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第4話 そこまでお人好しじゃねぇって

※本日、朝7時に、第3話を更新しています。


「あのお兄ちゃんたち、だいじょうぶかな」


「お医者さんに診てもらったから、もう大丈夫だ。お前も診てもらえてよかったな」


 病院の待合室でレオは、ルイの前にしゃがみこむ。

 先ほど、ベンノとアベルは「もう大丈夫です」と言ってもらえた。ただ牙猪にやられたベンノのほうは

「応急処置がなかったら間に合わなかった」と付け足されたが。

 ベンノも無事が確認でき、アベルも意識が戻ったので、コリーとミスラがベンノの家族を呼びに行き、残りの少年少女は冒険者ギルドに報告へ行った。

 大きな病院だったので、森の中で保護したことを伝えてルイも診てもらった。

 ルイが何も言わないレオに不思議そうに首を傾げた。


『申し上げにくいですが、暴力を受けた痕跡が……治療できるものはしておきましたが、健康までは魔法では賄えません。とにかく栄養のあるものを食べさせてあげてくださいね』


 ルイが診察室に入ってからしばらくして、医者に別室に呼び出されてそういわれた。

 なんだかな、とレオはやるせない気持ちになりながら、ルイを診察室に迎えに行き、今は会計も終わって帰るところだったのだ。

 ルイの足の怪我も綺麗に治してもらえたし、なんと服ももらえた。複雑な事情がある子どもを診た際に必要になるから、職員たちが自分の子どもの古着などを寄付しているそうだ。ルイが着ていた服はレオが預かっている。


「よし、じゃあ行くか」


 そう声をかけてルイを抱き上げた時だった。


「お待ちください!」


 大分、顔色の良くなったアベルがこちらに駆け寄ってきた。


「おう、指導官の兄ちゃん。大丈夫か」


「僕はアベルと言います。この町の冒険者ギルドに属していて、ランクはCです」


 そう言ってアベルがポケットから取り出したギルドカードを見せてくれた。確かに彼の言う通りのことが書いてあった。


「あなたは?」


「俺はレオ。ランクはB。流れの冒険者だ」


 レオはルイを片腕に抱え直して自分のギルドカートをアベルに見せる。


「んで、こっちは俺の連れ」


 ルイがぺこっと頭を下げた。アベルが「こんにちは」と人の好い笑みを浮かべる。


「こんにちは」


「きちんと挨拶ができて偉いね」


 アベルの言葉にルイは、少し驚いたように目をみはり、照れくさいのかレオの肩に顔を埋めて隠してしまった。そんなルイにアベルは微笑ましそうに目を細める。

 指導官を任されるくらいだから、人間性はしっかりしているんだろうな、と思いながらレオは出しっぱなしだったギルドカードをポーチへ戻す。


「じゃあ、俺たちは行くな。お前も魔力切れ起こしたばっかりなんだから、あんまり無理すんなよ」


「いやいやいや、だめです! 待ってください!」


 慌てるアベルにがしりと腕を掴まれた。ちっと舌打ちして足を止める。


「レオさんには、一緒にギルドに報告に行って頂かないと!」


「おじさん忙しいんだよねぇ、ルイの生活用品を買わにゃならんからさ。森で保護したばっかりで、服も病院でくれたこれっきりだからよ。それにまた怪我をしないように靴も買わねえと」


「そ、それは……それは、その、そうかもしれませんが、でも!」


 アベルが、裸足のルイを見て戸惑いながらも、掴んだレオの腕を離そうとしない。すがるような目に、レオは長々と溜息を零した。


「わーったよ。つか、お前もさっきまでぶっ倒れてたってのにもう大丈夫なのか?」


「はい。魔力回復薬を飲ませてくださったと、子どもたちから聞きました。ありがとうございます。そのおかげで素早く回復ができました」


「そうかい。ま、冒険者ってのは頑丈なのが取り柄だからな」


「がんじょうってなに?」


 ルイが首を傾げる。


「頑丈ってのは、体が強いってこった。おーい、ポンタ」


 病院を出て、玄関前の植え込みに声をかけると、がさがさとそこが揺れてポンタがひょっこりと顔を出す。


「可愛いですね! なんですかこれ!」


 アベルが顔を輝かせた。ともすれば冷たそうな整った顔立ちなのに、やけに人懐っこい男だな、と笑いながら出てきたポンタを抱くように言う。するとアベルは嬉しそうにポンタを抱え、人見知りという言葉を知らない毛玉は、嬉しそうに尻尾を振っていた。


