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第6話 何があってもおじさんが守ってやっから



 部屋に到着して、ドアを開けて中へ入る。

 ルイをソファに降ろして、その横に座る。


「よし、『熱き風よ』」


 レオはルイの頭に手をかざし、魔法でさっと髪を交わし、そのままポンタも乾かす。すぐにふわっとしたが、ブラシが必要そうだ。

 自分の頭もさっさと乾かし、レオは立ち上がる。


「ちょっとそこにいてな。荷物を確認するからよ」


 レオはそう声をかけて金庫からポーチを取り出し、床の上にどかりと座り、ポーチの中身を確認する。


「『リスト閲覧』」


 そう唱えれば、羊皮紙がどこからともなく現れ、それはぷかぷかと宙に浮く。

 これはポーチの中身が記載されていて、羊皮紙に見えるが実際は魔力の塊らしい。専門外なので、詳しいことはレオも知らない。


「お、あった」


 レオはブラシを取り出して、ルイに渡す。


「ポンタを梳かしてやんな」


 ルイの手に渡して、再びリストを見る。


「すぐに旅に出るわけじゃねえし……んだが、やっぱり治癒ポーションは必要だってことを実感したから買っとかねぇとな」


 ぶつぶつ言いながら、レオは買い足すものを決めていく。

 ふと左側にぬくもりを感じて目を向ければ、ポンタを抱えルイが興味深そうに宙に浮かぶ羊皮紙を見ていた。


「気になるか?」


 笑い交じりに問えば、ルイはこくんと頷いた。


「字は読めるか?」


「……わかんない。ごしょごしょしてる」


 ルイはそう言って、おそるおそる指で羊皮紙をつつくが、魔力でしかないそれは、触れることはできず細い指は向こう側に貫通してしまう。


「ほんものじゃないの?」


「こりゃ、魔力の塊らしいからな。俺も詳しいことは分からんが」


「まりょくってなに? さっきかみかわかしてくれたのも、まりょく?」


「ありゃ魔法だ。魔力ってのは魔法を使うのに必要なもんだな。例えば……『水の球よ』」


 手の平を上にして、魔力をそこに集中させ、言葉にも魔力を乗せれば、レオの手の平の上には水の球が出来上がる。


「わぁ! すごい!」


 ルイが無邪気に喜ぶ。その姿は、年相応でレオの表情も自然と緩む。

 細い指が今度は水球をつつく。


「中へ入れてみ?」


 レオが促すと、二人は恐る恐る水球の中へ指を入れる。水球は、球体を保つために中でぐるぐると水が流れている。


「うわ、くすぐったい! びゅーってしてる!」


 目をキラキラと輝かせて、ルイはレオの手の上の水球で遊ぶのに夢中だ。手をかざしてみたり、握ってみたり。レオがあやつる水球は、小さな手から逃げたり、受け入れたりするので、余計に面白いようだった。


「おじさん、マジシャンみたいだね!」


「まじしゃん?」


 また聞きなれぬ単語に首を傾げる。


「おとうさんがみてたテレビにでてた。こうやってふしぎなちからをつかうの。こういうのは、やりかたがあるんでしょ? どうやるの?」


「どうって、こりゃ魔法だからな……適性がありゃ、お前もその内、できるようになるさ」


「まほう? まほうってなに?」


 ルイがますます首を傾げた。


「魔法……まほうってのは、あのー……魔力をだな、別のものに変換、変換は難しいか……んー、変えるっていうか……」


「まりょくってなに?」


「えーっと魔力はあれだよ。魔法の素で、あの……なんていえばいいんだ……?」


 考えれば考えるほど呼吸をするのと同じくらいに当たり前に存在している魔力や魔法というものを、どう説明すればいいのかわからなくなってくる。


「……お前たちの父ちゃんと母ちゃんは、魔法を使ってなかったのか?」


「こういうふしぎなやつ?」


 ルイが出しっぱなしの水球を指さす。


「ああ。それとか……だめだ、ぱっと見せられるやつが思い浮かばねぇ」


 レオは他に火魔法のスキルと風魔法のスキルを持っているが、風魔法は目に見えないし、火魔法は、一歩間違えれば火事になるので厨房など防火設備が整った場所を除いて室内で使うことは基本的に禁止されている。


