蒼と朱の交換日記
果たして私のような人間に、きゅんきゅんできる甘い恋の話が書けるのでしょうか?
もう既にジャンルが「宇宙(SF)」って時点でお察し下さい。
ご一読よろしくお願いします。
蒼と朱の交換日記
1
「今日はみんなに連絡があります。卒業式後に古屋蒼太君が、引っ越しをすることになりました。中学は古屋君はみんなと別になります」
とある小学校6年のクラスのホームルーム。担任の先生が1人の生徒の引っ越しを告げた。
この日は2月14日。卒業式はあと一カ月後。
「えぇ~、ソータ、引っ越すの~」
「もう、一緒じゃなくなるんだ~」
「それって、アレが決まっちゃったの?」
一部の私立中学を受験した子を除いて、この小学校を卒業すると、隣にある中学校に全員通う。
「卒業式が終ったら、教室でお別れ会をしようと思っているが。古屋、みんなに何か言うことはないか?」
先生が席に着いている蒼太を呼び寄せ、蒼太は挨拶をする。
「急に決まったことなんで、昨日の放課後に先生に話しました。残り少ないけど、小学校生活を楽しもう!」
2
ホームルームから一時間目の授業。授業が終わると、蒼太の周りはクラスメートが集まる。
少し離れた席で、一人の女の子がぼんやりしている。一時間目の授業はほとんど聞いていなかった。
彼女に近い席の女の子が声を掛ける。
「大丈夫、アカネ? 古屋君と仲良かったもんね」
ぼんやりした女の子は新城朱音。もちろん彼女も蒼太の引っ越しは初耳だった。
蒼太と朱音はある意味似た者同士。
どちらも爽やかな感じのルックスと性格の良さ。勉強の成績はなんとか上位グループ。何より運動神経が抜群で、男女を問わないクラスの、いや学校中の人気者たち。
2人はたまたま同時期に、小3から近隣のミニバスのチームに入り、そこから仲良くなっていった。
周囲は「付き合ってる」的な感じを持っているが、2人はあまりその辺りの意識はない。
何でも話せる異性の友達で、バスケのチームメイト……くらいの感覚だったが、蒼太の引っ越し話で、朱音の頭の中はクラクラする。
それまでずっと卒業したら、隣の中学に入って、男子と女子に分かれるけど、バスケ部に入って、楽しい中学生生活を過ごす……。そう朱音は思っていた。
「アカ…、新城さん。今日放課後いいかな?」
蒼太が朱音の席に来て言った。周囲は「ヒューヒュー」と騒ぎ立てる。
「う、うん。分かった古屋君」
ミニバスの練習時や試合のとき、クラスメートがいないときは、2人はお互いに「ソータ」、「アカネ」と名で呼び合う。
3
放課後の学校の校門前。蒼太と朱音が約束通り2人きりでいる。
蒼太は朱音に事前に引っ越しのことを言わなかった釈明をしようとしていたが……。
「あっ、そうそう。ソータ、これあげる」
と、朱音が先に話し始める。
「何これ?」
「チョコレート。よく分からないけど、今日はそういう日なんだって?」
朱音は蒼太にチョコが入った丸い箱を渡す。
「これ、開けてもいい?」
「うん」
蒼太が丸い箱を開けると、6粒のチョコが入っていた。
星型で白と黄色が2つ。真四角の茶色いのが2つ。
あとは、少し赤みががかった丸型と、青い包み紙の同じく丸型だ。
「ちょうど半分だね。この赤いのはアカネが食べなよ。オレはこの青い包みのヤツ」
2人が3つずつのチョコを食べ終わると、朱音が不意に言った。
「何で引っ越しなんかするの!? そんなの聞いてないよ!」
「だから、朝のホームルームでも言っただろ、突然決まったんだ。オレの家族って、みんなOKを出ちゃってるし、両親とも仕事がそっち系だからな」
「あっ、例の測定ね。私の家族は、弟はまだ小さいし、お父さんもお母さんも、あまり運動神経よくないし、仕事も全然関係してないし」
朱音が観念したように言う。
「連絡って、できないんだよね」
「これじゃ無理なんだよな」
蒼太と朱音は共に手首に巻いたリストバンドのようなものを見る。
幅は1.5cm、厚さは3mm。
2人だけでなく、このリストバンドを付けているのは、世間では普通のことだ。
4
卒業式が終わり、教室で古屋蒼太のお別れパーティをして、各自解散となった。
クラスのみんなは帰り時に蒼太を取り巻くが、やがて自然に蒼太と朱音だけになり、2人だけで歩いて行く。
「あのねっ、ソータ。これって知ってる?」
朱音は分厚いノートを蒼太に差し出した。ノートの表紙には「ソータとアカネの交換日記 #1」と書かれている。
「交換日記って何?」
「その日っていうか。多分私たちの場合は半年分くらいかな。色々な出来事を書いて、それを相手に送るの。そうすれば連絡ができるでしょ」
