来訪者(前編)
3話もよろしくお願いします。
「朝ごはん出来てますよー。どうぞ召し上がってくださいー」
「よく毎回、違うメニューを出せるな」
ミユが俺の家に来てから1週間が経った。その間、朝昼晩の食事はミユが作るようになっていた。ちなみに一度だけ軍事用の保存食に手を伸ばそうとしたのだが、例の威圧感を感じた俺は素直に出された料理を食べることにしている。
「今朝はホットサンドとサラダですー」
ミユはコーヒーをカップに注ぎながら、テーブルにつくことを促してきた。それに従い俺は椅子に腰掛けた。なんというか、この1週間ですっかり馴染んでしまった。この流れに違和感を感じなくなってきている。俺はこのままでいいのだろうか。自分自身に疑問を抱きつつも、出来立ての暖かさを保つホットサンドにかじりつく。するとカリッとした食感とともに、はさまれていた半熟卵の味が口の中に広がった。
「これはうまい」
「よかったですー。サラダもあわせてどうぞ―」
言われるままに俺はサラダにも手をつけた。レタスや細切りのニンジン、スライスされた玉ねぎはスパイシーなソースがかけられていることで見事なまでのハーモニーを奏でていた。
「サラダも絶品だ」
「ありがとうございますー」
俺の言葉にミユは満足げに微笑みながらうなずいた。それから、つけていたエプロンを外すと俺と向かい合う形でテーブルにつき自らも食事を始めた。そんな風にこの1週間で当たり前になりつつある時間を過ごしていると、突然インターホンが鳴った。
「む。誰か来たようだな」
「あわわ。ミユが出ましょうか?」
「いや俺が出る」
俺はすぐさまガタッと椅子を引いて立ち上がり玄関へと向かい、勢いよくドアを開けた。するとそこには、俺もよく知っている女性が立っていた。
「おはようシジマ。中に入れておくれー」
「ダメだ」
短く拒否の言葉を口にして速攻でドアを閉じた。するとその女性は、ドアをガンガン叩きながら俺の対応に抗議しはじめた。ガンガンという音と、くぐもった声がドア越しに聞こえる。
「なんで閉めるんだい!? あたいとシジマの仲じゃないか!!」
近所に迷惑と誤解を生みかねないと思った俺は、チッと舌打ちをしながら再びドアを開けた。すると彼女はめそめそと泣きながら俺への怨嗟の声を上げ始めた。
「ううっ。ひどいよシジマ。あーんなことまでしたっていうのに」
「誤解を招くようなことを言うな。ブレードのメンテナンスしかしていないだろう」
「それにしたってひどいよ!! 唯一の友人に対する対応としてどうかと思うよ!!」
「分かったから大声を出すのをやめろ。近所迷惑だ」
俺の言葉に彼女はむすっとして黙り込んだ。燃えるような赤い短髪が特徴的なその女性は、自称俺の友人であるカーラ=ベクスターその人だ。
「あの。シジマさん。この方はどなたなのですかー?」
少し静かになったところで奥からミユが顔を出してきた。それを見たカーラは興味深いものを見る目で俺とミユを交互に見やって、その次にはニヤニヤとしはじめた。それにイラっとした俺はすぐさま手刀をカーラの頭に叩き込んだ。
「痛っ!! あたいの天才的な頭脳になんてことするんだい!!」
「こいつの名前はカーラ=ベクスター。自称俺の友人だ。傭兵団カルスラールの総合技術部門で部長をしている。技術力は一流で、ブレードのメンテナンスなんかも出来る」
「って無視!? ひどいよシジマぁ!!」
「まあ見ての通り、居ると1人でもやかましいのが問題な人物だ」
「なるほど。よくわかりましたー」
ミユはコクコクと頷きながら納得した様子だった。当のカーラは俺による紹介が終わったところで、大げさに両手で頭を抱えるのをやめてこちらに向き直った。
「というわけで、中に入れてもらうよ」
「ダメだといっているだろう」
「いや個人的な用事じゃなくて、そっちのミユとかいう子の用事で来たんだけど」
「何?」
俺はミユの名を口にしたカーラを見て不審に思った。カーラとミユは面識がないはずだ。ウルスラからも預かってからはずっと団長室の隣室でかくまっていたと聞いている。だから、俺はカーラになぜミユのことを知っているのかストレートに質問した。
「なぜミユのことを知っている?」
「ああ。まだ説明してなかったんだった。ウルスラから命令されたときに聞いたんだよ」
「ウルスラからの命令?」
