見れば特異な点はあまりない。裏返せばそれは兵器として非常に信頼性が高いともとれる。

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