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第14話 必死だったんだよ、俺も

※本日は2回更新です!

※朝7時に幕間 その3を更新しています。




「さーて、どこからどう手をつけるかな」


 レオは、どうせ相手は夜行性なのでのんびりと朝食どころか昼食もとってから、ルイとポンタ、ロザリーとアベルと共に平原に来ていた。アベルには今日も子守を担当してもらう。

 キノコモグラと思われるものがいる方向の目星はついているが、そこからどうするかはまだ考えていなかった。定石として、地中にいるものは地上に引きずり出さなければならないが、その方法は個体によって異なるので、これから探求していく。


「よし、ポンタ。キノコモグラがどこにいるか分かるか?」


「わん! わんわん!」


 レオの冗談交じりの問いかけにポンタが駆け出し、レオたちは慌ててその小さな毛玉を追いかける。

 ポンタが止まったのは、平原の南の森に近いところだった。


「わんわんわん!」


 一生懸命鳴きながら、短い前足で穴を掘っている。


「ここか……ポンタ、ちょっと静かにな」


 レオがひょいと抱きかかえ、ロザリーがロッドを取り出し、探索魔法を発動させる。

 彼女の魔力が地面の奥深くへと溶け込んでいく。

 ルイを膝に乗せたアベルが、馬を操りやって来る。レオとロザリーは、魔法を使えば馬並みに早く走れるので、今回はアベルの分だけ馬を借りた。


「何をしてるんですか?」


「ああやって、魔力を下へ流し込んで、下にあるもんを探ってんだ」


 小声で問いかけて来るアベルにレオも返す。


「普通、探索魔法はカーペットのように薄く広く魔力を流す。だが、今、ロザリーがやってんのはワインボトルから水を零すように、細く長く下へと魔力を伸ばしてんだ。ポンタが正確に位置を伝えてくれてりゃ、見つかるはずだ」


 アベルが「なるほど」と神妙な顔で頷いてロザリーに顔を向ける。レオもじっとロザリーを見つめる。


「……いた」


 ロザリーが閉じていた目を開ける。


「どれぐらいの深さだ?」


「五十メトルってとこかしら。多分、頭は東南東を向いてるわ」


「マジかよ、厄介だな」


 レオはガリガリと頭を掻いた。


「なにが、やっかい?」


 ルイが首を傾げる。

 レオは地図を取り出して、広げてルイたちに見せる。


「俺たちが今いるのは、ここだ。平原の南の端っこ」


 レオはエンドの町とその周辺が描かれている地図で現在地を指さす。


「んで、これがモグラだとする。こっちの尖ってるほうが頭な?」


 レオはポーチから適当な牙を取り出して地図に乗せる。


「モグラが、こっちを向いているが、こっちには河と町がある。河に近づいて、うっかり川岸に穴を開ければ水はモグラの堀った穴に流れ込む。最初は何の変化もねぇかもしれねえが、水はだんだんと土を削って穴が大きくなる。下手すりゃ河の流れが変わっちまう可能性もある。ここら一帯は砂地で地盤が柔らかい。水によって穴が削られて大きくなる可能性もある。そうすりゃ、下流で……下流っていうのは、河が流れていく方向な。そこで暮らす人々の生活がままならなくなる。大事な水源を失うことになるわけだからな」


「で、でも、キノコモグラがそこまでの大きさなのでしょうか?」


「ロザリー」


「大きさは、この間の大牙猪より一回り以上大きいかしら……。よく寝てるわ」


「だそうだ」


 アベルが顔を青くする。


「もう一つ厄介なのは、このモグラがこうやって河を避けた場合だ。おそらくだが、河の近くは少し掘れば水が出る。モグラは溺れちまうわけだから、だんだん地上に近いところに上がって来る。んで河に沿うように北上すると……」


