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第3話 うっかり助けちゃうのはおじさんの性(さが)


 ビュン、ビュンと剣が空気を切る音が朝の森に小気味よく響く。

 レオは日課にしている朝の素振りを無心でこなす。例えば、足元で白い毛玉――ポンタが穴を掘ったり、匂いを嗅いだり、ぴょんぴょんと跳ねていてもだ。


「九百九十八、九百九十九,一〇〇〇!」


 ビュンと最後の一振りを決める。ぶれることなく止まった切っ先に、ポンタが「わんわん」と吠えて尻尾を振っている。

 剣を鞘に戻し、しゃがみこんで小さな頭を撫でる。やっぱり毛の量に対して、中身が少なすぎる。


「朝飯にすっか。ルイを起こしてきてくれ」


「わんっ!」


 ポンタは返事をすると一目散にテントの中に突っ込んでいった。まさか本当に通じるとはとレオは驚く。

 あの白い毛玉は、レオが想像している以上に賢いのかもしれない。そもそも、あの小さな体で自分の何倍もある森狼、それも五頭を前にしてよく無事だったものだ。なんで、森狼たちは、威嚇するばかりでポンタを攻撃しなかったのだろうか。

 今頃になって持った疑問にレオは首を傾げる。

 レオに鑑定のユニークスキルがあれば彼らのステータスを見られるのだが、レオは生憎と鑑定のユニークスキルは持っていなかった。

 スキルとユニークスキルは似て非なるもので、スキルは鍛錬や努力次第で習得することができる。例えば剣術や火魔法といった攻撃型のもの。盾術、土魔法といった防御型のもの。他に料理、裁縫、鍛治などの生産型と本当に様々だ。

 一方、ユニークスキルは、生まれた時に神様から与えられると言われているもので、一つか二つ、持って生まれてくる。二つでも珍しいが三つ以上は神の愛し子と呼ばれるほど貴重な存在だ。

 レオのユニークスキルは『身体強化』と呼ばれるもので、一時的に自分の魔力を糧に、聴力や視力、筋力など自身の体の一部を強化できる優れもので、冒険者家業にはぴったりの代物の上、いわゆるレアスキルに分類される。というのも、この身体強化は本来、聴力強化、視力強化、筋力強化など部位ごとにユニークスキルとして存在しているからだ。身体強化は、それを集約させたものになる。レオが冒険者を志したのもこのユニークスキルを有効活用できると思ったからだ。


「わんわんっ!」


 ポンタが元気よく戻ってくる。

 振り返れば、テントからルイがおずおずと顔を出していた。


「おはようさん」


「……」


「ほら、挨拶は大事だぞ。おはよう」


「お、おはよう?」


 ルイが戸惑い気味に首を傾げる。

 挨拶を知らないらしいと気づいて、レオは彼の下へ行き、目の前にしゃがみこむ。


「挨拶っていうのはな、いろんなものの始まりだ」


「はじまり?」


 ルイが不思議そうに言った。


「ああ。おはよう、は朝の始まり。こんにちは、は昼の始まり」


「じゃあ、夜もあるの?」


「もちろん。夜は、こんばんは、だ。ほかにもいろいろあるけど、まずはこの三つを覚えとけ。よし、仕切りなおして、おはよう」


「おはよう」


「わんわん!」


 そろって返された返事にレオは「上出来だ」と笑って立ち上がる。


「朝飯の前に顔を洗うぞ。水辺まで連れてってやるから、おいで」


 すぐそこなので、腕に抱えて泉へと歩いて行く。ポンタが足もとをとことこついてくるのだが、小さすぎて踏みそうで怖い。

 草地の上に降ろして、隣にしゃがみこむ。


「こうやって、こうだ!」


 両手で水をすくって、ばしゃりと自分の顔を洗う。

 そして、ポーチからタオルを取り出して顔を拭く。普段なら、手でぬぐうか袖でぬぐうが、子どもたちの手前、行儀が悪いことくらいは分かるのでやめた。


「できそうか?」


 水を睨んでいたルイは「……やってみる」と緊張した声で言った。


「おう、頑張れ」


 レオの応援に頷くと、小さな手が水をすくう。そして、ぎゅっと目をつむるとなんとか自分の顔に運べたが、手が小さいのと目をつむってしまったので、あまり顔にはかからなかった。

