その5 野営練習 平原の夜編
ロザリーは真新しいテーブルの上でひき肉をこねてハンバーグを作る。
みじん切りにしてじっくり炒めた玉ねぎとニンジン、ベノワに分けてもらったパン粉、すり下ろしたニンニクやジンジャー、スパイスも少々、つなぎに卵を入れて、粘りが出るまでこねる。レオのハンバーグはロザリーの顔くらいあるが、ルイのは可愛いサイズだ。
成形したらパットに並べて、マジックバッグにしまっておけば夕食の時に出して焼くだけでとても便利だ。
後片付けをして、次は昼食に取り掛かる。
本日は練習ということで昼ご飯はこちらで用意することにしている。
シェリーとセーラも自分たちの分の仕込みが終わったようなので、声をかけ、一緒に作業をする。
「シンプルに肉入りのスープとパンよ。冒険者何て肉さえ与えておけば基本的に問題ないわ。とくに男子」
ロザリーの宣言にシェリーとセーラは「確かに」と笑った。
セーラに野菜の下処理を、シェリーに肉の下処理を頼み、ロザリーは竈の準備をする。
冒険者稼業が長いので、愛用の持ち運び竈の一つ二つ持っている。
それを設置して、持参した薪をくべて火を着ける。冒険者ギルドで借りてきた大鍋を設置して、ロザリーも二人の手伝いへと戻る。
大量に用意した玉ねぎの皮を次から次へと剥いていく。
「レオもなんでも食べるけど、食べなくていいなら野菜はあんまり食べないわねぇ」
「清々しいほどの肉食ですからねぇ」
ロザリーのつぶやきにセーラが答える。
「私、身近に獣人族がいなくて、その食生活がよく分かっていなかったの。出会ったばかりの頃、レオに野菜ばかり食べさせてたら、倒れちゃってあの時は後悔したわ」
美味しいと言ってくれるのが嬉しくて、彼らの健康を考えて野菜を中心にした食生活を志した結果、ルディは元気だったのだが、レオが栄養失調で倒れてしまったのだ。
「え、倒れちゃうんですか?」
シェリーが驚きに声を上げた。
「ええ。倒れちゃうのよ……やっぱり私たちとは体のつくりが違うから、その種族に合った食生活があるのよね。だから私も反省して、たくさん勉強して今に至るの」
あの時、レオは目覚めてすぐに生肉をバクバクと食べつくした。あの頃からロザリーには甘いレオなので「俺の健康を考えてくれたんだろ」と怒られはしなかったけれど、ロザリーは深く反省したのだ。
「そうですねぇ。私もお肉は嫌いじゃないですけど、お肉中心の生活になったら、体調を崩しちゃうと思いいます。体が受け付けないんですよねぇ」
セーラが苦笑交じりに言った。彼女は草食である羊系の獣人族なので、野菜を中心とした食生活が基本なのだ。
「ロザリーさんもレオさんの食生活に合わせてるんですか?」
「まさか。さすがにそれをやったら私が体調を崩すわよ」
ロザリーは肩を竦めて笑った。
「同じものを食べるけど、量を加減するのよ。それに私は野菜も多めに食べるしね。だからルイも人族だし気を付けてあげないとね。どうもあの子もお肉が大好きみたいだから」
「野菜も美味しいんですけどねぇ」
セーラがおっとりと笑った。
皮を剥き終えた玉ねぎをざっくりと粗みじん切りにしていく。他にもトマト、ニンジン、ジャガイモ、キノコも適当な大きさに切っていく。
もう一つの竈で一口大に切り分けた肉を焼いてもらい、ロザリーは野菜を鍋の中でどんどん炒めていく。重たいので魔法で補助しつつ、程よく火が通ったら肉と水を入れる。
「ロザリーさん、それってもしかして水魔法のピッチャーですか?」
ロザリーが手に持っている陶器製のピッチャーに気づいたシェリーが驚いた様子で指さす。
「ええ、そうよ。立派な魔道具で魔石に魔力を注げば、水魔法のスキルの有無にかかわらず、こうして水を得ることができる便利な魔道具よ」
