第1話 逢魔時《おうまがとき》
『では、続きまして、本日のトピックスです』
『今、西の空と南の空に見えている二つの彗星、マイ・セトシ彗星の内、南の空のマイ・セトシ彗星βが大気圏に突入し、火球となって燃え尽きます』
『一方、西の空に尾を引く、マイ・セトシ彗星αは地球をかすめ、太陽に向かいます』
『この天文ショーを見ようと、各地で天文ファンが待ち構えています』
『では中継に繋いでみましょう。栗原さ~ん』
しまった。俺の部屋のテレビ、点けっぱなしだ。
太陽が沈んでも、西の空には光がある。
地平に近い場所は赤い帯が左右に伸び、その上はオレンジの帯、さらにその上は濃い青紫色が俺の頭上まで広がり、そこから今度は東に視線を動かすと、藍色に。
その先には薄暗い夜があり、一等星級の星が輝いている。
この何とも怪しい昼と夜が混ざり、移り替わろうとする時刻。
何か人ならざる者と出会うかもしれない。
この時刻を逢魔時と、昔の人は呼んでいた。
昔の人は知らなかった。
これが地球の自転によって起きている、ただの自然現象である事を。
魔物に見えた者は、獣や鳥、木々で、人の恐怖心が作り出したものである事を。
幽霊の正体見たり枯れ尾花とは、その最たるものだろう。
今では誰もが知っている。
分かっているから人がどれだけ小な存在か、いや、俺だ、俺が如何に非力で無力であるのかを、幾度も教えてくれた。
助けてあげたい大切な人がいるのに、何も出来ない。
しかし本当に出会う事があるのなら、人が宇宙に出て行く今なら、まぁ~、そうだな、宇宙人ってとこか。
「兄子君、さぼっていないで手伝ってもらえないかしら。カメラはまだいいとしても、体が弱く体力もない、清楚で可憐、とても美しい美少女の私に、椅子や望遠鏡を運ぶのはとても無理なのだけれど」
妹が当て付けで言っている『美しい美少女』は、客観的に見て間違いじゃない。
身長は165cm、一高、色白で彫刻の様なプロポーション、銀髪、二重でグレーの瞳、目鼻立ちもはっきりしていて、とてもこの国の人種のDNAとは思えない、ほんとに。
これも遺伝子の傷のせいなのだろうか。体が弱いと言うのも本当だ。
お医者さん曰く、『これは遺伝子異常による先祖返り、かな』と言う事らしい。
この『兄子君』と言う呼び方は、妹が小六になったある日、俺の事を何故か名前で呼ぶようになった。
「ういーすっ」
俺は身長175cm、高3、中肉中背、何か取り柄が有るわけでもない。
あーそうだな、取り柄ではないが女子から、『目がきっも~い』ってよく言われる。
これってさ、セクハラかヘイトだと思うんだけど、どうかな。
女子ってさ、ちょっとした事でも大きくしてさ、『傷ついた』って主張するのに、男子を傷つける事は平気で言うんだ。
胸元が開いていて、谷間が見えそうだったり、短いスカートから足が伸びてて、もう少しでパンツが見えそうだったら、そらぁ~、ガン見するでしょう。
男の性だし。俺悪くない。絶対。本能だし。これあるから人類はここまで増えたんだし。
「兄子君、まだテーブルも、それからアイスティーも欲しいわ」
「へいへい、ちょっと待って、順番にするから」
「早くしないと、マイ・セトシ彗星βが、大気圏に突入してしまうわ」