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1.殺人事件と戦犯会議

1.不死の国


 薬草を採取していたら魔獣に襲われている人間を見つけたので助けに入ったら殺され魔獣の死骸も薬草も根こそぎ奪われた。

 恨み晴らさでおくべきか、報復に赴けばパーティ間の全面戦争に突入。俺は首謀者を毒殺して満足し、帰路に着いた。


 次の日には俺は警備兵に捕まった。罪状は国家転覆未遂。身に覚えがなかった。

 

「困るんだよ。いくら犯罪都市、いくら冒険者といえど超えちゃいけないラインはある」


 警備兵の言葉にサブリーダーのプリャドさんがうんうんと頷いた。


「そうだ。人は一日に三度までしか殺してはならない」


 俺は絶句した。言うまでもなく人殺しは重罪だからだ。プリャドさんは隙を見ては人を斬りたがる殺人狂だ。今回の騒動でも彼女は率先して敵を斬り刻んだ。


 人類は死を克服した──そんな謳い文句でこの街は成り立っているが、そんな訳はない。俗に言う『女神の祝福』にも欠点はある。


 『女神の祝福』による死者蘇生は繰り返すほどに記憶やら人間性やらを失う──かもしれないし、失わないかもしれない。研究不足で未知数の死者蘇生を餌に冒険者を匿い発展したのがここゼブルートだ。


 事情を説明したところ俺含めた数人は解放された。元々冒険者間のトラブルに国は積極的に関与しない。が、プリャドさん達過激派にはお説教が待っているらしい。


 何の憂いもなく踵を返した俺達をプリャドさんが睨んでいた。俺は無視した。




2.依頼


 俺たちは解放されたわけではなかったらしい。


 目の前にはスキンヘッドに屈強な肉体を持つ眼帯男がいた。ガルダ・バスター。冒険者組合の長だ。俺は土下座を敢行して許しを乞うた。


「プライドの欠片もねぇな……」


 ガルダは勿論マスターも、綺麗に四肢を揃えて地に頭をつける俺をまるでゴミでも見るかのような目で見た。


 俺は弁明した。そもそも先に手を出したのは先方であり、俺が殺したのは最初に命を助けた女だけだったと。命の恩人の背後を撃つとは人道に反した卑劣な行いであり、薬草と魔獣の死骸も返してもらっていない。あれがあれば三日分の飯代くらいにはなったと。


「喧嘩両成敗だ」


 ガルダは弁明をバッサリと切り捨てた。


「呼び出したのは別件だ。厳密には同じだが──冒険者同士の私闘の代償は俺たちが斡旋する依頼の完遂。情状酌量の余地はない」


 一般に罰ゲーム、と呼ばれている。

 誰もやりたがらないような仕事を、いざこざを起こした冒険者に押し付けるのだ。


「先方も同じ対応をされているという認識でよろしいのですね?」


 マスターの確認にガルダは首肯した。手元に置いてあった冊子を投げ渡す。


「ああ。いつも通りその中から選べ。危険度六以上の未遂依頼だ」


「先方は?」


 俺は目ざとく食いついた。ガルダは舌打ちをして答えた。


「あいつらには危険度四以上の依頼を斡旋する」


 俺は語彙を尽くして冒険者組合を罵倒した。そもそも非は10:0で向こうにあること、俺たちは依頼の度に命を賭けていること。体良く残飯を処理するなと。


 ガルダは激昂した。


「黙れ! これは規定通りの対応だ。お前ら【飼い犬】と【銀光の冥福】じゃパーティランクが違う! お前らは七、銀光は五! お前の国には小鬼に売られた喧嘩を本気で買う奴がいるのか? 先の乱闘で銀光は壊滅だ!」