「すごい、実物、初めて見ました!」
「これ、ダンジョンでしか出ないんですよねぇ」
さすがはギルドの受付嬢とベテラン事務員だ。これの希少性が分かっている、とロザリーは嬉しくなる。
ダンジョンでは武器や防具、素材のほかにこう言った未知の魔道具が出て来ることもあるのだ。
「そうなのよ。これは七年前にもぐったダンジョンの隠し部屋で見つけた宝箱に入っていたの。私も解析は続けているんだけど、複雑すぎてなかなか原理は分からないのよね」
「近くで見てもいいですか?」
「ええ、どうぞ。ここに置いておくから」
ロザリーはピッチャーをテーブルの上に置いて、料理の続きに取り掛かる。
各種ハーブと香辛料を入れる。赤ワインを入れたいところだが、独特の苦みが苦手な子もいるかもしれないので、今回は入れない。
とりあえず軽く焼いただけの肉に火が通るまで煮込むために鍋に蓋をする。
振り返ればテーブルの上のピッチャーをシェリーは丹念にスケッチしていて、セーラは息を止めて観察している。
「……触ってみてもいいわよ?」
勢いよく顔を上げた二人がぶんぶんと首を横に振った。
「こ、壊しても弁償できないです!」
「そうです!」
セーラの言葉にシェリーが力強く頷いた。
「エンドの町は自然は豊かなんですが、ダンジョンはないので、近隣にもないですし、こうしてダンジョン産のものを目にする機会があまりないんですよ」
「そういえば、近場にはないわね。お隣の国もこちら側にはないし……」
ダンジョンというのは謎多き場所で、いつどこでどのようにしてできるのかは誰にもわからないのだ。魔獣の出現と同じくらい、突発的なものだが、一度出現すると五百年から千年ほどは確実に存在し続けるのだ。
ダンジョンは何百階という層に分かれていて、層の数はダンジョンにより異なるし、中身も全て異なり、同じものは一つとしてない。一度、誰かが踏破した階にはワープ機能で誰でも行けるが、未踏破の階は誰かが踏破するか自分で行くしかないのだ。最も早く攻略されたダンジョンでさえ、二百年の月日がかかっている。
「ロザリーさんたちもさすがにダンジョンを踏破したことは……」
「さすがにないない」
ロザリーは、あははと笑って返す。
「あれは、本当に長い時間がかかるから、なかなかね……エルフ族だったら暇つぶしにできるかもしれないけど。私たちはどっちかって言うと、ダンジョンに挑戦する時は、新しい魔法や戦法を試したいときとか、隠し部屋とか隠し通路とか、そういうものを発見したくて潜ってたわね」
「隠し部屋の宝箱はレアなお宝が多いって聞くけど、本当なんですか?」
セーラが首を傾げた。
「本当よ。と言っても、それをレアと言うか否かは、人に寄るわね。このピッチャーは、水っていう私たちが生きる上で必要不可欠なものを出してくれるからレアでしょ?」
二人が揃って頷く。
「でも、これがレアかって言われると、私には分からないのよね」
ロザリーはマジックバッグのリストを出し、目当てのものを取り出す。
「はさみ、ですか?」
「毛先を一ミリメトルだけ切れるはさみよ」
ロザリーは自身の長い髪の毛にはさみを入れる。ばっさりと長さが変わってしまう位置に二人が息を呑むが、はさみはどうしてなにをどうやっても動かない。しかし、それを毛先に移動すると一ミリメトルだけ、毛先が切れる。
「……え?」
「髪以外は……」
「もちろん切れないわ。髪の毛であれば誰のものでも毛先、一ミリメトルだけ切れるの。ルイがやってもレオがやっても、シェリーやセーラがやってもね」
「試してみていいですか!」
顔を輝かせたシェリーにはさみを渡す。シェリーは後ろでまとめていた髪を下ろしてはさみを入れようとするが長い部分はどうやっても切れず、毛先に移動すると一ミリメトルだけ切れた。セーラも挑戦するが、彼女のくるくるしたくせ毛も毛先しか切れない。
