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2.帰らずの都

1.銀光の冥福をお祈りします


 ここゼブルートはたくさんの異名を持っている。

 犯罪都市。迷宮都市。栄華の都。一夜城。


 それもこれも全てどこぞの変態が描き起こした『女神の祝福』によるものだ。


 術式の本体は地下深くに刻まれた魔法陣。

 媒体は都市中央部に設置された『女神像』。


 その効果は、『女神像より半径十キロメートルの範囲内において人類に不死性を付与する』というもの。正確には魂の鹵獲と死体の再生、最後に魂の返還という三つの効果を併せ持つ。


 人が死なないから法律は緩くなり、冒険者は挨拶代わりに殺し合う。故に犯罪都市。

 人が死なないから安全に迷宮を攻略し、冒険者は富や名声を手に入れる。故に迷宮都市。


 迷宮攻略は金になる。だから俺は今日もコツコツと鉱石を掘るのだ。


「タイダラさ〜ん。どこですか〜?」


 来やがった。夢魔のように甘ったるい声が閉塞した通路に響く。


「お、おい。今の声……」

「しっ。喋らないで。見つかります」


 隣で不用意に声を上げた男の口を塞ぐ。

 全身フルメイルの鎧で覆った男は名をシルバーという。クラン【銀光の冥福】のマスターだ。

 そうだね。昨日うちに壊滅させられたクランだよ。仲良くなったんだ。戦犯会議の後に俺が菓子折りを持って謝りに行くと、彼は誰もいなくなったクランハウスに一人ぽつんと佇んでいた。仲間たちは実質たった一人に壊滅させられたクランに愛想を尽かして散り散りになったのだと言う。俺は居た堪れなくなって、朝まで彼と飲み明かした。最終的には二人で『プリャドさん被害者の会』を設立することになっていた。


 俺に戦闘力はない。平凡で善良な一般鍛治師なのだ。だから俺が素材集めに迷宮に潜ろうと思ったら、こうして護衛を雇うことになる。


「……思いがけず意気投合したとはいえ、つい昨日殺し合ったばかりの相手を指名するとは、君は豪胆というか何というか……」

「シルバーさんのことは信頼してます。昨日の敵とずっと敵だと、今頃世界中が俺たちの敵なんじゃないですか?」


 ゼブルートの冒険者は殺し殺されの仲だ。酒場は連日大乱闘だし、『目が合ったから』とかいう理由で斬りかかってくる殺人狂もいる。プリャドさんのことだね。


「違いない」


 ハッハッハ、と俺たちは二人して笑った。

 俺は久しぶりにまともな人と話せて嬉しかった。だから油断していたのだ。


「……見ぃつけた」


 イカれた女がニタァ、と口角を上げる音が聞こえた。それは例えるなら、寝起きに金縛りに遭って、目の前には大鎌を構えた死神が立っていたみたいな音だ。

 ギギギ、と油の入っていない扉みたいに振り返って、俺はその狂笑を見た。

 瞬間に走り出していた。


「タイダラくんっ! 逃げるんだ!」

「そんなっ、シルバーさんを置いて行くことなんてできませんっ!」


 既に遥か後方に見えるシルバーさんに向かって俺は叫んだ。


「気にしないでくれ。我が友よ──んぐっ!」


 爆発音。俺は耳を塞いで一心不乱に走り抜けた。シルバーさんの勇姿は忘れません! 二日くらいは覚えていると思いますっ!




2.飼い犬


 クラン【飼い犬】は、別名『魂の流刑地(アヴァロン)』と呼ばれている。ここゼブルートが抱える数多の問題児を、女神ことGODこと聖女であらせられるレチェリ先生が更生させる。そういうクランだ。


 もちろん俺は善良で平凡な鍛治師なので問題児ではない。生まれも育ちもゼブルート、レチェリ先生に拾われたのは十歳の頃の話だ。つまりは【飼い犬】の初期メンバーね。問題なのは後入り──流刑者たちの方だ。


「タイ……」


 『女神の祝福』が齎す不死性は万能ではない。死者蘇生を繰り返すたびに記憶は欠損し人格は破綻の一途を辿る。

 具体的には、死に慣れる、のだという。

 人間は通常、死という苦行に耐えられない。

 世の中には死は救済だ〜なんて言うやつもいるかもしれないが、何度も死んだ俺が言うんだから間違いない。アレはとても人に耐えられる現象じゃない。


 それを『女神の祝福』は無理やりに覆す。

 魂をこの地に縛り付け、当人の意思を無視して死体を修復し、肉体という不自由な枷に嵌め直す。

 あるいはこの最後の、肉体に送り返される瞬間が一番不快かもしれない。魂だけになった瞬間は本当に自由だ。俺たちが霊体と呼んでる状態だな。女湯も覗き放題だし。


「ダラ……」


 おっと、話が逸れたな。死に慣れる、とはどう言うことか。

 死を当然のものとして受け入れる。

 殺すことに何の罪悪感も抱かない。

 何度も耐えられない死を堪えるために、そういうふうに心が作り変えられるのだ。死ねば死ぬほど。殺せば殺すほどに。蘇生を繰り返し、魂と肉体を行き来する間に脳が錯覚を引き起こす。

