生体アンドロイドの少女
よろしくお願いします。
見渡す限り一面の砂漠が広がっている。手元の温度計を確認すると、気温はゆうに50度を超えていた。うだるような暑さの中、岩陰に隠れながら俺は秘匿回線を使い発言した。
「こちらアルファ3。次の指示を求める。オーバー」
こちらからの呼びかけに対して、数秒おいてインカムから俺が所属する傭兵団カルスラールの仲間からの返答があった。だがその返答は俺が期待したものではなかった。
『アルファ1からアルファ3へ。テロリストどもの動くタイミングまで待機だ。オ-バー』
「アルファ3からアルファ1へ。いつまで待つつもりだ? こちらが干からびるぞ」
『アルファ1からアルファ3へ。待機と言ったら待機だ』
仲間の言葉に、俺は思わず顔をしかめた。もう3時間も砂漠の真っただ中で、待機を続けている。現場の指揮権が彼にあるのは分かっているし、敵が動くタイミングで奇襲を仕掛けるという定石を踏襲していることも理解している。だが、俺はもう我慢の限界だった。
「アルファ3より全部隊へ。アルファ3はこれより突撃を開始する!!」
『なっ!! 馬鹿なことをするな!! 命令違反だぞ!! 戻れ!!』
インカムから制止する声が聞こえてきたが、それを無視して俺はテロリスト2名が立つ、廃棄された地下施設の入り口に向かって全力疾走を始めた。とたんに、こちらを目視で発見したテロリストどもが声をあげて攻撃してくる。
「なんだてめぇ!?」
「銃やレーザーガンが効かねえ!! 戦闘用スーツを着込んでいるぞ!!」
現代において、銃やレーザーガンなどは過去の遺物だ。それらを簡単に防げるだけの素材や装備がとっくの昔に開発されている。だから俺はブレードを引き抜いて、テロリストの1人を袈裟懸けに切り裂いた。ナノレベルで超振動するブレードが、致命傷を与える。
「ギャアアアアアアアア!!」
切り裂いたテロリストが血しぶきをあげながら、絶叫する。それを見てもう1人のテロリストは恐怖のあまりか、震えながら硬直していた。俺はその好機を逃さず、ブレードで頭部を貫き、確実に仕留めて入口を制圧した。
『このクソガキが!! 後で覚えていろよ!! 全部隊、アルファ3に続け!!』
「こちらアルファ3。このまま地下施設へ突入する」
『もう好きにしろ!!』
地下施設内部に突入した俺はテロリストどもを相手に暴れまわった。最終的に、俺は1人で地下施設の最奥部にまで到達し、敵のリーダーを仕留めるに至ったのだった。
「この馬鹿野郎!! 無茶しやがって!!」
傭兵団カルスラールの本部に帰還するや否や、すぐに団長室へと呼び出された。その呼び出しに応じた結果がこれだ。険しい表情で俺を見つめながら、禿頭の大男がドンッと机を叩きながら叫んだ。
「命令違反もだが、それ以前に命と安全を大事にしろとあれほど教えただろう!!」
「しかし――」
「しかしもクソもない!! お前は謹慎処分にする!!」
怒鳴り疲れたのかその男は俺に謹慎処分を言い渡すと、ドカッと勢いよく椅子に座った。そして今度は口調を仕事のそれからプライベートのものへと変えて語りかけてきた。
「なあ、シジマよぅ。育ての親として命を大切にしないのは悲しいぞ。お前を再教育するべきだと確信したよ。このままじゃアレクとユキに申し訳が立たん」
俺は無言で返すしかなかった。作戦行動中に危険を冒して命令違反をしたのは事実だ。それに加え目の前の禿頭の大男、ウルスラ=ベルノートは大恩人であり、頭の上がらない存在だからだ。気まずい沈黙を破るために、俺は無理やり質問をした。
「再教育って何をするんだ?」
「ああ。それは実際に会ってもらったほうが早いな。ミユ!! こっちに来ていいぞ!!」
ウルスラが大声を出して呼ぶとミユと呼ばれた人物が隣室から入ってきた。その人物は雪のような白い髪色のロングヘアーの女の子だった。服装もそれに合わせてか、全体的に白を基調としている。それだけならば特に気にすることはなかったのだが、頭部に通信機器と思われるものが備わっていてそれが目を引いた。
「生体アンドロイドか」
「はい!! その通りです!! ミユと言います!!」