「そうだ、これなら……」


 レオは、ポーチからランタンを取り出す。


「これは?」


「魔力で作動するランタンだ。こうやって、ここに手をかざして、魔力を込めると……」


 なんてことないランタンだが、てっぺんにある小さな魔石に手をかざして、魔力を流し込めば、深紅の炎が燃え上がった。


「わぁ……」


 感嘆の込められたつぶやきに自然と頬も緩む。出会ってからまだ一日と経っていないとはいえ、先ほどから子どもらしい表情を見せてくれるのが嬉しかった。


「こりゃ、俺の魔力の色だ。魔力の色は人によって違うんだ。こっちの土台のほうにもっと大きな魔石が入っていて、魔力が貯められるようになってんだ」


「オレもできる?」


 ルイの問いにレオはランタンの火を消しながら、顎を撫でる。


「魔力がありゃあ誰でも……よし、やってみるか」


 魔力の存在を知らない子どもなので、できるかどうかは分からないが、やってみる価値はある。


「まずは、ここに手を当てて……」


 ルイの小さな手をてっぺんの魔石に導く。


「んで……あー、魔力を流すんだが……」


 すぐにでかい壁にぶち当たってしまった。

 魔力の存在を知らない子どもに、どうやって魔力の存在を教えればいいか、レオにはさっぱりと分からなかった。

 魔法が得意なロザリーだったら、と何度となく思い出してしまう彼女に記憶の中で縋りながら、レオはうんうんと唸る。


「魔力っつーのは……」


 先ほどもこの説明でつまずいたのだった、と苦い顔になる。

 無垢な二つの瞳がじっとレオを見つめている。こころなしかポンタまでレオを見つめている。


「繊細な使い方はあんまり得意じゃねぇんだけどなぁ……一回、離してくれ」


 ランタンを傍らへ置き、右手を手のひらを上にして差し出す。


「手、のせてみろ」


 レオの武骨な手に、あどけない小さな手が乗せられた。なぜかポンタもルイの手にくっつけるようにちょんと乗せてきた。


「ぎゅってするぞ」


 そう声をかけて、一人と一匹の手を握りしめる。

 骨がちゃんとあるのか心配になるほど、小さな小さな子どもの手と細っこすぎるポンタの前足をレオは柔い力で握る。

 そして、そうっと自身の魔力をルイに流し込む。


「……あったかい。ぽかぽかする」


 ルイがぽつりとつぶやく。

 手のひらから腕を通り、肩を超えて体の中へ。そして体の中心、胃の下あたりに見つけたものにほっと息をつく。

 ルイのもう片方の手がそこをさする。


「……ここ、なんかある」


「そこにあるのが魔力だよ。魔器って呼ばれる器官がある。心臓と同じくらいの大きさで薄い膜に覆われてて中はスポンジみてぇになってる。そこに魔力がためられるようになってるんだ。その魔器から全身へ魔力は流れて行く」


「あのね、あの……おひるにおそとにあるやつみたい。ひかってるやつ。ぽかぽかのやつ」


 ルイが一生懸命言葉をつむぐ。

 昼間に外にあって、光っていて、ぽかぽかするやつとはなんだろうか。ぽかぽかするということは暖かいのか、と考えて答えを見つける。


「……太陽のことか?」


 ルイが、うん、と頷いた。


「俺は火魔法が得意だからかもな。とりあえず、このあったけぇもんを全身に広げていく感じでやってみろ。体には血が流れてるだろ? それを想像するとやりやすいかもしれん」


