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第2話 森の中になんで子どもが?

本日朝7時に

・はじまりの話

・第1話

更新しています。


「明日にゃ、国境のエンドの町に着くかな」


 焚火に薪をくべながら、レオはつぶやく。

 昨日、少年たちの村を出て、森で一泊し、また黙々と歩いて、今夜も野宿だ。


「調味料を買い足して……酒も欲しいなぁ。ちょっとだけ買っちまおうかなー」


 森の中は静かで、焚火の燃える音を聞いていると、贅沢な大人時間という感じがする。

 とはいえレオも三十半ばのおじさんだ。こういった大人っぽい時間がそろそろ自然に馴染んでいる年齢なのではないだろうか、と口端が勝手に吊り上がる。

 自分に酔いしれながら、町で買うものを頭の中で整理していた時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……


 唸るような地鳴りが静かな森に響き渡った。

 レオは剣の柄に手をかけて辺りを見回す。森の中の動物たちに緊張が走ったのが伝わって来る。

 だが、それ以上のことは起こらず、地鳴りはゆっくりと止んだ。


「これが例の地鳴りか……きな臭ぇな」


 エンドの町はさっさと出たほうがよさそうだ、とレオは顔をしかめる。


 アオーン――……


 すると今度は、それほど遠くない場所で森狼の声が聞こえた。

 この森には多くの動物と魔物が住んでいる。森狼は、群れで暮らしている中型の魔物で討伐ランクもC+と高い。なので、遭遇すると厄介だ。

 レオは剣の柄に手をかけたまま、周囲を警戒する。


「『身体強化・聴覚』」


 言葉に魔力を乗せ唱えれば、ユニークスキルが発動する。もともと獣人族であるレオの聴覚は優れているが、より一層精度の上がったレオの聴覚は、森狼たちとの正確な距離や彼らのいる方角をはじき出す。


「……そう遠くはねぇな」


 森狼は獲物を追い詰めたのか、ぎゃんぎゃんと小うるさく吠えている。


「ま、弱肉強食、だな」


 そう結論付ける。

 森狼は討伐対象になることもあるが、魔物も人と同様、それぞれの生活があるのだ。人を襲うようになってしまった個体ならともかく、彼らが魔物を狩って食べるという営みを止める権利は、レオにはない。


「あー俺も夕飯……何にすっかなぁ」


 ポーチの中身を思い浮かべながら献立を考える。

 だがしかし、森狼たちの声は一向に止まない。何かを追い詰めているのは確かなのだろう。吠える声も移動していないため、追いかけているわけではなさそうだ。獲物がどうも抵抗を見せているに違いなかったが、かといって戦っているわけでもなさそうだ。


「はぁ……おじさん、面倒ごとはやなんだけどなぁ」


 手をかざして焚火の炎を消す。

 剣を腰に戻し、探索を続けたまま気配を押し殺し森の中へと入る。

 新人冒険者か、はたまた怪我人か。防戦一方のようだから、攻撃する余裕がない点で人である可能性は否めなかった。


「万が一、人じゃあなぁ……さすがのおじさんも後味悪ぃしな」


 そうぼやきながら森の中を駆け抜けていく。

 たどり着いたのは小さな丘の斜面にある洞窟だった。洞窟の入り口の前で森狼が五頭、ぎゃんぎゃんと吠えたてている。ここからでは何に向かって吠えているのかは確認できないが「キャンキャン」と甲高い鳴き声が混じっている。


「子犬が一緒に吠えてるってわけじゃなさそうだが……まあ、いい」


 ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない、とレオは剣を抜き、気配を解き放つ。


「おーい、わんころ」


 森狼たちが吠えるのをぴたりとやめ、レオを振り返る。

 レオを威嚇する低い唸り声が静かな森に響く。


「おじさんはさぁ、もう夕飯食って、寝るだけなんだわ。だから面倒くさいことはしたくねぇんだよ。……だから、さっさとどっか行っちまいなぁ」


 魔力を解き放ち、そこに殺気も混ぜれば、レオにとって格下の相手である森狼たちは、勝てないという賢い判断をしたようで、リーダーと思しき一頭が吠えるとそれ合図に逃げ出して行った。