 左の眉毛のあたりだけが濡れたルイは、首を傾げている。


「練習あるのみだな。今日はこっちでな」


 もう一枚、取り出したタオルをも水に浸して絞り、ルイの顔を拭く。


「オレも、できるようになる?」


「もちろん」


 おずおずと問いかけてくるルイにレオは即答する。するとルイは「そっか」と少しだけ安心したように眉を下げた。


「顔も洗ったし、朝飯にするか。食べられそうか?」


 問いかけるとルイは、ぱちりと瞬きを一つした。


「……また、ごはんたべていいの? きのう、たべたのに?」


 驚いた様子でルイが問いかけてくる。

 レオは、一瞬、言葉に詰まりかけたが「当たり前だろ」と笑ってごまかした。

 ルイを抱き上げ、テントまで連れ帰り、昨日と同じくテントの入り口に座らせる。

 消えかけの焚火に薪を足して火を熾す。


「そうだなぁ、朝だから……これだな」


 レオはポーチから食パンを取り出す。それをやや厚めに切って、串を刺して焼く。

 パンが焼けたらもらったバターをたっぷりと塗って皿に載せておき、同じくもらったチーズを取り出して、それもナイフで切り分け火であぶり柔らかくしてからパンにのせる。


「ほらよ、チーズトーストだ。これも熱いから気を付けろよ」


 レオはルイにパンを差し出す。ポンタには、焼いたパンにバターを塗ってやり、細かくちぎったものをくれた。

 ルイは小さな手でしっかり持って、パンにかぶりついた。みょーんと伸びたチーズに目を丸くし、どうやって切ろうか四苦八苦している。


「ははっ、頑張れー」


 レオは、カラカラと笑って自分もチーズトーストにかぶりつく。伸びたチーズをトーストの上に戻して嚙み切れば、しっかり見ていたルイもそれを真似る。


「朝はミルクだ」


 カップにミルクを注いでやれば、ルイは恐々と口をつけたあと、美味しそうに飲み始めた。ポンタがぶんぶんと尻尾を振っているので、彼にも上げた。

 もくもくと、しかし、一生懸命食べる一人と一匹を眺めながら、レオも朝食を済ませるのだった。

 朝食を終えたら、テントを片付け、焚火をしっかり始末する。火種が万が一にも残っていて森が焼けたら大変だ。


「よーし、昨日と同じ感じで行くぞー」


 革袋を広げれば、ポンタは一目散に入ってきた。ぴょこんと顔だけ出すポンタを撫で、腰にぶら下げる。そして、ルイを肩車し、レオは、身体強化で聴覚を強化し、森を抜けるべく歩き出す。

 森のなかにも町へと続く道がある。人々が長年歩き続けてできた道だ。道で寝るわけにも、焚火をするわけにもいかないので、少しそれた森の中で野宿をしていたわけだ。


「ルイは、父ちゃんとか母ちゃんはいるのか?」


 深刻に聞こえないように軽い調子で問う。


「……うん、いた」


 ところが暗い声でルイが応えてくれた。


「そっか。じゃあ、心配してるかもしれないな」


「…………いらないって、いつもいってたから、しんぱいしてないとおもう」


 うっかり気軽に聞いたらとんででもないものの蓋を開けてしまったかもしれない、とレオは冷や汗をかく。肩車しているのでレオからはルイの表情が見えないのも相まって、余計に次に何を言えばいいか分からなくなる。


「……そ、そうか」


 そうかってなんだよ、とレオは自分自身に心の中でツッコミを入れる。ロザリーがいたら問答無用で殴られていたかもしれない。彼女は清楚な見た目に反して口より先に手が出るのだ。


「でも、なんかへん」


「どっか具合悪いのか?」


 慌てて問うと「ちがう」とルイは言った。


「オレ、お父さんにおこられて、ベランダにいたんだ。テレビのリモコンふんじゃって、テレビがきえて、それで……だけど、そと、ゆきがふってたのに、ここ、ゆきがない。くるまもでんしゃもとおってないし」


 てれびやくるま、でんしゃってなんだとレオは首を傾げる。何かの名詞なのだろうが、どれもこれもレオは聞いたことがない言葉だ。


「ルイとポンタのいたところは、雪降ってたのか? 雪って白くて冷たいやつ……」


 自分でも馬鹿な質問だったと思うが、ルイは「そのゆきだよ」と教えてくれた。

 今、アルト王国は春だ。雪が最後に降ったのは一か月以上も前で、冬に積もった雪もすでに跡形もない。


「おじさんは、スマホ、もってないの?」


「すまほ? なんじゃそりゃ。何に使うんだ?」


「でんわしたり、アプリであそんだりする」


「でんわ、あぷり……」


 ますますルイが何を言っているかが分からなかった。

 ここまでで、とりあえずこの幼い少年の親が糞と言うことしか分かっていない。

 この一人と一匹は、レオの想像の範疇を超えた何かを抱えているのをふつふつと感じる。


「俺にはそのてれびとかすまほが何かは分かんねえけど、ここはアルト王国っていってな、今は春なんだが……まあいいや。気づいたら、あの森ン中だったってわけだな?」


「ううん」


「え? 違うのか」


「ゆめ、かもしれないけど……なんかね、さいしょ、ゆかがひかってるとこにいった。それで、ひとがいっぱいいて、おとこのひとがおこるこえがしてて、そのひとがなにかさけんだら、もりのなかにいたの」