「ルイの連れだ。毛玉詐欺のポンタ」


「た、確かにこれは詐欺……え? これ、中身、ちゃんと入ってますか?」


 アベルが心配そうに抱えたポンタに問いかけるが、ポンタはこてんと首を傾げて笑顔を振りまいていた。


「それで、ギルドはどっちだ?」


「あ、すみません。こっちです」


 そう言って歩き出したアベルについていく。

 エンドの町は、国境付近で最大の町だけあって賑やかで人の多い場所だった。王都ほどではないにしても、様々な種族が行き交う。


「レオは……獅子なの? これ本物なの?」


 ルイが今頃になってレオの丸い耳に触れた。くすぐったくて耳がぴくぴくっと動くと小さな手が驚きに引っ込む。


「ああそうだ。俺は獅子の血を引く獣人族だ。さっき怪我してたのは、熊の獣人。アベルは人族、お前と一緒だな」


「あそこの人は? なにかひらひらしてる、おんなのひと」


 ルイが指さしたのは、花屋の店先に立つピンクの髪の女性だ。彼女が動くと髪の色と同じ花びらがひらひらと舞う。


「彼女は花人族だな。俺が獅子と人間の血を引いているなら、あの人は植物と人間の血を引いているんだ。今、出てきた耳のとんがってる人は、エルフ族って言って、長生きの種族だ」


 店の奥からとんがり耳の金髪の背の高い男性が出てきて、女性に声をかけている。ふたりとも揃いのエプロンをしているので、夫婦で店を営んでいるのかもしれない。


「きれいだね、おはな、ひらひら」


「花人族とエルフ族は、美男美女ぞろいだぞ」


「びなんびじょってなに?」


「別嬪さんってこった」


「べっぴんさん?」


「別嬪さんってのは……」


 ルイは見るものすべてが珍しいのか、あれこれ聞いてくる。

 レオはそれにざっくり答えながら、冒険者ギルドを目指すのだった。


 *・*・*



 冒険者ギルドは、各国の町と呼ばれるような場所にはたいてい存在している。

 そして大体、冒険者ギルドは、堅牢な見た目をしている。ここも例にもれず石造りのごつくて大きな建物が冒険者ギルドで、目印である剣と斧が交差する各国共通の冒険者ギルドのマークが正面扉の上に掲げられていた。

 中へ入れば、右手の壁際にはいくつかの受付カウンターが並んでいて、ロビーにはクエストの依頼票が張り付けられた大きな掲示板がドーンと真正面にあった。ロビーは吹き抜けになっているので一部が見える二階には軽食が楽しめる酒場があるようだ。

その掲示板の前では冒険者たちがどのクエストを受けるか吟味していて、カウンターでは報酬をもらったり、クエストを申し込んだりと見慣れた光景が広がっていた。

 ただ、冒険者の数は少なかった。大きな町のギルドなどは、いつ行っても大勢の冒険者であふれていたが、ここは町の大きさの割にそうでもないようだ。


「大体どこも一緒だな」


「ひろいね」


 ルイが興味深そうにあたりを見回している。


「アベル!」


 カウンターから受付嬢の制服を着た亜麻色の髪の女性が飛び出してくる。


「シェリー!」


 アベルが女性の名前を呼んだ。


「大牙猪に襲われて病院に運ばれたって聞いたわ? 大丈夫なの? 怪我は?」


 泣きそうな顔でアベルの体にぺたぺた触れて怪我の有無を確認しながら矢継ぎ早に尋ねる女性にアベルは「ごめんね」と、片腕にポンタを抱えなおして抱きしめた。


「通りがかりのレオさんが助けてくれたんだ。魔力切れを起こしてしまったんだけど、彼がポーションも分けてくれて、病院でもう一本飲ませてもらったから大丈夫」


 似ていないから家族の線は薄そうだ。雰囲気からしても恋人か、夫婦かと思いながらレオはこの隙に逃げたかったが、ポンタはシェリーを慰めるかのように彼女の頬をペロペロしているので、そうもいかなかった。