「すごい、本当に一ミリメトルだけしか切れないわ!」
「一体、どういう利用価値が……」
「それは私にも分からないの。しかも一度切った部分は、一ヶ月は切れないの。つまりそのハサミでは長さは変えられないのよね」
ロザリーの言葉にシェリーがもう一度、同じ部分にはさみを入れるが、やはり何も切れない。
「本当に切れない……!」
「でしょ? 売値もいまいちだったから、そのうち、物好きの人と取引できないかな、と思って取ってあるんだけどね」
戻って来たはさみをマジックバッグに戻す。
「やっぱり隠し部屋を見つけるのは難しいんですか?」
「そうね。人気のダンジョンは隠し部屋も開けられてしまっていることが多いから、その時攻略されている一番下の階まで潜って探すんだけど、下に行けば行くほど魔物も強くなるし、仕掛けも難しくなるから……でも、私のロッドやレオの剣、どっちも隠し部屋の宝箱から出てきたの。これがあるから、やめられないわ」
「やっぱりお二人の相棒はダンジョン産なんですね。父がそうじゃないかなとは言っていたんですが……忙しくて聞きそびれてしまって」
「普通の武器とは全然違うって本当ですかぁ?」
シェリとセーラの言葉に頷く。
「ええ。全く違うわ。ダンジョン産の武器や防具が自分を使う相手を選ぶのは知っているでしょう?」
二人がこくこくと頷いた。
「やっぱり、魔力の馴染み方が全然違うのよ。あのロッドだからこその精度で私は魔法を使えるの。他のロッドじゃ、あそこまでの魔法は使えないわ、一流を目指すならダンジョンに挑戦して相棒を得るのも大事なことだと思ってる」
「興味深い場所ですね、ダンジョンって」
「そうね、未だに生成される条件や各階層の仕組みとか、なんにも解明されていない場所でもあるし……あら、戻って来たわ」
森の方からがさがさと音が聞こえて顔を向ければ、レオを先頭に皆が戻って来た。
「ママー!」
ロザリーを見つけた途端、駆け寄って来たルイを腕を広げ、膝をついて迎え入れる。抱き着いてきた愛息子は髪に葉っぱをつけていた。どこをくぐってきたんだろうと笑いながら、小さな葉っぱを指で取る。
「森の中はどうだった?」
「たのしかった。あのね、パパとね、みすのそばで、ママにおはなつんだの! パパ、はやく!」
「へいへい」
レオがくすくすと笑いながらこちらにやって来て、ポーチから白い綺麗な花と青い小さな花の花束を取り出した。
「あら、白夢と青雪ね」
「ママ、おはなのなまえ、わかるの?」
「ええ。両方、乾燥させると薬の材料になるの。でもお花がとっても綺麗だから、しばらくは飾っておきましょうか。ありがとうね、ルイ」
ロザリーはルイを抱きしめ頬にキスをしてから、花を受け取る。立ち上がりポーチから小さなガラス瓶を取り出し、魔法で水を入れて花を挿す。
ついでに小さなピンク色のクロスを取り出してテーブルの中央に置いて、花を飾った。
「素敵ね」
「もっときれいになった」
ルイが感動した様子で呟いた。
「お花は飾ると周りを華やかにしてくれるの」
「はなやか?」
「ちょっと世界がキラキラするってこった。なぁ、あれ昼飯か?」
レオが大鍋を指さして言った。ルイは「きらきらしてる」と真剣な顔で頷いていて、その可愛さにロザリーはルイの頭をわしゃわしゃ撫でながらレオを振り返る。
「そうよ。味見してみて」
「はいよ」
レオが自前のスプーンを取り出して、味見をする。
「うん、うまい」
「じゃあ、ちょっと早いけど、午後も色々しなきゃだしお昼ご飯にしましょうか。皆、スープ用のお皿を持ってらっしゃい」
「「「はーい!」」」
少年少女たちが元気よく返事をする。
