プロローグ
この世界の戦場にはドレスコードがある。それは、ドレスという戦闘機動外装を身に纏うことだ。そしてその戦場で主役になるには、もう一つ条件がある。それは『女性』であるということだ。
「DC、最終降下ポイントまで30秒。目標座標、再確認。」
輸送機の巨大な貨物室。金属の床に固定されたオフホワイトの機体「クルセイダー」の中で、ナツメ・コードウェルは静かに呼吸を整えていた。彼の眼前のモニターには、眼下に広がる漆黒の夜空と、その先にぼんやりと巨大な空母のシルエットが映し出されている
『君こそ我々の悲願だ。パシフィックに行く前に最後の証明をしてくれたまえ。』
通信越しに響く、やや低い男性の声。それは、ナツメをデザインし育て上げ、この女性優位社会から「男性復権」という任務に送り出すアメリカの男性復権主義者、その代表のものだった。重々しい言葉の裏に、彼らの長年の執念がにじむ。
「了解。各兵装、センサー類、ともに異常なし。」
ナツメは簡潔に返答した。彼のドレスは空戦降下モードへと移行し、肩部のジェットエンジンが微かに唸りを上げる。クルセイダーの装甲に一体化されたエネルギーフィールドがアクティブになり、降下の準備を整える。
『降下、開始!』
輸送機の後部ハッチが、轟音と共に開かれた。夜風が吹き込み、オフホワイトの装甲の表面を強引に撫でる。そして、人機一体となった躰は、重力に引かれるまま、漆黒の空へと吸い込まれていった。
目指すは、広大な海に浮かぶ巨大な空母。その上空に到達した瞬間、アラートがけたたましく鳴り響いた。
「敵性反応、多数。機体識別不能。所属不明のドレス部隊と見られます」
モニターに赤い点が瞬く間に増殖する。空母から複数のドレスが急速に展開するのが見て取れた。待ち伏せだ。
『想定よりは優秀なようだ。しかし、何か問題はあるか?』
少しの驚きと、揺るがぬ自信を含んだ声が通信越しに届く。それに対する返答は至ってシンプルだった。
『ネガティブ』
敵性ドレスと接敵する前に、対空設備から放たれたのは、対ドレス用小型ミサイルの弾幕。通常のドレスであれば、その一斉射撃で手傷を負い、体勢を崩すほどの密度だ。
「自分から目隠しをしてくれるとはありがたい」
ナツメは防御も回避も行わぬまま爆発の嵐を突き抜ける。そして、腕部で庇っていたアサルトライフルを構え突貫しながら一機に照準を合わせる。降下の慣性が上乗せされたフルオート射撃が敵ドレスの首を絶え間なく叩く。装甲の脆弱な部分を狙われたせいでエネルギーフィールドを過剰に稼働させ、正確無比な死の豪雨に見舞われた不運な犠牲者はあっという間に爆散した。
「一機撃破。残り四機」
リロードを行いながら、ナツメは無機質に呟く。敵は所属不明のドレス部隊。残りの敵機は、連携を崩すことなく、空母の上からナツメへを迎え撃つ。その機体は旧式ながらもれっきとしたドレス。侮ることなど何人にもできない。
肩部のジェットエンジンが轟音を響かせ、クルセイダーは弾幕の間を切り裂いた。致命打にならぬとはいえ、そうそう当たってやる道理もない。
いよいよ近接戦の間合いまで近づくと二機が左右から挟み込むように突撃してきた。ナツメは回避するどころか、真正面から、最短距離で敵機の間を突破する。敵が放った弾幕が、ようやくクルセイダーの装甲を捉えるが、物理法則を無視した堅牢さを誇る装甲は微動だにしない。機体表面には、白い光が走るのみで、傷一つない。
『な……っ!?無傷だと!?』
敵部隊のリーダーらしき声が、傍受した通信から漏れ聞こえる。驚愕が、その言葉にはっきりと表れていた。
「遅い」
ナツメは冷徹に言い放つと、左から来た機体の腕部を目掛け、手刀を叩き込んだ。ドレスの装甲がガラクタのように引き裂かれ、内部構造が露わになる。そのまま流れるように敵機の胸部を蹴り抜く。光が弾け、敵機は後方に吹っ飛びながら煙をあげる。
「二機」