 とりあえず先に掲示板に行こうと、依頼票がべたべた貼られているそこに行く。

 目当てのものを探しながら、ふと違和感を覚えたがその正体を突き止める前に目当てのものを見つける。


「お、やったな。大牙猪の討伐依頼が出てんじゃん。これで当面、働かんでもいいな」


 冒険者にランクがあるようにクエストにもランクがある。

 基本的には冒険者ランクと同じGからAまであり、自分のランクと同じものを受けられる。ただし、一人前とされるDランク以上になると、一つ上のランクを受けることもできるが、今回のようにB+とある場合は、Bランク以上の者しか受けられないのだ。

 B+ランクになると、やはり危険度は一気に増すが、その分、報酬も大きい。大牙猪は討伐だけでも金貨五十枚。これで肉や骨、内臓と言った素材はまた別料金なので当面、レオは働かずとも生きていける。


「これなぁに?」


 ルイが首を傾げる。


「これは依頼票っていって、クエストの内容が書かれた紙だ。クエストってのは、俺たち冒険者の仕事のことだな」


「なにするの?」


「色々だぜ。さっきみたいな大牙猪みたいな魔物とか凶暴な魔獣をやっつけたり、薬になる植物を採取したり、時には護衛もする。護衛っていうのは、悪い奴らから依頼人を守るのが仕事だな」


「むずかしいね」


「まあ。まだお前さんには難しいかもな」


 ははっと笑って、依頼票を掲示板からはがして受付カウンターに持って行こうとしたところで、腕を掴まれた。


「よかった、帰ってしまったかと」


 振り返れば、案の定アベルがレオの腕を掴んでいた。


「お熱い再会は終わったか?」


 にやにやしながら言えば、アベルとその横にいたシェリーが顔を赤くした。


「す、すみません、彼女は婚約者のシェリーです。ここで受付を担当しています」


 アベルの紹介に、シェリーが咳ばらいを一つして居住まいを正した。


「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまいました。あの、御話は先に帰還した者から聞いております。ギルドマスターがお待ちですので応接間に」


「その前に、獲物の提出をしても?」


 依頼票をひらひらとさせるとシェリーが頷いた。

 彼女がカウンターの向こうへ戻り、依頼票とレオのギルドカードを受け取り、手続きをしてくれる。

 手続きが終わると再びカウンターから出て来る。


「では、あのドアの向こうの中庭の方に解体所がありますので、まずはあちらへ。ところで本当に大牙猪があの西平原に?」


 シェリーが首を傾げる。


「ああ。子どもたちは平原のそこかしこで薬草採取をしていたから、僕もあの子たちをまず集めて、守ることしかできなくて……、魔力が切れる寸前でレオさんが来てくれたんだ」


「あなたがお一人で討伐を?」


「ま、大牙猪一頭ぐらいなら、おじさん一人で十分」


 へらっと笑うと先ほどまでの恋人に向けていた表情が嘘のようにシェリーの顔つきは冷静な受付嬢のものになる。


「……詳しく聞く必要がありそうですね。まずは解体所へ行って、本当に大牙猪か確かめさせていただいたあと、応接間へ。ギルドマスターに直接報告をお願いします」


 シェリーが背後を振り返る。カウンターの向こうには広い部屋があって、いくつも机が並び、職員たちが事務作業に明け暮れている。彼女は近くにいた職員にギルドマスターを呼びに行くよう頼む。


