彼の記憶
「ここは……」
目が覚めたら知らない場所にいた。なんでこんなところで寝ていたんだろう。床に両手をつけ体を起き上がらせる。手の感触からして僕はカーペットで寝ていたらしい。硬い床で寝ていたが不思議なことにどこも体が痛くない。先が見えないほど長い廊下であたりは薄暗い。廊下の少し先に明かりが見えたので取り敢えずそこを目指して歩いていく。
歩けば歩くほど見覚えのない場所だ。僕の他に誰もいないし何もないし、廊下の先は終わりが見えない。ここから出られるのか心のどこかで思い始めて恐怖を覚え始める。
大丈夫大丈夫…きっと出られる。出口がない建物なんてきっと存在しないし、廊下の先が見えないのも出口がずっと遠くにあるからだ。大丈夫、大丈夫……。
頭の中が混乱してきた…。足取りもフラフラしてきて目の前も暗くなり始めた気さえする。重い足取りでなんとか先に進むけど先が見えない廊下を歩きつづけるのが苦しすぎる。さっき見えてた明かりもぼやけて遠く感じる。
「あ、……」
足がもつれてついに倒れてしまった。もうダメだ…。瞼が重たくなってきた……。なんとか瞼を開けようとしても眠気に勝てない。少しくらい寝たっていいよね…。
「おーい!!起きてーー!!!」
「うわぁ!?なになに!!」
「あ、起きた」
寝ようと思って目を閉じようとしたら、いきなり耳元で叫ばれた。何事かと思って飛び起きたら女の子がいた。セーラー服着てるし、見た感じ僕と同い年に見えるし高校生かな?肩くらいの黒髪が綺麗で髪を片耳にかけて桃色のヘアピンで留めている。
「一体なんなの!?」
「何って、君がこんなところで寝ようとしてるから起こしたんじゃん」
「こんなところって、僕と君以外誰もいないのに」
「だとしても普通寝る?ここが何処かも分からないんでしょ」
「それじゃあここが何処か知ってるの?」
「もちろん」
「じゃあここって何処なの?」
「それは歩きながら教えてあげる。ほら歩ける?」
「う、うん」
この子誰なんだろう…。会ったことない人だとは思うけど、なんだか引っかかる。うーん…。
「痛っ…」
「どうしたの?だいじょぶ?」
「うん…ちょっと頭が」
「…それならいいんだけど。それでここが何処かって話だよね」
「そう、そう!ここってなんなの?僕と君以外には誰もいないし」
「ここは美術館。お客様は君だけ。貸し切り状態だよ」
「じゃあ君は?」
「私は案内人。この美術館を君に案内するためにきたの」
「でも美術館っていうなりには作品がひとつもないみたいだけど」
「焦り過ぎ。ほらこの先にあるよ」
「あ、ほんとだ」
「タイトルは『奇跡』
壁に絵画が飾られており、壁についてる照明が絵画を照らしている。絵画は白の背景に蛍光灯の様なものが描かれている。僕はあんまり絵の凄さとかが分からない人間だからこの絵が何を表しているのか全く分からない。
「えっと、これって……」
「この絵は生まれた赤ちゃんの目線を描いたもの。タイトルの『奇跡』は小さな命がこの世に生まれたことを言ってるの」
「じゃあこれは天井ってこと?」
「その通り!理解力はやっぱりあるね」
「え?」
「それじゃあ次の作品に行こうか」
「あ、ちょっと!」
彼女は急に歩き始めて先に行ってしまった。こんなところに1人で置いていかれるのは流石に怖い。ただでさえここが何処かよく分からないんだから。
「ハァ…ハァ…ここが美術館ってのは分かった。でもなんで僕はここにいるの?僕は美術館を貸し切りにした覚えなんて…」
あれ?そう言えば僕ここに来る前まで何をしてたんだっけ…。確か学校の帰りで。それから何か大事なことを忘れてる気がする。
「………。大丈夫。いつか思い出せるから」
「本当に?」
「うん。思い出さなきゃいけないことも、思い出したくないことも」
「それってどういう…」
「さて、こちらが2作品目。タイトルは『巨人』」
話を遮るかの様に次の絵画に到着した。絵画には男と女の2人の巨人が描かれている。だけど2人の巨人は怖い感じはしなくて、逆に安心できる様な雰囲気がある。
「この巨人ってもしかして…」
「そう。考えている通りこの巨人は母親と父親。これもさっきの絵画と同じ様に子供目線から見た両親の絵画」
「さっきと同じ子供目線で描かれてるのか。でもこの絵、顔がボヤけてるね」
「子供目線の絵だから両親の顔をまだよく覚えてないって表現なのかもしれないけど、こればかりは作者に聞かないと分からないね」
「作者?そういえばこの絵画作者の名前が書いてない」
そういえばさっきの絵画も作者が書かれてなかった気がする。普通絵画の下に作者の名前とか説明が書かれてると思うけど。でもここが普通じゃないし別にいいのかな?