 モグラ代わりの牙はエンドの町に到着する。


「こうなると、町にはいろんな建物が建ってて、つまりこの平原よりずっと重いわけだ。その重みに穴が崩れて町自体が崩落する可能性が出て来る」


 アベルはもう言葉もないようだった。


「アベル、町に行ってバージに伝えてきてくれ。俺たちは今夜、モグラがどれだけ動くか確認するために野営する」


「おじさん、きょうはかえってこない……?」


 不安そうなルイを抱き上げる。


「昨夜、おじさんがおっかない魔物はぜーんぶ追い払っておいたから、ルイもここで一緒だ。怖かったら宿かギルドでお留守番でもいいぞ」


「おじさんとおねえちゃんといっしょがいい」


「じゃあ、そうしよう」


「やったぁ」


 無邪気に喜ぶルイに、レオは自然と笑みをこぼす。


「じゃあ、野営の準備でもすっか。バージに良いテント借りたんだ」


「ぼくもてつだう」


「んじゃ、ロザリーと枝でも拾ってきてくれ」


「はーい」


 ルイを下ろせば、ロザリーの下へ行く。話を聞いていたのだろうロザリーは、ルイの手を取ると森の方へ歩き出した。


「おい、アベル。早く行ってこい」


 固まっていたアベルの脚を小突くと、はっと我に返る。


「い、行ってきます! 大至急!」


 そう言うが早いか馬の手綱を握りなおし、向きを変えると町の方へと駆け出した。


「焦って転ぶなよー」


 その背に声をかけながら、とりあえずレオは野営のために魔物除けのロープを取り出して、野営地の範囲を決める作業に勤しむのだった。






 レオの目の前では、ロザリーがルイに魔法を教えていた。

 レオと違って、魔法に詳しいロザリーの教えは分かりやすいようで、ルイは早速小さな火球を手のひらに出すことに成功していた。

 モグラの方は、ロザリーが地面にぶっ刺したロッドが目印となっている。モグラが動いたら、ロッドの薔薇が赤く光る仕組みになっているので、ロザリーとルイ越しにレオがそれを監視していた。

 ポンタは、レオの足元で腹を出して寝ている。上空から鳥系の魔物が来たらどうする気なのだろうと思ってしまうほどに無防備だった。


「そう上手よ。次は、その火球にゆっくり少しずつ魔力を流してみて。大丈夫、炎が大きくなったら私が消すから」


「う、うん」


 ルイが緊張した面持ちで頷く。

 小さな手のひらの上の、小さな火球が徐々に大きくなる。


「そこで、止めて! よくできてるわ。じゃあ、私の手の上に渡してみて」


 ルイが慎重に火の球をロザリーの手の上に移動させる。


「ふふっ、ルイの魔力は綺麗ね」


「きれい?」


「ええ、レオの魔力の色に似ているわ。真っ赤なルビーのようでとても綺麗」


「るびーってなぁに?」


「ルビーっていうのは、宝石よ。あとで見せてあげるわね。今日の訓練はここまでにして、不思議なものを見せてあげるわ」


 そう言ってロザリーが右手の上に左手をかざした。

 するとじわじわと水の膜が炎を覆い、水の中で燃える炎が完成する。


「わぁ、すごい! なんで? おみずのなかなのに」


「この水も炎も、自然界にあるものではないの。貴方と私の魔力を糧に生まれたものだから、自然の摂理に反することもあるのよ」


「しぜんの、せつり?」


「火にお水をかけたら、消えちゃうのが、当たり前でしょう? それが摂理」


「うん」


「でも、こうしてお水で包んでも消えない。普通ではありえないことを起こせるのが、魔法なの。さあ、ルイ、仕上げよ。両手を出して」


 ルイが言われるがまま両手を出すとその上に水に包まれた炎が置かれる。

 ロザリーが右手で風魔法を操り、水球の表面に流れを作り、左手で自身の花びらをその流れに乗せる。


「きれい!」


「ふふっ、最後まで見ていてね! そーれ!」


 ロザリーが手をかざし魔力をさらに込めれば、花びらがだんだんと数を増やしてすべてを包み込んだ瞬間、それは美しくはじける。


「わぁ……!」


 ルイが見上げた先で浮かび上がった水球がはじけて無数の真っ白な薔薇の花びらが降り注ぐ。


「『風よ』!」


 ロザリーがまるで楽団を指揮するように両手を振れば、空中でその花びらが集まり一輪の大きな薔薇のつぼみとなって、ルイがロザリーに促されて差し出した両手の上でふわりと花開く。


