その3 野営練習 準備編
「レオさんが提案した、野営練習、あっという間に定員がいっぱいになったんですよ」
冒険者ギルドで暇をつぶしていたレオは、嬉しそうに駆け寄って来たアベルの報告に「へぇ」と返す。膝の上で絵本を読んでいたレオと隣で魔導書を呼んでいたロザリーも顔を上げた。ちなみにポンタは、ギルド内でお散歩に出かけている。
ルイの食器を買いに行った日に思いついた、新人たちの野営練習はバージたちに提案すると「それはいい!」と喜ばれ、とんとん拍子に決まった。
日程は二泊三日。
一日目は平原で、とりあえずテントの張り方や、火の熾し方など、基本的なことを練習する。二日目は森の浅いところで復習も兼ねて野営する。二日目の昼間は、角兎や葉鹿などを狩る練習か、薬草採取の練習をする予定だ。
ちなみに参加条件は以下の通りだ。
・E、F、Gランクの冒険者
・野営に自信がない
・直近一ヶ月以内にクエストを受注・達成している者
以上の三つだ。
三つ目の条件については冒険者と登録していても、登録しただけで活動していない者もいるためだ。
「これ、リストです」
「お、ミスラとコリー、ベンノも参加するのか」
平原で助けた縁でレオを慕ってくれる少年少女たちの名前をリストの中に見つける。
参加人数は全部で十名。その内、ソロが二人、パーティーが三つだ。
「あの子たちは、まだ冒険者なりたてのほやほやで、記憶している限りまだ野営はしたことはないですよ」
「初めての野営って緊張するよなぁ。俺ァ、当時、ソロだったからよ。初めての時は他のパーティーの近くでやらせてもらったんだ。気のいい兄ちゃんたちで、あれこれ教えてくれて助かった記憶が残ってる」
「僕もですよ。僕は冒険者の先輩が気に掛けてくれて、一緒に行って、少し離れたところで見守ってくれたんです。やっぱり心強いですよね」
「だよな」
「私は一人で野営って、この間、初めてしたのよねぇ。ずっとレオと一緒だったから」
ロザリーが言った。アベルが少し驚いた様子で「そうなんですか」と返す。
ロザリーが冒険者になって間もなく、レオたちと出会い、くっついてきた。一人で野営させるには心配な美少女で、当時はまだ右も左も分かっていない新人冒険者だったロザリーをどうして見放すことができようか。
レオとルディはなんだかんだロザリーと一緒に野営をしていたし、ロザリーは料理が上手だったのでそれにつられてしまった部分もあった。当時のレオとルディの料理なんて焼くだけの大雑把の極みだったのもいけない。
その後、正式な仲間になってからは当たり前だが一人で野営何てさせたことなかったし、リーダー命令で禁止していた。
「お前みたいな綺麗で可愛くて攫いやすそうなのが一人でいたら危ねえから、今後も、絶対にダメだからな」
「もう、レオったら」
綺麗で可愛い嬉しかったのか、ロザリーがぺしりと肩を恥ずかしさを誤魔化すように叩いてくる。こんなにか弱いのだから簡単に攫われてしまう。
レオが真剣に悩んでいる横で――魔力を込めた拳とはいえ――レオをぶっ飛ばすようなロザリーを誰が攫えるんだろうとアベルが考えていたのを二人は知らない。
「パパ、オレは?」
「ルイだってダメに決まってるだろ」
「そうよ。でも、ルイが大人になって、パパみたいに強くなったら、ひとりで出来るようになるかもしれないわね」
「あのね、ママ、そのときはね、ポンタもいっしょだよ!」
「ふふっ、心強い番犬ね」
「わんわん!」
どこからともなく散歩に出かけていたポンタが駆け寄って来て、ルイの膝に飛び乗った。
「でも、案外、従魔を連れているというのは、野営で心強いんですよ。犬や狼は、不審者とか魔物が近づいた時に、吼えて報せてくれますからね」
アベルが言った。レオとロザリーもうんうんと頷く。
「そうなんだ……ポンタは、すごいって!」
「わん!」
誇らしげに胸を張って尻尾を振っているポンタだが、割と野営中、見張りをしているレオの足下で腹を見せたまま熟睡しているのだが。起きている時は、魔物が近づいたりすると唸るので、練習あるのみだろう。
「ちなみに指導員として僕もついて行きますので、よろしくお願いします」
「おう、頼りにしてるぜ」
「アベルおにいちゃんも、いっしょ?」