「まあ細かいことはいいじゃん。それじゃ次行くよ」
「うん……」
彼女はどんどん先に進んで行ってしまう。結局この子のこと何も知らないな。この美術館の案内人って言ってたけどこの美術館がよく分からない存在だから、この子自体も不思議だ。
「考え事?」
「え?」
「何やら神妙な顔をしてるからさ。なんかあった?」
「いや、別に…」
「別にじゃないでしょ」
急に彼女が立ち止まって振り返る。綺麗な黒い髪が靡いて思わずドキッてしてしまう。
「君の癖」
「癖?」
「右耳触る時、君は嘘をついてる」
「!?」
言われてハッとなる。彼女の言う通り、無意識の内に右耳を触っていた。でもなんで彼女が僕の癖を知ってるんだろう。
「それで私に何を隠してたの」
「それは…」
「私たちの間に隠し事はなしだよ」
「!!」
誰かに同じ様なことを言われた気がする。誰だっけ…。思い出したいのに思い出せない。一体誰に……。
「アァ!!」
「ちょっと大丈夫!?」
「ウゥゥ………」
頭が、痛い……。脳みそを金槌で殴られているかの様な痛みが襲いかかってくる。痛い…痛い…。
「大丈夫だから。ゆっくり深呼吸して。はい。吸って、吐いて〜」
痛みのせいで乱れた息遣いを彼女の声に合わせて深呼吸する。最初は喘息の様にうまく呼吸出来なかったが、段々とうまく呼吸できる様になってきた。
「スゥー……ハァー……」
「よし、落ち着いたね。大丈夫?ほらこれで涙を拭きな」
「ごめん。ありがとう」
「いいよ。別に。困った時はお互い様だから」
彼女に差し出されたハンカチを受け取って目尻に溜まった涙を拭き取る。ハンカチには花の刺繍がされてる。僕は何かを思い出そうとすると頭痛に襲われるみたいだ。ここに来て最初に頭痛に襲われた時も僕は何かを思い出そうとしていた。僕の体は思い出すのを拒絶してるってこと?でもなんで……。
「ハンカチありがとう。これ洗って返すね」
「別にいいよ。それあげる」
「え、悪いよそんな!このハンカチ綺麗な刺繍もされてるから大事なものでしょ」
「その刺繍私がやったの」
「本当に?すごいねこれ。細かいところまで刺繍されてるし。これなんの花?桜?」
「これ?これは杏」
「杏?」
「うん。桜に似てるけどね」
「杏好きなの?」
「うーん…まあね。さ、次の作品に行くよ」
彼女はやけに先に行きたがる。もしかして何かあるの?もしかしたら出口とかがあるのかな?彼女も外に出たいのかな。
「ねえ君はいつからここにいるの?」
「私?なんでそんなこと聞くの」
「僕は今さっきここにいたけど君はどうなのかなって。僕よりは先にいるでしょ」
「まあね。でもそんなに君と変わらないよ。数時間前くらい」
「数時間前?じゃあ結構きたばっかりなんだ」
「うん。まさかひなたがくるなんて思わなかった。さてこれが3作品目」
そう言って彼女はまた僕に絵画の説明をしてくれた。あれ?僕彼女に名前教えたっけ。彼女は僕よりも数時間前に来てたんだ。でもそしたらとっくにこんなところから出てるんじゃないの?もしここに出口があればとっくに彼女はここから出ているだろうし。でも彼女はここにいる。そしたらここに出口なんてないんじゃ……。
「どうしたの?」
「え?」
「顔、真っ青だけど」
そう言って彼女が僕の顔を覗きこんでくる。僕そんなに顔に出てたのか。ここに出口なんてなかったら僕はこの先一生出られないのか?こんなところに彼女と2人で?でも彼女は3年間もいたんだ。そしたらなんとかして生きていけるのか?
