1話 エリ・ホシノの場合
講義室の扉が閉まる音に、エリ・ホシノは小さく肩を震わせた。今日の「ドレス戦術概論」は、いつにも増して退屈だった。教授が口にする「ドレス運用における女性の優位性」なんて今や小学生だって知っている。その裏付けなんて研究者の領分で、自分たちテスターにはあまり関係ないことのように思える。小さくため息をつき、エリは教科書を鞄にしまい込んだ。早く自室に戻って、ドレスの運用シミュレーションに没頭したかった。愛機の運用プランの作成が、今の私の関心の全てだ。
「ホシノさん。お話があるんだけど、この後いいかな?」
背後からかけられた声に、エリはびくりと体を震わせた。振り返ると、そこに立っていたのは、新入生の中でも一際目を引く生徒、ナツメ・コードウェルだった。
明るいブラウンのショートボブの髪が、彼女の動きに合わせてわずかに揺れる。その長身は他の女子生徒よりも頭一つ抜きん出ているものの、陶器のような白い肌に整った中性的な顔立ちは、ある種の品格を放っていた。女優が王子様を演じたらこんな感じだろうかと、彼女の問いかけも忘れて益体もないことを考える。
そして、ふと我に返って目を伏せた。普段から人との会話を苦手とする上に、こんな目立つ人物に話しかけられるとは、予想外だった。彼女の戦績や立ち振舞には目を見張るものがあるが、そんな彼女が自分に何の用があるのか心当たりがない。
「はい、なんでしょうか……?」
おずおずと答える私に対し、凛々しい麗人は安心させるように微笑んだ。その表情は、普段の無表情に近い冷静沈着な佇まいとは異なり、どこか人間味を帯びていた。
「よければカフェテリアでお話しませんか。先日のレポートについてなのですが」
「レポート……ですか。わかりました」
エリは顔を上げた。先日、現行のドレス運用論について書いたレポートが教授から称賛を受けた。ドレス運用のことなら、少しは話せるかもしれない。何しろ、私の世界のほとんどはドレスで構成されているのだから。私が承諾すると、目の前の涼し気な瞳が僅かながら期待の色を宿しているように見えた。
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ナツメはエリの向かいの席に腰を下ろした。その静かな動作一つにも、無駄のない洗練された動きが見て取れる。エリは少し緊張を感じながらも、ナツメの次の言葉を待った。
「先日優秀賞に選ばれた貴女のレポートを拝見させていただきました」
ナツメの言葉に、エリの心臓が跳ねた。正直入学して以来実技は全然振るわなかったが、幸いなことに座学ではそれなりの成績を納めていた。
「あの、それは……」
「驚かせてしまったのなら申し訳ありません。ですが、貴女のその能力は、この学園でも類を見ないほどに突出している。特に、ドレスの機体データ分析や戦術シミュレーションにおける解析精度は、私の知る限り最高レベルです」
彼女の言葉は、普段の淡々としたイメージよりは感情を帯びているように思えた。そしてなによりその内容はエリにとって衝撃的だった。これまで同じ生徒からは評価されたことのない、むしろ「装者らしからぬ」と揶揄されがちな自分の能力を、目の前の強者が認識し、しかも「最高レベル」と評したのだ。
「そんな…ただの趣味で…」
私は思わずそう呟いたが、ナツメ・コードウェルは首を横に振った。
「これは趣味の領域を超えています。貴女が模擬戦で目立った結果を出していないことも承知しています。しかし、それは貴女のドレスの運用難易度が高いからであるからだと私は見ています」
ナツメの視線が、真っ直ぐにエリを捉えた。その瞳の奥には、確固たる意志の光が宿っていた。
「ホシノさん。私とチームを組んでいただけませんか」
突然の勧誘に、エリは息を呑んだ。チーム?このナツメ・コードウェルと?自分のような人間が、そんな誘いを受けるなんて夢にも思っておらず、答えに窮する。
「わ、私に……ですか?でも、私は……」
「貴女が真価を発揮するには戦術レベルでの連携が必要です。そしてなにより、私の戦闘スタイルと貴女の戦闘スタイルの相性は極めてよいものだと考えています。一度考えてみてはいただけないでしょうか」
ナツメの言葉は、エリが喉から手が出るほど欲しい言葉だった。支援機であるエリのドレスは前衛がいることを想定して設計されている。どうあがいても一人でできることは限られていた。そんなことは自分自身分かっていたものの、誰かにチームを組むように提案することはついぞできなかった。誰かが前衛を引き受けてくれるビジョンなんて浮かばなかったし、断られることを思うと体がすくんでしまったからだ。
「どうか、考えてみてください。きっと私たちはいいチームになれます」
目の前の人物は、なぜ入試の際に席次がつかなかったのか疑問に思ってしまうほどの実力者だ。それに、想像していたよりも物腰は柔らかいし、正直かなり頼りになりそうだ。ネガティブ思考でいろんな落とし穴を想像してみたものの、理性はこんなチャンスは二度とないと警鐘を鳴らしていた。そして、拳をギュッと握りしめて勇気を振り絞ると震える唇で言葉を紡ぐ。
「わ、私でよければよろしくお願いします」
それを聞いた彼女は微笑みながら右手を差し出す。
「チーム結成ですね」
確かな手応えを感じたように話す彼女を、どこか夢でも見ているような心地で見返すことしかできなかった。
機体名:クルセイダー
装者:ナツメ・コードウェル
メインカラー:オフホワイト
スペック:攻撃性能6、防御性能9、運動性能8、継戦能力4、技術的特異性8
特徴:通常のドレスは装甲表面にエネルギーフィールドを発生させて装着者を保護しているが、本機はエネルギーフィールドを装甲と一体化させることで、物理法則を無視するレベルで強固なものとしている。耐久性は群を抜いているものの、被弾する度にエネルギーを消耗するため燃費が悪い。また上記の都合上、機動性に回せるエネルギーが相対的に少なくなるため、ドレスとしては珍しく小型のジェットエンジンを左右の肩部に2基搭載している。ドレスの質量制御・慣性制御と併用することで、高性能ドレスの特権である空戦が可能となっている。
武装としては対ドレス用の高性能アサルトライフルを装備している。重量とコストを削減するために他の武装は搭載しておらず、装甲強度を活かして徒手格闘をする。通常兵器の装甲であれば、貫き手でやすやすと貫通する。