第12話 まだ夕飯の最中だってのによぉ
「あら! あらあらあら!」
レオが陽だまり屋へ帰るとマージが目を丸くしながら迎えてくれた。
「まさか一人増えるって、こんな綺麗なお嬢さんだなんて!」
「俺の大事な人だよ。冒険者仲間でロザリーって言うんだ」
「初めまして、恋人のロザリーです」
ロザリーがにこにこしながら宣言する。恋人、という言葉にむずがゆさと同時に喜びを感じながら、小さく笑った。
「マージおばさん、ぼくらね、パーティーでなかまなんだよ。ししのよあけっていうの」
大分、マージに懐いているルイが嬉しそうに報告する。マージが説明を求めてレオを見る。
「わけあってロザリーとは喧嘩してたんだけどよ。こんなうだつの上がらねえ俺を追っかけてきてくれて、和解したんだよ。んで、改めてパーティーを組んだってわけだ」
「そうかいそうかい。いいねぇ、ルイ。仲間が増えて嬉しいねぇ」
マージが優しくルイの頭を撫でると、ルイは、うん、と嬉しそうに小さく頷いた。ロザリーが「かわいい」と小声で叫びながら口を押えた。
「マージ、この時間はもう風呂は使えるんだよな?」
「使えるよ」
「じゃあ、先に風呂をもらうか。そのあと、そのまま食堂へ行って、またギルドへ戻る」
「あら忙しいのかい?」
マージがごそごそとカウンターの下からタオルやらを取り出しながら首を傾げた。
「ちょっとな」
「なんだか町のほうも騒がしいし、それが関係してるのかい?」
「してるっちゃしてるな。んだが、まあ大丈夫だ。俺とロザリーがいりゃ事足りる」
「そうかい? ま、大牙猪をひとりで倒しちゃうくらいだし、そんな人とパーティーを組めるんだからお嬢さんも強いのかい?」
マージが首を傾げた。
基本的にパーティーというのは、ランクが自分と同じか、それより一つ下か一つ上としか組めないのだ。 Bのレオと組めるのは、同じBかAかCということになる。これはBランクやAランクとGやFランクが組んで、高ランクの依頼の遂行をさせてその報酬だけを得たり、昇級に係わる虚偽実績を作らせたりしないための決まりだ。
「私も彼と同じBランク冒険者です」
「それはすごいねぇ」
冒険者は荒っぽい仕事柄、男性が多い。女性はその中でも他の仕事、例えば薬師や裁縫師などを兼任していて下級ランクにとどまり本職に必要な素材集めだけに精を出している人も多い。その中で女性がBランクになるというのは、珍しいことでもあるし、なかなか困難なことでもあるのだ。
「うちは家族向けの宿だから、あんまり冒険者は来ないんだよ。だから何か不便があったら言っておくれ。今後に活かすためにもね。これはお嬢さんの分のタオルや着替えだよ。悪いね、女性だと思わなくて、部屋には男性のを用意しちまって」
「はい、ありがとうございます」
ロザリーが一式を受け取る。
「マージ、一番大事な確認だが、今夜は大牙猪なんだよな?」
「ふっふっふっ、もちろんだよ」
マージがにやりと笑った。
「全室のお客様が喜んで追加料金を払ってくれたよ」
地鳴りの影響で多くの宿が休業してしまったため、営業を続けている数少ない宿の陽だまり屋は満室だそうだ。色々な事情で、この状況下でもエンドの町に来なければならない理由がそれぞれあるのだろう。
「皆、楽しみにしてる。レオは提供者だから、おかわり自由だからね。ルイもお嬢さんも、もちろんポンタもいっぱいお食べ」
「よっしゃ。ほれ、さっさと部屋に行って、風呂入って、飯に行こうぜ」
「賛成!」
「うん……!」
「わんわん!」
三人と一匹は、賑やかに受付を後にしてマージに「転ぶんじゃないよ」と見送られながら階段を上がって行くのだった。
「うまっ!」
「お、おいひぃ!」
「……!」
「あんあぐあんっ!」
レオは目を見開き、ロザリーは頬を押さえ、ルイは無心で口いっぱいに頬張り、足元でポンタががっついている。
レオたちの前には、きつね色の衣をまとった大牙猪がでーんと存在していた。
三人と一匹は夢中で食べ勧める。
サクサクの衣の下には肉汁がたっぷりの大牙猪の肉。おそらくロースだろうか。分厚くて肉の味がしっかりする。脂身は甘くとろけるようなうまみが口いっぱいに広がる。
あっという間にレオは皿の上を空にしてしまい、おかわりを頼んだ。するとベノワがやってきた。
「今回は前に東の地域から来た方に教えてもらった『カツ』というのを作ってみました。豚で作ると美味しいのですが、やっぱり大牙猪は格別ですよね!」
ベノワが、レオの前におかわりを置いて、にこにこしながら説明してくれる。
