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18話 イノベイター

ナツメは、まず自身の出自を話すことにした。その前に、「イノベイター」と呼ばれる男性復権主義者のことを説明する必要がある。

彼らは、男性もドレスを使用することによって、政治的、軍事的な力を取り戻すことを目標として掲げている組織だ。女性やドレスの排除を目的としていないぶん、排斥派と比べると穏やかな組織だと言える。その存在をナツメは2人に明かした。


「私は、とある臨界者の卵子を人工授精させて生み出された存在だ」


ナツメの口から告げられた事実に、エリとシェリーは息を呑んだ。


「その後、私は最高のアクターとなるべく育てられた。クルセイダーも、男性が使用する前提で最も運用がしやすいように設計されている」


ナツメは淡々と語る。その言葉は、彼の存在が単なる個人ではなく、ある計画のために「造られた」ものであることを示していた。


シェリーは、じっとナツメの目を見つめた。


「ナツメ自身の考えを問う。男性が力を取り戻した社会が望みなのか?」


ナツメは、わずかに視線を伏せた。


「……未だ明確な答えは見つけられていない。性によって差別されるこの社会がいいものとは思えないが、それを変える手段が暴力的であってはならないと考えている。今わかるのは、それだけだ」


エリは、ナツメが生まれた環境によって思想を染め上げられていないことに、心底安堵した。しかし、同時に、政治的な目的のために人間を生み出し、その人生を使いつぶすかのようなイノベイターの行いに、深い嫌悪感を抱いた。


シェリーは、ナツメの待遇について問いかけた。


「目に見えるような虐待や拷問はない。ただ……この計画のために造られたのが、私一人であるはずがない。だが、ついぞ私以外の被験者に会うことはなかった」


ナツメの声には、わずかな寂しさが滲んでいた。


エリは、核心に触れる質問をぶつけた。


「ナツメさんが女装して、このパシフィック校に入学している目的は?」


ナツメは、隠すことなく答えた。


「このパシフィック校で実績を積み上げて名声を得た後、私の正体を明かすのがイノベイターの目的だ」


エリは、すかさず、しかし強い意志をもって、ナツメの性的指向について問うた。


「あの……ナツメさんの性的指向は、どちらですか?」


ナツメは予想していなかった質問に、驚きで目を見開いた。わずかに頬を染めながら、答える。


「……女性が好きだ」


それを聞いたエリは、心の中でひそかに喜んだ。


エリは、さらに追及した。


「それなら、日曜日は一体何をしていたんですか?」


ナツメは、正直に告げた。


「本当に、毎週ずっと部屋に引きこもっている」


「それはなぜ?」


エリは、純粋な気持ちでその理由を問うた。


ナツメは、両手で顔を覆いながら、呻くように言った。


「……どうしても、今答えないといけないか?」


シェリーは、善意から、優しく諭した。


「このタイミングが、一番秘密を打ち明けやすいのではないか」


ナツメは観念し、ゆっくりと話し始めた。


「私は……体を女性らしくするための薬を服用している。月曜日から土曜日まで、毎日それを飲んでいるんだ」


エリとシェリーは、息を呑んだ。


「これは、周囲に違和感を与えずに学園に潜入するためのものだ。……日曜日は、それを飲んでいない」


シェリーは、その薬を日曜日だけ服用しない理由について、さらに問いかけた。

ナツメは、答え難そうにしながら、言葉を絞り出した。


「……生殖機能を維持するためだ」


その言葉に、エリとシェリーは無意識にナツメの股間に視線を集中させた。ナツメは、恥ずかしそうに座ったまま膝を抱え、体を隠した。


エリは、改めて、日曜日に外出しない理由を尋ねた。

ナツメは、か細い声で、震えるように答えた。


「性衝動が……コントロールできないからだ」


「え?」


シェリーが、驚愕と困惑の声を上げて固まった。ナツメは、申し訳なさそうに、視線を外した。


「ごめん……嫌だよね」


エリの脳は、凄まじい勢いで回転していた。ナツメが「嫌だよね」と謝ったということは、何か後ろめたいことがあるということ。それは今、私たちに対して発情していると見て間違いないだろう。エリは、そのことが嫌ではなかった。むしろ、普段、超然としていて隙のないナツメが、私たちの魅力に屈服しているようで、少し屈折した優越感を覚えた。エリは、穏やかな表情を作って、言った。


「生理現象なので、仕方ないですよね」


シェリーは、困惑しながらエリの方を見た。


「そういうものか?」


エリは、ナツメが「私は実は男性だが、君たちのことをそういう目で見ることなどありえないから安心してほしい」と、自信満々で言ってきたら、どう感じるかを尋ねた。シェリーは、今のいじらしい様子のナツメと、エリの言う鼻につく態度で自信満々なナツメを比較して、納得した。


「……うむ、仕方ないな。美少女二人と密室にいるのだ。魅力を感じるなというのは酷だろう」


ナツメは、心なしか嬉しそうな表情を浮かべるシェリーに困惑した。しかし、少なくとも拒絶されていないと感じ、少しほっとしていた。


ナツメは、話を総括するために、改めて告げた。


「君たちを利用していたのは事実だ。どのような処分も受け入れる」


シェリーは、間を開けずに、毅然とした態度で言った。


「それを言うなら、我々は正しくお互いを利用しあう関係だろう」


シェリーは、学園内でのチームのあり方を引き合いに出した。大抵の場合、各々のスポンサーが違うため、チームは勝利を得るためのビジネスライクな関係から始まる。シェリーは、ナツメが男性だったからといって負い目を感じることはないと言い、彼の秘密を受け入れたのだ。


一方で、エリは、さらなる提案をした。


「じゃあ、処分は一旦保留ということで、現状維持をしましょうか」


いい感じにまとめたと思っていたシェリーは、驚いた表情でエリを見返した。


「だって、ナツメさんが何でも言うことを聞いてくれるんですよ。もったいないじゃないですか」


エリの言葉に、シェリーは呆れ返ったような顔をした。


「ナツメだって好きでこんなことしているわけではないんだ。フェアじゃないだろう」


「それでも、私にとってはなりふり構わず欲しいくらい価値のあることなんです。シェリーだけはただで受け入れてあげたらいいじゃないですか」


エリは、こどもっぽく唇を尖らせ、シェリーは困ったような顔でナツメを見た。

ナツメは、観念したように力なく頷いた。


「エリがそう言うのなら、私は受け入れるよ。シェリーも、私にして欲しいことがあるなら言って欲しい」


シェリーは、少し逡巡した。そして、珍しく小さな声で、恥じらいながら言った。


「……ナツメを困らせるつもりはないが、お願いを聞いてくれるというなら、それは嬉しい」


エリは、そんなシェリーの反応を見て、心の中で満足げに笑った。


「それはそうと、男の人の性欲って、部屋に閉じこもらないといけないくらい大変なんですね」


エリの、純粋な好奇心からくる質問に、ナツメは顔を伏せた。


「いや、私も以前カウンセリングで相談したことだが、普段薬で抑えつけているぶん、欲求に対して免疫がないのが問題らしい。日曜日はトレーニングや読書をしてごまかそうとしているのだが、うまくいかなくて……」


「そんな、修行僧みたいな手段で……」


ここまでアクセル全開だったエリも、ナツメのあまりの天然発言に、さすがに当惑した。


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