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オカルト部

 魔獣とは人々を襲い魔力を喰らう魔術師の怨敵であり、いつの日か全ての魔獣の創造主である始祖を倒し新たに魔獣が生まれることのない世界を作ることこそ先祖代々受け継いできた悲願である。

 幼いころからそんな風に言い聞かせられて育った俺は当然のように魔獣と戦うことを受け入れ、自分もまたいつか生まれ来る次代の魔術師へ悲願を託すのだと思っていた。


 それが間違いだとわかったのは、去年の夏のことだ。


 イギリスのロンドンで始祖が倒された。

 その報は瞬く間に魔術界を駆け巡り、俺は遠い海の向こうで幼いころから聞かされていた悲願が俺が何をするでもなく果たされたことを知った。


 間違いなく、朗報だった。


 始祖が死ねば新たに魔獣が生まれることはなくなり、既に生み出された魔獣も危険度の高い上位種や中位種に関しては一年以内にその大半を討伐できる見通しだ。

 放っておいても害の小さい下位種に関しては対応を後回しにせざるを得ないし、魔獣の完全な根絶までは二年から三年はかかる見込みだけれど。

 これで、人々が魔獣に脅かされることはなくなる。


 もう誰も魔獣に殺されることのない理想の世界。

 その訪れを喜ぶ気持ちは嘘じゃない。


 けれど、魔獣がいなくなれば遠からずそれを倒す魔術師も必要とされなくなる。

 あまりにもわかりきった当然のことで、だからこそ名雪家の当主であるおばあ様は俺に家を継がなくてもいいと言ったのだろうけど。


 物心ついたときからずっと魔術師であれと言われ、その通りに生きてきた俺は魔術師が必要とされない世界で自分が何をすればいいのかわからなかった。


 だからだろうか。

 入学したばかりの高校にも馴染めず屋上で雲ばかり眺めていた俺に一人の女子が手を差し出してきたとき、俺はその手を振り払うことができなかった。


 後悔しているというわけではないけれど。

 もしも俺の人生に転機と呼ぶべきものがあるのなら、それはやっぱり差し出された手を握ったあの瞬間なのだと思う。



 ◇



 俺の所属するオカルト部の部室は部員二名の弱小部活動の割には上等なもので、元は社会科準備室だったというこの部屋には木製の長机と椅子の他、電気ケトルやホワイトボードまで置かれている。


「ハーブティーを作りましょう」


 ホワイトボードにでかでかとハーブティーと書いてから、朝霧が反応を窺うようにこちらへ視線を向けてくる。

 

 お料理研ならまだしも、オカルト部で脈絡もなくハーブティーとか言われても反応に困るけれど。

 朝霧のこういう物言いにも徐々に慣れてきたせいか、なんとなく彼女の考えていることに察しがついてしまう。 


「それ、要は魔術師が調薬に使うような薬草や精神感応系の術式利用して市販品よりも効力の強いドライハーブを作ろうって話か?」

「ええ。テストや大事な試合の前に飲めばあら不思議、雑念が吹き飛び目の課題へ集中できるように! なんて宣伝すれば、案外売れそうだと思わない?」


 即興で考えたと思しき宣伝文句を軽いノリで口にする朝霧を見て、思わず眉根に皺を寄せてしまう。


「売れる売れないはどうでもいいけど、魔術を利用して作ったものをそこらのテレビCMみたいなノリで宣伝されたくないんだが」

「そう? けれど売れるかどうかは重要よ。魔術師だって人間なのだし、継続的な収入がなければ魔獣討伐に代わる新しい仕事とは言えないでしょう」


 魔術とは魔獣を倒すための手段であり、それを俗世の商売に使うなどあり得ない。

 そんな魔術師にとっての常識に照らせば、魔術を利用し効能を上げたドライハーブを売って一儲けなんて論外もいいところなのだけど。


 元々、魔術師としての教育を受けていない朝霧にはその辺の感覚が理解できないらしく、自らの案について語る彼女に遠慮や罪悪感といったものは一切見られない。


 正直、一年前までの俺ならこんな提案は聞きもしなかっただろうけど。


 上位種を筆頭にした危険な魔獣を討伐することで魔術協会から莫大な報酬が支給されていた以前とは異なり、現在の協会はその機能を縮小する一方でお世辞にも先行きが明るいとは言えない。

 今はまだ辛うじて体裁を保っているけれど、協会からの報酬が途切れる日もそう遠くはないだろう。


 魔術師の本懐は魔獣を倒すことであり俗世での財産など問題ではない。

 なんて、みな建前では気取ったことを言っているけれど。

 実際のところ魔術師だろうが生活のためには金がいるし、中位種以上の魔獣が粗方殲滅され討伐対象が報酬の低い下位種に切り替わったときから露骨に討伐ペースが下がり始めたのも事実だ。


