その1 それが愛ってこと
冒険者ギルドの会議室。
そこにレオ、ルイ、このギルドのマスター・バージ、ギルド所属の冒険者アベル、解体師のサウロ(と弟子二人)、エンドの町を守る騎士団の団長ギュンターが集まっていた。
ルイを膝に乗せたレオの前にはテーブルが一つあり、皆がそれを囲む形で立っていた。
「よし、準備は良いか?」
こくこくと全員が一斉に頷いた。
今日は、レオのコレクションをギュンターとバージに披露する日だった。なぜかアベルとどこで話を聞きつけたのかサウロも一緒だ。弟子二人はサウロに話を聞いて、弟子たちの中で参加権争奪戦が起こり、くじ引きという運試しを勝ち抜いてきた猛者らしい。
「まずは討伐ランクB以下の魔物からだ」
レオはポーチの中からコレクション専用のポーチを取り出し、リストを開いて目当てのものをテーブルの上に取り出していく。
そこには大小長短様々な牙が並び、変わった形の角も並んだ。
「これらは討伐ランクからしても、それほど珍しいわけじゃねぇが、見てわかる通り、美しいものを揃えてるんだ」
「パパ、これなんで緑なの?」
「目の付け所がいい」
ルイが指さしたのは、熱帯気候の国のジャングルに住むムジャウ豹の牙だ。長さはに十センチほどだが牙は美しいヒスイに覆われている。
「これはなムジャウ豹っつー豹の魔物の牙なんだが、このムジャウ豹の主なエサがハジャルル魚っていう魔魚なんだ。魔魚ってのは、魚の魔物ってことだ。それでこのハジャルル魚が暮らす川はヒスイが多く採れる。この魔魚は、その川の底の苔を食うんだが、その苔がまた特殊でな」
レオはポーチから苔入りの瓶と鱗が入った瓶を取り出す。
「これがハジャルル魚の鱗、んで、こっちがこの魚の好物」
「ヒスイそのものから、ヒスイのような苔が生えているのか」
ギュンターが驚いた様子でしげしげと瓶の中をのぞき込む。
「綺麗な鱗ですね、これだけでも素材として買い取ってもらえるのでは?」
アベルが瓶の中の鱗を指さして言った。
瓶の中の鱗はオパールのような輝きを持つ鱗が入っているのだが、その淵はヒスイが形成されている。
「ヒスイ苔っていって、ヒスイにしか生えない苔らしいんだ。川底の苔の中に入り混じるこの苔を食べることで、鱗がこうして変化する。ヒスイ苔は、食した相手をヒスイ化させる効能があるらしい」
へぇ、と皆が感心したように声を漏らす。
「んで、このハジャルル魚を主食としているムジャウ豹は、このヒスイ苔の効果もあって、牙がだんだんとヒスイに覆われていくんだ。だがヒスイってのは骨より硬いが、骨と違って柔軟性はねえ。まあ、石だからな。柔軟性がないっつーことは、衝撃を逃すのが下手になり、逆に折れやすくなるんだ。だから、ここまで綺麗にヒスイに覆われて、形がいいのは珍しいんだよ」
「オレもこのおさなか、みてみたい」
「んー……ジャングルと砂漠は行きたくないってロザリーが言うんだよな。砂漠は、ほら前に話した岩槍モグラのせいなんだが……。ロザリーは種族的にもとにもかくにも虫が嫌いだからよ」
男たちが「あー……」と声を漏らす。ルイだけがきょとんとしている。
「ママは、花の種族だっつーのは分かるだろ?」
こくん、とルイが頷く。
「花と虫っつーのはよ、もちろん植物にとって重要な関係なんだ。花はその匂いや蜜で虫を呼んで、受粉の手助けをしてもらったりするからな。だが。中には植物を食っちまう虫もいるわけだ」
「ママ、食べられちゃうの?」
「大丈夫。ロザリーは虫より強いからな」
ぽんぽんと頭を撫でれば、ルイは「そうだね」とほっとした様子だった。
ロザリーもミツバチや益虫と呼ばれるテントウムシなどは平気なのだが、とくにバッタのような長細い足を持つ虫と芋虫が苦手だった。
