日常1.勇者と魔王の日常
ここは魔王城と人間の町の間にある、森の中に建てられた喫茶「ゆずみち」。
この喫茶は人間や魔族の集まる場所として有名となっている。
今日はその中でも最も有名な二人の顔がカウンターにそろって座っていた。
忙しい二人にとってはかなり珍しいことだ。
「くぅ~暑い日にはアイスカフェオレ!これだけは外せない!!」
「うるさいわねぇ。黙って飲めないのかしら」
「おいしいものを美味しいって言って何が悪い!」
「もう少し味わって飲みなさいよ。私のアメリカンコーヒーをゆっくり飲めないじゃないの」
勇者と魔王は色々言い合いながら、自分の好きな飲み物を飲んでいる。
ただ、二人の顔は嫌な顔ではなく、少し笑っている。
その様子を見ていたマスターが飲み物を持って現れる。
「勇者さん、お代わりのアイスカフェオレ。どうせ飲むでしょ」
「気が利くねぇ、ありがと!今日は魔王のおごりなんでジャンジャン持ってきて!!」
勇者は飲み切ってからのコップをマスターに渡し、マスターからコップギリギリまで継がれたアイスカフェオレを受け取る。
アイスカフェオレを渡したマスターは、勇者と魔王に尋ねる。
「最近、勇者さんも魔王さんもあまりお顔を出して頂けてなかったと思いますが、どうかしたんですか?今日は来てませんが、柚乃もイロナも寂しがってましたよ」
その声を聞いた魔王は顔を赤くして俯き、勇者は顔をにやにやさせる。
二人のあまりの差にマスターは困惑しているようだ。
その様子を見た勇者は魔王に話しかける。
「魔王、俺から言っていいか?本当に言っちゃっていいのか??」
魔王はその言葉にプルプルしながら、ほぼ聞こえないぐらいの小さな声でつぶやく。
「私から言うわ」
「えっ、聞こえないんだけど」
「私から言うから、あんたは黙ってて!!」
魔王の顔は耳まで真っ赤になりながら叫んだ。
その様子を涼しい顔で勇者は見ている。
マスターは少し心配になり、魔王に話しかける。
「魔王さん。話したくなければ大丈夫ですよ」
「いや、どうせ今日話さなくても、こいつがあることないこと言い振らされるぐらいなら、私から話すわ」
「俺はそんなことしないよ~」
「だから黙ってて!!」
魔王は勇者にぴしゃりと言い切る。
そしてマスターの方を向いて話す。
「あのね……魔族とのお見合いがあったの」
「お見合い………………ですか」
マスターは想像していた言葉の中にない言葉だったためか、
オウム返ししかできず、固まっていた。
その様子を見ていた勇者はげらげら笑っている。
「そうよ、お見合いよ。去年もう一度魔王になってから、ずっと側近のアリスから『いつお相手見つけるんですか?』って言われ続けて……」
「あれ、そんな話はアリス含め魔族のどの方からも聞いたことなかったですが」
「まぁ、マスターは知らないと思うけど、魔王って暗黙の了解で100年間独身が続いたら、相手を見つけるのが一般的なのよ……って言っても、はるか昔の風習なんだから無視したいんだけど」
「そうなんだ」
マスターは頷く。
ただ、何か腑に落ちないらしい。
「まぁ、それでアリスさんからお見合いの打診があったのはわかりますが……どうして勇者さんはそのことを知っているのですか?魔王さんが勝手にお見合いをしたってだけでしょ」
「それは……」
魔王は再び耳まで顔を真っ赤にする。
ゲラゲラ笑って涙まで拭いていた勇者はそれを見て、話し始める。
「お見合いが本当に嫌だったんだって」
「どうして?」
「そこはわからないけど、とにかくアリスちゃんが持って来た顔写真を一通り見たものの、全部嫌だったらしい」
勇者は真っ赤な顔の魔王を横目で見つつ話す。
魔王は黙ったままだ。
そして、そのまま勇者が話を続ける。
「ただ、アリスちゃんが業を煮やして最近ぶちぎれちゃって。それに困ってどうしていいかわからないから、俺のところに相談しに来たってわけ」
「た、たまたま貴方がこっちに用事があって来たから話しちゃっただけでしょ」
少し詰まりながらも魔王は反論する。
勇者は笑顔が隠し切れない感じで返す。
「まぁ、そういうことにしといてやろうじゃないか。魔王『くん』」
「……!!」
魔王はぽかぽかと勇者を叩く。
それを勇者は守らずに叩かれている。
「やめろって!」
「うるさい!!」
その様子を前に見たマスターは優しい目でニコニコしながら黙って見ている。
いつもの光景なのだろう。
それに気づいた魔王は咳ばらいをして叩くのをやめる。
叩くのをやめたのを見たマスターは話しかける。
「で、結局どうなったの」
「どうしてもアリスがお見合いさせるってうるさいから、勇者が決めてくれた案に乗った」
魔王は勇者をかなり強調して話す。
それを見ていた勇者は苦笑しながら話す。
「人間界でベッタベタの展開で進めてみた」
「ベッタベタの展開って?」
「お見合いさせて、その途中で『俺の彼女と何してんだ!!』って言って来た」
「言って来た?」
マスターは眉をひそめる。
そして再度聞き返した。
「言って来たって、勇者さんが?」
「もちろん!」
勇者は元気に答えた。
対して、魔王は恥ずかしいのか心なしか体まで小さく見える。
「その時のアリスちゃんの顔が『マジで!?』って顔で面白かった!」
「アリスさんの気持ち、僕にはわかるかもしれない……」
勇者とは対照的にマスターの顔は曇る。
続けて、マスターは勇者聞いた。
「そのあとはどんな感じだった?」
「もちろんお見合いは破談。ただ、アリスちゃんからは『いつ式挙げるんですか?』って聞かれるようになっちゃって」
「……まだ本当のこと話していないんですか?」
「もちろん。まだ命は惜しいからね」
どこ吹く風で話す勇者。
大きくため息をついて、魔王がマスターにお願いする。
「マスター。あまりこういうお願い好きじゃないんだけど、今度ここにアリスにおつかいさせるから、いい感じに情報流してくれないかしら」
「仕方ないですね。わかりました」
マスターは魔王の要望に答える。
勇者は手を叩いてマスターに話しかける。
「この話は終わり!マスター、アイスカフェオレじゃんじゃん持ってきて」
「はいよ」
「あんたねぇ……遠慮しなさいよ」
魔王のため息にマスターと勇者は見合わせて笑った。
ここは、様々なお客様が来られる喫茶「ゆずみち」
さて、次はどのようなお客様が来店されて、お話を聞かせて頂けるのでしょうか。