『どうしたの?顔、真っ赤だけど』
いつかの記憶がフラッシュバックする。赤信号を2人で待っていた。顔を覗きこんだ彼女は………。ダメだ。これ以上思い出そうとすればまた、あの頭痛が襲ってくる。
「えっと、その」
「隠し事はなしって言ったでしょ」
「…ここに出口はあるのかなって……」
「……。あるよ、出口」
「本当に!!?」
「うん。この廊下をずっと行けば出口があるの」
「よかった…。ずっとここから出られないかと思った。ん?でもなんで君はここから出ないの?」
「………。」
「えっと……」
彼女が黙ってしまった。聞いちゃダメだったかな。もしかしたら彼女は彼女でここにいる理由があるかもしれないし。
「えっとごめん!」
「あ、別にいいよ。私はここでしなきゃいけないことがあるからここにいるの。気にしないで」
「うん……」
「出たくても出られないし……」
「え?」
「ううん。独り言」
何か呟いていたが小さな声だったから聞き取れなかった。彼女は彼女で神妙な顔をしてしまったしなんだか気まずい。
「ほら次の絵画に行こう!僕なんだか楽しくなってきちゃった!!」
「あ、そうだね」
そうやって彼女と一緒に廊下を歩き始めた。彼女といろんな絵画を見た。ここにある絵画は1人の子供が成長していく過程を描いたものらしい。今まで見ていた絵画はその子供視点のもので子供自体の描写はないみたいだ。最初は赤ちゃん、その次は保育園児、小学生と段々と成長していった。沢山の作品を説明する彼女の横顔がとても楽しそうに見えた。そんな彼女にいつしか僕は彼女に惹かれていった。
「そしてこれが……」
「?どうしたの?」
ある作品の前で彼女は黙ってしまった。何かあったのか彼女に声をかける。目の前にあるのは桜が咲いてるある校舎だ。
「ううん。何でもない」
彼女はそう言うけど明らかに何かある間だった。その後の絵画も彼女は心ここに在らずって感じで絵画を眺めていた。僕も絵画をも眺めながら懐かしさを感じていた。廊下、教室、校庭。学校のあらゆるところが描かれている。それらに僕は既視感を感じる。
この絵に既視感を覚えるのはもしかして僕の高校だから?だとしたら納得がいく気がする。この絵の作者も僕と同じところに通っていたのかな?そもそもこんなところに展示されてる絵の作者って一体何者なんだ?絵の何処にも作者の名前がないし。
「あれ?この絵切り抜かれてる?」
ある絵画の前に立ち止まる。この絵だけ他の絵と違って一部分が切り抜かれてる。こういう作品なのかな?
「…………」
彼女もすっかり黙ってしまった。さっきまで絵の説明をしてくれたのにさっきからだんまりだ。ずっと歩きっぱなしだったし疲れたのかな?
「それにしても不思議だねこの絵」
ちょっとした好奇心で絵に触れる。本当にちょっとした好奇心だった。
「私※※※って言うの。これから隣同士よろしくね!」
そう言って僕の方に片手を差し出す女の子。彼女の背景はすっかり桜が散って葉桜になった木々たち。差し出された手を握り返す。彼女の顔は黒塗りにされていてどんな顔かも分からないのにその下には太陽の様な笑顔があるって何故か感じていた。
「何で触ってるの!!」
「あ……」
僕の隣でそう叫ぶ彼女。彼女の声で目が覚める。さっきのは何だったんだ?頭の中に直接映像が流れた感じ。それにあの光景初めてじゃない感じがする。デジャブってやつ?