生体アンドロイドとは、要は人間とほとんど同じようなアンドロイドのことだ。人間と同じ肉体を持ち、人間と同じように自律した心を持つ。人間と子供を作ることもできるし人権もある。
「それでウルスラ、このミユって子がどうかしたのか?」
「お前にミユと2人で暮らすことを命令する」
「は?」
言われたことが理解できず間の抜けた声を出してしまった。より正確には意味が分からなかった。再教育のために生体アンドロイドと暮らせとはどういうことなのだろうか。
「ウルスラ、意味が分からない。ちゃんと説明してくれ」
「お前は協調性がなさすぎる。2人で生活して、協調性を育め。そういう意図だ」
なるほど理屈は分かった。だが俺の心は納得していなかった。幼少期を含めて、ウルスラ以外の人物を家に招き入れたことなどない。プライベートの空間に、よく知りもしない人物を入れるなど勘弁してほしかった。
「お話を聞く限りでの推測ですが、あなたがミユを守ってくれるシジマさんですか?」
俺が心の中で不満を抱いている間に、ミユが俺のほうを見つめながら話しかけてきた。そこで新たな疑問が生まれた。2人で暮らせとは言われたが、守ってくれるとはどういう意味なのだろうか。
「確かに俺がシジマだ。それよりも守ってくれるとはどういう意味だ?」
「そのようにウルスラさんから、お聞きしていますー」
俺とミユは同時にウルスラのほうを見た。ウルスラはそんな俺たちを見てニヤリと笑った。俺はそれを見てとても嫌な予感がした。ウルスラは話に裏がある場合、必ずこうした笑い方をする。幼い頃からよく見てきた表情だ。
「シジマ。言い忘れていたが、ミユはお前にとっての護衛対象だ」
「待て。話が見えなくなったぞ。そもそも謹慎処分なんじゃないのか」
「謹慎処分にはするが、同時に任務も与えるということだ。そうでもしない限り、お前は受け入れないからな。あと勘違いするなよ。話せないがちゃんとした理由があってミユは保護することにしている」
ウルスラの説明を聞いて俺はウルスラの人の悪さを呪った。俺が任務を断れない性格であることをよく理解したうえで、命令している。誰かをプライベートの空間に入れることは嫌だが、それがただ一緒に暮らすのではなく任務としてつきっきりで護衛しろとなると受け取り方も変わってくる。
「チッ。そういうことは先に言え」
「舌打ちをするな。お前に対する再教育を兼ねているのも本当のことだ」
ミユと一緒に暮らすことについて反論を述べようと思っていたが、俺はやめることにした。任務として捉えることにしたからだ。
「ああ、あとお前に注意事項を伝えておく」
「まだ続きがあるのか」
「お前の都合での外出は認めない。一応、謹慎処分だからな。だがミユの意思での外出は許可する。基本的には彼女の自由にさせろ」
「護衛任務だろう? 家にこもっていたほうがいいんじゃないのか?」
「この街の中だけなら安全だから問題はないだろう」
確かにこの街は、他の街と比べて格段に治安がいい。そもそもの事件の発生回数が少ないし、何かあったとしても俺たちカルスラールがいる。血迷ったテロリストが出たとしてもすぐに鎮圧されるだろう。
「条件はそれだけか?」
「条件については他にはない。それよりもお前、本当に分かっているのか? 女の子と同棲するんだぞ?」
「分かっている。ベッドは譲って寝袋で寝るし、生活用品で必要なものは買いそろえよう」
「いや、そういう話じゃない。もっとこう、女の子として意識したりはしないのか?」
ウルスラの言葉を聞いて俺は、ミユの方を向きまじまじと観察した。すると、なぜかミユは顔を赤くしてもじもじし始めた。
「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいですー」
「こら、女の子をそんなにジロジロ見るんじゃない。それで何か感じないのか」
「特に何も感じないが? あえて言えば艶のある白髪が目を引く容姿が整った子だと思いはしたが」
「はぁ。前半で大減点だが、後半で褒めているからよしとしよう」
ウルスラは大きなため息をつきながら、やれやれと言わんばかりに両手を挙げた。ミユは相変わらず顔が赤いままだ。俺はそんな2人の心情がサッパリわからないでいたのだった。
1話を読んでくださり、本当にありがとうございました!!