5.魔族(後)
1.討伐軍、襲来
人は何のために生きているのか?
幸せになるためだ。でもじゃあどうすれば幸せになれるか分からないから、まずは普遍的な幸福を追い求める。道中で自分を見つめ、行動を反芻し、自らの行動規範と結果を照らし合わせて期待値の高い選択を採るようになる。その足跡を人生と呼ぶんだ。
だから俺たちは忘れてしまう。
最初に追い求める普遍的な幸福。
お腹いっぱい食べてぐっすり眠る。
安心だよ。それさえあれば十分だってのに、それ以上を追い求めてしまうんだ。
ククルプス様は俺たちに思い出させてくれただけだ。幸福の形を。だから次は俺たちの番なんだ。返報性の原理ってやつだな。
「ゲートの様子はどうだ」
「ハッ。本日は三名の冒険者を確認しました。処理済みです」
「ククク……良くやった。貴様には三時間の睡眠を与える。オムレツもやろう。ここは卵がたくさんあるからな」
「ハハッ」
俺は【奇道怪鳥】を率いて《ククルプス》に攻め入る冒険者を殲滅するという崇高な業務に従事していた。殺せば殺すほどに満ち足りる。安心安全の平穏に向かって歩いている実感を得られる。
ゲートを潜る、ってのはククルプス様に対する宣戦布告だ。
親衛隊である俺たちが殺すことに何の障害があろうかってね。リスキル体制は万全だった。出現場所はある程度把握できる。
良く食べ、良く眠り、良く遊ぶ。
満ち足りた生活だった。
だが、平穏というのは時として一気に崩れ落ちるものだ。
「伝令ッ! ゲートが三箇所同時に開きました! 冒険者が雪崩れ込んで来ますッ!」
「……狼狽えるなッ! いつも通りだ、前線を二段階後退させるッ! 冒険者に紛れろ、背後からリーダーを討て! 乱戦になれば地の利はこちらにあるッ!」
俺はなるべく動揺を隠して指示を飛ばした。
くそっ、思ったより早いな。卑劣な冒険者どもが本格的に攻略に乗り出しやがった。
リスキル対策は簡単だ。なるべく大人数で同時にゲートを潜るだけ。一人やられても二人入れれば御の字、リスキル要因を抑えられれば後続は安全に迷宮内に入れる。
「そ、それが……アンバー! 敵の首魁はアンバーです! 俺たちは、彼女を殺せない……!」
「甘ったれた事を……! 奴の離反は目に見えていたッ! 覚悟を決めろッ!」
俺も遠目に目視できた。
赤毛の女──アンバーの瞳には深い憎しみが宿っている。仲間たちが洗脳堕ちしたことが許せないらしい。ゾンビアタック中にいつのまにか姿が消えていたが、着々と力を溜めていたようだ。
雪景色の中、その女の周囲には猛火が煮えたぎっているように見えた。
「バドを……【奇道怪鳥】を返してもらう、魔族め……!」
魔王討伐軍、襲来である。
2.戦争
「全軍、突撃────!!」
「山道に誘い込めッ! 死体の山を積み上げろ! 一人殺せば死体を回収する必要が出てくる、こっちは生きれば生きるだけお釣りが出るぞ!」
「殺せ、殺せ──ッ! ククルプスの魔術は『精神操作』です! 霊体になると精神状態はリセットされる! まずは傘下の【奇道怪鳥】を正気に戻してください!」
「死ぬな、絶対に死ぬなよ、お前らッ!」
悪魔のような奴らだ。アンバーは俺の大事な仲間たちを全力で殺しにかかる。それを俺は指を咥えて見ていることしかできないんだ。さながら悲劇のヒロインよ。どうか……生きて帰ってきて……!
「タイダラさ〜ん。おままごとの時間はお終いですよ〜」
俺が口を噛み締めて祈りを捧げていると、どこからか不吉な声が聞こえた。
俺は山頂からはるか下方で繰り広げられる戦を眺めている。どうあっても声が聞こえるなんてことは無いはずなのに、俺の耳朶には甘ったるい声が反響する。
戦場を見回して──見つけた。
あのダボダボのローブ。どうみても栄養失調まっしぐらな不健康そうな肢体。毎日が寝起きのボサボサ髪。間違いない。
「レヴィか……!」
だが何故ヤツがここに……?