「展示されてるものに触っちゃいけない!そんなの小学生でも知ってるよ!!」
「ごめん。つい…」
「ついじゃないよ。全く…。次からは気をつけてよね」
「はい…」
「反省してるならよろしい!」
「それにしても何でこの絵だけ切り抜かれてるところがあるの?」
「さあ?描いたはいいけど納得がいかなかったんじゃない?」
「急に適当になった…」
「あははっ!冗談だよ。切り抜かれたところにはある人が描かれてたの」
「ある人?」
「うん。でもその人が死んじゃったから作者がショックでその人が描かれたところだけ切り取っちゃたの」
「そうだったんだ。でもなんで切り取っちゃったの?普通ならその人を思い出すために残しとくんじゃないの?」
「さあ?そればっかりは私には分からないよ。実際大事な人が目の前で死んじゃったら人間どうなるか分からないからね」
「そういうものなのかな」
「そういうものだよ」
僕たちはまた歩き出した。最初に切り取られた作品以降も度々切り取られた作品があった。それだけその人のことが大事で亡くなったことが相当ショックだったんだろうな。
「大分歩いたね」
「そうだね。最初にいたところがもう見えないや」
あれからさらに歩いて僕たちは大分奥の方まで歩いてきた。一体どれだけの絵画を見てきたんだろう。綺麗な絵画、カラフルな絵画。いろんな絵画を見てきた。ここまでくるのに一体何時間かかったんだろう。でも彼女といると退屈なんて忘れていた。それだけ彼女といるのが楽しかった。
「この美術館も次の作品で終わり。もうすぐ出口だよ」
「本当に!」
「うん。本当」
「そしたら早く行こう!」
「………うん」
まさか本当に出口があるなんて!でもここから出たら彼女とどうしよう。そういえば僕、彼女の名前も知らない。なんで最初に聞かなかったんだろう。
「これが最後の作品」
「え?これって……」
目の前にあったのは額縁だけだった。現代アートってやつかな?でも今まで現代アートなんてなかったし。
「ねえこれって……」
「出口はこの先を真っ直ぐ行けばあるよ。歩いてればいずれ明るいところに出られるから」
「ねえ。さっきから様子がおかしいよ」
「そう?こんなもんじゃないかった」
「違うよ。君が出口があるって言ってから明らかに元気がないよ。それにこの最後の作品。これだけ絵が飾られてないなんておかしいよ。それにここは何処なの?君は何者なの!!?」
「…………」
彼女は俯いたまま黙ってしまった。おかしいよ何もかも。この美術館も、飾られている絵も、彼女の存在だって。彼女はここの案内人だって言ってた。でもなんでこんな女の子がここの案内人なんだ?飾られている絵だって作者の名前もわからないし、絵に触れたら急に頭の中に映像が流れてくるし。一体なんだ。
「お願い…早く行って……」
「行けないよ。ここがなんなのか知りたい」
「お願いだから……」
「何でそんなに……あ、れ……?」
急に眠気が襲ってきた。なんで、急に…。寝ちゃダメだってわかってるのに。目を擦りながら眠気と戦い続ける。足元もおぼつかなくなってきた。
「もうか…」
「君は、なんなの…?」
「いずれわかるよ。早く行って。出口は後少しだから」
「君は……どうするの?」
「私はここに残るよ」
「ダメ、だよ。君も一緒に…」
「出られないよ」
「え…?」
「ほら行って。君ももう限界でしょ」
なんで?どうして?なんで僕は出られて君は出られないんだよ。どう、して…。ああ、ダメだ。眠気がさらに強くなってきた……。もう歩くのさえげん、かいだ………。
「…仕方ないな。君はいっつもそうなんだから」
そう言って彼女は僕の手を握る。彼女の手は全く体温を感じなかった……。