 ああ、命ってこんなに軽いんだ。

 死んでいいんだ。殺していいんだ。

 死ななければならないんだ。

 殺さなければならないんだ、ってな。

 そりゃ犯罪も横行するさ。ゼブルートの人間は既に全員狂い終わっている。


「さぁ〜ん……」


 例えばプリャドさんは人を殺さなければ生きていけない。日に三度までしか殺さないとか抜かしているがアレは先生の教育の賜物だ。正確には日に三人は必ず殺す。一度納屋に閉じ込めて縛り付けたら禁断症状らしきものが出ていた。頭がおかしい。


 例えばレヴィは死ななければ生を実感できない。文字通り。思春期の女子中学生がリスカする感覚で首を掻っ切る。これはレチェリ先生にもどうしようもなくて、身体に術式を刻んで自殺を禁じるしかなかった。それでもまだ死を諦めていない。イカれている。


 例えばルゼブルは──


「……たい、だら、さーん……」

「ひっ」


 ──俺は鉱石採取の手を止めて走り出した。


 今日は《帰らずの都》の地質調査に来ていた。危険度四の調査依頼だ。同行者の名前はレヴィ──イカれた自殺愛好家だ。


 あんな変態女と二人っきりなんてまっぴらごめんだった。だから生け贄(シルバーさん)を用意したというのに、数分も保たなかった。使えねぇ。俺はクランの壊滅に傷心中のフルメイル男を口汚く罵った。


「どうして、先に、行っちゃうんですかぁ……?」


 お前と二人きりが嫌だったんだよ。

 気付けよ。避けられてるんだよ。嫌われてんの! お前は俺に!


 どれだけ面が良くても俺を殺そうとしてくる奴を好きになれるかよ。やり返したらやり返したで喜ばれるんだからもう俺はどうすればいいんだよ。お前みたいなゆるふわ女が特別タイプってわけでもねぇしよ。


「先生、レチェリ先生。ああ、神よ……」


 俺は鉱石の隅に隠れて必死に祈った。

 死神の足跡は刻一刻と迫ってきている。


 レヴィは隙を見ては俺を殺そうとする。

 殺してほしいから、殺す。

 ふざけるな。意味がわからない。


「カ、ハ……」


 俺の祈りが通じたのか、目の前でどさりと人が倒れる音がした。

 俺は物陰から恐る恐る顔を出して、そこにレヴィがうつ伏せに倒れているのを見つけた。


 忍び足で近付いて脈を図る。

 し、死んでる……


 俺は黙々とレヴィの死体を埋め立てた。

 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。

 こんなこともあろうかと、スコップを持ってきておいて良かったぜ。


 額に流れる汗を拭って俺はその場を去った。良いことをした後は気分が良いな。これで安心して地質調査を続けられる。レチェリ先生、任せてください。依頼はこの俺が完遂して見せます。レヴィではなくこの俺がね。




3.追求


 地質調査から数日が経ち、俺はレチェリ先生に呼び出された。現れたのは警備兵だった。やめろ、触るなっ! 先生の名前を出して俺を誘き出すなんて卑劣な奴等め! 必死の抵抗虚しく俺は連行された。


 鉄格子越しに先生と対面している。先生は酷く物悲しげな表情をなされていた。


「タイダラ、私は地質調査を依頼したはずですが」


 はい。そうですよね。鉱石も薬草も納品しました。そりゃちょっと魔力の流れがおかしかったりしたかもしれませんけど、ここから先は魔術師の仕事ですよ。俺ぁただの鍛治師ですから、知らないものは分かりません。最善は尽くしたと言って良いでしょう。


「決して《帰らずの都》を毒沼に沈めろなどとは言っていません」


 毒沼? 何のことですか?

 俺はとぼけた。

 確かに俺は迷宮内を毒で満たした。レヴィに殺されると思ったからだ。やられる前にやってやれってな。狭い通路に毒霧を撒くのはあのプリャドさんですら抗えなかった俺の十八番だ。

 でも証拠は無いはずだ。近頃は毒物が出たら俺が疑われるんだから、世知辛いなんてもんじゃありませんよね。


「タイダラ、私に嘘を吐くのですか?」

「俺がやりました」


 俺は自供した。ただしこれは正当防衛の範疇であり、非は10:0でレヴィにあることを強く主張した。そうだ、シルバーさんを呼んでくれっ! 彼なら俺の潔白を証明してくれるっ!