「光る床ぁ? お前、一体どこに…………まずいな」


 もっと深く掘り下げないと、と思った矢先、レオの強化された聴覚が拾ったのは、魔物の荒れ狂った鳴き声と逃げ惑い、助けを求める人間の声だった。


「おじさん、今、子どもと毛玉を抱えてんだけどなぁ……ルイ、この先で魔物が暴れているみてぇだ。おじさんの言うこと、ちゃんと聞いてくれるか?」


「まもの? きのうの、おおかみ?」


「いや、これはおじさんの勘だけど、あれよりでかくて凶暴なやつだな」


 ルイの体がびくりと震える。


「だいじょうーぶ。おじさんが絶対、ルイは守るから安心しろ。もちろん、ポンタもな。だから、おじさんにしっかりしがみついてろよ」


 そう告げるとルイはレオの頭にぎゅっとしがみつく。レオもルイの脚を掴んで用意を整える。


「『身体強化・脚力』」


 ぐんと脚のほうへ魔力が一気に流れる。

 レオは、おもいっきり地面を蹴った。


「うわぁ!」


 ルイの驚く声を聴きながら、レオは馬よりも早く道を駆け抜けていく。


「す、すごい、くるまみたい!」


「そうかいそうかい、んだが、しゃべると舌噛むぞー!」


 どうやらくるまというのは、速いものらしい。馬のような乗り物のことだろうか。

 そんなことを考えながら、レオは道を駆け抜けていく。

たどり着いたのは広い平原だった。


「おー、でっけえ」


 平原で暴れ回っているそれにレオは率直な感想を漏らす。


「あ、あれなに?」


 ルイの声から怯えと驚きが伝わってくる。


「あいつは大牙猪っていって、見ての通り、でっけぇ牙のある、でっけぇ猪だ」


 大分離れているのに小山のような巨体は赤茶の毛でおおわれて、下あごから生える反り返った巨大な牙が特徴的な大きな、大きな猪だ。


「でーも、おじさんのが強いから大丈夫なんだな、これが」


 レオは、あたりを見回す。

 おそらく、この平原の目印になっているのだろう大木を見つけて、ルイをその根っこの間に隠す。ポンタも降ろせば、ポンタはルイを守るように前に立つ。


「ここに隠れてろ。このロープ、昨日の奴な。これがあれば、絶対に大丈夫だから」


 レオは、魔物除けロープでルイとポンタの周辺を囲う。


「お、おじさんはどうするの?」


「おじさんは、あいつを狩ってくる。いい子にしてろよ」


 ウィンクを一つして、レオはその場で思い切りジャンプし、木の枝に飛び乗る。視力を強化し、様子をうかがう。


「……身なりからして、駆け出しの冒険者と引率の指導官か。まあ、普通、こんな平原に大牙猪なんてでねえもんなぁ」


 大牙猪はかなり暴れくるっているようで地面がところどころえぐれている。冒険者らしい身なりの少年少女たちが、誰かが地魔法で作った土壁でなんとかしのいでいるようだが、時間の問題だろうことが、ひび割れ始めた壁で分かる。


「よっしゃ、ルイ、うまいの食わせてやるからな!」


 そう告げて、レオは再び脚力を強化し、枝を蹴って駆け出した。

 物凄い速さで近づいてくるレオに気づいた大牙猪が、突進を止めてこちらに顔を向けた。


「おーい、大丈夫かー?」


「え、あ、あぶない!」


 壁の陰で背の高い眼鏡の男が叫ぶ。腕章がついているから、多分、指導官だろう。

 大牙猪が、レオに向かって凄まじい勢いで突っ込んできたのだ。

 この大牙猪に限らず、猪系の魔物は興奮して我を忘れると真っすぐに突っ込んできて、急な方向転換が苦手という性質がある。


「お前は俺たちの夕飯にしてやるからなー! あらよっと!!」


 レオは腰の剣を抜き、大牙猪に真正面から突っ込んでいく。


「『身体強化・脚力』かーらーの『身体強化・腕力』!」


 そして、思いっきり地面を蹴って飛び上がり、両手で持った剣を大牙猪の眉間に突き立てた。

 その巨体は突然訪れた死に抗いながらもあっけなく倒れこんだ。

 くるっと空中で一回転して、レオは着地する。あたりを確認するが、幸いなことに群れでここにやってきたわけではないようだった。大牙猪は、牙猪の変異個体だ。牙猪自体もなかなかに大きな魔物なのだか、変異し三倍ほどに巨大化した仲間をボスに据え、群れを作って行動しているのだ。ボスが死ぬと、また別の個体が徐々に巨大化し、新たなボスとなる。