「へー。そんなの初めて知った」
「おばあちゃんから聞いたんだ。もっともおばあちゃんはそんなことやったことなく、私くらいの齢のころに、おばあちゃん。つまりひいひいおばあちゃんから聞いたんだって」
「じゃあ、最初はどっちから書く?」
「ソータが持って行きなよ。引っ越し先までの途中の話とか読んでみたいし!」
「うんっ、分かった。定期的な小さな輸送なら確かに交換できるはずだ」
「三カ月くらいで届くんだっけ?」
「そう。民間用はね。大きさも重量もこれなら問題ない」
5
古屋一家の引っ越し日。
蒼太は手首のバンドを自分の顔に近づける。するとバンドが蒼太の虹彩を確認して光り、蒼太の目の前に12インチほどのディスプレイが投映される。
この画面は蒼太にしか見えず、周りからは半透明の白いもやがかかった感じだ。
蒼太だけでなく、周囲の人々も目の前にこのディスプレイを映し出し、操作をしている。
蒼太は空中に浮かんだディスプレイをタッチ操作して、朱音との通話画面を出す。
「そろそろ出発だ。今ステーション内だけど、船内に入ったら、端末は待機状態ではなく、切らないといけないんだ」
「ソータ。あの日記、ちゃんと書いてね! 私、ソータのことがずっと大好きだから!」
「オレもだよ! アカネ、大好きだ! バスケ頑張ろうな!」
古屋一家は巨大宇宙ステーションに接舷されている全長2km、最大全幅400m、最大全高250mの民間用宇宙船に乗り込む。
船はイオンエンジンの準備ができ、出発の開始がアナウンスされる。
地球の大気圏外には、このような大小様々な宇宙ステーションが幾つもあり、その中で一際巨大な宇宙ステーションに繋がっていたこの宇宙船が離れ、静かに動き出した。
目的地は火星。
乗っているのは火星移住者たち約1万名。
6
西暦2124年。この前世紀の後半より本格的に始まった、火星への人々の移住。
これは地球の人口を80億人以内に抑えるための政策である。現在の地球全人口は約100億人。
火星上には20個の約350万平方キロメートルのドーム(オーストラリア大陸の半分近く)が造られ、1個につき1億人が居住する。
1ドームにつき、1億人の生活を可能にする電力、給排水、農業や畜産のプラント等も併設され、ドーム内の大気や重力は、地球と全く同じだ。
もっとも現時点では、完全に完成されたドームは3個だけで、残りは建造途中だが。
移住者は地球全人口から、世帯ごとに定期的に健康状態が調べられ、適応可能な家族や個人に対して、世界連邦政府の宇宙局の移住課が、移住の可否を問い選抜する。
そして、現在の火星居住人口は、やっと5千万人を超えた。
古屋一家は全員が宇宙船内及び、火星のドーム内での適応可能な家族と判断され、一家は移住に前向きな返答をしていた。
リストバンドから投映される空間タッチ式ディスプレイ。つまり個人用携帯端末では、地球と火星間の通信はできない。
地球と火星間の通信は、政府専用の機関でしか未だできてなく、移住者も通信技術を初め、宇宙関係で様々な技術を持ったものたちが優先されて選ばれている。
船内で宛がわれた生活用の室内で、蒼太は分厚いノートを開き、ペンを走らせる。
巨大な宇宙船ゆえ、およそ六カ月間の航行。
このようなノートの場合、定期的に行き来するもっと小型で高速な物資輸送船なら、三カ月前後で地球から火星へ、火星から地球へ送ることは可能である。
「2124年4月1日。今日は出発日。ずっと家族用の室内にいると思っていたけど、船内にはプールやバスケのコートなどの身体を動かせるところがあるんだ。明日バスケのコートに行こうと思う。あとは部屋で中学の勉強も始めないとね。書き終わって、これを届けるのは10月初めで、アカネのところに届くのは、更に三カ月後の来年の1月初めあたりなのか。不思議だね。交換日記って」
蒼太は2月14日に朱音と2人で食べたチョコの甘い味を想い出す。
アカネが食べた赤っぽいのは火星みたいで、オレが食べた青の包みのヤツは地球みたいだったな、と蒼太は思った。
蒼と朱の交換日記 了
今年(2024年)に入ってから、結構なペースで作品を発表してます。(私の個人的なペースレベルですが)
暖かくなったら、しばらく書くのは休んで、のんびりしたいと思います。
春夏秋冬の企画(2024年度)は、たぶん参加しますけど、どれもテーマがてきとーというか、びみょーというか…。(文句を言ってはいけません)
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