「即座に撤退を選ぶだけ、やっぱり賢いよな狼ってのは」


 腰の鞘に剣を戻して、がりがりと頭を掻きながら洞窟へ近づいていく。ポーチから取り出したランタンに火を入れ、月明かりの届かぬ洞窟の中を照らす。


「…………なんだ、これ?」


 その先にいたものに、レオは盛大に首を傾げた。


「わん!」


 洞窟の暗がりから出てきたのは、わんと鳴く真っ白な毛玉だった。


「毛玉……じゃねぇな、なんだお前」


 その毛玉には黒いつぶらな目が二つ、真っ黒な小さな鼻が一つ、ふさふさの毛に埋もれているが耳もあった。たぶん、鳴き声からしても犬とか狼の仲間だ。たぶん。


「わんわん!」


 毛玉はくるんと背を向けて洞窟の中へ入っていく。

 ここは新種の毛玉の巣穴だろうか。


「害はなさそうだし、ま、いっか。ギルドに報告だけしときゃいいだろ」


 強化していた聴覚に魔力を流すのを止め元に戻し「達者でなぁ」と声をかけて踵を返す。

 すると毛玉が慌てたように駆け戻ってきて、レオのブーツより小さな体のくせに、ブーツの紐を噛んで引っ張る。


「お、おい、なんだよ、踏んじまうだろうが……おじさん、もう帰りてぇんだけど」


「ゔー、わんわん!」


 まるでレオを洞窟の中に連れて行こうとしているかのようだ。固く結んであるそれがほどけないほど非力な分、必死なのが伝わってくる。


「……違うな。……ついて来いってことか?」


「わん!」


 その通りとでも言いたげに返事をすると毛玉は、ふさふさの体を揺らし、同じくふさふさの尻尾をふりふりしながら洞窟の中へと入っていく。


「しょうがねぇな……」


 やれやれとちょこちょこ進んでいく毛玉を追いかける。

 ランタンでは照らしきれない洞窟の暗闇を毛玉は迷うことなく奥へと進んでいく。


「魔物はいなさそうだな」


 洞窟というのは得てして、なんらかの生物の住処になっていることが多い。だが、ここはそういったものの気配はない。

 だが、思いのほか洞窟は短かった。

 あっという間に行き止まりにたどり着いてしまい、少し拍子抜けする。

 洞窟の最奥は広くなっていて天井も高い


「奥は広いんだな。こりゃ、魔物の巣にはうってつけだな、って……お、おお!」


 だがしかし、ランタンが照らす行き止まりの壁には、とびきりいいものがあった。


「ダーシキノコじゃんか!」


 それはキノコだ。ただのキノコではない。ダーシキノコは、煮たり焼いたり加熱すると、とにかくうまみが増して、それはそれは美味しいキノコなのだ。こういった光の当たらない洞窟に生えている。

 茶色の肉厚の笠にクリーム色の太い茎、むっちりしていればしているほど美味しいキノコなのだが、ここに生えているのはどれもこれもむっちりしている。


「なんだよ~、お礼かよ~。律儀な毛玉だな!」


 ご機嫌にレオは、キノコを摘んでいく。

 どうやって食おうかな。この間の護衛以来でもらった美味しいバターでバター焼きもいいが、うまみの濃いスープにするのもいいよな、と採取しながら考える。

 するとまた毛玉が「わんわん!」と吠えて、ブーツの紐を咥えて引っ張る。


「おうおう、今度はどうした。もしかしてまだもっとうめぇもんが?」


 毛玉はレオが応えると、靴ひもを離して、奥の奥に転がっていた大岩のほうへ駆け出した。レオはその小さな毛玉のあとを追う。

 そして毛玉は大岩の陰に向かってわんわんと吠える。


「そこに何かあんのか? もしや特大のダーシキノコ…………は?」


 毛玉が吠える先、大岩の影をのぞき込み、レオは驚きに言葉を失った。

 魔物がいればまだ分かる。森の中にある暗い洞窟だ。むしろ、いるほうが自然と言えた。

 だが、そこにいたのは、こんなところにいるはずのない幼い子どもだった。


「…………は?」


 もう一度、レオの口からは間抜けな声が漏れた。

 あまりに信じられない光景に目をこすり、両手で頬を叩いてみるが、間違いなくそこに子どもがいた。

黒髪に黒目の幼い子どもが必死に身を小さくして隠れていた。まるで手負いの魔物のような鋭い目が、ギッとレオを睨みつけていた。

 まだ春先で夜は冷え込むというのに、あまり見たことのない作りの服を着ていて、しかも大きさがあっていないのか、何重にも袖や裾をめくっていた。さらにおかしなことに靴を履いておらず、石か何かで切ったのか、怪我をしているようで血の匂いがかすかにする。