「へへっ、こいつの肉は柔らかくて、脂も甘くて美味いんだよな。あいつに食わせてやらねえとな」


 レオは、解体なんて面倒なことはしたくないので息絶えた大牙猪をポーチへとしまった。コロンと落ちた愛剣の血を綺麗にして、鞘へと戻す。


「ルイ、もうちょっと待っててな!」


 大木にむかって叫ぶと、ルイは根っこの間から顔を出して手を振った。それに手を振り返し、魔法が解けて消えた壁の向こうにいる冒険者たちのもとに駆け寄る。


「おい、大丈夫か?」


 壁の向こうにいたのは、やはりどう見ても新人の冒険者たちだ。まだ十三、四歳といったところの少年が五人と少女が三人だ。

 そして、先ほど叫んだ黒髪に眼鏡の成人男性が一人。彼はその場にぶっ倒れていた。


「お、おじさん、どうしよ、先生とベンノが……っ!」


 少女のひとりが涙目で振り返る。

 細っこい少年が壁を背中にして抱えるようにして、もう一人のガタイの良い少年を守っていたようだ。

指導官は荒い呼吸をしながらその場で横になっている。おそらく魔力切れだろう。彼がどれほどの時間、あの土壁で彼らを守っていたのかは分からないが、大牙猪の突撃を防ぐだけの土壁となれば、魔力の消費も激しいはずだ。


「何があったか話せるか? おじさんは、レオっていうんだ。通りすがりの冒険者で、すぐそこのエンデの町に向かってる途中だったんだ」


「私はミスラ、こっちは弟のコリー、双子なの。それで怪我をしちゃったのが幼馴染のベンノで、こっちはアベル先生。私たち、冒険者になったばかりで、ここに薬草採取に来て」