セーラとシェリーはギルドで用意してくれた昼ご飯用のパンを配る準備をしてくれる。今回の研修では一日目の昼にのみパンがギルドから提供される。それ以降は自分たちで準備をしなければならない。
「ママ、オレのおさらは?」
「ちゃんとあるわよ。はい。こっちのお皿はテーブルに置いておくから、スープをもらったら、シェリーお姉さんたちのところにパンをもらいに行ってね」
「うん。ありがとう」
ルイはこの間,買ったばかりの獅子の焼き印が押されたスープ皿を受け取ると大鍋の前に他の性根少女たちとともに並んだ。ロザリーはパン用のお皿をテーブルに置き、大鍋の元へ行く。
「おかわりは早い者勝ちよ」
ロザリーは次から次へと中身をたっぷりとよそっていく。皆が嬉しそうに受け取り、ルイも慎重にテーブルへと運んでいく。スープを置いたら、空のお皿を持ってパンをもらいに行く。レオがそわそわしながら見守っているのが微笑ましい。
大人たちも含めて全員に行き渡ったのを確認し、ロザリーも自分のぶんをよそい、ルイの隣に座る。大きなテーブルセットなので、ルイの隣にセーラ、向かいの席にはアベルとシェリーも着席する。
「よーし、じゃあ、飯食ったらちょっと休憩して、午後は竈作りからな!」
「「「はーい」」」
元気な返事を皮切りに賑やかな昼食が始まった。
「美味しい~」
「うま味がすごいですね。なんのお肉ですか?」
「大牙猪よ」
「ごふっ」
アベルが噴き出し、セーラとシェリーの手が止まる。
「え? え?」
「た、たた、高すぎません!?」
「だってポーチの容量取るんだもの。一向に減らないのよ。やっぱり欲張ってもらい過ぎたわね」
ぽかんとしているアベルたちに「いいから食べなさいな」とロザリーは苦笑する。
「大丈夫よ。食べたくなったらレオに狩って来てもらえばいいんだもの」
「任せとけ。そういや、ベノワに頼んでたベーコン、できたかな?」
「どうかしら。かなりはりきって仕込んでるってマージは笑ってたけど……ルイ、パンをスープにつけても美味しいわよ。こうやってちぎって、スープにつけるの」
「ほんと? やってみる」
ルイがパンを小さくちぎってスープにひたす。ぱくりと食べるとぱぁっと顔が輝いた。
「おいしい……!」
「でしょう? ふふっ、たくさん食べてね」
「うん!」
ルイは、ちまちまパンをちぎっては、ちょんとスープに付けて美味しそうに食べる。その様子をにこにこ眺めているとレオが「ロザリー」と呼ぶので顔を上げた。
「おかわりしていいか?」
「もう一杯だけよ?」
「おう。おかわりしたいやつ並べ~」
レオの掛け声に少年少女たちが我先にと鍋の前に並んだ。
「いっぱいあるから焦るなよ」
けらけら笑いながらレオが彼らのお皿におかわりをよそう。
嬉しそうにお礼を言って席に戻り、美味しそうに頬張る姿にロザリーの頬も自然と緩む。
「やっぱり、皆でわいわいしているの好きだわ」
「オレもみんなでごはんたべるの、すき」
「そう? 良かった」
ルイのほっぺについているパンのかけらを取ってやりながら、ロザリーはじんわりと胸を満たす幸せを(固まったままの三人に気づかぬまま)噛みしめるのだった。
料理というのは、その人の性格が如実に表れるものだ、とレオは常々思っている。
最愛のロザリーの料理は、野菜や肉の切り方ひとつとっても食べる人への気遣いがあり彼女らしく繊細で柔らかい味がするし、最近ずっとお世話になっている宿のベノワの料理は高い技術が伺えて、料理に情熱を燃やす彼らしい真っ直ぐな味がする。
レオの料理はロザリー曰く「何もかも大雑把なのに、不思議と美味しい」との評価だ。
そんなことをとりとめもなく考えているレオの目の前では、少年少女たちが一生懸命、夕食づくりに励んでいる。