「おはなだ!」


「ふふっ、私は白薔薇の花人族なの。これは私のお花なのよ」


「しろばらっていうの?」


「ええ。このお花は、薔薇っていって、他にも赤やピンクや黄色に橙色に黒、色々な色があるのだけれど、私は白い薔薇」


 ロザリーがルイの手から白薔薇を受け取り、ふうっと息を吹きかけると、薔薇ははらはらとほどけるように溶けて消えて行った。


「きえちゃった」


 ルイが驚いた様子できょろきょろと辺りを見回す。


「あれは魔力の塊だから、少しでも揺らぐと消えてしまうのよ」


「オレも、おはな、つくれる?」


「あれは私の魔力だから難しいわねぇ。でも、ルイは火属性があるから、火の形を自由に変えることはできるわ。ねえ、レオ」


「そうだな、ま、今日明日には無理かもしれねぇ、こういうのは、練習あるのみだ」


 レオは自分の手のひらに火球を出して、自在に形を変える。

 最後に鳥の形になったそれは翼を広げてとんでいき、頭上を旋回するとぱっと火の粉を散らせながら消えた。


「とりさん、きえちゃった……!」


「ふふっ、そうね」


 ロザリーが愛おしむようにルイの頭を撫でる。ルイは、胸にあふれる興奮をどうにか言葉にして伝えようとしているが「すごい」くらいしか出て来なくて、可愛らしい。


「レオ!」


 大分前から聞こえていた蹄の音に顔を向ければ、バージとアベルがやってきた。バージは馬に乗っているが、アベルは馬車を操っている。

 ポンタが一度、彼らを確認したが敵ではないのでそのまま寝ることを選んだ。


「おう、どうした」


「どうしたもこうしたもない! 巨大化したキノコモグラが見つかったって」


 バージが馬から飛び降りるような勢いで降りてきた。


「おー、奴さんなら、寝てるぞ」


 レオは大地に突き刺さったままのロザリーのロッドを顎でしゃくった。


「あれが、目印、なのか?」


 勢いを失ったバージが問いかけて来る。


「ええ。魔物を囲う檻のように魔力を固定しているので、動けば、ロッドのこの薔薇の部分が赤くなります」


 ロザリーがそう説明する。

 馬車も止まってアベルが御者席から降りて、後ろからシェリーが降りてきた。


「アベルが、町が崩落するか、河が危ないって」


「落ち着けよ。説明してやっから」


 レオの言葉にバージがロザリーが用意した椅子に座り、アベルとシェリーは自分たちで持参したらしい椅子に腰かけた。椅子といってもどちらも野外用の簡易的なものだ。

 シェリーとルイは、丸太に腰かけていたレオの隣に並んで座った。

 まず、レオは先ほどアベルにした説明と同じような説明をバージとシェリーに地図と牙で再度行った。


「んで、今夜、こいつがどれだけ動くか、その度に、何回地鳴りやら地震やらが起こるか数えて、まず地鳴りの原因がこいつであることの証拠を掴みたい。んで、ついでにこいつが一晩でどれだけ移動するかも知りてぇな」


「おじさん、モグラ、たおすの?」


「そうさなぁ、最終的には倒さないといけないかもな。んだが、モグラってのは倒すのが大変なんだよなぁ」


「そうねぇ、前に倒した子たちも骨が折れたわ」


 ロザリーが溜息を零す。


「その、前ってのは?」


 バージが首を傾げる。


「何年前だったかなぁ。岩槍モグラってのと戦ったんだよ」


「岩槍モグラって、あの、砂漠地帯に生息している凶暴な、討伐ランクAの……」


「おう。Aであって、A+じゃねぇし、俺たちのパーティーランクはAだったからな。現地のやつらに頼み込まれちまってよ、見返りにロザリーが欲しいって言った村の宝の魔術書くれるっていうから受けたは良いが」


「魔術書諦めようかと思ったわ」


 ロザリーが静かに目を閉じた。


「いわやりもぐらってなに?」


「岩槍モグラは、ええと、ここだ、こいつ」


 レオはポーチから図鑑を取り出して、広げて見せる。ルイとシェリーがのぞき込んで、ルイは「つよそう」と呟き、シェリーは「ええ……」と引き気味に頬を引きつらせた。

 本来、モグラとは案外可愛い顔立ちをしている。

 とある地方にいる中型の魔物である星夜モグラは、美しい漆黒の毛並みを持ち、毛皮は目玉が飛び出るほどの高値で取引されるほどだ。

 だが、この岩槍モグラ、とてもいかつい。モグラ系魔物の素材の目玉ともいえる毛皮はほぼ岩で覆われていて、つぶらな瞳は瞼が岩で覆われている。その上、細長い口はぱっくりと大きく開き、鋭い牙が生えているのだ。むろん、手足の爪は異常に鋭い。