どういうわけかジャングルにいるそれらは非常に大きい場合が多いため、ロザリーはジャングルが嫌いなのだ。
「このムジャウ豹は、ジャングルの中の集落の家畜を襲うようになっちまったから討伐依頼が出て行ったんだが、ずっと俺がロザリーを抱えて歩いてたな」
ムジャウ豹の主食はハジャルル魚だが、肉食なので他の動物や魔物も食べる。あの年はハジャルル魚が不漁で、家畜が狙われてしまったのだ。
「ロザリーが俺たちのパーティーに入ってまだ二年目で、初めてのジャングルだったんだが……ルイぐらいあるどでかいアイアンバッタが出て来たもんだから、腰抜けちまって歩けなくてよ」
「俺もそんなにでかいバッタはやだなぁ……」
バージが頬を引きつらせた。
「しょうがねぇから、俺が抱えて半日歩いて、目的の集落まで行ったんだよ。んで、ロザリーには集落に居てもらって、俺がムジャウ豹の討伐に行ったんだ」
「いいな、想い出もたくさんあるコレクションなんだな」
「ああ」
バージの言葉にレオは笑いながら頷く。
それから一つ一つ、なんの魔物の牙や角なのか説明していくと、鮮やかに思い出もよみがえる。
大変だったことも多々あるが、それでもやはりこれらに伴う思い出は、楽しいと思えるものばかりだ。
「パパ、次は?」
「もっと大きい獲物はいないのか?」
ルイが首を傾げ、サウロが身を乗り出す。
レオはテーブルの上のそれらをしまい、ふっと笑う。
「じゃあ、お待ちかねのAランクの魔物の牙や角といこうじゃねぇか」
わくわくという擬音が聞こえてきそうなほど、男たちの目が輝く。
「お待ちかね、ドラゴンコレクションだ」
「「「うぉぉぉ!」」」
上がった歓声にレオは気持ちよく頷きながら、どでかい牙をテーブルの上にどーんと出す。
「これは六年前、とある火山地帯で討伐した火炎ドラゴンの牙だ」
「か、かっこいい……」
「でっかい!」
アベルが感嘆の声を漏らし、ルイがはしゃいだように手を叩く。
「待て待て待て、火炎ドラゴンの討伐ランクは、Sじゃなかったか?」
バージが頬を引きつらせる横で、ギュンターが目を丸くしている。サウロは「解体してみてぇなぁ!!」と興奮しているが。
「まあ、S+じゃねぇからな。俺たちのパーティーランクはAだったし、ちょっと困ってたみたいだからよ。俺も牙欲しかったし、ロザリーも鱗が欲しいって言うもんだから」
「そんな理由で?」
「俺ァ、ロザリーが『欲しい』って言ったもんは、とりあえず挑むと決めてんだ。ルイもなんか欲しい牙とか鱗とかあったら言えよ。狩って来てやっからな」
「うん!」
嬉しそうに頷くルイの頭を撫でながらもレオの耳はバージの「獣人族の番への愛情に実力が伴うとこうなるんだな……」というつぶやきをしっかり拾っていた。
獣人族は夫ないし、妻となる人への執着が重い種族である。
出会ったばかりの頃のロザリーは、そりゃもうとびきり可愛い美少女だったが、まだ成人前の子どもであった。
不思議なもので獣人族は最愛の相手を求めるが、その相手が相手のルールにのっとって「成人」していないと感知できないのだ。
ロザリーの出身国の成人は十八歳。彼女がその日を迎えた時の衝撃は今でも覚えている。
ああ、俺の最愛はここにいた、とただ「分かった」のだ。
だからあの日からすっぱり娼館に行くこともやめたし(そもそも最愛を見つけてしまった以上、他は相手にならない)、ロザリーの願いは、彼女の身を危険にさらすもの以外は、なんだって叶える努力をしてきたのだ。
だって、それが獣人族の最愛に対する当たり前の愛だからだ。
「俺たちの愛は献身的なんだよ」
「そんな言葉で済むかぁ?」