「うん。よろしくね、ルイくん」
「やったぁ!」
わーいと万歳して喜ぶルイにレオとロザリーは目じりを緩め、アベルはわしゃわしゃとルイの頭を撫でた。
「それで、あの、シェリーも参加してみたいというのですが、いいでしょうか? 一度、冒険者たちの野営っていうのを経験してみたいと言っていて」
アベルがおずおずと申し出る。
「いいんじゃねぇか? 我ながら良い体験学習だと思ってるからよ、シェリーに知っといてもらえれば、次に開催する時も受付の基準とかが明確になるだろうし、想像もしやすいだろ」
「でしたら、私もご一緒してよろしいですかぁ?」
顔を出したのは、羊系獣人族で事務員のセーラだ。
「お外なんて怖いから無理だと思っていたんですが、レオさんたちがいてくれるなら安心ですし、一度、野営ってしてみたかったんです」
「ははっ、かまわねえよ」
羊系のような群れて暮らす草食系の獣人族たちは、肉食系よりずっと警戒心が強く、臆病だ。だがそれが種を繋いできた命綱でもある。
「マスターも参加したいって駄々こねていたんですけど、忙しいから諦めさせましたぁ」
うふふっとセーラが笑う。ベテラン事務員には頭が上がらないバージなので、その姿は容易く想像できた。
「ママ、おそとで、おとまりはいつから?」
「三日後よ。晴れるといいわね」
「雨なら雨で練習だけどな。セーラ、前日に俺とロザリーは一応、買い出しに出るから、もしそれに参加したいやつがいたら、九時にギルド前に集合って張り紙貼っといてくれ。あ、金は自分で持ってこい、ともな」
「はーい。了解です」
軽やかに返事をしたセーラが受付カウンターのほうへ戻っていく。
「なにかうの?」
「ごはんの材料が基本かしらねぇ。でも他の子が来たら、持ち物を聞き出して、必要なものを教えてあげるの」
「オレもじゅんびしたい!」
「なら、ルイも自分で出来るように皆と一緒に練習しましょうね」
「うん!」
やる気をみなぎらせる息子が可愛くてレオはぽんぽんとその頭を撫でた。
「お、全員か?」
ギルド前には少年少女が全部で十名、集まっていた。確か、野営練習参加者が十人だった気がする。
「おじさん、おはようございます!」
コリーの挨拶に一斉に子どもたちが「おはようございます!」と元気な挨拶をしてくれるので、レオたちも「おはよう」と返す。
「僕たち本当に初めてです」
「準備もよく分からなくて、よろしくお願いします」
「おう。よろしくな。一応、自己紹介からするか。俺はレオ」
「私はロザリーよ」
「ルイ、です! こっちはポンタ!」
「わん!」
ポンタが元気よく返事をした。
「ええと私はミスラです!」
「弟のコリーです」
「こいつらと一緒に銀色蜂蜜ってパーティーを組んでいるベンノです!」
まずは顔見知りの三人が挨拶をしてくれる。
「わ、私はラベンダーです。ソロです」
紫色の髪の花人族の少女だ。前にロザリーと話しているのを見たことがあった。
「俺はギル。俺もソロです」
黒髪にピンと立った三角耳の真面目そうな狼系獣人族の少年だ。
「僕はユーイン。こっちのジョージと火吹き野郎ってパーティーを組んでいます!」
ひょろりと背の高いユーインは人族、ジョージはドワーフ族のようで背は低いががっしりとした体つきをしている。
「初めまして! 俺はテッド、右にいるのがリヒト、左にいるのがハロルド。三人で光る鱗っていうパーティーを組んでいます」
そのパーティー名の通り、三人とも爬虫類系の獣人族だ。多分だが三人とも蛇系だ。頬にそれぞれテッドは深い蒼、リヒトは黄色、ハロルドは黒い鱗が浮かんでいる。
「よし。これで全員だな。まずは中庭行って、荷物を見せてくれ」
「はい!」
レオたちは一旦、冒険者ギルドに入り、中庭へと行く。もちろん事前に許可はもらっている。アベルもそこで合流し、一緒に中庭へ出る。
中庭に着いたら、それぞれで荷物を見せてもらう。
レオとロザリー、アベルで手分けをして、確認していく。参加受付をした際に、最低限の必要なものリストは渡してあるので、それに即して用意してあるかの確認だ。
「見張りが一人、とりあえず二人眠れるテントってことね? 丁度良い大きさだと思うわ。食器の類もあるし……あとは食材ってところかしらね。ナイフや斧は持っている?」