「キノコモグラ、かわいかったのに……」


 ルイがこころなしかしょんぼりしてしまった。

 だが、確かにベノワが見せてくれたキノコモグラは、まるで物語に出て来るような愛くるしさがあった。この岩槍モグラには微塵もないが。


「これ、なんで岩槍なんですか?」


 シェリーが恐々と絵を見ながら問いかけて来る。


「そうね、目の付け所がさすがは冒険者ギルドの受付嬢だわ」


 ロザリーがうんうんと頷いた。

 森に暮らすから森狼。牙があるから牙猪。角が生えているから角兎。枝のような角だから枝鹿。斑模様の毛皮だから斑山猫。

 魔物の名づけはその生息域や身体的な特徴で名前が付けられている場合がほとんどだ。


「この、背中の岩、五つほど穴開いてるだろ?」


 岩槍モグラの首の後ろ、丁度、人間で言うと肩の部分にアーチ状の岩があり、そこに丸い穴が五つ開いている。


「まさか」


 バージが嫌そうに顔をしかめた。


「そのまさかだ」


「これくらいの魔力生成された石槍をぶっ飛ばしてくるのよねぇ」


 ロザリーが水魔法で槍の大きさを実演してくれた。ロザリーとそう高さの変わらない槍。


「うわぁ……」


 アベルが頬を引きつらせる。


「しかも生息域が砂漠だろ? 足場は悪いし、あいつ、都合が悪くなると穴掘って逃げやがってよ」


「しかも砂漠って昼間がすっごく暑いのに、夜は信じられないくらい寒いの。一日のうちに夏と冬が来るようなものよ」


「あいつ、昼も夜も元気なんだよなぁ、昼間は少し動くだけで汗が噴き出て、くらくらする。夜は、寒くて手はかじかむし、歯ががちがち震えて、魔法の発動が遅れる。砂漠はできる限り近寄らないで生きて行こうと思ったな」


「その判断は大賛成だったわ」


 ロザリーがうんうんと深く頷いた。


「だが、大体のモグラは土の中にいるだろう? どうやって引きずり出したんだ?」


「それなんだよなぁ。キノコモグラも引きずり出さねえことには、問題の解決に至らねえしなぁ」


「ちなみに岩槍モグラは、肉食性です。砂漠で生きる人々にとって財産と言える家畜を食い荒らしていたから、討伐対象になったんですよ。だから、適当な魔物をその辺で狩り倒して、それをエサにおびき寄せました。彼らはとっても嗅覚に優れているから」