午後は少しの休憩をとり、必要がれば仮眠を促し、平原での過ごし方と明日の低級魔物の狩りについて予習し、竈を作って、早めの夕食に取り掛かったのだ。
町で一人暮らしをしているというギルとラベンダーは、手際よく調理をしている。実家暮らしだが良く手伝いをしているというベンノ、ミスラとコリー、ユーインも勝手が違うので戸惑いつつも、恙なくこなせている。ジョージはドワーフ族らしくもともとが器用なのだろう。ユーインの指示を真面目にこなしているので問題なさそうだ。
問題は料理を全くしたことがないという、本日、テントも忘れたテッド、ハロルド、リヒトの爬虫類系トリオだ。
「……パパ、なんであそこくろいけむりがみえるの?」
「……さあなぁ」
「さっき、ひがぼーって、あがったよ?」
「あがったなぁ」
レオが眺める先で火加減を間違え、火柱を生み出した三人はロザリーに怒られている。
ここから聞こえる限りだと「強火でやればいいってわけじゃない!」「火魔法に風魔法を使うなんて!」「こんなところであんな大火力はいらないの!」と至極真っ当なお怒りを受けている。
レオたちの夕食は、ロザリーがすでに作ってくれているので、レオはルイの子守りと少年少女たちを監督している。
「ルイくん、おいで。味見してくれる?」
「うん!」
隣のシェリーに呼ばれて、ルイが嬉しそうに駆け寄っていく。
ちなみにポンタは、誰でもいいから肉を落とさないかと入念に少年少女たちの足元の見回りに徹している。
「どれ、俺も見て回るかな」
よっこいせと椅子から立ち上がり、レオも歩き出す。
まずは一番近くのラベンダーのそばで足を止める。
「ラベンダーのはすごいハーブのにおいだな」
「ハーブのことも色々と勉強してるんです。味をみていただけますか?」
小皿に一口分、ハーブの煮込みが盛り付けられて渡される。
「魔物は鼻が利くし、こりゃ、魔物が嫌いなハーブも混じってるな? 魔物除けにもなっていいな。……味も美味いし」
「えへへ、ありがとうございます」
ラベンダーが照れたように頬を指で掻いた。
「おじさん、俺たちのも食べてみてください!」
双子の片割れコリーに呼ばれてレオは今度はそちらに足を向ける。
三人で食材を持ち寄っているので、なかなかに豪華だ。
「お、これ、好きだな」
レオは鶏肉のソテーをひとかけら食べる。
「うちの母さん直伝なんです」
ベンノが嬉しそうに胸を張った。
野菜も食べてと言われたが、野菜は専門外なので断った。大人げなくてもいい。レオは立派な肉食系獣人なのである。
「ギルは野外料理も手慣れてるな。これもじいさんが?」
「はい。俺、小さい頃からじいちゃんの冒険譚を聴いて、冒険者になるのを決めてて、じいちゃんは大喜びであれこれ教えてくれたんですよ」
「へぇ、そりゃじいさんも教えるのが楽し」
レオの言葉を遮るようにパンパン!とすごい音がして思わず腰の剣に手を掛けて振り返る。
発生源は問題児トリオ、ではなく、ユーインとジョージのコンビだ。
「どうしたんです!?」
慌ててアベルが駆け寄り、レオもルイの安全を確認してからすぐに駆け付ける。
ユーインは鍋の前で固まり、ジョージが少し離れた焚火の前で尻もちをついていた。
「なにしたんです? 怪我は?」
「や、焼いて食べようと思って、森で拾った木の実を入れたら、爆発……」
ジョージが握りしめていた右手を開いた。
そこには青く硬い殻に覆われたオオミノリの木の実があった。よくみれば、彼の周りにたくさん落ちている。
「あ、ジョージの好物……」
ユーインがぽそっと呟いたのがレオの耳には聞こえた。
オオミノリは不思議な木で通年で木の実を落とす。殻ごと焼いて、殻を割って中身を食べるのが一般的だが、一つ、大事な処理がある。
