完璧令嬢カサンドラの王太子殿下(未来の夫)調教計画〜理想の旦那様は自分で育てますの〜
突然ですが、王妃様がご崩御されたので、王太子殿下を尻に敷きたいと思います。
「うわああああああああん。母上えええええ」
この目の前で人前だということも気にせず咽び泣いているのは、ダズル殿下。
私の婚約者であり、王位継承権第一位……にもかかわらずダメ男。
知性も品のかけらもなく、ルックスも最悪。なんでしたら、王妃様ベッタリの上に泣き虫。
「はぁ……」
そんな殿下に比べ、公爵家の長女で、学院での成績は常にトップ、品も美貌も兼ね備えた私カサンドラ・ロレーヌ。
しょーーーーじき、全く釣り合っておりませんの。釣り合っていることといえば生まれた瞬間から持っている地位のみ。
幼い頃からそんな婚約者様は嫌だと思い、変えようとし続けては義母様に邪魔される日々も今日でおさらばよ。
人がお亡くなりになったというのに喜ぶなんてと思われるかもしれないけれどどうでもいいわ。
崩御を喜ばれるような数々の婚約者いびりをした義母様が悪いと私は思うの。健康に気遣ったことを進言すれば媚を売っていると言いふらされ、殿下に注意をしただけで殺されかけられたり……。
ああ、思い出すだけで腹が立つわ。
け・れ・ど、終わったことを考えていてもしょうがないというのもわかっている。
「殿下、傷心のところ失礼しますわ」
「ああ、カサンドラか……」
翌日、葬儀を終え殿下を訪ねた。
脂肪の塊に、酷い顔は見られたものではない。トドメにニキビがびっしり。せっかくの銀髪と翡翠の瞳が台無し。
「殿下、痩せて頂きますわ」
まずは見てくれをどうにかしましょう。
阿保だけれども、素直で正直ですもの。本来なら教養からだけれど、絶対結果にコミットするダイエットから始めるのだわ。
「と、突然何を言っているんだ!?」
「殿下、このままのお姿では立派な国王にはなれません。あの世で待っていらっしゃる王妃様にも顔が立ちませんわ」
「し、しかし母上はこのままで良いと……」
死しても尚邪魔するか……義母様。
「それは王妃様がご健在でおられたからです」
「今は……もう……いない」
そうポツリというと、殿下はまた泣き始めた。
なんて耳障り、なんて不愉快。
「で・す・か・ら、私がサポートします。痩せましょう!」
「わ、、わかった」
素直でよろしい。
無論、これは私と私の信用のおける人物だけの協力によるものだ。一国の王子が全て学び直しなんて知られてはいけない。
今日のところは失礼して、私は自室に戻りある人へ手紙を出した。
やっと始まるのね。殿下調ky……改造計画。
「なぜこんな朝早くに……ぶえっくしょん」
翌日。朝五時に訓練場に来て頂いた。鼻を垂らしている殿下にハンカチを渡す。
私の横にいるのは、ダグラス卿。騎士団で国一の実力を持つ方だ。
「ええと……カサンドラ様。なぜ殿下が訓練服を……」
「ダグラス卿、今日から毎日、殿下を鍛え剣術を教えて欲しいのです」
「そ、そんなこと一言も手紙には……」
もし書けば恐れ多いと辞退されたかもしれないもの。
まあ、辞退なんてさせないけれど。
柄を持ち笑みを浮かべてダグラス卿を見つめる。
「よ、喜んで拝命させて頂きます!」
「あら嬉しい。では殿下、頑張ってくださいね。いざとなれば自分の身を自分で守れる立派な王となり王妃様を安心させましょう!」
「そ……そうだな」
こうして殿下は毎日5キロ走り、腕立て腹筋背筋を鍛え、剣術を習うことになる。
専属料理人へのオーダーは、その日からダイエットメニューに切り替わった。
必要栄養素を保ちつつ、糖質をカット。旬の野菜はたくさん使う。けれどカロリーの塊であるジュースは禁止。
骨になるだろうその他の細かな栄養価は、たくさんの種類のおかずから補いつつ、品数を増やしても塩分やカロリーには細心の注意が払われた。
「ああ、カサンドラ。来ていたか」
「殿下にタオルとお水をお持ちしましたの」
「気がきくな」
そして半年、殿下は100キロから71キロにまで痩せた。筋肉はしっかりと付き、身長も伸びた。代謝が良くなったことでニキビもなくなり、眠そうな目はキリッと。髪も整え私好みに。
「逞しくなられましたね……」
「ああ、これもダグラス卿のおかげだ」
騎士としての心も教えてもらったらしく、精悍な表情と性格になった。疲労困憊なダグラス卿には後で特別手当を出さなければ。
まあここまで来たら勝利確定ね。そろそろ次も始めましょう……。勿論、剣術も継続だけれど。
「殿下、お手合わせを願えますか?」
「ああ、そう言えば剣術ができるのだったな」
「齧った程度ですが。殿下のお強くなったお姿が見たいのです」
「加減はするが……いいのか?」
「加減なんて入りませんわ」
にっこりと笑ってそう言う。
ダグラス卿は焦っているけれど、これも必要なことなのよ。
もし聞こえたら大変だわ。
これが一番計画内で重要なのだから。
「危なくなったらすぐにやめるからな?」
「はい、もちろんです」