「まあ、そうは言ってもなかなか仕留められなくて、三日三晩はかかったけどな」


「三日三晩かぁ、徹夜はしんどいよな」


 バージが言った。彼もかつては冒険者として、経験があるのだろう。


「キノコモグラの好物は土だったか?」


「胞子が含まれた土だな、正確には」


「それは、このエンドの町周辺の土なのでしょうし、きっと今現在もそれを食べているのでしょうしねえ」


 ロザリーが眉を下げる。

 するとルイがレオの袖を引いた。


「どうした、ルイ」


「ベノワおじさんが、こけっていってた」


「苔……ああ、そういえば言ってたな。キノコモグラの大好物の苔。それを食べるために危険を冒して地上に出て来るんだと」


「苔……なんの苔だ?」


「そこまでは俺たちも。ベノワに聞けばわかるかもな」


「アベル。シェリーと一緒に戻って、資料をかき集めてきてくれ。ついでに陽だまり屋のベノワってコックのところにもな」


「俺が一筆書いておこう」


 そう告げるとシェリーが手帳を差し出してくれたので、そこにベノワへのお願いを書いて、署名をした。


「ついでにマージ……宿の女将に部屋の掃除頼んでおいてくれ」


「了解です!」


 シェリーがレオが一筆書いたページの隣に「マージさん、掃除」と書き留めた。


「じゃあ、行ってきます!」


 アベルがシェリーを馬車に乗せると、御者席に戻り手綱を握りしめ、彼は再びエンドの町へと戻って行った。


「マスターおじさんは、いかないの?」


 ルイが首を傾げる。


「あっちに帰ると書類がいっぱいおじさんを待ってるから、おじさんもたまには野営しようと思ってな」


「マスターおじさんも、そとでおとまりするの?」


「仲間に入れてくれるか?」


「おじさんとおねえさんが、いいよっていったら、いいよ」


 ルイの言葉にバージがレオを見る。ロザリーは「好きにしたらいいわ」と足元のポンタを撫でながら笑った。


「ロザリーが良いって言うなら、いいんじゃねえか?」


「よかったね、おじさん、いいよだって!」


「ありがとさん」


 バージが笑えば、ルイは嬉しそうに頷いた。

 バージが自分のテントをレオたちのテントの横に立てるのをルイが手伝うのを眺めながら、レオは、くあぁっと大きなあくびを一つ零したのだった。






 レオの背後のテントでは、ロザリーがルイを抱きしめるようにして眠っている。ポンタは、ロザリーが自分の代わりを担ってくれていると思っているようで、なんだか楽しそうに周辺を散策していた。地面のにおいをかいで、時折体に擦り付けて、草まみれになっている。

 レオは、焚火を見ながら、ロザリーのロッドを監視していた。

 バージも同じく焚火を囲いながら、なんだか難しい顔で持参した書類に目を通していた。

 あたりは薄暗いが、まだ夜と言うほど闇が深い訳でもない。

 モグラ系の魔物は夜行性のため、ロザリーには早めに眠ってもらったのだ。レオたちも交代で眠る予定だ。


「レオ」


「あー?」


 ずーっとロッドを見ているだけなのも飽きる。レオの気の抜けた返事を気にした様子もなくバージが書類から顔を上げた。


「聞きたいことがある」


 いつもより声が硬い。


「答えるかどうかは内容によるなぁ」


「……君の、十年分の冒険者記録がごっそりと消えている。三か月前、王都近くの村で受けた護衛クエストからの記録と君が冒険者になってからの十年分の記録は残っている。ロザリーの記録にいたっては、冒険者になって一年と、最近では三か月前からしか記録が残っていない」


「……そうかい」


 レオは薄紫色にわずかに星が輝く空を見上げて返事だけした。

 そこまでしてレオとロザリーの痕跡を消したいのか、といっそ笑えてしまう。

 ロザリーは現在二十五歳、彼女が冒険者になったのは十四歳の時でその一年後、レオとルディと共にパーティーを結成した。


「君とロザリーの実力は、十年間の空白があったとは言えない。確かなものだ」


「そうだな。十五で冒険者になって二十年。ずっと冒険しっぱなしだったからな。ロザリーとはその内の十年、一緒にいる。十年、同じパーティーを組んでいた。ロザリーともう一人のやつとな」


 レオは脇に置いてあった薪を焚火に放り入れる。


「……時期が、ぴったりだろ。金の鉄槌のリーダーが追放された時期と、俺の記録の有無」


 バージは何も言わなかった。

 だが、困ったような顔でレオを見ていた。


「ルディとはロザリーと一緒に十年、冒険者としてパーティーを組んで活動していた。自慢じゃねぇがロザリーにもルディにも俺が冒険者としての基礎を叩きこんで育てた。おかげさんで、ルディのほうは俺を追い越して、Aランクになって、今じゃ王家お抱えにまで上り詰めたらしい」


「昇級試験を受けなかったのか。……ロザリーだってAランクの実力があるだろう?」


「受けたさ、何度も受けて、全部落ちた。俺もロザリーもな」


 まさか、とバージが首を横に振った。


「君たちの実力は間違いない。まだ出会って日の浅い俺にだってわかることだ」


「ああ、そうだな。俺もな、ここへ来て気が付いたよ。ここへ来るまではとにかく色んなことに必死だった。Aランクにならないと、とか、パーティー仲間が死なねえように気を張ってないと、とか、追放された後は王都から離れたくて……とにかく必死だった。だからここへきて、ふと、俺とロザリーの不合格は故意だったんじゃないかと思うようになった」