 喧嘩を買ったのは主にプリャドさんである。俺は無視した。ちなみに戦争でのうちの被害はほぼゼロだ。ほとんどプリャドさん一人が敵を斬り殺していた。


「壊滅ぅ? ハハ、笑える。小鬼は全滅させないと依頼失敗扱いでしょ」


 なぜならすぐに増えるから。『全滅させてないだけ温情だ』という俺の軽口にガルダの血管がビキビキと破裂しそうになっている。


「タイダラ。依頼を選びなさい」


 クランマスターのレチェリ先生が涼しい顔で俺に冊子を渡す。


 レチェリ先生は俺たちのお目付け役だ。名だたる問題児達を更生させていて、巷では女神と呼ばれているとか。


 かく言う俺も彼女には頭が上がらない。頭も腕も容姿も人格も何もかもが劣っているからだ。頭のおかしいプリャドさんやレヴィ達とは違う。


 俺は依頼書の束をパラパラと捲った。危険度六、七、六、六、四、六、八、六──


 危険度四? 抜き忘れだろうか。《帰らずの都》の地質調査。採取や採掘は俺の十八番だ。何も考えずにぼーっとすることができる楽な依頼。


「──ここにある中だったらどれでも良いんだよな?」


「ん? ああ」


 俺は口元を依頼書で隠して笑った。危険度四の依頼が混ざっている。


「じゃあこの地質調査で」


 一枚紙を抜き取って冊子をガルダに返す。ガルダの対応はにべもなかった。


 さっさと出ていけと言わんばかりにひらひら手を振るので、俺も笑顔で手を振りかえした。レチェリ先生が呆れている。


「無闇に人を煽る癖を治しなさい」




3.戦犯会議


 家のポストには大量の抗議文が入れられていた。


 俺は中身も見ずに全て捨てた。レチェリ先生がコツンと俺の頭を叩く。


「コレと、コレは私宛の陳情です。勝手に捨てるんじゃありません」


「先生の手を煩わせる害獣の戯言です。読む必要なんてありません」


「私は、今日一日、お前のやらかしの後始末に手を煩わせられた身ですが」


「全く嘆かわしいですね。あのクソ女、一度毒殺したくらいじゃ気が済みません」


「……タイダラは相変わらずですね。傲慢不遜に責任転嫁。悪い癖ですよ。慕ってくれるのは嬉しいのですが」


 嬉しいだって。やったぁ。

 無邪気に喜ぶ俺を見てレチェリ先生はため息を吐いた。テキパキと俺がゴミ箱に捨てた抗議文の仕分けを始める。


「タイダラーー!!」


 そうこうしているうちに我がクラン【飼い犬】の問題児たちが帰ってきた。

 頭のおかしい殺人狂ことプリャドさんが激昂している。俺が彼女を見捨てて素知らぬ顔で帰ったからだろう。逆恨みも甚だしい。彼女は今日、三人と言わず人を斬っている。衛兵に捕まったのは自業自得だ。四人目以降は殺さないように足の腱を切り落としていた。悪質すぎる。


 どこぞの変態が編み出した『女神の祝福』は偉大な発明だった。ここゼブルートより半径十キロメートルの範囲内において、死した人間は霊体となり魂をこの地に縛り付けられる。死体は時間経過で回復し、完治した死体を『女神像』の前に持っていけば、生き返ることができる。


 つまり、下手に怪我させられるくらいなら即死させられた方が苦痛を感じない。プリャドさんに足だけ斬られた者達は地獄のような苦しみを味わったことだろう。


 俺はプリャドさんを無視した。どうせプリャドさんは俺を殺さない。面倒な自分ルールを律儀に守っているからだ。人は一日に三度までしか殺してはならない。


 問題はもう一人の方である。


「はぁ……タイダラ……今日も素敵でした」


 恍惚と頬を染めるこの女は名をレヴィと言った。

 何を隠そう、今朝俺を裏切りの末に殺し、報復として毒殺された女である。


 つまりは今日起きた戦争とは、厳密にはクラン【飼い犬】の内輪揉めであった。


「……」


 レチェリ先生は彼女らを鬱陶しそうに眺めた。俺も同じような顔をしていたと思う。


「プリャド。レヴィ。我々【飼い犬】は本件の罰として、《帰らずの都》の地質調査を課されました。危険度四の依頼です。私はこれに、この中から二人を派遣しようと考えています。異論はありませんね?」


 俺たち三人はふむふむと頷いた。


「レヴィとタイダラが行くべきだ」

「えぇ、私ぃ? まあ、タイダラと一緒ならやぶさかでもないけれどっ!」

「ふざけるな。先生は俺をこんな頭のおかしい奴らと二人っきりになさるおつもりですか!」


 戦犯会議の幕開けである。




4.戦犯会議(2)


「嫌だ! 俺は絶対に行かないぞ!」


 俺は憤慨した。

 本件において俺は完全なる被害者であり、非は10:0で俺を殺したクソ女──レヴィにあること。これを誅殺することに何の憂いもないこと。むしろレヴィ以外には手をかけていないこと。プリャドさんが行けよ! お前今日何人斬ったんだよ! そんなことを懇々と説明した。


「タイダラは馬鹿だ。レヴィを殺そうとすれば国全体が敵になる。いつになったら覚えるんだ?」


 プリャドさんは呆れた。やめろ。俺を憐れむな。お前のような殺人狂にそんな顔をされる筋合いはない。


 ただし、プリャドさんの言っていることにも一理くらいはあった。


「えへ、えへへぇ」


 隅でニタニタしているクソ女ことレヴィは『女神の祝福』を発明した張本人である。


 何故『女神の祝福』が研究不足で未知数なのか? 発明者が目の前にいるというのに。


 それは、このクソ女が『女神の祝福』を起動してから死にまくったせいだ。レヴィの記憶はとうに擦り切れてボロボロで、もはや本人にも『女神の祝福』および『女神像』がどんな原理で死者蘇生を成しているのか説明できない。死にすぎたんだ。死者蘇生につきまとう最大のデメリットがこれだ。死者蘇生は常に、記憶の欠損と人格の崩壊というリスクを孕んでいる。