「えー、おじさん忙しいんだけどな」


「では、か・い・た・い・じょ・へ」


「は、はーい」


 ぎろりと睨まれて、ルイに頭にしがみつかれながら、レオは早々に降参して、カウンターから出てきたシェリーについていく。

 彼女が向かったのは正面玄関の真向かいにあるドアだ。


「解体所はこの奥?」


「中庭の向こうに解体所はあります。サウロという腕のいい解体師がいますから」


「へぇー、広いな」


 ドアを開けて外へ出れば、広い中庭では冒険者たちが思い思いに過ごしていた。魔法や剣術を練習している者もいれば、ベンチに寝転がっていびきを掻いている者もいた。

 中庭の奥にある石造りの建物へ入ると、血の匂いが鼻につく。


「ルイ、大丈夫か? だめならアベルと外で待っててもいいぞ?」


「……だいじょうぶ。ここすごいね」


 ルイは解体所を物珍しそうに見回している。これなら大丈夫そうだな、とレオはそのまま進んで行く。


「サウロさん!」


 シェリーが声をかけると、年若い冒険者に角兎の解体を教えていたがたいのいい親父が振り返った。どうやら彼がサウロらしい。彼以外にも数人の解体師たちが、それぞれ魔物をさばいている。


「おう、シェリー。どうした?」


「大物の解体なんだけど、いいかしら?」


「おう、もちろん。でかい獲物は久々だ、腕が鳴るぜ。あんたが獲ったのか? 何を獲ったんだ?」


 サウロがうきうきした様子で言った。


「ああ。俺はレオってんだ。どこへ出せばいい? かなりの大物だ。期待していいぜ」


「そりゃいい。じゃあ……あっちへ頼む」


 サウロが顔を綻ばせ、レオは彼が案内してくれた一番大きな作業台の上に手をかざし、ポーチから大牙猪を取り出して見せた。おおーと歓声が上がる。シェリーは何事かを手帳に書き留めていた。


「……でっかい」


 ルイも改めて見るその大きさに圧倒されているようで、黒い瞳がまんまるになっている。


「大牙猪たぁ、すげぇじゃねぇか!」


「牙と肉以外の素材は買い取りで頼む」


「分かった。こんだけでかいと時間がかかるぞ」


「まあ、そうだよなぁ。肉は明日、昼くらいには取りに来たいんだが……」


「それくらいなら大丈夫だ。今は他に大きな獲物は請け負ってねえしな。牙はどうする? こっちで提出しとくか?」


「頼む。牙は一本は引き取るが、もう一本は提出後にそのまま買い取りに回してくれ」


 別の解体師が用意してくれた二枚の紙と羽ペンを受け取り、サインをする。一枚は解体依頼書、もう一枚は証拠品提出代理依頼書で、その名の通り解体師が解体後にギルドに本人に代わって提出してくれるのだ。


「よし、あとは任せておけ」


 依頼書を受け取り快く引き受けてくれたサウロに大牙猪を頼み、レオはシェリーたちとともに解体所を後にした。ギルド内に戻って、今度はカウンター横の階段を上がっていく。

 二階に上がって真っすぐ進み、奥の部屋(おそらくギルドマスターの部屋だ)の手前の部屋へシェリーについて入ればソファセットが置いてあり、壮年の男性が一人そこに腰かけていた。


「レオさん、こちらへ」


 レオは彼の向かいのソファに座るようにシェリーに促される。

 どっこいしょ、と腰を下ろし、膝にルイを座らせた。アベルが隣に座り、シェリーは男性の背後に回る。


「俺はギルドマスターのバージ。……そのちっこいのは? あんたの息子か?」


「俺に子供はいねぇよ。森で保護したんだ。あとでギルドカートの作成を頼む」


 森で拾ったという一言に三人が少し驚いたような顔をしたが、すぐに仕事の顔に戻る。


「では、本題に……」


 ぐ~きゅるきゅるきゅる……

 バージが切り出したところで、膝の上で可愛らしいお腹の虫が鳴いた。

腕の中からぐーっとお腹のなる音が聞こえた。


「ご、ごめんなさい……」


 ルイが細い腕でお腹を抱えるようにして俯きながら言った。


「悪い悪い。昼めしがまだだったな」


 大丈夫という意味を込めて、ルイの腕を優しく撫で、レオは「おじさん、最近、物忘れがはげしくてよぉ」とおどけて見せた。

 なんとなくだが「空腹」というのは、ルイにとって悪いこと、あるいは、怖いことなのだろう。お腹が空いたというたびに親に怒られていたのかもしれないし、そうでなくとも空腹はみじめな気持ちになる。

