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幕間1 ロザリーの決意


「ねえ、これはどういうことかしら?」


 ロザリーは冒険者ギルドのロビーの一角でくつろいでいたルディにギルドカードを突きつけた。


「見ての通りだ。昨日付けで、俺がリーダーになった。あいつは追放だ」


 ルディはカードを一瞥し、再び手元の剣に視線を落とし、手入れを続ける。

 ロザリーは信じられない、とつぶやきもう一度、自分のギルドカードを見る。

 ロザリーはつい先ほどまでギルドマスター直々に頼まれたクエストをこなしていた。

 王都から少し離れた森の中に自生する薬草の採取依頼だ。その薬草は採取できる時間が決まっていて、どうしても一泊はしないとならず、近くの村に宿泊し、薬草を採取して、先ほど、王都へ戻ってきた。

 受付でクエスト完了の手続きをしてもらった際にギルドカードの更新が必要だと言われて、首を傾げながらも更新してもらったのだ。


『ロザリー

 ランク B

25歳 女性 花人族

魔法士 


所属パーティー

金の鉄槌

リーダー ルディ

メンバー ロザリー ララ ガアデ』


 更新されたカードには、ロザリーの最愛のリーダーの名前がなかった。


「レオは?」


「知らねぇよ」


「レオならぁ、出てったよぉ」


 ルディの横で自分の爪の手入れをしていらララがロザリーを見上げる。


「レオってば、この間の昇級試験に落ちたのぉ。それでぇ、マスターも交えて、ちゃーんと話し合ったんだよ。その結果、レオはパーティーを出てったのぉ」


 間延びした喋り方は、最初に会った時からロザリーの癇に障った。今は余計にロザリーを苛立たせた。


「しょーがねぇだろ。弱い奴がいつまでも頭じゃ、俺たちどこへも行けやしねえ」


 もう一つのソファにごろ寝しているガアデが言った。


「……そう、分かったわ」


 ロザリーは深緑のローブの刺繍入りの裾を翻し、カウンターへと行く。


「パーティー脱退の手続きをしたいの。書類をもらえる?」


 受付嬢が目を丸くして固まった。


「え、で、でもロザリー様……」


「おい、ロザリー」


 ルディが剣を鞘に戻してこちらに歩み寄って来る。


「私も何度も昇級試験に落ちている落ちこぼれだもの。貴方たちのような素晴らしいパーティーに私はふさわしくないわ。そうでしょう?」


 ロザリーは小首を傾げて微笑んだ。その拍子にひらひらと白い薔薇の花びらがロザリーから零れ落ちる。


「だが、レオという戦力を喪ったんだ。お前まで抜けたら」


 ルディが焦ったように言いつのる。


「大丈夫よ。マスターも目をかけてくれる素晴らしいパーティーだものすぐに席は埋まるわ。……ねえ、手続き、早くしてくれるかしら」


「は、はい!」


 呆然としていた受付嬢が慌てて書類を取り出した。

 ロザリーは差し出されたペンを受け取ろうとするが、それは横から伸びてきた武骨な手に遮られる。


「ロザリー、俺はお前が抜けるのは認めない」


「あら、残念。パーティーの脱退は個人の意思が最優先されるの。あの重たい規約書にそう書いてあるわ」


 カウンターの壁際の書棚に置かれた「冒険者ギルド規約書」を指さす。


「もぉ、いいじゃん、ルディ。こーんなおばさんいなくたって、魔法ならララがつかえるもん」


 ララがルディの腕に自分の腕を絡ませながら、口をはさんでくる。

 ララがルディを狙っていることぐらいはとっくに気づいている。ただルディの心は彼女に向いていない。

 だがロザリーはその心を向けられたところで、受け取ることはできない。

 だってロザリーの最愛は、彼ではないから。

 ロザリーは、はっと鼻で笑って、わざとララにはない豊満な胸を強調するように腕を組んで、ララを見下ろす。


「ルディだっていい男よ? でも、この私に相応しいのは、百獣を統べる王たる男よ」


 ルディが顔を強張らせ、ララは怒りに顔を赤くする。いつのまにか傍にきていたガアデがロザリーが強調した胸をじっと見ている。


「ララ、覚えておきなさい」


 ロザリーはルディの手からペンを抜き取り、書類に美しい筆跡で名前をつづる。


「女も男もエルフ族や竜人族でもない限り、いずれはしわくちゃの老人になるの。若さなんて人生の内、ほんのわずかな間しか武器にならない。きめ細かいお肌も胸の大きさも腰の細さもお尻の形の良さだって、どれだけ努力してもいずれは崩れるのよ。でもね」