「あー……初心者がやりがちなやつだ。いいか、オオミノリの木の実は、間違いなく食用だがな、そのまま焼くと殻の中で熱で中身が膨張して爆発すんだよ」
ほれ、と手を差し出し、ジョージを立たせる。
「だから焼いて食いたいときは、必ずちょっと割れ目を入れてから火の中に入れるか、殻を割って中身を取り出して、鍋で炒るのが安全だな」
「す、すみません……」
ジョージがしょんぼりと肩を落とす。
「おーい、怪我した奴はいるかー?」
周囲に声をかけるが、手を挙げる者も前に出てくる者もいない。ということがけが人はいないということだ。
「怪我をした人もいなかったですし、ジョージもユーインも無事なら、大丈夫。次から気を付けてくださいね」
「はい……」
しょぼくれているジョージは、よほど驚いたようだった。確かにすごい音がしたからなぁ、と思いながらレオはがりがりと頭を掻く。
「まあ、俺も人のことは言えねえけどな。ロザリーと組んでまだ一年くらいの頃か。とある卵をな、思い付きで火にぶち込んだらよ、爆発したんだよな」
「卵も爆発するんですか!?」
ジョージではなくユーインが目を丸くしている。
「ただの卵じゃないからよ」
いつの間にか隣にやって来たロザリーが胸の前で腕を組んで、横目でレオを見上げて来る。レオはそろーっと視線を外した。
「この人が焚火にぶち込んだのは、火種鳥の卵。火種鳥はね、火山地帯に生息する魔鳥でその卵はとっても美味しいのだけれど、ゆでで食べるっていうのが鉄則なの。なぜか? それはね、火種鳥の卵はその名の通り、火種となるほど発火性に優れていて、現地では崖を崩す時とかトンネルを掘る時にその卵に藁紐を巻いて遠方で火を点けて、爆発させるのよ。そもそも親鳥が成熟した卵に火を噴いて爆発させて、そこからひなが生まれるような厄介な卵なのに、よりにもよってこの人は焚火にぶち込んだのよ!」
「まあまあ、昔のことじゃねぇか」
「どれだけ損害が出たと思ってるのよ」
ぎろりと睨まれて、レオは口を噤んだ。野営道具のほとんどが破損し、ロザリーとルディは咄嗟にレオが庇ったので怪我はなかったが、レオは背中に大火傷を負った。痛かった。ロザリーが泣いて怒りながら薬を調合してくれて、ルディが薬ができるまで間、延々と水をかけてくれ、なんとかなった。なにせ、山の中だったので病院もなかったのだ。
「……そういうわけだ。焚火にぶち込むってのは危ねぇ。基本、ぶち込むのはおすすめしない!」
「説得力がすごいですね……」
レオを睨みつけるロザリーに頬を引きつらせながらアベルがぼそっと呟いた。
ユーインと、とくにジョージは「はい!」と軍隊みたいに勢いのある返事をした。そうだ。ロザリーは怒らせるととっても怖いのだ。
「ほれ、とっとと仕上げろ。時間は有限だぞー!」
レオの掛け声に皆、止まっていた手を慌てて動かす。
ロザリーは「本当にあの時は信じられなかったんだから」とぷんすか怒りながら、問題児トリオのところへ戻って行った。
レオだってあの後はさすがにしっかり反省して、薪以外のものを火の中に入れる時はちゃんとロザリーの許可を取るようにしているのだ。
完ぺきな人間などいないのだから、一緒に冒険していた日々の中でロザリーだってルディだって、あれこれやらかしていたのだが、ロザリー曰く「レオはやらかしの回数は少ないけど、一回一回の規模が大きすぎる」とのことだ。
「……ぐぬぬ、割れん……!」
「なにこれ、かたっ!」
遠い過去のやらかしに想いを馳せているとジョージとユーインの唸り声が聞こえて、顔を向ければオオミノリの硬い殻を素手で破ろうと四苦八苦していた。
「ははっ、そう簡単にゃあ、割れねえよ。貸してみな」