「これ、衣はさくさくなのに、中のお肉がジューシーですごく美味しいわ。お塩だけで十分だけど、ここにレモンを絞るとよりお肉が美味しいわ!」
ロザリーが興奮した様子でベノワに顔を向ける。
「塩はちょっと奮発して岩塩を用意したんです。美味しいですよね。レオさんが、皆で食べたほうがと言ってくださったので、昨日の試作を僕らもいただいたんです」
「ふふっ、レオはいつもそう言うのよ」
ロザリーがにこにこしながらナイフとフォークでカツを切り分ける。
「だから、野営地とかだといつのまにか宴会になってたりするの」
陽だまり屋の食堂は、とても賑やかだ。皆、カツに顔を輝かせている。家族連れの多い宿なので子どもも大勢いて、ルイと同じく小さな口に詰め込めるだけ詰め込んで、栗鼠のように頬を膨らませている。
その光景に目を細めながら、レオは葡萄酒に口を付ける。
「俺ァ、大層賑やかな養護院育ちだからよ、食事は皆でうめぇもんを食べてえのさ。にしてもマジでうまいな。前に王都で料理してもらったやつより美味い」
レオはおかわりのカツを切り分けて、がぶっと大きく開けた口で噛みつく。
「へへっ、ありがとうございます」
「ねえ、あとでレシピを教えてくださらない? 随分気に入ったみたいだから、作れるようなら今後もレオたちに作ってあげたいの」
ロザリーの申し出にベノワは「かまいませんよ」と頷いてくれた。
レオも作れるには作れるが、料理はロザリーのほうが断然、上手いのだ。
「大牙猪を無料で提供して頂いたんですから、レシピでは足りないくらいです」
「じゃあ、もう一つ頼まれてくんねぇか?」
「可能なことなら」
「旅用に別に渡すからバラ肉をベーコンにしておいてほしいんだが、できるか?」
「できますが……大牙猪の肉だと下処理も時間がかかりますし、大きいので結構、時間がかかりますよ?」
「できるんならありがてぇ。時間は山のようにありそうだからよ。つーか、今日もう一頭、仕留めたんだけどいるか?」
「ええ!?」
ベノワが素っ頓狂な声を上げた。
「や、やっぱりあの噂は本当だったんですか? 今日の昼に平原に牙猪の群れがでたって」
「おう。ちょっとやばい場面もあったんだが、そこへ俺のロザリーが駆け付けてくれたんで、全部討伐できた」
途中の「俺のロザリー」のところでロザリーの花びらが量を増やした。嬉しかったのだろう。花人族は感情によって花びらの量が左右されるので分かりやすくて可愛い。
「だが、結局調査続行になっちまってよ。今夜もこの後、ギルドに戻って待機だ。……あいつら、なんであそこにくんのかねぇ」
「そんな状況で、こ、ここでご飯を食べてて大丈夫なんですか??」
「俺の勘だと二日は大丈夫だ。牙猪ってのは気性が荒くて、縄張り争いで喧嘩をすりゃ群れが壊滅することもよくある。だから、群れそのものがいなくなっても他所の群れが、その縄張りに入るにはかなり周囲を探ってからのことになるんだよ。出会っちまえば喧嘩するが、そうそう出会わないようにお互い警戒して慎重にことを進めるんだ」
レオは、ルイが切り分けた分を食べ終えたので、残りのカツをナイフとフォークで切ってやる。
「つっても、そもそもなんで平原に集まってきてるのかが分かんねえから、当面、ぴりぴりしてるかもだがな」
「ねえ、ベノワさん。ダーシキノコってエンドの町だとどこで採って来るの? このスープ、ダーシキノコよね?」
ロザリーがスープに目を向けた。
レオが森の中でルイに作ってやったものより、ずっと味が繊細で美味しい。同じダーシキノコとは思えないほどだ。やはり本職は違う。
「南の森の奥に割と大きな洞窟があって、そこで採れるんですよ。と言っても、森の奥は牙猪や他の怖い魔物がいるので、なかなか手に入らないんです。依頼を出しても滅多に……でも最近、近くの洞窟や、その辺の森でも採れるみたいで。今回は大牙猪の肉を賄賂に八百屋さんに交渉して少し用立ててもらっちゃいました」
ベノワがマージには内緒ですよと頬を指で掻いた。
「いい賄賂だ。っつっても俺も北の森の洞窟、かなり浅いやつなんだが、そこで見つけた」
ほれ、と一つポーチから取り出してベノワに渡す。
「立派なダーシキノコですね……そうだ。よければ夜食をご用意しましょうか? このカツをサンドウィッチにして、皿にこのダーシキノコのバターソテーを挟んで、いかがです?」
レオは無言でもう五本取り出してベノワに渡した。
「そんなの美味しいに決まってるわね」
ロザリーが真面目な顔で頷いた。
「ダーシキノコも一昔前は、エンドの町では苦も無く手に入るものだったんですよ」