ロザリーがミスラたちに確認しながら指導をする。
「うん、ロープに折り畳みのスコップまであるね。ランプも……これは魔道具?」
「祖父がお下がりをくれたんです。祖父も若い頃は冒険者だったんで」
「なるほど。魔力型は高価な品だけど、その分、便利だから大事に使うといいよ」
ギルが「はい」とアベルの言葉に嬉しそうに頷いた。
「レオさん、木の上で寝る練習もできますか?」
「おう、二日目になるがな。一日目は基礎をやるから平原だ。……ナイフがちっと小さいな。もっと大きいのも必要になって来るが……うん、それ以外はよさそうだ」
テッドの問いに答えながら彼らの荷物をレオは確認していく。
そして順調に残りの三人の確認も済ませていく。
「大体揃ってるが、多少、買い足すもんもあるな」
「でもその前に、今から五分以内に各自、広げた荷物をしまってね」
「え!」
「荷物の準備・片付けが素早くできるのも大事なのよ。さあ、行くわよ。よーいどん!」
ロザリーの容赦ない掛け声に少年少女が、わっと動き出す。
てきぱきと動いている者、わたわたしている者、大さっぱにもほどがある者と個性豊かな動きをレオたちは眺める。
「はい、終わりー! 手を止めて!」
ロザリーの掛け声に全員が動きを止めた。
「ミスラとコリーは、雑過ぎね。それ走ったら落ちて来ちゃうわ。ベンノは上手ねぇ。ラベンダーも一個、コップを忘れているけれど全体的には合格よ。テッドたちは……これから練習しないとね。ギルとユーインも合格範囲内。ジョージ、あなたそれ、前見えてる?」
ジョージはリュックの上に乗せたはずのテントが彼の頭の上を通り越して顔を覆っていた。きちんと畳まなかったのが敗因だ。
「ま、ロザリーも言ってるが、こういうのはマジで練習あるのみだ。荷物をてきぱき片づけて収納できる癖をつけておけよ」
「はーい!」
「じゃあ、はい、もう一度、とりあえず出かけられるように片づけてね」
少年少女たちは背負ったリュックを下ろし、今度は丁寧に片づけていく。
「忘れものはないな。んじゃ、食糧と足りないもんの買い出しに行くぞ。とりあえず商店街な」
「はーい」
素直な返事に頷いて、レオたちは中庭を出て、職員たちに見送られ、商店街へと移動するのだった。
「まず、何が食いたいか決めるんだが……これ、持ってきたか?」
レオは小さな袋を掲げた。全員がごそごそとポケットやリュックを漁って同じものを取り出す。
これは冒険者ギルドで買える保存袋だ。肉や魚といった傷みやすいものを保存しておくことができる便利な魔道具の一種だが、冒険者ギルドでこの新人たちが買える袋はまだ小さく、そして数回使うとただの袋になってしまう。その分、安価なので、マジックバッグを用意できないうちは重宝するのだ。レオも新人の頃や若い頃は世話になった。
「これ、現地調達に使うのかと……」
「現地調達はまだ卵の殻を被ってるようなひよっこには、気の早い話だなぁ。今回はとにかく野営をすることの基本を学ぶ。現地で獲物を獲って調理するってのは、野営を困らず出来るようになってからの段階だ」
ふむふむと少年少女たちが頷く。
「最初の内は町で食材を買って、下ごしらえをしたものや調理したものを持参するんだ。野営するってことは、それなりのクエストを受注してるってことだろ? まずはクエストに集中できるように、野営は事前準備で出来る限り負担のないようにな」
「はい!」
「皆、何を作るかって言うのは考えて来た?」
ロザリーの問いには頷いたものと首を横に振ったものが半々くらいだ。
「なら、お店で食材を見て考えてもいいわ。困ったら聞いてね、料理は得意だから」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。まずはお肉屋さんに行きましょうか」
そう言ってロザリーが歩き出し、レオたちもついて行く。
「僕もシェリーにお使い頼まれてるんですよ。明日の分と今日の分とお義父さんに作り置きして行く分」
「シェリーが料理担当なのか?」
「はい。僕、あんまり得意じゃなくて、その代わり、洗濯は得意なんで僕がやりますよ。お義父さんは掃除担当なんですけど、最近は忙しすぎてかわいそうなので、僕とシェリーでやってます」
