19話 百華猟乱
字名=タイトルホルダーなど、特に活躍が目覚ましいアクトレスに送られるニックネーム。
カフェテリアで昼食をとるナツメとリリア。学園の騒がしさも、二人にとってはどこか遠いBGMのようだった。リリアは、唐突に切り出した。
「そういえば、ナツメの字名が、公式に『白雷』になったよ」
「そうか」
ナツメは短く返事をした。
「気に入らない?」
リリアが、拗ねたように尋ねる。ナツメは苦笑した。
「いや、聞くたびに恥ずかしい気持ちになるようなものじゃなくて、安心した」
「それって、僕のこと!?」
『蒼穹竜姫』はリリア自身も少しこそばゆく感じるようで、むくれていた。
その時だった。
「少しいいかな、お二人さん」
静かに、しかし有無を言わせぬ声が、二人の背後から響いた。振り向けば、そこに立っていたのは、一人の女性だった。その容姿は、身長170cmほどの長身でありながら、ほどよく筋肉質な体型はしなやかさを感じさせた。黒い長髪を一つに結び、身につけているのは、少し気崩したような着物。その纏う雰囲気は、この学園の誰もと異なる浮世離れしたものだった。
ただものではない。その圧倒的な存在感に、ナツメは反射的に臨戦態勢をとりかけたが、リリアの手前、立ち上がりたい衝動を必死で抑え込んだ。
しかし、リリアは相手の正体に気づいているようで、悪びれもせずに言い放った。
「今は僕がナツメを独り占めしているから、後にしてくれないかな」
「そいつは失礼。逢瀬を邪魔するのは粋じゃないな。少し話をしたいが、改めよう。今日の放課後にでもオレを訪ねてくれると助かる」
闖入者は、男っぽい語調ながらも、その声音と口調からは妙な艶っぽさが漂っていた。
リリアはその回答に満足そうだ。ナツメは相手の圧倒的な存在感を無視することはできず、承諾した。
「……分かった」
「邪魔したな」
来やすくそう言うと、女は後ろ手を振りながら、軽やかに去っていった。
「誰だか知っているのか?」
ナツメが問うと、リリアは胡乱げな顔をした後、告げた。
「あれが、百華猟乱、カオリ・タチバナだよ。パシフィック最強のアクトレス」
パシフィック最強。その言葉に、ナツメは驚きを隠せなかった。
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場面は変わって、放課後のチームルーム。
ナツメはエリとシェリーに、今からカオリの元へ行くことを伝えた。
「カオリのところへ?」
エリは間髪入れずに同行を申し出た。
「私も同行します」
ナツメは、訝しみながらも承諾した。
「分かった。……シェリーはどうする?」
ナツメの視線を受けたシェリーは、なし崩し的についていくことにした。
カオリがタイトル保持者特権で専有している格納庫へと向かう、エクリプスの三人。重厚な扉を開くと、パシフィック最強のドレス「朱羅」が鎮座していた。その傍らで、カオリは彼らを待っていた。
「よくきたな。それじゃ、さっそく」
カオリは挨拶もそこそこに、手にした木刀でナツメに切りかかった。その動きは、常人では反応すらできないほどの速度と鋭さだった。
ナツメは避けるどころか、一歩踏み込んで振り降ろされる前の肘を片手で受け止め、容赦なくカオリの顔面に拳を振るう。
カオリは咄嗟に右に躱して距離を取った。
「そんじゃこいつはどうかな」
カオリはそう言うと、今度はエリをめがけて突進しながら、突きを放とうとする。エリは驚き目を見開くことしかできなかったが、ナツメが動いたのはそれよりも早かった。人間離れした瞬発力で横合いからカオリに突進し、吹き飛ばす。カオリは、見事に受け身を取って構えなおした。
カオリは、心底満足そうに言った。
「予想以上だ。いや、これ以上ないと言ってもいい」
しかし、ナツメはゾッとするほど低い声で、警告を発した。
「次はない」
シェリーは、エリを背中に庇いつつも、仲間を襲われたナツメの怒気とその戦闘能力に圧倒されていた。
カオリは、木刀を置き、両手を合わせて謝罪した。
「すまねぇ、悪かった。危害を加えたいわけじゃなかったんだ。どうにも強者と手合わせするのだけは我慢できなくて、いけない」
その態度には、どこか食えない、掴みどころのない胡散臭さが漂っていた。
「ナツメさんの本気を見たいという気持ちはわかりますが、何もわたしを狙うことはなかったんじゃないですか」
エリは、ため息交じりに非難した。その気安い口調から、カオリとエリには面識があることが窺える。
カオリは、両手を合わせてエリに謝り倒した。
「すまねぇ、この通りだ。エリからも彼に口添えしてくれねぇか」
エリは、呆れながらもカオリの発言に気づき、固まった。今、『彼』と言ったか?