「レオさん、俺もシェリーが欲しいって言った素材を狩って来られるよう、頑張ります!」
「おう、頑張れ」
何かを決意した未来の義息子にあきれ果てた視線を向けるバージにレオは、けらけらと笑いながら、改めてドラゴンの討伐の様子について語って聞かせるのだった。
*・*・*
「ロザリーさんは、コレクションとかはしていないんですか?」
冒険者ギルドの酒場で、ポンタを膝に乗せ、お茶を楽しんでいたロザリーは休憩にやってきたシェリーの言葉に顔を上げた。
「私は魔導書集めが趣味ね」
「あ、ロザリーさんっぽいです」
「ふふっ、でしょう?」
ロザリーはくすくす笑って紅茶のカップを手に取る。
レオはルイを連れて、会議室で牙コレクションのお披露目会をしている。
「あ、あの!」
上ずった声に顔を向けると紫色の髪を背中で一つのおさげにした女の子が立っていた。まだ十五歳くらいだろうか。葡萄色のローブに木製のロッドを握りしめているので、魔法使いだと分かる。
「ラベンダー、どうしたの? ロザリーさん、この子はラベンダー。Eランクの冒険者で見ての通り魔法使いです」
そして、ロザリーと同じ花人族なのだろう。その名と同じラベンダーの小さな小さな花がぽろぽろと落ちて、爽やかな良い香りがする。
「そうなのね。初めまして、ロザリーよ」
「は、はじめまして、ラベンダーです……! あの、ロザリーさんの噂を聞いて、あの、あ、会ってみたくて! とても素晴らしい魔法士だと、伯父が教えてくれたんです!」
「伯父?」
「サウロさんの弟さんの娘で、姪っ子ちゃんです」
「ふふっ、サウロさんもよそでも褒めてくれるなんて、嬉しいわ」
「レオさんとロザリーさんがなんかクエスト受けたか、毎日聞いてくるほど楽しみにしていますからね」
シェリーが苦笑交じりに言った。
魔獣討伐から日も浅い上、思ったより報酬をもらえてしまったので、ロザリーたちはのんびりしていたが、そんなにサウロが心待ちにしているなら、少し予定を入れた方がいいかもしれない、と後でレオに相談することとして心にメモする。
「ラベンダー、貴女もどうぞ座って」
「い、いいんですか?」
「もちろん」
ロザリーが頷くとラベンダーは、おずおずと椅子に腰かけた。シェリーがウェイトレスに二人分のお茶を頼み、ロザリーは「三人いるからこれ食べましょ」と追加でスイーツセットを注文した。
「ラベンダーは魔法使いだそうだけど、何が得意なの?」
「わ、私は支援系の魔法が得意です。だから今は色んなパーティーに参加させてもらって、練習をさせてもらっています」
「なるほど、私と同じね。私も攻撃魔法より支援系の魔法が得意なの。私もレオたちでたくさん練習させてもらったわ」
「レオさんとは十年くらいのお付き合いでしたっけ?」
「ええ。一目惚れして、無理矢理ついて行って、仲間にしてもらったのよ」
「え? 一目惚れ?」
「すごい行動力……!」
コイバナの気配に二人の顔が輝く。
「十四で冒険者になったんだけど、悪質なナンパから助けてくれたのがレオだったの。レオはだめって言ってたけど、無理矢理くっついて行って、一年後に根負けした彼が仲間にしてくれたのよ。私に冒険者としての基礎を教えてくれたのは、レオなのよ」
「……レオさんって、ロザリーさんを叱ることとかあったんですか?」
「レオは気が長いから、怒られたってことはないわねぇ。私が危ないこととか、自分勝手なことをしたときとかに、咄嗟に『あぶねえ』とか怒鳴られたってことはあるけど、そのあと、どうしてだめなのかを滾々と説教はされたわね……」