「そしたら、急に森のほうから大牙猪が出てきたんだ」


 ベンノを抱えるコリーが真っ青な顔で告げる。


「わ、私とコリーをかばって、ベンノに大牙猪の牙があたったみたいで……っ」


 ミスラが泣くのを必死にこらえながら言った。


「大丈夫、大丈夫。……ないと思うが、ポーションとか持ってるか?」


 二人は首を横に振った。他の子たちも首を横に振る。


「ま、だよな。これは研修中の事故だから後で冒険者ギルドに請求すっから、お前たちが証人になってくれ」


 レオは、ポーチから各種ポーションの入った小瓶を取り出す。


「まずは魔力回復だ。先生に飲ませてやんな」


 青いガラスの小瓶を指導官の近くにいた少年に渡す。


「んで、お次はお前さんだ……っと、その前に、あの木のところに俺の連れがいる。ちびっこいのと毛の塊みてぇな小さい犬だ。連れて来てくれ」


「分かった!」


 少年二人と少女一人が駆け出して行った。


「さて、ベンノ、俺の声が聞こえるか?」


 ベンノはこくん、と頷いた。彼の頭には丸っこい小さな耳が生えている。どうやら彼は熊系の獣人族のようだった。


「ちょっと傷を見るぞ」


 ナイフを取り出し、服を裂いて上半身を裸にする。

 左の脇腹に大きな傷があり、血がとめどなくあふれていた。


「『清らかなる水よ 洗い流せ』」


 レオの手の平に溜められた魔力が水へと変化し、傷口に向かってあふれ出す。ざっとも血を流して、傷全体をあらわにする。

 そして、赤いガラスの小瓶の中身をそこにふりかけた。

 だらだらとあふれていた血が止まる。それを見計らい手をかざす。


「『凍結せよ』」


 ぱきぱきっと音を立てて薄く傷口を覆うように氷が張った。


「悪いな、体力回復ポーションと止血ポーションしかねぇんだ。とりあえず飲んどけ。これで町まで行ってお医者様に診てもらいな」


 レオはベンノを抱え起こして、橙色のガラスの小瓶の中身を飲ませた。ほんの少しベンノの顔に血の気が戻る。

 本当は治癒ポーションがあればよかったのだが、あれはとにかく高価だ。自分が暮らせる分しか稼ぐ気もなく、それほど大きな怪我もしないだろうと思い、用意がなかった。


「とりあえず、これでよし」


 この少年一人ならレオが抱えて走ればいいが、何分、ここには少年少女八名と成人男性一名、幼児一名と毛玉がいるのだ。


「おじさん!」


 子どもたちが戻ってきたようだと振り返れば、なぜか三人で幌馬車を引いてきた。ルイとポンタはそこに乗っていた。幌はついているが、座席はない作りのものだ。


「どうしたんだ、それ」


「今日はこれに乗ってきたんだ。この後、角兎も狩る予定だったから、アベル先生が風魔法で動かしてくれてたから、馬はいないんだけど……」


 コリーの説明になるほど、と頷く。

 レオが使っているようなマジックバックは回復ポーションより高級品で、ある意味、これは冒険者として成功していることの証でもあるのだ。まだ駆け出しの彼らがそんなものを持っているわけもない。なので、獲物を乗せるためにこういったものを利用する場合もある。


「そうかそうか。よし、じゃあ全員乗れ」


 幸いなことに馬が曳けるようにもなっている。


「え?」


「いいから早く、コリー、ベンノを抱えてろ。ミスラはルイが落っこちねえように頼むな。ポンタ、お前もしっかり乗っとけよ」


 首を傾げるコリーたちを促し、幌馬車に全員を乗せる。アベルはレオが抱え上げて乗せた。少年たちが意識のない彼が怪我をしないようにと床で抱える。


「よーし、んじゃ、落ちねえように掴まってろよ。……『身体強化・脚力』!」


 脚に魔力を集中させ、荷車の取っ手を握りしめ、深呼吸を一つ。

 レオは再び思いっきり地面を蹴り、駆け出した。


「うあぁ!」


「きゃあ!」


 子どもたちの声が聞こえた。ルイは、何をするのか分かっていたからだろう。彼の声は聞こえなかった。

 レオはエンデの町まで砂ぼこりを巻き上げながらひたすらに走った。

 石の壁に囲まれた町はすぐに見えてきて、最後の丘を飛ぶように下る。

 でかい町はどこもそうだが、当たり前のように門の前には長い列ができている。ここで身分証を提示して中へ入れてもらうのだ。

 だが今は悠長にその列に並んでいる場合ではない。


「おい、コリー、ベンノは?」


 レオは壁に激突しないよう、少しずつ速度を落としながら問う。


「そ、それが、さっきから目をつむって、返事が……っ!」


「でも、まだ息はしてるし、心臓も動いてる!」


 コリーの言葉にミスラが続く。


「こりゃ、まじで病院一直線だな」


 そう呟き、長蛇の列を抜かして門番の下へ向かう。


「と、止まれ!! 何事だ!」


 あまりに勢いよく走ってきたため、門番たち――町の騎士団の騎士――が出てきて、停められる。レオはなんとか彼らにぶつかる寸前で止まった。


「怪我人だ。あっちのは魔力切れだ。意識がない、病院はどこだ?」


 レオの言葉に騎士たちが馬車の中を覗き込み、はっと息を吞む。


「一体、どうしたんだ?」


「西の平原に大牙猪が出て、このおじさんが助けてくれたの」


 門番たちはミスラの言葉に驚きをあらわにする。順番を待つ人々も「あんなところに?」「どうして」と口々にささやき合っていた。


「俺は冒険者のレオだ。ランクはB」


 レオは身分証であるギルドカードを騎士に見せる。ミスラとコリーも自分たちのギルドカードを見せる。


「確かに。それにそこで倒れてんのは冒険者ギルドのアベル指導官だな……」


 門番が手元で何かを確認する。


「今日の朝、新人研修による外出を確認している。……病院の場所は分かるか?」


 門番の騎士がコリーたちに問うと、双子はそろって頷いた。


「ならそこへ。あんたはこれにサインを、通行証だ」


 差し出されたそれにサインをして受け取る。これがあれば、何かあった時に「ちゃんと正規の手続きを踏んで町へ入った」という証になるのだ。ミスラたちのようにこの町が居住区の場合は、ギルドカードを提示するだけでいい。


「ところで、その子どもは?」


「こっちも怪我してんだよ。手続きはギルドですっから、病院に行かせてくれ」


「分かった。仮の身分証を出すから、ちゃんとどこかしらのギルドで申請してくれよ」


 騎士がルイの分の仮の身分証を慌てて用意してくれた。それを受け取り、今度こそレオは町へ入る。

 そして少年たちに案内してもらい、レオは大通りにある病院へと駆けこんだのだった。


今夜19時、第4話、更新です!

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