「私あんずって言うの。これから隣同士よろしくね!」
「え、あ、僕はひなた。よろしく…」
「よろしく!」
高校生になってから2か月。席替えして隣になった女の子に片手を出されて自己紹介されたので、思わず僕も自己紹介して片手を差し出す。彼女、あんずさんはよろしくと言って僕の手を握って握手をした。小学生の頃は全然平気だった握手も中学生になってからなんだか気恥ずかしくなり始めてからしてなかった。あんずさんの手はあたたかった。
あんずさんのことはなんとなく知っていた。最初のホームルームでクラスの人たちが自己紹介をしていてなんとなく彼女が印象的だったからだ。彼女はまるで太陽の様な笑顔で僕とは違った人だった。それが僕にはとても眩しく感じた。
「ねえ、部活何処にするか決めた?」
「えっと僕は帰宅部、かな」
「帰宅部かー。まあそれもいいよね。自由な時間って結構貴重だし」
「えっと、あんずさんは?」
「私はね美術部!」
「美術部…絵とか得意なの?」
「うん!将来は画家になりたくてね」
「すごいな〜。僕は芸術とかそう言うのよくわからなくて」
「まあ人それぞれだしね。私もピカソとかよくわからないし」
「あははっ!僕も」
「あと、さんじゃなくて呼び捨てとかでいいよ。なんか堅苦しいし」
「えっとあんず?」
「そう!私もこれからひなたって呼ぶね」
それから僕と彼女は席が隣になったのをきっかけに仲良くなった。あんずの部活がない日は一緒に帰ったり、文化祭を見て回ったりした。文化祭の出し物で描いた彼女の絵はすごくうまかった。いつもは元気で活発なあんずがあんな繊細な絵を描くなんて思わなかった。
きっとあんずと席が隣にならなかったらこんなに仲良くはならなかったと思う。僕のあんずは全く違うから。でも僕はそんなあんずに惹かれていった。ある日あんずが隣のクラスの男子から告白されたって聞いた時は授業に身が入らなくなるくらい不安だった。あんずはその男子と付き合うのか、そしたら僕はもうあんずといれないってずっと考えてた。結局あんずは告白を断ったらしいけどそれから僕は自覚した。僕はあんずが好きなんだって。
いつか告白しようと思った。文化祭の後、修学旅行の時って何度も告白しようとした。でも僕はヘタレだからいつも後一歩が踏み出せなかった。そうやってズルズル引きずってたらいつのまにか卒業の時期になってた。あんずは地元から離れて美大に行くってた。僕は地元の大学に進学するから卒業後はもう会えなくなるかもしれないって思った。もしかしたら大学であんずに彼氏ができるかもしれないし。だから僕は卒業式の後に彼女に告白するんだって決めた。
「ひなた?どうしたの?」
「え!あ、いや。なんでもないよ」
「ふーん…じゃ一緒に帰ろ」
クソっ!僕のヘタレ!結局帰るまで告白してないじゃないか!もうあとはない。帰り道に告白するんだ。するんだ…。
「それで私に何を隠してたの?」私たちの間に隠し事はなしだよ」
「え?」
信号が青に変わるのを待ってたら急にあんずに話かけられた。ここまで僕がずっといつ告白するか考えてて話してなかったから、僕たちの間に会話なかった。
「え?じゃないよ。ひなた私に隠し事してるでしょ」
「別に隠し事なんて…」
「嘘だ。ひなた嘘つく時右耳触る癖あるの知ってる?」
「え、あ!」
無意識のうちに右耳を触ってた。言われるまで全然気づかなかった。隠し事…。もちろん告白のことだ。ここだ。ここで言うしかない!行け!言うんだ僕!!
「どうしたの?顔、真っ赤だけど」
「あんず!」
「あ、はい」
「僕はずっと、あんずのことが…」
「!!」
「す、す」
「ひなた危ない!!!」
バァァァアアン!!!