 ゆっくりと流していた魔力を引き、手を離す。

 小さな手が再びランタンの上に置かれた。


「血といっしょ……ぐるぐる……びょーん」


 よくわからないが何かをつぶやきながら、ルイは真剣な面持ちでランタンを見つめていた。レオも固唾をのんで見守る。

 じわじわと時間が経って。今日は無理するなとレオが声をかけようとしたとき、ランタンの中でレオのそれによく似た赤い炎がふわりと燃えあがった。


「お、おおー! やったな!」


「こ、これ、オレの?」


 ルイが信じられないといった様子で赤い炎を指さした。


「そう、これがお前さんの魔力の色だ。俺のより色が明るくて、綺麗だな」


 思わずルイの頭をくしゃくしゃと撫でた。一瞬、揺れた細い肩に手を引っ込めそうになったが、続いた嬉しそうな、それでいて照れくさそうな顔になでなでを続行した。


「これが、オレの……」


 ルイはうっとりと炎を見つめていたが、鮮やかな赤い炎がまもなく小さくなりはじめ、ふっと消えてしまった。


「……きえちゃった」


「ちょっとの魔力しか入ってなかったんだろうな。だが、子どもの内は、魔器も小さくてためられる魔力だって少ないんだ」


「大人になったらずっとつく?」


「これは魔石の容量が一晩くらいだけどな。これは大人用だからな。魔力をうすーく流して使うか、毎日少しずつこの土台の中の魔石に魔力を貯めておくんだ。……そうだ」


 レオは立ち上がり、ベッドの頭の上にある出窓のところにランタンを置く。


「宿にいる間は、ここに置いとく。だから毎晩、寝る前に魔力を操る練習をしよう」


「ねるまえに?」


「おう。魔力ってのは体力と一緒で、飯食って寝りゃ回復するんだ。だから寝る前に練習すれば、多少、魔力を使い過ぎても大丈夫ってわけだ」


「じゃあ、またねるまえにする?」


「今日はもう終わり。初めて魔力を使ったんだから、ゆっくりなゆっくり」


 レオはそう告げて、ベッドに腰かける。


「あー、腹減ったな」


 そういえば昼飯を食べるのをうっかり忘れていた。


「ねえ、おじさん。ほかにもまほうはある?」


「おう。色々あるぞ。おじさんはさっき見せた水と火と風の魔法が使える。でも、おじさんの仲間だったロザリーってお姉さんは魔法が得意ですごい上手なんだ。治癒魔法もちょっとは使えるしな」


「ちゆまほうってなぁに?」


 おいで、と手招きすればルイが隣にちょこんと座り、ポンタはルイとレオの間に割り込んできて座った。ポンタの小さすぎる頭を撫でながらレオは先を続ける。


「治癒魔法ってのは、怪我を治す魔法だ。病院でお医者さんがルイのここを直してくれたのも魔法だ」


 切り傷があったルイの足の裏を指さす。


「ロザリーっていうおねえさんは、つかえるの?」


「おう。彼女は素晴らしい魔法士だ。美人でスタイルも抜群で、ただちょーっと口が悪くて手が先に出るが、いい女だ。おじさんの大事な人だった」


「……だいじって、オレのポンタみたいなこと?」


「そうだな。ルイにとってのポンタが、オレにとってのロザリーだ」


「なんでいっしょにいないの?」


「……おじさんが弱虫だったからだ。ちょっと、喧嘩しちゃってな。ごめんって言えなかったんだ」


 せめて「苦労をかけてごめん」と「今までありがとう」と言えればよかった。言うために彼女が戻るのを待てばよかった。

 でも、ルディたちに拒否されるより、ずっとレオの味方でいてくれたロザリーに直接拒否されるほうが、辛くて怖かった。だからレオは、ルディたちの出す無茶苦茶な条件を飲んで、彼女が戻るよりも早く逃げるように王都を出たのだ。


「……おとうさんとおかあさんも、ときどきケンカしてた。ケンカはこわいから、すきじゃない」


 ルイがしゅんとが落ち込んでしまった。


「大丈夫、大丈夫。俺たちの喧嘩は怖くねえからさ……!」


 自分でもよくわからない言い訳をして、ルイの頭を撫でた。少しびくっと体を揺らしたが、大人しく撫でられる。

 暴力を受けていた痕跡が見え隠れしていた子どもだったので、レオは特に視界を覆うような触れ方はしないように極力気を付けていたのだが、うっかりしてしまった。

だが、思いのほか、受け入れてもらえて安堵する。

 それから、話をしている内にルイが船をこぎ始めた。


「少し寝ていいぞ。夕飯になったら起こしてやる」


 ルイがこくんと頷いて、ベッドの上で丸くなった。ポンタがいつものように寄り添う姿に目を細め、レオはこの隙に荷物の整理をしてしまおうとリストに向き直るのだった。




「夕飯を持ってきたよ」


 マージの声が聞こえて、もうそんな時間か、と驚きながら、レオは立ち上がりドアを開ける。少し前に起きたルイもついてきて、レオの脚に隠れるように廊下を覗く。

 するといい匂いが鼻先を撫でた。


「おー、うまそうな匂い」


「あたしの旦那の料理はうまいよ。風呂と並んでうちの名物さ」


 そういってマージが傍らのワゴンからトレーを二つ、渡してくれた。

 メインはトサカ鳥のソテー、野菜のスープにパンがついている。


「このゆでたお肉は、ポンタのだよ」


「わんわんっ!」


 トレーの片隅に乗っていたほぐした肉をゆびさしてマージが説明すれば、足元でポンタがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現した。