右から迫っていたもう一機が、怯んだように一瞬動きを止めた。その隙をナツメは見逃さない。瞬時に距離を詰め、アサルトライフルを連射した。精密な射撃が敵機の弱点を的確に貫き、残る三機のうちの一機が、装甲を剥がれ落としながら炎上した。
残り二機。彼らは連携を捨て、二方向から同時に弾幕を放ってきた。ナツメは回避行動をとらず、圧倒的な防御性能に頼んで、真正面から突っ込んだ。銃弾はクルセイダーの装甲に吸い込まれるように着弾するが、彼の機体は依然として無傷だ。しかし、僅かに装甲表面に白い光が走る。被弾によるエネルギー消費の証だ。
「無駄だ」
ナツメは乾いた声で呟くと、残る敵機にに肉薄した。ジェットエンジンの出力を最大限に上げ、自身が砲弾と化すかのように体当たりを敢行した。轟音と共に敵機が陶器のように砕け散る。
最後の敵は、動揺を隠せないまま後退を試みた。だが、ナツメは既にその背後を取っていた。クルセイダーの白い機影が、敵機に追いすがる。ナツメはアサルトライフルを腰部にマウントし、加速をそのまま敵機の背中を右拳で殴りつけた。
「目標、全機沈黙。」
ナツメの呼吸は乱れていない。クルセイダーの装甲表面には、いくつかの擦り傷と、わずかなエネルギー消耗の兆候が見られるだけだった。彼は単独で、こともなげにドレス部隊一個小隊を制圧した。
『よくやった。予測を大幅に下回る作戦時間だったぞ』
通信相手の声には、隠しきれない感嘆が混じっていた。
「任務完了。これをもって、本機の全実験工程は完了。予定通り、パシフィック校へ向かう」
夜空を背景に、オフホワイトのドレスが静かに佇む。その剛健な威容は、いまだ女性に支配される世界の「ドレスコード」に、男性が挑む波乱の到来を告げる、静かな宣言のようだった。
ナツメ・コードウェル。彼は、女尊男卑の世界で、その常識を覆すため、戦場の舞台へと足を踏み入れる。その舞台で、彼は装者たちに伍し、あるいは凌駕していく。その素性を隠しながら。
これは、彼が「アクター」として、そして「男性」として、自らの存在意義と栄光を掴み取るための物語。
それでも依然として、絶対なる戦場のドレスコードがそこに立ちはだかっていた。
----------
ドレス、それは20世紀末に発見された謎の金属、メダライトを核として製造された兵器の総称。
その成り立ちを紐解くと、初期のドレスは戦車や戦闘機といった従来の兵器に搭載される形で運用されていた。しかし、研究が進むにつれて驚くべき事実が判明する。それは、女性が操縦した場合、男性と比較して約2倍もの高い出力を発揮するという特性だった。さらに、人型に近い形状であるほど、発生させるエネルギーフィールドの出力や機体の反応速度が飛躍的に高まることも明らかになった。そして、これらの発見が、現在のパワードスーツ型「ドレス」へと進化する決定打となったのだ。
ドレスが持つ機能は、既存の兵器とは一線を画す。機体を包み込み搭乗者を守るエネルギーフィールドの発生。搭乗者の動きを増幅させる駆動制御。そして、常識外れの機動力を可能にする慣性制御や、時には物理法則さえ超越するかのような質量操作など、まさに超常的とも言える性能を発揮する。
この圧倒的な力を持つドレスこそが、この世界の戦いのすべてを決定づける存在なのだ。
この発見は、単なる技術的な進歩に留まらず、ドレスが持つ圧倒的な軍事力と、それを最大限に引き出せるのが女性であるという事実は、徐々に社会の力関係に影響を及ぼし、女性が主導権を握る女尊男卑の社会構造が形成されていった。そして突如として生まれたこの構造は、社会に少なくない分断と歪みを生み出した。これは、その歪みによって生まれ、その歪みに立ち向かう者の物語である。
Developed (開発された/進化した)
Responsive (応答性の高い/敏感な)
Exoskeleton (外骨格)
Special (特殊な)
System (システム)
Developed Responsive Exoskeleton Special System
進化した応答性の高い特殊外骨格システム