レオは二人のそばにしゃがんで、オオミノリの木の実を受け取る。木の実は先端がとがっていて爪の先のような形しているが、女性の親指の先くらいとどちらかと言うと小さい。
「こういうのはな、まず平たい石か板を下に置いて……おう、そのまな板でいいや。んで、こうやって尖ってる方を上にして、石とかハンマーでたたくといいんだがなんかあるか?」
「あ、どうぞ」
ジョージが腰のベルトに下げていた小さなハンマーを貸してくれる。
「ありがとさん。じゃあ、いいか? 先端を叩けば、ほれ、綺麗に割れるんだ」
「ほんとだ!」
「俺、ハンマーは得意です!」
そう言ってジョージが早速、レオの真似をする。さすがはドワーフ族で、ハンマーの扱いは手慣れたもので木の実は綺麗に割れて、中の黄色い身を取り出す。
「パパ、なにしてるの?」
「んー、オオミノリっていう木の実を割ってんだ。ルイもやるか?」
「うん!」
嬉しそうに頷いたルイに、レオは胡坐をかいて座り、膝にルイを乗せる。ジョージにハンマーを借りて、一緒にハンマーを握って木の実を叩く。ひびが入ってぱかりと割れたそれにルイは「出た!」と喜ぶ。
「これ、おいしいの?」
「美味いぜ。あとで炒ったやつを分けてやるよ」
「ありがと、おにいちゃん!」
満面の笑みでお礼を言うルイにジョージはくすぐったそうに笑った。
「これ、きれいだね。おそらのいろみたい」
割る前の木の実を薄暗くなってきた空に掲げてルイが呟く。
「一粒くらいやるよ。虫が入ってないかは確認済みだからよ」
「いいの?」
ルイが驚いたようにジョージを振り返る。ジョージが「おう」と頷くと、ルイの表情が一気にぱぁぁぁぁっと晴れる。
「ありがとう! ママ、見て! ママ!」
「転ぶなよー」
レオの膝を飛び出し、木の実を掲げながらロザリーの下へ走っていく小さな背にレオはくすくすと笑う。
「ありがとな」
「へへっ、素直で可愛いっすね」
「僕の弟、一つしか変わらないから全く可愛くなんですよね。ああいう可愛い弟が欲しかったなぁ」
照れくさそうに笑うジョージの横でユーインが嘆く。
レオは「俺の息子は最高に可愛いからな」とロザリーにもらった木の実を一生懸命見せている息子を眺めながら我が物顔で胸を張るのだった。
ぱちぱちと焚火が小さな音を立てている。
満点の星空が広がる平原は、遮るものが何もないから空が恐ろしいほど広く見える。
火柱が立ったり、爆発したりとあれこれあったが、夕食はそれぞれのお腹を満たしてくれた。耳をそばだてれば、いくつもの寝息と見張りをしているやつらの息遣いが聞こえて来る。
レオの背後のテントでもルイとポンタの穏やかな寝息が聞こえて来ていた。
「静かな夜ね」
「ありがとさん」
横から差し出されたカップを受け取る。ロザリーがよいしょとレオの隣に座った。
カップの中身はミルク入りのコーヒーだ。レオはそのままのコーヒーは苦くて嫌いだがミルクを入れたものは好きだ。ロザリーは何もいれないで飲む派だ。
「星空が綺麗ね……冬だったらもっと星が見えるのかしら」
上を見上げてロザリーが言った。
レオには難しいことはよく分からないが、冬の方が空気が澄んでいて夜空はぱりっと綺麗に見えるのだ。夏は緩んだ空気でどこかぼやけているように感じる。
そうかもなぁ、と相槌を打ちながらコーヒーをすする。ほろ苦いコーヒーにまろやかなミルクがとても良く合う。
初夏の夜はまだ少し肌寒い。
「ポンタ、見張りはいつから練習するの?」
「本人次第だなぁ」
ポンタは見張りを放棄して、ルイの腕の中で腹を見せて寝ている。
ちなみに料理中、警邏に精を出していたポンタは、爆発の音に驚いたベンノが落とした肉を見事に獲得したそうだ。
「ふふっ、でもルイが安心して眠れているから、見張り役より重要な仕事よね」
「そりゃそうだ」