 黒髪はぼさぼさに伸び放題で、手足は枯れ枝のように細く、一見して必要な食事がとれなかったのだろうことが分かる痩せ具合だった。


「く、くるな……!」


 子ども特有の高い声が拒絶を示す。細い手が隠し持っていたらしい木の枝を構える。

 だが、剣術の心得なんてないのだろう。構えもだが、何よりも枯れ枝のように細い腕がずっと震えている。

 レオは初対面の小さな子どもには、基本的に泣かれるのだ。体が大きいだけでも威圧感があるのに目つきが鋭いのもいけないらしい。


「あー、おじさんは怖くないおじさんだぞー」


「あ、あっちいけ!」


 ぶんぶんと枝が振られる。

 見れば子どもは涙目になり始めているではないか。大きな目から今にも涙がこぼれそうになっている。

面倒なことは嫌いだが、そうはいってもこんな小さな子どもをここに置いていくなんて選択肢は最初からない。


「おじさんは、レオっていうんだ」


「……レオ?」


「そう、レオ。俺が喋ってる言葉は分かるんだな?」


 その問いに子どもは、こくり、と頷いた。

 このアルト王国周辺の数か国は、ネイション語を公用語としているが、彫の浅い顔の作りがあまりこの辺では見かけないものだったので、それよりさらに遠い国から来たかと思ったのだ。

 しかしそう簡単にほどけない警戒にどうすりゃいいんだ、と内心で頭を抱える。

 すると毛玉が、こてんとレオの足元で腹を見せた。嬉しそうな顔をして、しっぽをぶんぶん振っている。

 レオはこの賢い毛玉が、レオと子どもの間を取り持ってくれようとしているのかもしれない、とその腹を撫でた。この時、毛の量に比べて、本体の部分があまりにも小さくてビビってしまったことは内緒だ。


「いい子だな。こいつは、お前さんのか?」


「…………うん。ポンタっていう」


「ほー、ポンタっていうのか。じゃあお前さんは?」


 レオは顔を上げる。黒く澄んだ眼差しがレオをじっと見つめていたが、あまりに毛玉――ポンタが嬉しそうに撫でられているからか、ふっと警戒が緩んだのを感じた。


「……オレはルイ」


「ルイか。いい名前だな。なんでこんなとこにいるんだ?」


「……わかんない。きづいたらオレとポンタが木がいっぱい生えてるとこにいて、それで、でっかい犬においかけられて、ここににげた」


「なるほど。よし、そうかそうか。頑張ったな。お前さんも偉かったぞー」


 わしゃわしゃと撫でるとポンタはより一層尻尾をぶんぶんと振った。


「んだがよ、ここは洞窟で、もしかしたら魔物の巣かもしれねえ。今は偶然、留守なだけで、戻ってくる可能性もある。とりあえず洞窟の外へ出ておじさんが」


 ぐーきゅるきゅるー……

 レオの言葉を遮るよう子どもの――ルイの腹の虫が鳴いた。


「ぷっ、くくっ、あっはっはっ!」


 あまりに可愛い虫が鳴くものだから、ついついレオは笑ってしまった。

 むっとしているルイに「悪い悪い」と謝って、レオはポーチから大きめの革袋を取り出し、ポンタをいれて腰に下げる。ポンタは器用に顔だけ出して楽しそうだ。


「おじさん、そこまで料理は得意じゃねえけど、ここでいいキノコが採れたからうまいもん食わしてやる。ルイ、触るぞ……よっこいせ。裸足だからこれ以上怪我しねえように肩車させてな」


 そう告げながらルイを肩車する。手は出来る限りふさぎたくないのだ。この長毛詐欺のポンタはともかく、ルイは泣きたくなるくらいに軽かった。


「ちゃーんと掴まってろよー」


 そう声をかけてランタンを魔法で浮かせて、レオはルイと一匹を連れ、洞窟を後にしたのだった。




 拠点と呼ぶほどではないが、焚火をしていた場所へ戻り、ポーチから取り出したロープに魔力を流す。これはこうすることでレオより弱い魔物は近寄れなくなる、実力があればあるほど便利になる魔物除けロープだ。


