その2 買い物に行きましょ
お買い物
「おかいもの?」
「そうよ。さて、今日はどれにしようかしら」
たった数日で随分と増えたルイの服を前にロザリーが悩んでいる。レオはソファに座ってそれを眺めていた。
レオもルイも、さほど服に興味はなく、着られればいいと思っているが、ロザリーはそうではない。冒険者としてクエストをこなす時は戦闘になることもあるので、防御魔法などが施された専用のローブを纏い、中の服もあれこれ魔法をかけたそれなりのものを着ているが、町にいる時はおしゃれをしているのが常だ。
今日は深い蒼色のスカートに黒のボディス、そして、水色の半そでのブラウスだ。袖がなんだか丸くて(パフスリーブというらしい)、可愛らしい。襟にロザリーが自分で刺した白い薔薇の刺繍が入っている。
「ママ、またふくかうの?」
「今日は違うわよ。大分、町もギルドも落ち着いたし、そろそろクエストも受けようかなと思ってるの。その時、前にしたみたいにお外に泊まることもあるから、それに必要なものを買いに行くの」
「ひつような、もの?」
「ええ。ルイのコップやお皿なんかをね。これからの旅でも使うし」
自分のと聞いてルイが嬉しそうな顔になった。何か買ってもらえることが、というより、自分のお皿やコップをロザリーが用意しようとしてくれていることが嬉しいのだろう。
子どもにとって、自分のもの、というのは居場所を構築する上で重要なものなのだ。目に見える居場所は、安心材料にもなる。
「これにしましょ!」
手渡された着替えをルイが、少々不器用な手つきながら身に着けていく。深い蒼のズボンに白の半そでシャツという涼し気な格好になった。
靴下も履いて、外用のブーツに履き替えれば完成だ。
「ふふっ、よく似合ってるわ」
「そう?」
あまり服に興味はないので、ルイの返事は軽いものだ。支度が終わったようなので、レオも立ち上がる。レオの隣で寝ていたポンタもレオが立ち上がった気配を察知して、起き上がった。
「ほら」
革袋の口を開ければ、ポンタはソファからぴょんとそこへ飛び込んだ。
小さすぎて人が多いとことへ行くと踏まれそうなので、基本的にはこの移動方法がポンタは一番安全だ。
「さて、行くか」
「「はーい」」
ルイとロザリーが部屋を出て、最後にレオが出て部屋の鍵を確認する。
一階へと降りるとマージが丁度、カウンターで何かしていた。
「おや、おでかけかい?」
「おばちゃん、おしごと?」
「おかげさんで、平和になったから予約が増えてね。予約の確認をしているんだよ。うちはね、実はとっても人気の宿なんだよ」
マージが得意げに言った。
それは分かる気がした。あの地鳴り騒動の中でも、家族連れが多く利用していてずっとほぼ満室だったのだ。
サービスも充実しているし、飯も美味いし、風呂までついているし、それなのに価格は良心的なのだから人気がないわけがない。
「じゃあ私たち、幸運ね」
「そうだよ。普段だったらさすがに急な月単位の連泊は予約の関係で難しいからね。一年くらい前からお願いしてくれりゃ、話は別だけど」
「もうしばらく世話になるぜ。またみんなで食える美味いもん、狩って来ねえとな」
「ははっ、楽しみにしてるよ。あんたたちは、その恰好は……買い物かい?」
レオはいつもと変わりないが、ロザリーはおしゃれをしているのでマーサが首を傾げた。
「あのね、オレのね、おそとでつかうおさらを、かうんだよ!」
「お外で、使う?」
「野営用だよ」
レオの補足に「ああ、そういうことかい」とマージが笑った。
「なら、割れやすい陶器じゃなくて、丈夫な木製のがいいかね? 知り合いに木工の工房をやってるのがいるんだが、行ってみるかい?」
「まあ、本当? ぜひ」
ロザリーが頷くとマージがメモ用紙に地図を書いて、裏にマージとサインを入れてくれた。
「これで私の知り合いだって分かるから」
「ありがとさん」
レオが受け取り地図を確認する。しっかり者のロザリーだが、地図を読むのはの苦手と言う可愛いところがあるのだ。方向音痴ではないのだが、地図は苦手なのである。
「じゃあ、行って来る」
「はい、行ってらっしゃい」
「いってきます!」
ルイがぶんぶんと手を振って、マージも笑いながら手を振り返してくれた。