「どうして、君やロザリーの実力こそ、護衛パーティーには必要になるはずだ。俺だったら頭を下げて君たちを推薦させてくれと頼む」


「俺が冒険者を続けるうえで大事なこととして、ロザリーとルディに教え続けていたことがあるし、俺自身も大事にしていることだ」


 レオは、後ろを振り返る。二人はまだすやすやと心地よさそうに眠っていた。ロッドにも変化はまだない。


「引き際を間違えねえことだ。一瞬でも無理だと思ったらなりふり構わず逃げる。そして、もう一つ、絶対に金で動いちゃならねえ。金で動けば、それを使う暇もなく命を失う。王都の冒険者中央ギルドのマスターは、俺と真逆の思想だった。……地位、名誉、金こそが全て。それらを得るためならば、無茶をするべきだという考えだった」


「もしやそれで、君を?」


「俺ァ、マスターのやり方に苦言を呈すことも多かった。それでも二年前、マスターに目をかけてほしい。有望なんだと紹介された二人をパーティーに加入させた……ガアデとララ。弓士と魔法使いだ。この二人はマスターと同じような主義で、手柄を急ぐきらいがあった。それを諫めれば反発されて、思えばあいつらは、俺たちのパーティーを壊すために入れられたのかもな。あいつらにその意思があったか、マスターに聞かされていたかは分からねえけどよ」


 レオは、火かき棒代わりに用意していた太い枝で焚火の中で崩れた薪を中央に寄せ、新たな薪を追加する。


「レオたちのパーティーがなんで狙われたんだ? だってマスターとはうまくいってなかったんだろう?」


「ああ、いってなかったな。だが、王都の冒険者ギルド、西、東、そして、中央。この三つの中で、俺たちのパーティーの成績はこの五年、ずっとトップだった」


 バージが息を吞んだ。

 王都は王の住む都と言うだけあって、広く大きい。そのため、冒険者ギルドも三つある。西エリア、東エリアに一つずつ。そして、中央エリアに一つ。

 西と東の冒険者ギルドは、全ての冒険者に門扉を開いている。

 だが、中央は違う。すべての冒険者ギルドと同じく身分は問われないが、中央ギルドに所属できるのは、Bランク昇級見込みを得たCランク以上と決められている。


「それでも俺はAランクになれない。何度も試験に落ちて、どんどん自信を失い、焦りが産まれて、正常な判断ができていなかったんだな。端から見れば、それがどれだけ異常だったか分かるのに……だんだんと周囲の冒険者も俺の実力に対して疑いの目で見るようになった。実力の伴わないリーダーだと。ルディやロザリーに申し訳なかった」


 離れてみればわかる。

 ギルドマスターのケロースは、レオが同業者から疑いの目を向けられるように、孤立するように、ルディを支持するように仕向けるための生贄だったのだと。


「レオとロザリーが抜けて、そのパーティーは機能するのか?」


「どうだろうな。この三か月にBになったララとガアデは、正直なところまだその実力は伴っていないとは思っている。まあ、この三か月で劇的な成長を遂げたのかもしれないがな。だが、追加を募っているなら、それが答えかもしれない」


 バージは押し黙った。

 レオとロザリーの抜けた穴を埋めるのは大仕事だ。

 この五年間トップを維持し続けてこられたのは、レオとロザリーとルディがそれぞれの役割を的確に果たし、補い合い、支え合ってきたからだ。それぞれがソロであったら、トップを維持し続けることは不可能だっただろう。

 レオとルディは前衛で攻撃の要。攻撃する際にがら空きになる背中を優秀な魔法士であるロザリーだからこそ預けられた。

 魔法士は魔法使いの上級職だ。魔法使いは魔法が得意なら誰でも名乗れる。

 一方、魔法士はそう名乗るには魔術師ギルドで魔法士資格試験を受けなければならない。魔法理論に精通し、一定の攻撃魔法に加えて、防御魔法、味方にバフをかける支援魔法などを正確に、より強力に使いこなす必要がある。ロザリーは七年前にその試験を受け、見事に一発合格を果たした。

それに実力だけではなく、十年かけて培ったお互いの呼吸を読み合う力は、そう簡単に得られるものではない。


「王都には戻らないのか……?」


 バージの問いかけに数拍の間を置いて、首を横に振った。


「マスターのせいであったとしても最終的に今の状況を選んだのは俺たちだ。何度も何度も話し合って、その結果だ。それに今更戻っても、俺たちに居場所はない。……仲違いしちまったとしても、十年、一緒に過ごした弟分だ。心配ではあるが、あいつの実力に間違いはねえ。なんたって俺が育てたんだから」


