来訪者(後編)
遅くなりました。4話もよろしくお願いします。
顔には出していないものの、俺が戸惑いを覚えているとカーラは俺にミユから離れることを再び提言してきた。その表情はいまだ険しいもので、ミユのことをかなり危険視しているのが分かった。
「もう一度言うけど、あの子からは手を引きな」
「ウルスラからの命令なんだ。それは出来ないと言っただろう」
「あんたのためを思って言ってるんだよ? 正体不明の闇を抱えることになる」
命令だから仕方がない。もう一度そのように伝えてもカーラは粘った。普段のお気楽な態度を見ている自分からすると、これは本当に危険な事態の入り口に立っていると感じさせるものがそこにはあった。しかしこれは護衛任務だ。受けた以上は最後まで完遂するのが、傭兵の仕事であると思い直し、その旨をカーラに伝えた。
「任務は任務だ」
「まあ、今はまだいいか。あたいは引き続きあの子について調査するよ」
「そうか」
カーラは俺を説得する材料がまだ足りないと思ったのか話を切り上げて、空中に出していたモニターを消すと端末をポケットにしまい込んだ。
「そろそろあの子への処置が終わるよ」
「話はこれで全部か?」
「今の段階で話せることは話した。何かわかったらまた連絡する。あと、何か判明するまではあたいもあの子には普通に接するよ」
「分かった」
最後に確認の会話を交わすと、カーラと俺はベランダから室内へと戻った。カーラの表情はいつも通りのものに戻り、なんの違和感も感じさせなかった。対する俺はというとミユが正体不明の生体アンドロイドである事実を知ったことからきた戸惑いを隠すのに必死だった。
「あの。たぶんカーラさんによるチェックが終わったと思いますー」
ミユは室内に戻るとすぐに話しかけてきた。その言葉を聞いたカーラは、ミユをぐるりと取り囲むように設置していた機器を1つ1つ確認していった。
「そうみたいだね。ああ、やっぱり機器には異常を示すデータが出てるね」
「なに? それは大丈夫なのか?」
「頭部の通信機器と生体部分の結合箇所で処理が走りすぎてたみたいだ。まあ、今並んでる機器は異常の検出と同時に調整もしてくれるから、もう対処済みだよ」
俺はカーラの言葉に安堵を覚えた。それはミユも同じだったのか彼女はほっとした表情をしている。それを見た俺は一旦、カーラの話は頭の隅に追いやることにした。するとようやくいつもの調子を取り戻すことができた。
「大がかりな処置が必要じゃなくて良かったね。まあひと月に一回は来るよ」
「ありがとうございます。助かりますー」
感謝の言葉を述べつつミユはむくりと起き上がった。そしてカーラの目の前まで行くと深々と頭を下げた。
「いいんだよ。ただね、1つお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
ミユはカーラの言葉に小首をかしげた。あらたまった調子で発せられたその言葉が気になった俺も、カーラのほうを見た。ミユと視線を合わせながらカーラは真剣な表情で続きを口にした。
「あたいは片付けがすごく苦手なんだ。自宅も、いろんなところに機器が転がってるような状態でね。だから何が言いたいのかというと、今回使った機器を片づけてアタッシュケースに押し込んでほしい。ついでに言えば、あたいの家まで来て片付けをしてほしい」
それを聞いた俺は思わずカーラにツッコミをいれた。ミユはというとカーラのあまりにも真剣なまなざしに押されているのか、目を丸くしながらもコクコクと頷く動作を繰り返していた。
「自分の家くらい自分で片付けろ。ミユも素直に従わなくていい」
「頼むよ!! ほんとに出来ないんだ!!」
「シジマさんとはまた別の方向の重症者みたいですー」
ミユが何か言っていたが俺はスルーした。そんなミユはというと完全に呆れた表情をしていた。そのような状況の中でも、カーラは必死の懇願を続けていたのだった。
結局のところ片付けはミユが行い、カーラが配置していた機器はすべてアタッシュケースにきれいに収められた。その様子を見ていたカーラは、やはり家の片付けをしてほしいと懇願してきた。そのあまりにも必死な形相には鬼気迫るものがあり、俺まで押し切られる形でそのうちカーラの家まで行くことになってしまった。
「それじゃ。また来るからね」
「ああ」
「はい。来月もお願いしますー」
来た時とは違ってカーラは静かに帰っていった。その表情はどこか嬉し気だった。よほど家の中の状態がひどいのだろう。嵐が去った後のように一気に室内は静かになった。
「なんというかにぎやかな方ですねー」
「あれはうるさいと言うんだ。それよりも食事が冷めてしまったな」
「あわわ。ほんとですね。今、温めますー」
俺の指摘にミユは小走り気味に食卓の上の皿をキッチンへと運び始めた。俺は自分の分くらいは手伝おうと思い、ミユと一緒に皿をキッチンへと運んだ。するとミユは嬉しそうに感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございますー」
「いや、作ってもらっている側だからな。これくらいは当然だ」
「それでも助かるのはほんとのことなのでー」
順番に持ってきたホットサンドの乗った皿を電子レンジで温める。そんななんでもない日常生活を送っていることを実感した時、ふと頭の隅に追いやっていたミユについての話を思い出してしまった。それを敏感に感じ取ったミユは俺のほうを見ながら質問してきた。
「シジマさん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか? 何か考え込んでいるみたいでしたが」
うっかり顔に出してしまっていたようだ。俺は努めて平静を保ちつつ、首を横に振ってなんでもないことだと、あらためてミユに伝えた。
「あっ。私の分は出来たみたいですよー」
「ああ。わかった」
電子レンジに自分の皿を入れながら、俺はカーラの表情と告げられた内容を思い返した。もちろん、今度は顔には出していない。生体アンドロイドの少女、ミユ。その背中を見つめながら考える。政府のデータベースに一切の情報のない彼女は一体何者で、どうやって生きてきたのか。それがどうしても気になった。そして、この場で聞いてしまおうかという気持ちが出てきた。
「ミユ」
「はい。なんでしょう?」
「お前の――いや、何でもない」
俺は再び首を横に振り自分の発言を制止した。今聞いても仕方の無いことだ。それに彼女が答えてくれない可能性だってある。加えて、カーラから話を聞いた時から自分の胸に感じている違和感が何なのか分からないでいる。それは決して良いものではなく、言い表すとすれば漠然とした不安のようなものと表現できるものだった。
「どうしたんですか?」
ミユはキッチンの台の上に皿を置くと、こちらを真正面から見つめてきた。その瞳には邪なものは一切感じられなかった。そうだ。彼女はいつもこうなのだ。純粋で邪なところがなく、少し抜けたところのある生体アンドロイド。それが俺の知る彼女であり、例えその正体が不明であったとしても変わることのない目の前の現実だ。
「いや、『お前の体は大丈夫なのか?』と言いかけただけだ」
「それでしたらもう問題はありません。先ほどのカーラさんのチェックで、万全の状態になっていますよー」
俺はかろうじて誤魔化すことができた。そのことに安堵していると、表情に出ていたのか勘違いしたミユが続けて声をかけてきた。
「ご心配おかけしましたー。でもミユはこの通り大丈夫ですよー」
「ああ。良かった」
「シジマさんはやっぱり優しい方ですー」
「またそれか。それは違うと言っているだろう」
なんでもない会話を交わす。笑顔のミユに、温かい食事。穏やかな時間が今日も過ぎていく。そうだ。これでいい。正体がどうであれミユはミユだ。俺はそう思い今度こそ、今日の出来事は胸の内に深くしまい込んでおくことにしたのだった。
読んでくださり、本当にありがとうございます!!