マージに見送られ、宿を後にし、初夏の日差しが気持ちいい通りを歩いて行く。少し離れたところにあるので、途中で乗合馬車を利用する。
乗合馬車は向かい合わせの席が荷台に設置されたものを馬が曳いていて、決まった道順をぐるぐる回っている。乗りたいところで乗って、降りたいところで降りることができ、料金も一律だ。エンドの町のような大きな町には大体ある。
「あれだよな、旅をするなら馬車と馬も欲しいよな」
「そうね」
レオのつぶやきに二人の間で座席に膝を付き、通りを見ているルイにロザリーの視線が向けられた。
自分とロザリーなら、旅にも慣れているし、何より大人である分、体力もあるが、ルイはまだ五歳と幼い。途中で疲れて抱っこやおんぶとなると、なかなか難しい。ルイを抱っこすることがというより、治安の問題だ。魔物が飛び出してくるかもしれないし、盗賊が飛びかかってくるかもしれない。
それならあらかじめ馬車を購入し、ロザリーにあれこれ防御魔法をかけてもらい、ついでにポンタの力を借りれば、レオとロザリーが対処している間、ルイの安全が保障される。
「マージさんが紹介してくれたところは工房だから、知り合いに職人さんもいるかもしれないし、聞いてみましょうか?」
「そうだな。馬はどうするか、俺が曳いてもいいし、ロザリーの魔法でもいいが」
「ずっとってなるとねぇ。でも生物を連れ歩くのもそれはそれで大変だし」
「悩みどころだよな……あんま危ないところは行くつもりはねぇけどよ」
若い頃のように火山地帯や砂漠は遠慮したいし、真冬の雪山登山も寒中水泳もしたくはないし、そんなものをルイにさせるわけにはいかない。ルイが大人になって、自ら冒険者になった上で挑戦するというなら止めないが、まだ幼気な五歳児である。
「ねえ、討伐の報酬、かなりもらえたじゃない?」
「そうだな。実際、まじで働かんでもいいくらい蓄えは増えたな」
「馬車、いいやつ買わない? 中に部屋があるやつ!」
「おっ、それ、いいかもな。最低限、キッチンとシャワーがあるとありがてぇし」
馬車も金を出せば、中に空間拡張魔法をかけて外見と中の広さが全く異なる高級なものを買うことができる。それこそ小さなキッチンつきの部屋が一つだけのものから、家族数人で暮らすことができる一軒家が入っているものまでさまざまで、値段もかなり差がある。
「そうそう。それに防犯魔法をかければ、夜、見張りをしなくても眠れるわよ」
「確かに……報酬とは別に多少の貯金もあるし、一考の価値ありだな。……まあ、それがこのエンドの町にあるかは分からんが」
「王都とかだと普通にあるんだけど……、あれって作るの難しいらしいし」
「なけりゃしょうがねぇから、普通の買って、金を貯めつつ、あるところで買えばいいんじゃねぇか?」
「それもそうね。……ルイ、何か面白いものあった?」
夢中で外を眺めているルイにロザリーが話しかける。
「うん。あのね、あのね、なんか、いた」
「なんか?」
「わかんないけど、いた」
その分かんない何かにルイは楽しそうだ。ルイが楽しいなら、まあいいかと小さな頭をぽんぽんと撫でた。
「お、そろそろ降りるぞ」
通りの名前が書かれた看板を横目にレオが声をかけるとルイが座席に座り直す。
「どうせなら俺も新しくしようかな。もう長いこと使って、大分、くたびれてるし」
「じゃあ、お揃いにしましょ、お揃い」
「おそろい?」
弾んだルイの声にロザリーもにこにこしながら「ええ」とうなずく。
「おんなじの、あるといいね」
足をぶらぶらさせて喜ぶルイにレオも「そうだなぁ」と眦を緩めるのだった。
乗合馬車を降りて、少し歩いた先に目的の工房はあった。
「ビーバー木工店……ここね」
その名の通り、ビーバーが何かを彫っている看板が入り口にぶら下がっていた。
ドアを開けて中に入ると、カランカランとベルが鳴り、爽やかな木の香りが鼻をくすぐっていく。
「まあ、素敵!」
店内はたくさんの木工作品であふれ返っていて、食器や家具もあれば、おしゃれな雑貨もある。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに立っていたのは、大きな前歯が可愛らしいビーバー系獣人族の少年だ。年は十歳くらいだろうか。
「どうも。マージの紹介で来たんだ」
レオは地図の裏のマージのサインを見せる。少年はそれをのぞき込んで、ああ、と頷いた。