「いいか。このロープの中は安全。外はあぶねえから出るなよ」


 焚火の痕の傍に降ろしたルイがこくりと頷いた。

 ルイのためにまずはテントを張る。一人の時は横になって寝ることはないので、基本的には使わないがまだ幼いルイはテントの中のほうがいいだろう。テントとはいっても三角形の撥水加工がされた布でできた簡易的なものだ。背の高いレオ用なので、子どもにしてみれば割と大きくて、広い。

 テントを張り、中で待つように言えば、ルイは素直にちょこんと入り口に座った。ポンタがとことことルイに近寄り、くっつくように座った。


「いい子だ。じゃあ、飯だな。さて……うーん、そうだな…よし」


 その辺の太い枝を拾って、縄で結んで三角形の柱を二つ。その間に棒を渡して、焚火をまたぐように置く。

 ポーチから取っ手のついた鍋を取り出し、近くの泉で水をくむ。そして、焚火を再度熾して、先ほど作った台にひっかけ火にかける。


「ダーシキノコと苔豚の塩漬け肉があるから、これをちぎって、いれておく」


 先ほど取った大きなダーシキノコを二本、手で裂いていれ、ポーチの中にあった苔豚――森の中にいる豚の魔物で背中が苔に覆われている。深く苔むし太ければ太いほど美味――の塩漬け肉もナイフで切って入れる。

 お次にポーチの中にあった葉っぱの包みを取り出し開けば、中には道中、川で採った編目鱒――編目模様が特徴的な川魚。美味――が並んでいる。獲った際に下処理はしてあるので、ささっと作った串に刺して塩をまんべんなく振り、焚火の周りに刺して焼く。ポンタ用に塩をかけないでそのまま焼くのも忘れない。

 ルイが興味深そうにじっと見つめているのに気づく。ポンタがよだれがぼたぼた垂れていて、食べたいという強い意思が伝わってくる。


「さてと、これでよし。ルイ、飯の前に……ちょっといいか」


 とりあえず仕込みは終えたので、レオは立ち上がりルイの下へ行き、その目の前に膝をつく。


「足、見せてくれるか? 大した治療はできねえが、応急処置ぐらいはできるからよ」


 じっとレオを見つめていたルイは、少ししておずおずと足を差し出してくれた。

 片手にすっぽり収まってしまうような小さな足は、右足の裏に何かが刺さったかのか深い傷ができていた。左足も土踏まずに痣がある。石でも踏んでしまったのだろう。


「……痛いだろ?」


「……ちょっとだけ。オレ、男だからへいき」


「そっか。お前さんは強いんだな。おじさんじゃ泣いちゃうな」


 ポーチから取り出したガラス瓶に泉で水を汲んできて、ルイの足を綺麗に洗う。そして、手持ちの傷薬を塗って、ガーゼを当て包帯を巻く。怪我の多い稼業であるため、こういうものの備えは最低限だがしてあった。


「これでよし、と。ほかに痛いところあるか?」


 レオの問いにルイは首を横に振った。


「なんかあったら言えよ? ……さて、そろそろ飯も出来上がるころだな」


 パチパチと編目鱒から油が滴り落ちて火花が散る。


「うーし、できたぞー。まずはこっちな」


 火から編目鱒を外し、二人に串ごと渡す。

 目をキラキラと輝かせたルイだったが、食べようとはしない。いろんな角度から魚を見ていて、困ったように眉を下げた。


「ああ、食い方が分かんねぇのか。悪い、悪い」


 レオは自分の分の塩焼きを手に取り、構える。


「こうやって、背中から食うんだ。頭は苦いし堅いから残してもいいからな。熱いから気をつけろよ」


 ふーふーと息を吹きかけてからばくっと食べれば、ルイはレオの真似をして魚にかみついた。途端、黒い瞳が、星がはじけたみたいに輝いて微笑ましい。


「うまいか?」


「うん!」


「そりゃよかった。いっぱい食えよ。スープも用意してやっからな」


 木製のマグカップに塩で味を調えたダーシキノコと苔豚のうまみがたっぷりのスープを注いでやる。

 マグカップを渡せば、ルイはフーフーしてからすすり、「おいしい」とつぶやいた。


「だろー? ダーシキノコっていってな、さっきの洞窟に生えてたんだが、これがめちゃくちゃうまいんだよ。魔物も好きで、とくに牙猪の大好物なんだ。あいつらは鼻が利くから、なかなかあいつらより先にキノコを見つけるのは難しいんだけどな」