「レヴィを殺してはならない。それはこの国において朝目が覚めたら顔を洗って歯磨きをするくらいの不文律だ。これ以上レヴィの記憶を破壊するわけにはいかないからな。この国家転覆未遂犯め」


 そう言ってプリャドさんは俺を睨んだ。


「どの面下げて俺を犯罪者に仕立て上げるんだ。プリャドさんだって【銀光】を斬りまくっただろ!」

「私が斬ったのは、パーティメンバーの報復を邪魔しようとした愚か者だけだ。レヴィはタイダラを殺した。タイダラには復讐する権利がある」

「支離滅裂だ!」


 プリャドさんの言い分はこうだ。

 まずレヴィが俺を殺した。

 俺は報復を決意した。

 法律に従い、【銀光の冥福】がレヴィを匿った。

 レヴィを殺してはならないけれど、それはそれとして俺にはレヴィに報復する権利があるので、プリャドさんはそれを邪魔しようとした【銀光の冥福】を手当たり次第に斬って回った。


 支離滅裂だ。論理が破綻している。


 俺を国家転覆未遂犯呼ばわりするならば、プリャドさんも同罪なはずだ。国家転覆未遂幇助である。俺を助けてるからな。

 実際プリャドさんがいなけりゃ銀光の包囲網を抜けてレヴィを毒殺することはできなかった。


「えへへぇ。今となっては、私を殺してくれるのはタイダラくらいですよぉ……」


 やけに上機嫌なレヴィが鼻につく。


 レヴィは自殺愛好家だ。死ぬことに快楽を感じる異常者。プリャドさんとは正反対の変態。

 曰く、死んで魂だけになる瞬間は『とんでもなく気持ちいい』らしい。アドレナリンがドバドバ出て天にも昇る心地だと。

 俺ももう数えきれないくらい死んでいるが、全くもって理解できない思想だった。死はいつだって苦しくて痛いだけのものだ。


 さて、そんなレヴィは国に死ぬことを制限された。これ以上記憶を失ってもらっては困るからだ。彼女には『女神の祝福』の原理を論文に仕立てるという大事な仕事がある。

 だからレヴィが自殺しようと思ったらたくさんのクランが止めに入るし、彼女が命を狙われているとなったら国中総出で護衛が入る。


 だからレヴィは俺にちょっかいをかけるのだ。俺はやられたら絶対にやり返す男だからね。俺を殺せば殺してもらえると思ってやがるんだ。まあ殺すんだけど。


 俺とプリャドさんは二人で顔を見合わせた。

 クソ女ことレヴィがニタニタしているのが気に食わなかったからだ。


「「有罪」」

「えぇ〜??」


 一人目の炭鉱夫が決まった。




5.戦犯会議(3)


 会議は紛糾した。

 俺とプリャドさんは絶対に己の非を認めなかった。

 三日三晩話し合った末に、ついに業を煮やしたレチェリ先生が口を挟んだ。


「……レヴィ。あなたが同行者を決めなさい」

「えぇ〜?」

「そんな!」


 俺は絶望した。視界の端でプリャドさんがぐっと拳を握ったのが見えた。これ見よがしにガッツポーズなんかしやがって!


「じゃあタイダラで」

「そりゃそうなるでしょ!」


 見えていた結末だった。プリャドさんが勝ち誇る。


「では、タイダラ。レヴィ。二人に《帰らずの都》の地質調査を依頼します。危険度四だからと言ってくれぐれも油断しないように。あと、レヴィは死なないようになさい」

「はぁ〜い」

「俺は──」

「タイダラ。貴方はもっとレヴィと親睦を深めなさい。そうなれば、無闇に殺すという選択を採らないでしょう。貴方は少々血の気の多いところがあります」


 有無を言わさぬ口調でレチェリ先生は会話を打ち切った。

 俺は振り上げた拳を向ける先が無くなって黙った。プリャドさんが上機嫌に鼻歌など歌っている。


「よし。地質調査なんて平和な仕事、絶対に行きたくなかったのだ。人を斬れない」


 俺が一番腹に据えかねるのはプリャドさんのこの言い分だった。

 この女は終始、人を斬ることにしか興味がない。


 俺はやるせなくなって、レヴィの頭をコツンと叩いた。「えへへぇ」と恍惚とした表情を浮かべるレヴィ。俺にはこんな変態女と仲良くなれる未来が見えなかった。


 ところで、会議が終わるころには俺の全身はボロボロになっていた。プリャドさんに斬り刻まれたからだ。彼女は律儀に自分ルールを守って、俺を殺さないように傷付けていた。全身が痛くて仕方がない。


 俺は首を掻き切って霊体となり、死体の回復を待った。

 この国は命が軽すぎる。幾つあったら足りるんだろ、命。

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