基本的にレヴィは自分が死ぬことにしか興味がない。どこそこで戦争が起きるとなっても見向きもしないだろう。
が、たった一つだけ例外がある。
魔術だ。ヤツは自殺狂いであると同時に魔術狂いなのだ。魔術を試すに戦場は絶好の機会であり、つまり──
「本日の新商品はこれ! 『女神像の断片』〜!」
──新しく魔術を開発したってことだ。くそっ、間の悪い女めッ!
レヴィが右手に持った石片を掲げると、周囲に積み上げられていた死体が動き出す。俺はその光景を良く知っていた。
女神像前だ。それは霊体が死体に戻り、正気を取り戻す様に良く似ていた。
「まさか……!」
「はい! 皆さんお元気ですかぁ〜? この『女神像の断片』は魔力を込めると一時的に『女神像』と同じ働きをします! 流石に範囲は限られますが、いつでもどこでも蘇生し放題。お値段なんと一千万ルートで〜す!」
携帯可能な『女神像』!
また厄介なモノを開発しやがった。これで戦況は更に討伐軍に傾いた。
ボス戦の基本はゾンビアタックだ。これはボスが不死ではなく、冒険者が不死であるために機能する戦法である。
魔王軍は不死ではない。死ぬとククルプス様の洗脳が解除されるからだ。俺たちは生存を最優先に少しずつ敵を削っていた。
対する討伐軍は不死身。更には女神像の前に死体を運搬する必要もないと来た。
つまりこのままゾンビアタックを続けられると先に力尽きるのは魔王軍だ。
すわ万事休すか──そう思われたときだった。
「バドウェイくん!」
「バド!」
眼下でバドウェイくんの首が刎ねられた。
アンバーが涙交じりに駆け寄って崩れ落ちるバドウェイくんを抱きしめる。
同時にレヴィが石片を掲げてバドウェイくんを蘇生した。
「いける……!」
俺は一転拳を握って推移を見守った。
勝算が天より降ってきたからだ。
奴らの誤算は、魔術『ククルプス』をただの精神操作だと思っていること。その一点のみ。
直に喰らった俺には分かる。アレはそんなちゃちなモンじゃあない。
魔術『ククルプス』の本領は『感情伝達』にある。ただのセルフ嘘発見器なんだ。発動者の真意を強制的に読み取らされる。
だからククルプス様が『失せろ』という意思を込めて咆哮すれば敵意を直に感じて恐怖で足が竦むし、『飯食って寝ろ』と言われれば俺たちは自分を顧みることができた。
何が言いたいのかというと、俺たちは別に洗脳されたわけじゃない。
ただ、ククルプス様の思想に同意しただけ。
あの時の俺たちはどうしようもなく眠かった。お腹も空いていた。それを『女神の祝福』で無理やりに誤魔化して、本当にゾンビのように動いていただけの、死体だった。
そんな俺たちにとってククルプス様の啓示は救いであり、あの時俺たちは、心の底からククルプス様に感謝したんだ。だから──
「バドウェイくん、やれ……!」
──アンバーの腕の中、バドウェイくんがゆっくりと瞼を上げる。
バドウェイくんの心の中にも、ククルプス様への感謝の念が残っている筈だ。それは一度死んだくらいで消え去るようなものではない。
やれ、やるんだ。その女さえ殺せば討伐軍は瓦解する。ククルプス様の居城を荒らす愚か者どもに鉄槌を下せ──ッ!