「はい、ルイもこれを運んでね」


 マージがパンがどっさり入ったカゴをルイに渡す。


「うちはパンはおかわり自由でね。普段は部屋だと食堂まで取りにきてもらうんだけど、疲れているだろうから今日は特別だよ」


「ありがとう、マージ」


「どういたしまして。そうだ、朝食は朝七時半までには食堂で済ませておくれ。昼食は別料金だけど、遅くとも朝食の時にでも言ってくれればサンドウィッチくらいは用意できるからね」


「ああ。分かった」


「じゃあ、ごゆっくり。ルイ、たくさんお食べな」


 にこやかに微笑んでマージが去って行くのを見送り、部屋へと戻る。

 レオは、ソファの前のローテーブルに料理の乗ったトレーを置いて、ルイと並んで床に座る。


「おー、うまそうだな」


 もも肉をそのまま使った大きなソテーは肉厚でおいしそうだ。皮目がパリッとしていて、良い焼き色がますます食欲をそそる。

 隣にちょこんと座ったルイの口からよだれが垂れそうになっているのを見つけて、小さく笑いを一つ零した。


「ナイフとフォークの使い方、分かるか?」


 ルイはレオの問いに首を横に振った。そして、困ったようにレオを見上げる。


「じゃあ、少しずつ覚えていこうな。今夜は俺が切ってやる」


 レオは、ナイフとフォークでソテーを切り分けていく。

 困っていた顔が、だんだんとわくわくした顔になってくる。レオは途中で、小さく切り分けたそれをルイの口元に運んだ。


「あーん」


 一瞬、きょとんとしたルイだったがレオがもう一度、あーんと言いながら口を開けるとそれを真似して、小さな口を開けた。そこに肉を放り込む。

 もぐもぐと頬が動いて、ぱぁっと表情が明るくなる。昨夜も思ったが、美味しいものを食べた時のルイは、とても良い顔をする。

 自然とこぼれる笑みをそのままにレオは、ルイの分のソテーを丁寧に切り分けた。


「これでよし、と。パンは好きに食え。このバターを塗っても美味しいからな」


「……おじさん、ありがとう」


「おう、どういたしまして」


 ふっと笑えば、ルイも小さく笑ったような気がした。

 夕食の時間は和やかに過ぎて、ルイは肉をぺろりと平らげた。ポンタも一心不乱に肉を食べていたが、食べ終わると早々にベッドの上で丸くなって眠ってしまった。

 片づけはしておくからとルイを先にベッドに促し、レオはテーブルの上を片付けて、ワゴンに空の皿を乗せて廊下に出しておく。

 部屋に戻ったところで、ゴゴゴゴゴゴゴ……とまた地鳴りが聞こえた。しかも、森で感じたものとは違って、かすかにだが確かに揺れている。


「お、おじさん……!」


 眠りかけていたルイが飛び起きて、抱き着いてくる。

 ポンタがレオの足元にやってきて、うーっと唸って何かを警戒する。

 レオはルイを抱き留めて、耳をそばだてる。この宿に宿泊する人々やマージたち従業員の戸惑う声は聞こえるが、それ以外の情報は拾えない。

 そしてまた地鳴りは徐々に止んだ。


「……おじさん、いまのなに? 地震?」


 昨夜の地鳴りの時は、ルイは眠っていたので目を白黒させて、かすかに震えている。


「地震じゃねぇとは思うが……大丈夫、何があってもおじさんがルイとポンタを守ってやっから」


「わんわん!」


 ポンタがまるでルイは、自分が守るんだとでもいうように主張する。


「ポンタもルイを守ってくれるらしいから、大丈夫だ」


 しかしルイはよほど怖かったのか、ぎゅっとレオの首にしがみついてきて何も言わない。


「……ルイが嫌じゃなければ、今日はおじさんと一緒に寝るか?」


 こくんと頷いたルイの背を撫でて、レオはそのままベッドに上がりルイを抱いたまま横になる。


「大丈夫、絶対に大丈夫だ、ルイ」


 そう声をかけて、背中をさすってやっている内にルイは、ゆっくりと眠りに落ちて行った。昼寝もしたが、疲れが溜まっているのだろう。昨日のテントは、寝心地がいいとは言えない。


「……やっぱり、この町にゃ置いていけねぇな。危なすぎる」


 そうこぼしながら、レオはあれこれしなきゃな、と思いつつ、温かな子ども体温とレオの顔の前で丸まったポンタのぬくもりに引きずられるように、呆気なく眠ってしまったのだった。



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