「なんでぇ、知らなかったのか?」
カオリが、あっけらかんと問う。エリとナツメは、肯定も否定もできず、押し黙った。しかし、シェリーは開き直ったように、問い返した。
「なぜ、わかった?」
カオリは、何でもないことのように答えた。
「そんなもん、骨格と体の動かし方みりゃわかんだろ」
「……相変わらず、ぶっ飛んでますね」
エリが、呆れたように呟いた。
「立ち話もなんだろ。かけな」
カオリはそう言うと、手際よく茶を淹れて、三人に振る舞った。その動きは、先ほどの戦闘狂の姿とは打って変わって、品格のある所作だった。
「いやぁ、しかし……しばらく見ねぇうちに見違えたね、お前さん」
どこか嬉しそうに、カオリはエリに話しかけた。
「追いかける背中は遠いですから」
エリが淡々と返すのに対し、カオリはまた嬉しそうに笑った。
「2人はどういう関係なのだ?」
「スポンサー企業が同じなんですよ。こんな人と比べられるなんて堪ったものではありませんが」
シェリーのもっともな問いに対してエリは簡潔に答える。カオリは褒められたと思ってニコニコしていた。
ナツメは、理解が及ばない状況に、何から聞いたらいいものか頭を抱えた。しかし、とりあえず呼び出した用件をカオリに尋ねることにした。
「それで、私を呼び出した用件は何だ?」
「えぇ、呼びつけた用件かい?人前で言うのもなんだか締まらないねぇ」
大雑把そうな印象に反して、用件を伝えることを渋るカオリ。
「なにか不都合でも?」
エリが詰めると、カオリは要領を得ない答えを返した。
「いやぁ、オレの心持の問題さ」
カオリはブツブツと独り言を続ける。「まあ、仕方ないか。せっかくご足労いただいたんだ。もじもじして待たせるのも筋じゃねぇか……」
そして、カオリは居ずまいを正し、ナツメをまっすぐ見つめた。その瞳には、先ほどの戦闘狂の熱とは異なる、真剣な光が宿っていた。
「ナツメ・コードウェル」
告げられた名前に、ナツメはごくりと唾を飲み込んだ。
「結婚を前提に、オレと交際してくれねぇか」
その真剣な告白に、エリは飲んでいたお茶が喉に入り、激しく咽た。ナツメは理解が追い付かず、ぽかんとしている。シェリーは、この状況を静かに見守っていた。
「悪い話じゃないと思うぜ。オレはこう見えて、尽くす女なんだ」
カオリは自信満々に言い放った。
「なにが目的ですか!?」
慌てるエリに、カオリは呆れたように返した。
「なんでもなにも、好みの男がいたら、他の女にとられる前に唾つけんだろ、普通」
「好みって、あなたナツメさんのなにを知っているんですか!」
憤慨するエリに、カオリは身も蓋もない答えをした。
「オレより強ぇ。あと、面がいい」
「あなたという人は!」
エリがむきになる。カオリは、そんなエリを一瞥すると、妖艶な仕草でナツメに尋ねた。
「それで、答えは?」
ナツメは、顔を真っ赤にしながら答える。
「お互いのことをもっと知るまで、お答えすることはできません」
エリは、そのナツメの姿にやきもきしたが、これ以上割って入ることができず、二人のやり取りを見守るしかなかった。
「そりゃあそうか!」
カオリは豪放磊落に笑った。
「それじゃあ、『でぇと』をしねぇとな」
ナツメはしどろもどろになる。そんな彼をよそに、シェリーは静かにカオリに尋ねた。
「貴殿よりもナツメは強いと?」
「あん?少なくとも生身じゃそうだろ。ドレスなんかは知ったこっちゃねぇが、多分真剣でやったら勝負がつかねぇだろうし」
カオリの答えに、息を飲むエリとシェリー。パシフィック最強のアクトレスが、ナツメの実力をここまで高く評価していることに、改めて驚愕した。
その場はお開きになったが、カオリは去り際に、ナツメの耳元に唇を寄せた。
「お前さんを口説き落とすためだったら、『なんでも』するから、気軽に声をかけてくれよ」
その声は、艶めかしくナツメの鼓膜を震わせた。