「だが……」


「それに証拠もない。証拠つっても難しい。マスターが俺に直接何かをしたのなんて、精々、昇級試験に落としただけだ。それだって本当に俺の実力が足りなかっただけかもしれねえしな」


「……そうか。分かった」


 バージは、納得の言葉を口にしながらも、その顔は全く納得していなかった。

 二人の間に沈黙が落ちる。なんだかバージが気難しい顔をしているので、少し気まずい。レオはその気まずさを誤魔化すように、がりがりと頭を掻いた。

 すると空気を読んだのか、キノコモグラが動きを見せた。

 ロッドの薔薇が赤く輝き、レオは腰を上げる。数瞬遅れて、バージもそれに気が付いたようだ。

 だが、地鳴りは起きないし、ロッドの赤い光はすぐに消えてしまった。おそらくほんの少し顔を上げるぐらいの動きを見せたのだろう。


「まだ活動時間には早いか」


 地平線に沈んでいく太陽を見ながらつぶやく。

 いつも日没後、空全体に星が輝くようになってから地鳴りは始まるのだ。


「これは俺の推測だが、この下にいるのが本当にキノコモグラなら、キノコモグラは森の奥の、更に奥のほうに生き残りがいたんだろう。そこには斑山猫や琥珀豹といった大型の肉食魔物がいて、牙猪たちを狩っているから、なんとか生き残ったのかもしれない。森狼は森の浅いところにいるから、そこでは牙猪が激増して、キノコモグラは壊滅的な被害を被ったのかもな」


「奥の奥で、何かあったんだろうか」


「かもな。牙猪がここまで出てきているのは、キノコモグラのキノコを求める以外にも何か理由があるのかもしれねえ」


 ふむ、と頷いてバージが何かを考え込み始めた。

 それからレオはバージが用意してくれた地図に現在のキノコモグラの位置を書き込み、同じく用意してくれていた定規で町までの距離を計算する。


「……大体、十キロメトルってところだな」


「今夜、どれだけ動くかで猶予期間が決まる。その間に、なんとか地上に引きずり出して、討伐しないとな」


 バージの言葉にレオは頷く。主食が土となると地上に出てくる必要がないので難しい。例の苔が何かの役に立てばいいが、そこもまだ未知数だった。

 悩んでいる間に日が完全に暮れて、空には星が満遍なく輝く。

 レオの丸い獅子の耳は、つぶさにその音を拾う。


「動くぞ、バージ」


 バージが身構えるのと同時だった。薔薇が赤く輝きだす。

 ゴゴゴゴゴゴゴーー……!

 原因の真上にいるだけはあって、地鳴りの音が分厚く響き、ぐらぐらと揺れる。レオはロッドに掴まり、バージは転ばぬ先にその場に座り込んだ。


「光が……!」


 ロッドの薔薇から一筋の光が差す。


「これは、キノコモグラの、鼻先が、どこに、あるか示して、ん、だ、っと!」


 揺れに耐えながら、レオは説明する。

 やはりいつもの地鳴りと一緒で、それもすぐに収まった。

 レオはロッドがから伸びる一本の糸のような光を追いかけて行き、それが地面に消えている位置に杭を打った。

 ロッドと杭の距離を測る。


「だいたい、十二メトルだな」


「けっこう動くな」


 こちらに駆け寄ってきたバージが言った。


「おそらくでかい分、一掻きがでかいんだろうな」


 レオは打った杭のそばに四つん這いになって、耳を地面に近づける。


「『身体強化・聴覚』」


 遥か下のほうで、ごそごそじゃりじゃりと音がしている。おそらくキノコモグラが土を食べている音だ。


「何か、聞こえるか?」


 レオの真似をしたバージが耳を当てている。


「俺には、奴さんがうまそうに土を食う音が聞こえてる。なあ、バージは焚火のそばにいてくれ。俺が追いかける。いつもの頻度なら、また一時間後ぐらいに動き出すだろ」


「分かった。地図には、杭の場所を書き込んでいいか?」


「ああ。頼む」


 バージが、任せてくれ、と告げて焚火のほうへ戻っていく。レオは、また暇を持て余してあくびをしながら、次の動きを待つのだった。





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