「マージおばさんですね。母の友人なんですよ。僕の兄がおばさんの息子さんと同い年で」
「なるほど。今、マージの宿に世話になっててな」
「マージさんの宿……獅子系獣人族に花人族……ええ!? もしかして、魔獣を討伐してくれた冒険者様ですか!?」
「様なんてつけなくていいぜ。くすぐってぇ。俺はレオ、あっちがロザリー、んで、俺たちの息子のルイと、番犬のポンタだ」
「わん!」
腰の革袋でポンタが返事をした。
「わ、可愛い……! って、そうじゃない! 少々お待ちください!」
店の奥に少年が引っ込もうとして、幅広の大きな尻尾でべちんと自分の太ももの裏を叩いて止まった。
「そうだった、父さんも母さんも留守だった! あ、あの、店番お願いします! 呼んで来ますから!」
「え? あ、おい!」
少年は言うが早いか踵を返すと、先ほど、レオたちが入って来たばかりの入り口から店を飛び出して行った。
「ふふふっ、面白い子ね」
「客に、それも初対面のやつに店番任しちゃダメだろ」
あははと笑うロザリーにつられて、レオもくすくすと笑いながらガリガリと頭を掻いた。
「まあ、いいや。とりあえず品を見てようぜ」
「そうね。ええと、ルイ、まずはスープのお皿を探しましょうか」
「うん!」
ルイがロザリーと一緒に木製のスープ皿が並ぶそこを眺める。
「これとかどうかしら? 大きさも丁度いいと思うんだけど……」
「わんわん!」
「ポンタの皿も買おうな」
「わん!」
革袋の中でぶんぶんと尻尾を振っているのが伝わって来る。
ポンタ用もスープ皿がいいかもしれない、とロザリーの横へ行き、のぞき込む。
そうしてレオたちが、納得のいくものを見つけた頃、ドアベルがカランカランと鳴った。
「いらっしゃいませ、店主さんならお留守、あら、おかえりなさい」
ロザリーが振り返って、ふふっと笑った。
肩で息をするビーバーの夫妻が店に入って来る、父親の肩には先ほどの少年が担がれていた。
「今んとこ、客はあんたらが最初だぜ」
「すみません! うちのバカ息子が……!」
「まさか店番をお客さんにお任せするなんて……!」
レオがからかうように言えば、父親と母親がペコペコと頭を下げる。
「だって、町を救ってくれたすごい人が来たから……!」
尻尾をべしべしさせながら少年が父親の肩の上で言い訳をしている。
「マージの紹介だとか……」
「おう。彼女のとこに世話になっててな」
レオはもう一度、地図を取り出し、マージのサインを見せた。
「よければ、この人が持っているものが欲しいんだけれど、いいかしら」
ロザリーがレオの手元に視線を向ける。選んだ商品が全部そこにある。
「もちろんです、もちろんです、こちらへどうぞ」
父親が少年を担いだままカウンターの方へ移動したのでレオたちもついて行く。母親もついてきてカウンターの中へ入る。
カウンターの上に商品を乗せる。
「うちの工房はサービスでお時間を頂ければ、お好きな焼き印を入れることも出来るんですが……」
「お、マジか? どうする?」
「どんなのがあるの?」
「これです!」
カウンターに入ってようやく下ろしてもらえた少年が木の板を取り出した。小さな板がいくつも並んでいて、そこに焼き印が押されていた。レオがルイを抱っこして見えるようにしてやる。
「あら、分かりやすい。ルイ、どれがいい? お皿に印をつけてくれるんだって」
「すきなので、いいの?」
「はい。お好きなものをどうぞ」
父親が頷くと、ルイは真剣に黒い大きな瞳で焼き印を一つ一つ見ている。
「あ、オレ、これがいい! パパのやつ!」
ルイが選んだのは可愛い獅子のマークだった。なんだかむず痒くで、レオの尻尾がぶんと揺れた。
「じゃあ、ルイ、ママのお皿に入れるやつも選んで」
「パパのと、ポンタもな」
ロザリーのお願いにレオも乗っかると、うん、と頷いたルイがまた一生懸命、選び始めた。
「ママはこのお花! ママのお花でしょ?」
「本当だわ! ありがとう、ルイ」
薔薇のマークを選んだルイをロザリーが抱きしめて頬にキスをする。レオはルイが落っこちないように腕の力を加減しつつ、微笑ましい気持ちで見守る。
「パパはね、これ! ポンタは、おにくすきだから、この、おにくのやつ」
レオに選んでくれたのは剣のマークだ。そして、ポンタはステーキと思われる肉のマークだった。ポンタが嬉しそうに、わんわん、と鳴いた。