 スープの具も食べられるようにスプーンを渡せば、やっぱりフーフーしながらキノコと肉もおいしそうに口に運ぶ。


「ひんひん、くーん……ひん」


「お前さんにもちゃんとやるよ」


 悲愴な声を出すポンタに苦笑しながら、ポンタ専用で焼いた塩を振っていない編目鱒を二匹、串から外して与えれば、ガツガツと食べ始めた。小さいながらも牙があって、こうやってみるとちゃんと獣だ。

 よっこいせと彼らの近くに座り、自分ももう一本、塩焼きを食べる。

 生憎と一人旅で、皿は一枚、マグカップも一つ、スプーンとフォークも一本ずつと最低限しか持っていない。串焼きはともかくスープはしょうがないのでポーチの中にあった小さな片手鍋を器代わりにする。


「我ながら最高にうまいな。おかわりもあるから、じゃんじゃん食えよ」


 そう声をかければ、空になったマグカップが差し出され、レオはそこにもう一度、スープを注いだ。魚は食べづらかったのか、スープのほうがルイは好きなようだった。

 鍋も空っぽになり、魚もきれいさっぱりなくなって、夕食は終わる。

 本当は色々と話を聞きたかったが、ルイは疲れ切って、すでに船をこぎ始めていた。


「よーし、寝る前にこいつを敷いて……」


 テントの中に狼の毛皮を敷く。少し毛が固いがテントの薄い生地一枚で地面の上に寝るよりは格段に寝心地がいいのだ。

 うつらうつらと頭が揺れているルイに「ほらここで寝ろ」と声をかければ、目をこすりながらなんとかやってきて、そこに寝ころんだ。ポンタもいそいそとルイの腕の中に納まる。きっといつもそうしているのだろうなというぐらいに、すっぽりと納まった。


「洗ってあっから、臭くない、はず……」


 おじさんは色々気になるお年頃なんだ、とぼやきながら一人と一匹に冬用のマントを毛布代わりにかけた。

 少し見守っていてやるとルイもポンタも、あっという間に眠りに落ちた。

 分かったのは、ルイという名前と性別だけ。他は何もわからない。


「……口減らしに捨てられたか? ……可哀想にな」


 レオは、医者ではないし、専門家でもない。

 それでも養護院で育った分、彼のぼろぼろの姿を見れば、子どもらしい幸福な生活を送れず、捨てられたのだということくらいは分かってしまう。彼みたいな身なりの子どもを親父が「家族が増えたよ」と連れてきたことは、何度もあった。

 レオ自身も、ルイくらいの頃、こういう姿をしていた。


「ポーションがありゃ治してやれたんだけど、手持ちがなくてよ。町に着いたら一番にお医者に連れてってやっからな」


 痛々しい小さな足を撫で、マントをかけなおし冷えないようにしてやる。

 きっと――これはレオの推測でしかないけれど――まだ真新しかった傷の具合からして森狼に襲われてポンタと一緒に必死に洞窟に逃げ込んだのだろう。


「おやすみ、ルイ、ポンタ」


 ささやくように声をかけ、レオはテントから身をひく。入り口の幕を下ろして、焚火の傍に座る。パーティーで活動していたころは見張りを交代でしながら眠っていたが、今は座ったままあたりを警戒しつつ休むのにも大分慣れた。

 遠いところで森狼の遠吠えが聞こえる。森の中を吹き抜ける風がざわざわと木々を揺らし、焚火の炎がチロチロと揺らぐ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 再び地鳴りが聞こえてきて、レオは身構える。飛び起きたポンタがテントから出てきて、小さな四つの脚で踏ん張り、牙をむきだしに唸っている。

 しかし、その地鳴りもまた数十秒もすると止んでしまった。


「なんなんだ、一体……」


「くぅーん」


 ちょこちょこ寄ってきたポンタを撫でる。

 ぷるぷる震えるポンタを抱き上げて、レオはテントの中、ルイの腕の中に戻す。


「大丈夫、おじさんが守ってやっから、お前さんはルイを守ってやんな」


 ポンタは小声で「アンッ」と鳴くとルイの腕の中で再び丸くなった。レオはまた元居た位置に戻る。


「さっさと国を出るのが一番かもな」


 そう呟きながら、レオは焚火に薪を追加する。

 森の夜は静かな緊張感をはらんで、ゆっくりと更けていくのだった。



明日も7時、19時の2回更新です!

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