「そうさ。それも極秘命令でね。その子、生体アンドロイドに義務付けられてる定期チェックを受けられないし、しばらく受けていないんだろう?」
カーラの言葉を聞いた俺はミユのほうを見た。すると彼女はこくりとうなずいてから、自分の状態について説明を始めた。
「はい。確かにミユは定期チェックを1246日前を最後に受けていませんー。ですが頭部の通信機器を使ったオンラインでのセルフチェックを毎日行い、生命活動に問題がないことは確認していますー」
「普通に定期チェックを受ければいいんじゃないのか?」
「すみません。お話しすることは出来ないのですが、とある事情からそれができないのですー」
ミユは申し訳なさそうな表情をしてから、頭を下げてきた。なぜ定期チェックを受けられないのか。どうしても気になった俺はそれを問いただそうと思ったのだが、それを遮るようにカーラが発言した。
「まあそういうことだよ。どうも込み入った事情から定期チェックを受けられないらしい。そこで、あたいの出番というわけさ。あたいなら定期チェックと同じことができる」
「なるほどそういうことか。まあ、ウルスラからの命令なら従おう」
俺は釈然としないものを感じつつも、命令ならば仕方がないと思い受け入れることにした。入り口をふさぐのをやめて、カーラを家の中へと招き入れる。
「それじゃあ、お邪魔するよー」
「いまさらだな。それで必要な機器はそろっているのか?」
「このアタッシュケースに全部入っているから問題ないよ」
俺の質問にカーラは、返事とともに銀色のアタッシュケースを掲げて見せた。その後、カーラは俺たちが食事をとっていた部屋に入るとミユに床で横になるように言い、持ってきたアタッシュケースから次々と機器を取り出し始めた。
「機器をセットしてからも、しばらく横になっててね」
「はい。分かりましたー。ご迷惑おかけします―」
ミユを囲うようにさまざまな機器が並ぶ。しばらくしてからカーラが機器の電源を入れるとそれらは一斉に動作し始めた。
「ひとまずはこれでよし。後は待つだけだよ」
「はいー」
「それじゃちょっとシジマと話があるから、あたいらは離れるからね」
「話? なにかあるのか?」
「いいからあんたはこっちに来な」
俺が問いかけるとカーラは俺の腕をつかみ、ベランダへと移動した。ピシャリという音と共に完全防音の引き戸が閉まるのを確認してから、カーラはこちらを向いた。そこにはさきほどまでの砕けた様子はなかった。射抜くような鋭い視線をこちらに向け、険しい表情をしている。初めて見るカーラのその表情に俺はとても驚いた。
「シジマ。あの子からは手を引きな」
カーラは開口一番に言い放った。ほとんど警告に近いその物言いに、俺は疑問を抱きつつも反論した。
「ウルスラからの護衛命令だ。それはできない。しかし、なぜだ?」
「まだ未確定なんだけど、あの子はなんかヤバイものを抱えてる」
言葉を口にしつつポケットから小さな端末を取り出し、空中にモニターを出すとカーラはそれを操作し始めた。一緒にモニターを眺めているとどうやらそれは政府のデータベースを閲覧しているようだった。
「おい。政府のデータベースにハッキングするな」
「大事の前の小事だよ。こいつを見な」
そう言ってモニターに表示された内容の一部を指さした。そこにはミユの名前が載っていた。しかし、他の生体アンドロイドと違って、名前以外の情報が何も載っていなかった。
「名前以外のデータがない?」
「そうさ。ありえないことに、あの子のデータは名前以外、政府のデータベースに一切載っていない」
「これはどういうことだ?」
今の時代、すべての人間と生体アンドロイドはその全情報を政府によって管理されている。例外は一切ない。反政府組織の一員やテロリストとなった者でさえも何らかのデータは扱われているはずだ。
「どういうことかは分からない。けど、何かヤバイ事情がありそうなのは確かだよ」
「……」
カーラは依然として険しい表情のままだった。俺は室内で横になっているミユのほうを見た。彼女は言われた通り、部屋の中で大人しく横になっている。彼女に一体何があるというのだろうか。俺はどうしたらいいのかが分からず、自分が戸惑いを覚えているのを自覚したのだった。
3話もお読みいただき、ありがとうございました!!