「しかもこれは計画的な犯行ですね? レヴィの死体は地中深くに埋められていました。毒沼の中から彼女の死体を掘り当てるのに時間がかかり、レヴィは二日も霊体で過ごしました」


 この二日間は本当に快適でした。

 お、俺、命を脅かされない生活って、ぐす、本当に、素晴らしいものだったんだなって……チラ。

 泣き落としを試みる俺をレチェリ先生は冷めた目で見下ろしていた。


「レヴィは、貴方を殺すつもりは無かったと言っていましたよ。久しぶりに平和な迷宮デートを楽しみたかったと」


 戯言です。聞く必要はありません。

 もしそうだとしたら怖すぎる。何だよあの「タイ、ダラ、さぁ〜ん」って。ホラー映画なら主役を張れる怪奇ぶりだった。


 しかもどうせ、生き返った直後は嬉しそうにしてたんでしょう? 救えませんよね。


「それは……そうですが」


 先生は痛いところを突かれたのか、顔を歪めた。

 すかさず俺は畳み掛けた。


「本人が望んでるんですよ。こんなのもう俺の手を使ったレヴィの自殺ですよ。首吊り死体があったとして、凶器の縄に責任を取らせる人がいますか? 確かに今回は俺が凶器だったかもしれません。でもすぐに第二第三の俺が現れますよ。しめ縄じゃなくたって包丁でも睡眠薬でも、このご時世どうやったって死ねますからね。つまり、咎めるべきは俺ではなくてレヴィなのでは?」


「ああ言えばこう言うんだから……タイダラ。私は貴方に頼み事をしましたね。レヴィと仲良くなさいと。貴方はそれを破りました」


 そ、そんな。

 まさか。


「はい。本日付で、貴方を【飼い犬】から除名します」


 すみませんでした。

 俺は五体を地に擦り付けながら謝った。


「……プリャドは意味もなく殺します。意味を見出したくて殺しています。いずれ本当に失いたく無いものに気付いた時、彼女の悪癖には改善の兆しが見られるでしょう」


 先生のお言葉だ。五体投地のままにありがたく傾聴する。

 ふむふむと頷いて見せるが、俺はプリャドさんが人斬りを止めた姿は想像できない。


「レヴィは死ぬために生きています。あるいは『女神の祝福』はそのために造られたのではないかと思うほど。魔術師の強さはそれそのまま業の深さを意味します。彼女の欲求を抑えつけるのは彼女のためになりません。故に私は放任しています」


 先生のお言葉は常に正しい。

 俺はふむふむと頷いて見せながら、悲しくてたまらなくなった。ああ、レヴィ。お前はとうに先生に見捨てられていたんだな。


「タイダラ。貴方は大義を以て殺します。いつも殺すための理由を探していて、理由さえあれば殺すくせに、理由があったのだからと自己を正当化します。幼い頃から死と身近に過ごし、殺人という選択肢が人生に入り込むと、そのようになるのかもしれませんね。貴方はごく一般的なゼブルート人です」


 はい。その通りでございます。

 先生は素晴らしいなぁ。慧眼だなぁ。

 どうかお側に支えさせてください。末永く。できれば一生。


「つまり、私の手には負えません。改善の余地なしということです。それでいてゼブルートに居続ける限り、価値観の違いに苦しむこともないでしょう。貴方は真に私の手助けを必要としている訳ではない。故に除名です」


 どうしてそうなるんですかっ!

 そもそも俺も先生の『問題児カテゴリ』に入ってたんですか?

 そしてプリャドさんやレヴィはまだ救いようがあるけれど、俺はもう手遅れだから放り出すって……まるで俺が、プリャドさんやレヴィより格下みたいじゃないですか!


 ことここに至っても格付けを気にする俺を見て先生は嘆いた。


「先生はタイダラのことが嫌いなのか?」


 口を挟んだのは金髪碧眼の騎士女。豊満な肢体をプレートアーマーの中に隠した男の敵。

 プリャドさんだった。いつもなら先生との会話を邪魔されたら俺は怒り狂っていただろうが、どうやら彼女は助け舟を出してくれているらしい。俺はやむなく静観した。


「タイダラ、居なくなっちゃうの?」


 物悲しげに声をあげるは貧相な肉体をローブで隠す健気で幸薄そうな女。髪はボサボサで俺はこの女の目下から隈が消えたところを見たことがない。

 そう、レヴィである。どうやら二人は俺の助命を嘆願しているようだ。ああ、いたいけなレヴィ。後でたくさん殺してあげるからね。俺は奥歯を食いしばって静観した。


「簡単にネタバラシをするのではありません」


 透き通るような青髪の奥で透明な瞳をぼんやりと開いた女神ことレチェリ先生はため息を吐いた。

 ネ、ネタバラシ? それってつまり──


「違います。除名が覆ることはありません。ただし──もう一度我がクランに入りたいと言うのなら、それを阻むこともないでしょう」


 ま、まさか。俺は期待を込めた眼差しで女神を見つめた。


「再入隊試験は鉱山探索です。未踏の山脈型迷宮、《クルルプス》に行ってもらいます」


 やったぁ!

 ありがとうございます! ありがとうございます! 喜んで拝命いたします!


 地に頭を擦り付ける俺を女どもは軽蔑の眼差しで見ていた。


「見ろ、レヴィ。この男は鉱山労働を命じられたというのに全く喜んでいる。理解ができない」

「タイダラは頭がおかしいからねぇ」


 お前たちだけには言われたくないと思った。

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