 レオは、冒険者ギルドへ来る途中の屋台で買った昼食のサンドウィッチが入った紙袋をポーチから取り出して、ルイに渡す。


「……たべていいの」


「おう、お前さんの昼飯だ」


「ありがとう」


 ルイは嬉しそうに紙袋を開ける。ポンタがよだれを垂らしながら見ているが、彼の分はない。


「……では、今度こそ本題だ。ルイくんの手続きは手配しておくとして……今回は平原で大牙猪が出たっていう話だが、本当か? 一応すでに門番のほうに警告は出してもらっているんだが……」


 早速本題に入ってくれたバージをありがたく思いながらレオは口を開く。


「ああ。シェリーと一緒に解体所に出してきた」


「はい。確かに」


 バージが彼女を振り返れば、シェリーが頷く。


「俺は今日、エンデには来たばかりで、詳しいことは知らないんだが、西の平原ってミスラたちは言ってな」


「そうだ。あそこは、薬草が豊富で低ランクの角兎が出るんだ。だからGランクやFランクの駆け出しの冒険者がクエストをこなす場所でもあるし、まさに今日はGランクの新人が研修を受けていた」


「なるほど。アベルは指導官って門でも言われてたしな」


「はい。でもまさかあんなものが出て来るなんて、防戦一方になってしまい……レオさんが来てくださらなければ、僕らは全滅だったでしょう」


 アベルが膝の上のポンタを撫でながら、悔しそうに告げた。


「とにかく生徒たちを集めて、僕は土壁で攻撃を防いでいたんです。僕が囮になっている間に逃げるように言ったのですが、生徒たちはあの大きさに圧倒されてしまって……それにベンノが大けがをしてしまい、余計に動けなくなってしまって」


「そういや、お前もぶっ倒れたって先に帰ってきたやつらが言ってたが……」


 バージが心配そうに問う。


「僕は大丈夫です。魔力切れを起こしただけで、もともと怪我はしていませんでしたし、レオさんが魔力回復のポーションを飲ませてくれたので……それにベンノの応急処置もしてくれたと生徒たちから聞きました」