 初めて会ったとき、朝霧は俺が説明した魔術師の現状を聞きそれを変えるための手段として魔獣を倒す以外の方法で魔術を金儲けに使うよう言ってきた。

 未だにそれをどうかと思う自分はいるし、気持ち的な問題を抜きにしても一般人に対する魔術秘匿の原則や戦闘用以外の術式の極端な少なさなど問題は山積しているけれど。


 どうせ、暇だけは持て余している身だ。

 ダメで元々、せめて退屈しのぎになればいいと思って俺は朝霧が提案した解決策を試してみることに決め、そのための集まりとして彼女と一緒にオカルト部を作った。


「まあ、そこまで言うなら試作するだけしてみるけど。魔術師と一般人じゃ魔力への耐性に差があるし、万人向けにデチューンするとなるとお前の言うような劇的な効果は見込めないぞ」

「構わないわ。変に効能を強くして麻薬のようになっても困るもの。元より私の思い付きでしかないのだし、効能よりも安全性重視でお願い」

「了解。じゃあ、材料になりそうなもんはだいたい家にあるし帰っていろいろ試してみるわ」


 俺が使えそうな素材を思い浮かべながら席を立つのと同時に、正面でも椅子が引かれ朝霧が荷物を鞄にまとめ始めた。

 

「では、行きましょうか」

「は? 行くって、まさか家に来る気か?」

「ええ。素材の選定については変に私が口を出しても邪魔になるだけでしょうし名雪君に任せるけれど。出来上がったものを試飲するなら、名雪君よりも一般人に近い私の方が適任でしょう?」


 小首を傾げながらこちらを見つめている朝霧の言う通り、俺だと魔力への耐性が高過ぎて一般人向けに作ったお茶の試飲に適さないのは事実だし手伝うと言うならそれはそれで構わないけれど。

 経験上、彼女を安易に我が家へ招いていいのか不安に思う気持ちもないではない。


 朝霧のやつ、前に一度だけ家へ連れて行ったときにはおばあ様の前ですらいつもの調子で話してたからな。


「気乗りしないという顔ね」

「わかってるならこれから行くのが他人の家だってことを弁えて行動して欲しいんだが」

「もちろん。言われるまでもないわ」


 一瞬の迷いさえない即答ぶりに却って不安な気持ちは増したものの、結局今日のオカルト部の活動は我が家へと場所を移すことになった。



 ◇



 バスから降りた俺が視線を上げ前を向くと、辺りには青々とした稲のなびく田んぼが広がっておりその向こう側にはまばらに立つ民家が見える。

 ここ繰暇(くりひま)村は名雪家が代々居を構えている土地であり、バス停から見えるこの景色も見慣れたものではあるけれど。

 生憎と、今日は横に繰暇村とは縁もゆかりもない人間がいる。


「わかってはいたことだけど、バスの外は流石に暑いわね」


 先程まで冷房の効いたバスの中で揺られていたせいか、外の熱気を全身で浴びた朝霧はどこかげんなりした様子で愚痴をこぼし太陽を恨めしそうに睨みつけた。


「言っとくが、ここから二十分は歩くからな」

「わかってるわよ。ただ、この暑さは流石に堪えるし、途中でアイスでも買っていきましょう」


 繰暇村は見ての通りの田舎なので二十四時間営業しているコンビニなんて便利なものはないけれど。

 バス停から家へ向かう途中には小さなスーパーがある。

 実膳高校の周辺にあるような大型チェーン店と比べればお世辞にも品揃えがいいとは言えないものの、アイスくらいは買えるだろう。


「じゃ、ちょっと寄り道してくか」


 俺が自宅へ続く見慣れた道のりを歩き出したところで視線を感じ横を向くと、ちょうどこちらを見ている朝霧と目が合った。


「どうかしたのか?」

「いえ、大したことではないけれど。名雪君と学校の外で会うことはあまり多くないから。こうして二人きりで歩いていると、なんだか付き合い立てのカップルみたいで趣があると思っただけよ」

「……お前、またいい加減なことを」


 カップル云々の戯言はさておいて。

 こういう機会でもなければわざわざ学校からの帰り道を他人と歩調を合わせながら歩くなんてことはないし、見慣れた道で慣れないことをしている現状は少しだけ新鮮かもしれない。


 まあ、だからどうということもないけれど。

 趣があるという朝霧の発言にはほんの僅か、小指の先くらいには共感できた。


「あら、そう言う割には楽しそうな顔ね。何? 私との制服デートがそんなに嬉しかったの?」

「そうだな。ついでに、デート相手がお前じゃなけりゃもっと嬉しいんだが」


 相も変わらずふざけたことを言う朝霧へてきとうに返事をしていると、彼女は僅かに口角を上げてから俺の発言を鼻で笑った。


「ふっ、相手が私でなければ、ね。けれど不思議だわ。学校で名雪君が私以外と仲良くしているところなんて見たことがないけれど。彼女はもちろん友達すらも満足にいない名雪君が一体、私以外の誰を誘うのかしら。ぜひとも、教えて欲しいわね」

「……うぜえ」


 絶妙にイラっとくる物言いについ零してしまった俺の呟きを聞くと、朝霧は実に楽しそうな様子でにやにやとからかうような笑みを浮かべた。

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