「ええと、まずどの食器に、どのマークを付けるか決めて頂いて、そのあと、工房でちゃちゃっと焼き印を入れて来ますが、もしよければマージのところならお届けしますよ」
「お。そりゃ、ありがたい。完成が楽しみだな、ルイ」
「うん!」
ルイが嬉しそうに頷いた。
ロザリーが母親と一緒にどれにどの印を入れるか決めている間、レオは店の中を見回す。
店の中は存外広く、大型の家具も置かれている。
木目が優しく弧を描く木製の家具はどれもなんだか温度を感じる。
「なあ、ロザリー。これ、よくねぇか?」
長テーブルを指さした。程よい大きさで親子三人でつかうのにはぴったりだ。丸太を半分に切ったものを加工した長椅子もついていて、野宿する時に便利そうだった。
これまでの冒険者生活でもテーブルと椅子は使っていたが、ルディの管理だったので彼と道を別った今は持っていなかった。
「素敵ね。この明るい木材の色も好きよ」
振り分けが終わったらしいロザリーがこちらにやって来る。母親が食器を籠に入れて奥のドアの向こうに消えた。多分、そちらに工房があるのだろう。少年がその背を追いかけていく。
「だろ? なあ、座ってみてもいいか?」
「はい、もちろんです」
許可をもらって、レオたちは腰かける。レオの隣にルイが座り、向かいにロザリーが座った。
ああ、なんだかきっと、この食卓で食べる飯は美味いだろう、という予感が胸をよぎった。
「ふふ、なんかいいわね、このテーブル」
「オレもすき」
「テーブルセットは持って来てねえし、これ、買って良いか?」
「もちろん。なら食器類は私がお金を出すわね」
「りょーかい。つーわけで、これもくれ。これは問題なければ、この場でもらってく。マジックバッグがあっからな」
「わ、ありがとうございます。ちょっと初期不良や傷がないか、確認しますね」
父親がぺこぺこと頭を下げる。
レオたちはその場を退いて、父親が丁寧に確認してくれるのを眺める。
「パパ、これなに?」
ルイが指さしたのは、積み木のおもちゃだった。木の箱に入っていて、三角、丸、四角の他にも橋のような形をしたものや馬の形をしたものと色々入っている。
「これは積み木っていって、おもちゃだよ」
「おもちゃって、なに?」
きょとんと首を傾げたルイにロザリーがルイの実両親への呪詛を吐き出しそうになる口を押えたのがレオには分かった。おもちゃなんてものは知る余裕もない世界で生きていた我が子を思うと胸が痛い。
「やってみるのが一番かもな。……これも頼む」
レオはテーブルの上に積み木のセットも置いた。
それから会計を済ませ、テーブルセットと積み木をポーチにしまい、レオたちは一家に見送られて店を後にする。
「ママ、テーブル、どこでつかうの? おへや?」
「外でお泊りする時よ。やっぱりご飯を食べる時はテーブルと椅子があったほうが楽だもの。美味しいご飯もより美味しくなるわ」
「きょうかった、おさらもつかう?」
「ええ」
「そっかぁ……おそとでごはんたべるの、たのしみだね」
ニコニコと愛らしい笑みを浮かべる息子にレオとロザリーの頬も緩む。
「天気もいいし今度、ただの野営でもしに行くかぁ」
「どうせなら低ランクの子たちを連れて平原に行くのはどう? 野営の仕方を教えてあげましょうよ」
「お、それいいな」
「みんなでいくの?」
「おう。アベルはもちろんだが、コリーとかミスラも誘ってな。野営ってのは、コツがいるんだよ」
「みんなでいくの、たのしみだね! ね、ポンタ!」
ルイがレオの腰のポンタに顔を向ければポンタは嬉しそうに返事をした。ぶんぶん尻尾を振っているのが伝わって来る。
「じゃあ、このまんまギルド行って、バージに相談してみるか」
「うん! はやくいこ!」
ぐいっとレオとロザリーの手を引き走り出したルイにロザリーが「転ばないでね」と笑う。ルイは「うん!」とまた元気は返事をする。
許可が出たら、とびきり楽しい野営にしてやろう、と考えながらレオは楽しそうな我が子の背中に視線を落とすのだった。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
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