「って言っても止血と体力回復ポーションしかなくて、本当にそれだけだ。回復ポーションでもありゃよかったんだが、最近はそこまでの無茶はしねぇから手持ちがなくてな」


「いや、助けてくれただけ有難い。本当にありがとう」


 バージが頭を下げるとシェリーとアベルまでそろって頭を下げた。

 最もかかわりのあった王都のギルドマスターは、尊大な奴だったのでこんなふうにGランクの冒険者の命が救われたからといって絶対に頭を下げないだろう。

 その姿に少し驚きながらも、レオは「いいよ」と笑った。


「冒険者稼業はお互い様だ。俺だってこれまで色んな奴らに助けてもらってきた。そういうもんだろう?」


 バージは、その言葉に顔を上げたが、ぽかんと口を開けたままで随分と間抜けな面だった。

 すると何を思ったのか、ルイがレオの膝から降りると食べかけのサンドウィッチをバージの口に突っ込んだ。


「ルイ!?」


「むがっ」


「……おくちあいてるから、おなかすいているのかとおもって」


 ルイがとたたっと戻ってきて、レオの膝によじ登った。


「はっはっはっ、まあ、大口空けてたしな! ルイはやさしいなぁ」


 レオは子どもの突飛な発想とその優しさに思わず声を上げて笑う。ルイはきょとんとしてレオを見上げていた。

 バージは苦笑を零しながら、口に突っ込まれた食べかけのサンドウィッチを咀嚼して飲み込んだ。


「もっとたべる?」


 紙袋からもう一つを取り出してルイが尋ねると、バージは首を横に振った。


「さっきので十分だ。君が食べるといい」


「……うん。ありがとう」


 ちらっとレオを見上げたので頷けば、ルイは嬉しそうにサンドウィッチをまた頬張った。


「それで、話を戻すが本当に大牙猪が平原に?」


 シェリーがエンドの町とその周辺の地図をテーブルの上に広げた。


「南の森の方から現れたんです。レオさんはどちらから?」


「俺はこっち、北のほうだな。昨夜は……この辺りで野宿。ルイとポンタを拾ったのがこの辺の洞窟だ」


 レオは、テーブルの上の地図を指さして説明する。


「丘の洞窟……あそこらへんは森狼の群れがいただろう?」


「追い回されて、ルイは洞窟に逃げ込んだんだ。最初は狩りでもしてんのかと思ってたんだが、あまりにもうるせぇから見に行ったら、こいつらがいたってわけだ」


「ルイは、どうしてそこにいたか分かるかい?」


「……わかんない。おとうさんに、おこられて、ベランダにいたのに、ねちゃって、そのあと、しらないあいだに木がいっぱいのとこにいた。おおきいいぬが、いっぱいで、にげて、そしたら、ポンタがおじさんをつれてきてくれた」


「そうか。しっかり話せて偉いぞ」


 バージが憐みを笑顔に隠して、ルイを褒めてくれた。

 てれびとかあぷりとか光る床とか言い出さなくてよかった、と胸を撫でおろす。

 ルイがどこから来たのか、本当の意味ではレオにもわからないが、怪我の具合や言動でろくな親の元にいなかったことだけは確かだった。


「俺ァ、耳がいいからな。町へ来る途中で悲鳴やら何やらが聞こえて、駆け付けたんだ。んで、大牙猪はこれまで討伐した経験が何度かあったんで助けに入った次第だ」


 バージは真剣な顔でレオの話を聞きながらも眉間に深くしわを刻む。


「……この南の森の奥のほうには、確かに大牙猪が生息しているんだが、こんな町の方まで出て来るなんてことはこれまでなかったんだ。豊かな森だから食料も豊富で、牙猪によって近隣の村の作物が荒らされるってこともここ数年はなかった」


「ま、気まぐれに出て来ちまったんじゃねぇか?」


 レオはそう告げてルイがサンドウィッチを食べ終えたのを見計らい、ルイを抱えて立ち上がる。


「報告は終わった。俺ぁ、帰るぜ」


「ま、まだ話は途中で……」


「俺は、報告義務を果たした。そうだろ? こいつの登録は明日以降でいい。どうせ肉を引き取りに来るからな。じゃあな~」


 ひらひらと手を振って、忘れずにアベルの膝の上で腹を見せて眠っていた毛玉、もといポンタを回収してルイに抱かせ、レオは応接間を後にする。


「……いいの?」


 ルイが後ろを見ながら言った。

 冒険者ギルドのロビーはやはり賑やかで人が多い。


「いいのいいの。俺の責任は果たしたからな」


 シェリーとアベルが追いかけて来る気配がする。レオはそのまま振り向くことなく外へ出る。


「『身体強化・脚力』」


 そう唱えて、思いっきり地面を蹴り上げて冒険者ギルドの屋根の上に窓の日差しを踏みながら登っていく。


「あれ!? いない!」


「逃げられた……!」


 入り口から飛び出してきたシェリーとアベルがきょろきょろと辺りを見回している。


「シェリー、僕は広場のほうに行ってみる」


「分かった。私は門のほうに行ってみるわ」


 二人がそれぞれ動き出したので、レオはポンタに袋に入るように言って、そのまま広場でも門のほうでもない方角へと屋根伝いに進んで行く。


「なんでにげるの?」


「面倒くさいことは嫌いなんだよ、俺ァ。それに、お前さんの服買ったり、宿を決めたりしねぇとな」


「やどってなに?」


「宿ってのは、寝るところだ。金を出すと飯もついてくる」


「ねるところ。きのうねたのも、やど?」


「あれはテントだな」


 レオは、またもルイの質問に答えながら、屋根の上を進んで行くのだった。



明日も朝7時、夜19時に更新します。

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