 ペンを置き、柔らかに微笑む。


「信念に従って貫いた心は、人生という苦楽を経て磨き上げられて、死ぬその時まで美しくあれるのよ」


「な、なによ! おばさんは説教ばっかりするんだからっ」


 ララは苦々しげに顔をしかめた。


「あら、そんな顔をしてるとしわができるわよ」


 受付嬢が「ギルドカードを……」と気まずそうに求めて来る。ロザリーは、ごめんね、と謝って先ほど出したばかりのそれを彼女に渡す。

 すぐに手続きが終わり、ロザリーの所属パーティーは「なし」となった。


「ルディ、貴方とレオと過ごした十年は、私の宝物よ。それだけは忘れないで」


 ルディを見上げて、ロザリーは寂しさを隠すように微笑み続けた。


「私がもっとうまく立ち回ればよかったんだわ。サポート職なのにごめんね。……私はもう貴方をサポートできない。だから無茶はあまりしないでね。これからの貴方の活躍を願っているわ」


「ロザリー」


「頑張ってね、ルディ。さようなら、ララ、ガアデ」


 ルディが何か言おうとするのを遮って、ロザリーは冒険者ギルドを後にする。

 王都はどれだけロザリーの心がささくれ立っていようと、いつだって賑やかで、楽しそうだ。

 迷うことなくロザリーは、裏通りのさびれた宿へ向かう。

 中へ入れば、誰もいないロビーのカウンターで居眠りをするおじいさんが一人。


「もし、すみませんが……」


 ロザリーはカウンターへ行き、声をかける。


「んぁー?」


 おじいさんがあくびをしながら顔を上げた。


「宿泊希望かい?」


「いえ、ここにレオっていう冒険者が宿泊していると思うんですが……」


「ああ、彼ならもういないよ」


「え?」


「レオって、あの獅子系の強そうな兄ちゃんだね?」


「はい、そうです。三週間前くらいからここに」


「うん。いたんだけどね、今日の朝、掃除に行ったらもういなかったんだよ。このメモとチップを置いて、出てっちまったみたい」


 そう言って、おじいさんはごそごそとポケットを漁って、メモを一枚取り出してカウンターに置いた。

 そこには見慣れた筆跡で短いメッセージが書かれていた。


「どこに行くって聞いてませんか?」


「なーんにも、いつ出てったかも分かんないだよ。まあ、この宿じゃよくあることだし、彼は鍵も忘れず、チップまで置いて行ってくれたし丁寧なほうだけどね。なんだい、お嬢ちゃんは兄ちゃんの恋人かい? 格好良い人だったもんねぇ」


 おじいさんがにこにこしながら人の好い笑みを浮かべた。

 しかし、ロザリーの怒りの堪忍袋の緒はもはや限界を迎えていた。

 ガンッとカウンターに拳を叩きつける。おじいさんが、目を白黒させながら一歩下がった。


「あんの、獅子野郎……っ。なーにがAランクになったら、言いたいことがあるだ、くそがっ」


「お、お嬢ちゃん?」


「ねえ、おじいさん!」


「は、はい!」


「十年、ずっとずっとずーっと好きだったの! 私が成人して何度も告白してもつれないくせに、私のことは大事にしてくれて! 『ロザリーだけだ、俺の特別な女は』とか、『一生一緒にいるんだろ、俺たち』とか言うくせに、肝心の言葉はくれなくて!」


「酷い男だねぇ」


「でしょう!? でも、やっとAランクになったらって約束してくれたの! だのにあの獅子野郎逃げやがって!!」


 ガンガンとカウンターを殴りつける。ロザリーの白薔薇の花びらが溢れるほどに舞う。


「絶対にぶん殴って、告白させてやる!!!!!!」


「その意気だ! お嬢ちゃん!」


「おじいさん、応援しててね!」


「そうだ、お嬢ちゃん。彼がねなんだか最近、元気がなかったから声をかけた時に『そろそろ親父に会いに行こうかと思ってる』って言ってたんじゃが、何か手掛かりになるかね」


「ありがとう、おじいさん!」


 ロザリーはおじいさんの手をぎゅっと握りしめた。


「きっと故郷に戻ろうとしているんだわ! だとすれば彼はエンドの町を目指してるはず! 絶対に見つけるか、いっそ、実家は知っているから、故郷で待ち伏せるわ!」


「うんうん、お嬢ちゃんの恋が叶うと良いねぇ」


「ええ、必ず叶えてみせるわ! さようなら、おじいさん!」


「気を付けて行くんだよー」


 おじいさんに見送られて、ロザリーは宿を出る。


「絶対に、捕まえてやる……!」


 固く決意し、エンドの町を目指すための旅支度に取り掛かるため、まずは自分の宿へと急いだのだった。



今夜19時に第5話を更新します。

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