ポンタのぬくもりに愛息子がすよすよと眠っているならそれが一番だ。
レオはコーヒーをすすりながら、辺りを見回す。
見張り役のベンノが大きなあくびをしていたり、ジョージはせっせと何かを作って居たりとそれぞれ思い思いに夜を過ごしているようだ。
「ねえ、レオ」
「ん?」
呼ばれて顔を向ける。ロザリーはじっと焚火を見つめている。
「明日……森に行くでしょ? ルイがいた場所に行きたいの」
「そりゃ、かまわねーけど……」
夜は森の中で一泊。ここから然程遠い訳ではないので森の中であればいいため、問題はない。
「……あの子の笑顔を見るたびに、レオがその時、傍にいてくれて、気づいてくれて、見つけてくれてよかったって何度も、何度も思うのよ」
「ロザリー……」
ロザリーが地面にカップを置くと、膝の上にあったレオの手を取った。少し震えるその手をレオはそっと両手で握り返す。
「だって、そうじゃなかったらあの子は、誰にも気づかれないまま……っ」
言葉を詰まらせたロザリーがレオに寄りかかって来る。
レオはもう片方の手に持っていたカップを傍に置いて、ロザリーを抱き寄せた。ロザリーがレオの胸に顔を埋め、レオの手を痛いくらいに握りしめる。
レオとて、ロザリーが詰まらせた言葉の先を考えなかったわけじゃない。ポンタの守護魔法は森狼たちが手も足も出ないほどすごいものだったけれど、でも、五歳の子どもがあの小さな犬と一人と一匹では、森狼から逃げられたとて、生きながらえることは難しかっただろう。うっかり森の奥へ迷い込んでしまえば、森狼さえ捕食対象とする強い魔物が当たり前にいる。街道に出たとして、最初に見つけてくれた人が善人であるとは限らない。
色んなもしもを考えて、レオは自分が見つけられたことが、本当にルイとポンタにとっても、レオやロザリーにとっても幸運であったと心の底から安堵したのだ。
「あのじいさんが言ってたろ、必然だって。俺は言われた時は、よく分からなかったけど、最近は分かるんだ。あの時、俺はたまたまあそこで野営をしてた。森狼に気づいて、最初は狩りでもしてんのかと放置してたが……気になって洞窟まで行った。それらは何もかも必然だったんだって、思うようになった、いや違うな。……必然だったって分かったんだ」
ロザリーがゆっくりと顔を上げた。涙の残る頬に触れるだけのキスをする。
「それにこれからは、俺もロザリーも、ポンタもいる。なんの心配もいらねぇよ」
な?と笑えば、ロザリーは一度、目を閉じて鼻をすすると顔を上げて小さく笑った。
「そうね。私だっているんだもの。大丈夫よね」
「ああ。……無理して見に行かなくてもいいんだぞ?」
ロザリーはゆるく首を横に振る。
「私がちゃんと見ておきたいの」
こうと決めたら折れないのがロザリーだ。レオは「分かった」と頷いて、額にキスをする。
「じゃあ、今夜は俺が見張ってるから、お前はもう寝ろ」
「でも……」
「大丈夫、途中でアベルと代わる約束をしてっからな」
ロザリーが隣のテントに顔を向けた。四人用の大きなテントの前には誰もいない。三人とも中で寝ているのだ。
今回は研修ということと平和な平原ということでそこまで気を張っているわけもでないので、途中でアベルと交代してお互いに睡眠を確保しようと約束しているのだ。
「分かったわ。じゃあ、先に戻るわね」
「おう。あと一時間くらいしたらアベルが起きて来るから、俺も行くよ」
「ええ。おやすみ」
ロザリーからのキスを受け取り、レオもキスを返すとロザリーは残っていたコーヒーを飲んでカップに洗浄魔法をかけながらテントの中へと戻って行った。
焚火に薪を足しながら、冷めてしまったコーヒーを味わう。
ほろ苦くもまろやかな味に、ふっと息を吐きながらレオは静かに更けていく夜を過ごすのだった。