急に体に衝撃が走った。なんだ…急に何が起こって……。
「きゃああ!!誰か救急車!学生2人が轢かれてる!!」
周りがやけに騒がしい…。そうだ…あんず…。あんずはどこに……。体が動かないから目を動かしてあんずを探す。どこ、どこ…?
「あん、ず……い、た…………」
ようやく見つけたあんずは真っ赤な水溜りの上で眠っていた。嘘だ、嘘だ!そんなはずない。あんずが、そんな…。痛む体を死ぬ気で動かしてあんずのところまで動く。
「あんず……あんず。返事してよ。ねえ……」
あんずの手を握りしめる。でももう初めて握手したときの様なあたたかさを感じない。体温なんて最初からなかったかの様にとても冷たい。違う、違う。あんずはこんなに冷たくない。でも目の前のあんずは僕に返事をしてくれない。あの時の様に僕の名前を呼んでくれない。あの時の様に太陽の様な笑顔を見せてくれない。あんずの目にはもう何も映ってなかった。
ピッピッピッピッ
「ここは……」
規則的な音で目を覚ます。目の前には白い天井。僕の部屋の天井じゃない。
「ひなた!!よかった!目を覚ましたのね!!」
「おかあ、さん?」
「すぐにお医者さんを呼んでくるわね!」
そう言って慌ただしくどこかへ行ってしまった。お医者さん?ああ、そうだ。全部思い出した。僕はあの時車に轢かれたんだ。それでさっきまで変な美術館に…。ああ、そうだったんだ。あんずが助けてくれたんだ。あんずがこっちの世界に帰してくれたんだ。
「検査の結果ですが特に後遺症などは残りませんね」
「ああ、よかった…」
「事故の際に頭を強く打ちつけていたので記憶障害などが見受けられると思ったんですが、その様子だと大丈夫そうですね」
「そうですか…」
僕が目を覚ましてからお医者さんがきて検査の結果を教えてくれた。記憶障害はないって言ってたけどきっと僕は記憶喪失になってたんだ。それも夢の中で。きっとあの美術館は僕の走馬灯みたいなものだったんだと思う。あの絵画たちは僕の今までの記憶だ。
その絵画の切り取られた部分。きっとあそこにはあんずがいたんだ。意識を失う前あんずが死んだことを信じられなかった僕は心を守るためにあんずのことを忘れてしまったんだ。だから美術館にいた時あんずのことを思い出そうとすると頭が痛くなったんだ思う。きっと思い出すと僕の心が壊れてしまうと無意識に自己防衛が働いたんだ。でも夢の中だったから痛みなんて本当はなかったんだろう。きっとあの美術館にずっといたら僕はこっちに戻って来れなかったと思う。だから彼女は、いやあんずは早く美術館から出ていって欲しかったんだ。
目が覚めたあとにお母さんからあんずのことを聞いた。お母さんは言いずらそうにしていたけど僕が教えてくれって強く言ったら全部教えてくれた。
あんずは即死だったらしい。僕はあんずが庇ってくれたお陰でなんとか意識を取り戻したらしい。でも僕も結構ギリギリだったらしくずっと生死を彷徨っていたらしい。実際彷徨っていたからね。あんずの両親も僕のお見舞いに来てくれた。あんずの両親は僕をせめなかった。それからあんずの両親と少し談笑をしていた。
あんずは中学生の時は友達がいなかったらしい。それが高校生になってから僕のことをいつも楽しそうに話してくれたらしい。なんだか気恥ずかしいな。僕の体調に触ると良くないかっらって早々に病室から出てってしまったけど退院したらお線香をあげに来て欲しいと言われた。もちろんですと答えたらあんずの両親は泣いてしまった。当たり前だ。僕だっていまだにあんずが死んでしまった事実が受け入れられない。
僕が立ち直るのは何年も必要になると思う。でもあんずが生かしくれたから僕は生きなきゃいけないんだ。彼女に恥ずかしくない様に。太陽の様な君を思い出しながら。