ロザリーはこの十年を思い返してみるが、レオが怒ったところなど、ほとんど見たことがなかった。最近だとレオの剣に手を出そうとしたガアデに唸ったらしいが、それ以前だと多分、三年くらい前にたまたま奴隷商を発見した時、子どもを盾にしたリーダー格の男にブチ切れていたのは覚えている。男はレオの怒気に当てられて、失禁して気絶した。
ルディに対してはもう少し語気が荒いこともあったが、基本的に女子供にはあまり大きな声を出さないように気を付けているようだった。やはり筋骨隆々で背が高く、なかなか鋭い顔立ちなので、初見だと怖がられることもあったからだろう。
「魔法もレオさんに、お、教わったんですか?」
ラベンダーの問いにロザリーは首を横に振った。
「あの人に魔法を教えたのは、どちらかと言うと私ね。基礎は出来ていたんだけど、大雑把だったから。私自身は魔法の基礎は母に教わって、レオたちと一緒に旅に出てからは独学よ。色んな町で古書店に行ったり、魔法道具店に行ったりして、魔導書や魔術書を集めたり、時には有名な魔法士の下を尋ねてみたりして、学んだわ」
「……私も、旅に出てロザリーさんみたいに見聞を広めたいのですが、なかなか勇気が出なくて」
「あら、焦らなくて大丈夫よ」
ロザリーは微笑んで、膝の上でぐっすり眠りこんでいるポンタを撫でた。
「私はたまたまレオに出会えたから、出発は早かったけど……Cランクくらいになってからでも遅くないと思うわ。とくに、私たち花人族は狙われやすいからね」
こくこくとシェリーが頷いている。
「それにここはバージという立派なマスターがいるわ。だから、彼のお眼鏡にかなうような仲間を見つけるのも大事よ。信頼できる仲間がいるって、心強いことだわ」
順風満帆ではなかったし、道中、喧嘩することもあった。現にレオとロザリーは、大事な仲間と決別してしまった。
でも、共に過ごした年月が無駄だったとは一度だって思ったことはない。
悲しかったことも、辛かったことも、楽しかったことも、嬉しかったことも、全部ひっくるめて、今のロザリーを作ってくれたのだから。
「とくにラベンダーは支援系が得意なのでしょう? だったら、この人を絶対に生かしたいって思えるような相手を見つけなさいな」
「生かす、ですか?」
ラベンダーがぱちりと瞬きを一つした。
「ええ。私たちの魔法は、戦う仲間を生かすための、その応援をするための魔法なのよ」
ラベンダーはロザリーの言葉を自分の中に落とし込んで、そして「はい!」と晴れやかな顔で頷いてくれた。
丁度、その時、スイーツセットが運ばれてきた。
「一度、食べてみたかったの!」
たくさんのケーキやクッキー、アイスクリームが大皿に乗ってやって来た。
「こ、こんなに食べれるでしょうか……」
ラベンダーが心配そうに言った。
「大丈夫よ。私、甘いものは別腹なの。さあ、いただきましょ。私のおごりだから、好きに食べてね」
「そんな、悪いですよ」
「いいのよ、一番多く食べるの、私だし」
ロザリーはさっそく、アイスクリームを手に取りながら言った。
甘い匂いに目覚めたポンタがテーブルに顎を乗せる。
迷っていたシェリーとラベンダーも甘い誘惑には勝てなかったのか、それぞれイチゴのケーキと柑橘のタルトを手に取った。
「ところでシェリー、私も貴女とアベルの馴れ初め、聞きたいわ」
「え? わ、私ですか?」
ケーキを堪能していたシェリーが驚きに顔を上げた。
「聞きたいわよね、ラベンダー」
「はい!」
ラベンダーが元気よく頷く。
シェリーは白い頬をじわじわと赤くしながら「えーっと」ともじもじしていたが、二人の期待の眼差しに、ゆっくりと口を開いた。
ロザリーとラベンダーは、なかなかに熱烈なアベルに、きゃーきゃー言いながら、シェリーのコイバナを心ゆくまで堪能したのだった。