ダーシキノコを左腕で抱えながらベノワが言った。
「そうなの?」
「はい。僕の曽じいさんの代には、キノコモグラがまだまだ大量にいまして」
「モグラは知ってるが、キノコモグラは聞いたことないな。動物か? 魔物か?」
「魔物です。と言っても討伐依頼も出ないような、とても小さくて可愛らしい魔物で……そうだ、ちょっと待っていてください」
そう言ってベノワが厨房の方へ行った。だがすぐにレオが渡したダーシキノコの代わりに古い本を手に戻ってきた。
「これは僕の曽じいさんのレシピ本なんですが、ほら、この子ですよ」
そう言ってベノワが開いたページには、可愛らしい魔物が描かれていた。
細く尖った鼻先にふわふわの毛におおわれた体。前足の形が特徴的で平べったい大きな手は長い爪がついている。
その姿自体はレオやロザリーがこれまで討伐したことのあるモグラという魔物の姿と大体一緒だ。あいつらは背中に岩が生えていたり、牙があったりしたが、これは随分と無害そうだ。
「このこ、キノコがはえてるの?」
ルイの指摘通り、このモグラは頭や背中にちょこんとキノコが生えているのだ。
「そうです。もともとエンドの町は森に囲まれていてキノコの類は豊富です。土にその菌が多く含まれていて、遠い昔に普通のモグラがその土を食べる過程でキノコモグラになったと言われているんです。キノコモグラ最大の特徴は、自分の体に合ったキノコをこうして体に生やして、このお腹の下の方に菌を外へ出す器官があって、この子が通った場所にキノコがはえるんです。キノコモグラの主食は土なんですが、とある大好物の苔を食べるために地上にも出て来るんです。だからその苔の周りにはキノコがたくさん生えているんですよ。もちろん毒キノコに適応してしまう子もいましたが、ダーシキノコやマッシュキノコなどの食用キノコの適用がほとんどで、森の中はキノコが豊かだったそうです」
「なるほど、でも、今はいない、ってことだな」
「はい。もともと飼育は困難な種で、無害なので討伐依頼が出るような魔物でもないんです。死んでしまうとキノコも生えませんし、大きさもポンタくんぐらいで……ですが、森狼が乱獲されて数を減らし、この子達の天敵である牙猪が増えて、この子達は捕食されてしまって、数を壊滅的に減らしたんです」
森狼は肉食だが、好むのは牙猪や枝鹿などのもっと大きな種だ。ポンタを一匹二匹食べたところで彼らの腹は膨れない。
だが、一方の牙猪は雑食だ。小型の動物や魔物なら捕食して食べてしまうし、彼らの大好物はキノコなのだ。
「ベノワの曽じいさんの代っていうと、百年くらい前か?」
「はい。北の隣国との間で戦争が勃発して、兵が冬をしのぐ為に森狼の毛皮が必要になって、その結果です。とはいえ、今は何とか森狼の数が回復して、牙猪の数も抑えられて、ここらは平和なんですが、キノコモグラはもう何十年と姿を見ませんね」
ベノワはそう言って本を閉じた。
「……モグラっていうのが引っかかるわね」
ロザリーが細い指を顎に当てながら眉をよせた。
「確かに引っかかる、おっと……」
ゴゴゴゴゴゴゴーー……
唐突に地鳴りが発生し、しかも今夜は、いつになく大きな揺れを伴っていた。テーブルの上のグラスの中で葡萄酒が波打つ。ベノワがルイの椅子の背もたれに掴まり、ルイがレオの膝によじ登ってきたのを左腕で抱きしめ、右手はテーブルの上でロザリーの手を握った。お客たちの不安そうな声が聞こえる。
聴覚を強化してみるが、やはりここでは雑音が多すぎる。最初に地鳴りを体験したあの森の中では、発生源から遠すぎた。
この揺れの原因は、方角からしておそらく平原だ。
揺れは、それからすぐに治まった。
「悪い、ベノワ。夜食はギルドに届けてもらっていいか?」
「は、はい、もちろん」
レオは、心の中でゆっくりと味わってやれない大牙猪に謝りながら残っていたカツを腹にいれる。
「ロザリー、ギルドへ行こう。夜の平原を確認したほうがいい」
ロザリーも口いっぱいにカツを頬張っているので、口元を手で押さえもぐもぐしながら頷いた。ルイとポンタも二人を見習って、慌てて食べ始めた。三人と一匹に食事を残すという概念はなかった。
レオは葡萄酒を飲み干し、食べ終わったルイを抱える。ポンタはロザリーの腕におさまった。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて! お夜食、多めに届けますね!」
「ありがとさん! 話は通しとくな!」
レオはそう告げて、ロザリーと共に大急ぎでギルドへと戻ったのだった。