「ああ、アンバー……」
バドウェイくんは、憑き物が落ちたみたいな顔をしていた。
「本当に、ありがとう……僕は、どうかしていたみたいだ……」
「バド……!」
「そん、な……」
アンバーがいっそう力強くバドウェイくんを抱きしめる。バドウェイくんも安らかな顔で抱擁を返した。
俺は、がっくりと膝から崩れ落ちることしかできなかった……
「……最期に、何か言い残すことはあるか?」
いつの間に登ってきていたのか。
金髪碧眼の騎士女が問いかける。
レヴィとは正反対に戦争に興味津々なのがこの女。なぜなら人を斬れるから。
俺は観念して目の前の殺人鬼の機嫌を取ろうと試みた。
「オムライスが、食べたいな……プリャドさん手作りの」
「私はハンバーグの方が好きだ」
子供舌め。
知らねぇよ、と思った時には、既に俺の首は宙を舞っていた。
3.クランハウス
カンカンと金槌を振る音だけが誰も居ない自室に響く。
その後、本調子を取り戻した【奇道怪鳥】はゼブルートの冒険者とともにそのままボス部屋まで乗り込んだ。
そこで奇妙なことが起きたという。まず彼らは大量の卵と、それを両翼で抱きながら息絶える巨大な怪鳥──ククルプスを発見した。
彼らは訝しみ、念の為にたまごを全て破壊した。俺はそれを聞いた時、勿体無いことをするもんだなァと思ったが言わなかった。ククルプスの卵は絶品なのに。
間も無く山脈型迷宮は音もなく崩壊した。多分幼体を全て殺したことでボス判定のエネミーが存在しなくなり、異界を維持出来なくなったのだ。
奇妙なことと言うのが、誰も魔術『ククルプス』を獲得できなかったことだ。まあ魔術刻印がされるかどうかは乱数だ。そう言うこともあるんじゃないかと俺は白を切った。
「あ、タイダラさん。まだ謹慎中ですか?」
「ああ。一月は部屋から出るなとの仰せだ」
「妥当な処罰ですねぇ」
俺はとりあえず投獄された。ゼブルート人は軽率に人を犯罪者に仕立て上げる。甘んじて受け入れる心づもりだったが、なんと獄卒様よりありがたいお言葉を頂いた。「貴様のような異常者を養う金はない」との事で放り出されたのだ。
まあそう言うこともあるよな。いや無いだろ。仮に俺が極悪犯だとしてだよ。仮にな。実際は善良な鍛治師な訳だが、だとしても尚更放り出しちゃまずいだろと。俺に臭い飯と寝床を提供しろとゴネていたところに通りかかったのはレチェリ先生だった。
「タイダラ。私が間違っていました。貴方を放逐するべきではなかった」
そんなこんなで今に至る。俺はもう一度【飼い犬】にお世話になることになった。やったぁ。
一月の謹慎を申し付けられても仏の心境だった。洗脳もされてみるもんだなぁと。一時はどうなることかと思ったけど、ククルプスもちゃんと死んでくれたみたいだし。
「そういえば、タイダラさん」
「何だよ」
魔術狂いの異常者が俺を怪しんでいる。
俺はボロが出そうだったので言葉少なに応答した。今忙しいの。見て分かるでしょ、剣を研いでるの。これ? プリャドさんの剣だよ。お前の血で汚れたとか言ってさ。頭がおかしいよね。
「どうやってククルプスを殺したんですか?」
駄目だ、バレてる。
こうなりゃヤケだ。俺は右腕に巻いた包帯を解いた。そこには怪鳥を模したタトゥー──魔術刻印が刻まれている。
「梟ってさ。肉食だよな」
「? はい」
「俺の『毒無効』はさ、俺に毒が効かないだけで、俺の身体が毒素を弾くとか、浄化するとかって魔術じゃないんだよね」
はえ〜、とレヴィは頷いた。
俺は些細な報酬魔術を持っている。言ったっけ? 言ってなかったかもな。地下迷宮ね。結構昔に漁夫の利ったんだ。
加えて俺は毒草を常食してる。いや、美味くてさ。毒蜜草って言うんだけど。『女神の祝福』が出来るまでは年間何人の死者を出してたんだろうってレベルのやばい代物だ。生存戦略的に毒素を持つ薬草が美味って。それ意味ないだろ。あーあ、人間様に見つかっちまったよ〜。種族人間ってのは毒があっても美味けりゃ食う雑食の野蛮人だぜ。フグとかな。
ともかく、そのせいで俺の身体は猛毒だ。『毒無効』のおかげで俺がそれで死ぬことは無いけど、俺の肉体を食ったフクロウもどきがどうなるかは──
「私もタイダラさんを食べれば死ねるってことですか?」
「毒と分かって食べるのは自殺になるんじゃないかなぁ……?」
──まあ、つまり。
ククルプスは勝手に死んだんだ。ボスにしては小さかったし。毒が回るのも早かったんだろ。知らんけど。
俺は何にも知らないんだよ。本当だぜ! おらっ、『ククルプス』! 俺は嘘を言ってない!