アベルが苦笑交じりに言った。
ここにバージがいたら「まだお義父さんじゃない!」と騒いでいたかもしれないが、ここ最近の彼はギルドに閉じ込められているのではという具合でギルドにいる。
「あー……魔獣が出るとどうやっても忙しくなるらしいし」
「いつ行ってもギルドにいるものね、バージ」
「マスターおじさん、このあいだ、おちゃのみながらねてて、セーラおねえさんにしんぱいされてた」
ルイが「だいじょぶかな」と心配そうに言った。
それ多分、過労で気絶してたんだろうなとレオたちは思った。
バージを心配している間に肉屋に到着する。
「野営で最初に失敗するのが食材の量だが、まあ、失敗も成功も成長の糧だ。保存袋の容量に注意して購入しろよ」
レオの忠告に皆、うんうんと唸りながら肉を見る。
それを横目に入れつつアベルは慣れた調子で肉を注文し、保存袋にしまう。アベルはマジックバッグはまだ持っていないようだが、保存袋はかなり良いものを使っているようだ。保存袋にも良し悪しがあるのである。
肉を好む少年たちが、食べきれないだろうなという量の肉を頼むのをレオは微笑ましい気持ちで眺める。食べられなかったら、それを処理する方法も教えるだけだ。
「ギルとラベンダーは手慣れてるな」
「俺は一人暮らししてるんです」
「わ、私もです」
「じゃあ、料理は心配なさそうだな」
「でも焚火で料理は初めてなので」
ギルの言葉にラベンダーもこくこくと頷いた。
「ユーイン、ジョージ、テッド、リヒト、ハロルド……そうはいってもそれは多すぎると思うよ」
アベルが呆れ半分で忠告しているが、果たしてその忠告は聞き入れられるだろうか。
「肉は俺で、魚はコリー、ミスラは野菜でどうだ?」
「賛成。ちゃんと切って来るからね」
「魚は塩焼きでいいよな」
「肉は任せとけよ」
幼馴染トリオも相談しつつしっかり決められているようだ。
「ママ、なにつくるの?」
「ルイが食べたいものでいいわよ」
「ほんと?」
「ええ」
「んとねぇ……このあいだたべた、トマトのおにくのこういうやつ」
ルイが小さな手で形を教えてくれる。
「トマトの……ああ、ハンバーグね。ならひき肉も買いましょうね」
この間、トマトのソースがかかったハンバーグが夕飯で出てきたのだが、ルイがそれを美味しそうに食べていたのを思い出した。
「じゃあ、一日目はハンバーグで二日目はお魚にしましょうか」
「肉が良い」
「オレも」
「好き嫌いはだめよ。二日目は魚」
聞いてきたのはロザリーだからレオとルイは答えたのに、あえなく却下されてしまった。ロザリーは手ごわい。
それから魚屋、八百屋、最後にパン屋に行って食材の調達は終わり、食堂で昼飯を済ませた後は、足りなかった備品の買い物へ繰り出し、夕方、買い物が終わった。
冒険者ギルドへ戻り、そこで明日の集合時間と場所を確認して解散する。
レオとロザリーもアベルに見送られ、宿へと帰る。
ルイは疲れてしまったのかレオの背中でぐっすりだ。ポンタもレオの腰の袋から顔を出さないので中で寝ているものと思われる。
「ふふっ、可愛い寝顔」
ロザリーがルイの頬をつんつんとつつく。
「明日も忙しいからな、可哀想だが宿に着いたら起こして、夜、ぐっすり眠って貰わないとな」
「そうね。朝は早くないけど、ずっと外で活動することになるものね」
「思い付きで提案したけどよ、ルイにも旅の練習になったいいかもな」
「それもそうね。私もますます楽しみになってきたわ」
「野営何て何百回として慣れちまってたけど、ルイがいると思うと楽しみだよな」
色んなことを教えてやりたいし、体験してほしい。そう思うからこそ、何も感じなかった――というより宿の方が便利なので面倒くさい――野営も新鮮に感じられる。
「本当にそう。帰ったら私もあれこれ準備しなきゃ。ルイの荷物の確認もね」
「俺も確認しとかねぇと……一応、薬の類も用意しとくか」
「それは私がすでにしてあるわ。ルイがいるから備えは抜群よ」
「さすが俺のロザリー」
レオの誉め言葉にロザリーはふふんと誇らしげに胸を張った。今日も安定に可愛い。
そうして、今夜の夕飯何かな、何かしらねと他愛ない会話をしながら、レオとロザリーは宿へと足を進めたのだった。