剣を持ち構える。
相手をまっすぐに見据えて。
足に力を入れ。
「始め!」
そして声と共に一気に近づき、剣を弾いた。
勢いで土に尻をつき呆然としている殿下を見下ろす。
「お強くなられましたね、殿下」
不敵な笑みで完全勝利。
ダグラス卿はトラウマを思い出したようで青ざめている。
「ど……どういうことなのだ?」
「さぁ? では、頑張ってくださいね。今日の鍛錬が終わりましたら執務室で待っております」
実際は齧った程度なんてものではない。
幼少期から朝4時に起き鍛錬している。
ダグラス卿は確かに、“騎士団で”国一の実力を持つ方だ。そんなダグラス卿が打ちのめされるほどに負かしたのは何を隠そう幼少期の私ですれけど。おそらく今手合わせをしても私が勝つでしょう。
「さて、まずは一般教養のテストと、学院での授業の復習かしら」
ご令嬢として相応しくない鼻歌でも歌いかけたほど、私は気分が良かった。おまけで厨房を借りてクッキーを焼いてしまったほどに。
ああ、あの殿下の表情。夢が叶うのはもうすぐだわ。
「カ、カサンドラ……。鍛錬が終わったから来たのだが……」
「お疲れ様です殿下。そこにおかけになってください」
「あ、ああ」
いくら強くなったとしても、私の方が立場が上で、高慢な態度など取れないということをしっかりと認識したようで何より。
あれだけ嫌がっていた勉学も文句一つなく取り組んでくれる。
「殿下、休憩にいたしましょう」
「……なんだか香ばしい匂いがするな」
「クッキーを焼いたのです。少しくらいなら、大丈夫でしょう。糖分は大事ですから」
そっとクッキーを差し出すと、殿下はクッキーを見つめた後一口で食べる。
ちょっと涙が出ているけれどそんなにも美味しいのかしら。
「お、美味しいよ……懐かしい味がするな」
「幼い頃よく食べて下さりましたものね」
「あ、ああ……正直もう二度と食べることはないかと思っていた」
クッキーを喜んでいただけてよかった。
その後も殿下は真面目に勉学に励む。
励んでいらっしゃる様子を見ると、私の手も進んだ。殿下の分もあり二倍だというのにそれはもう恐ろしい速さで。
こうして王子としてふさわしい教養が身についた頃、私はまた手紙を出した。
「カサンドラ様……これは……どういう状況で……」
「先生、殿下に必要な学術を全て叩き込んで欲しいのです」
「そのようなことは一文も……」
「お願いです……あの先生の〜」
「待て待て……。カサンドラ様の頼みでは致し方あるまいか……」
国一の頭脳を誇る学者のウィルソン卿。私の先生に当たる人物で、ちょっとした弱みを握っている。
学会だというのに先生ときたら、ズボンが破けてしまい昔私が縫ったことがあるのだ。
そして、その時見てしまったの。大きなお尻のほくろを……。国一の頭脳を誇るウィルソン先生の弱点を。それ以来、弟子として扱って頂いている。
「先生。殿下を、よろしくお願いします」
政治や法律、経済は基本として、自他国の地学、語学、歴史や礼儀作法。社交儀礼や詩歌管弦。そして何よりも大切な帝王学全てを叩き込んで頂く。いざとなれば幼い頃よりサポートできるように学んできた私もいるけれど……。
殿下はやればできる人ですもの。
「お疲れ様です殿下」
「ああ、カサンドラ。お茶をありがとう。少し助言をもらいたいのだが、いいだろうか?」
「そこですと……」
今は平時で側近も優秀だけれど、これから先もそうだとは限らない。
出来るだけ早く、出来るだけ多く学び、王として相応しくなって頂きたい。
驚くことに殿下は鍛錬も学問も毎日休まず続け、もう一年が経とうとしていた。
「カサンドラ、ダンスの相手を頼めるだろうか?」
「ええ、勿論ですわ」
人というのはなかなか変われないということを聞き、十年くらいは待つつもりでいたのだけれど。随分とスムーズに計画が進んでしまった。
これは早く国王様に王位を譲って頂いた方が、国のためになるかもしれない……。
「カサンドラ、大丈夫かい?」
「へ?」
「考え事をしているように見えたから」
「ダンスの練習中だというのに申し訳ありません……」
「いや、そういうわけでは……」
まさか、あんなにもダンスが苦手で、公の場では私がリードしていたというのに、殿下がリードできるようになるとは。
この一年で随分と変わられた。変わるように仕向けておいておかしいかもしれないけれど、あの醜悪な見た目と中身はどこへ……。
半年前よりさらに鍛え抜かれた肉体にすらっと高い身長、優秀な頭脳と王としての器。
いつの間にか、泣き虫でマザコンなダズル殿下はいなくなっていた。もうずっと、あの嫌な泣き声と母上という言葉を聞いていない。
「カサンドラ」
「なんでしょう?」
「支えてくれて、ありがとう」
今、殿下はなんとおっしゃったのだろうか。
「今、なんと……?」
「支えてくれて、ありがとうカサンドラ」
「っつ……!」
「君のおかげで、私は自分がどれだけ酷かったか、王子としてふさわしくなかったかに気づけたんだ」
ある日、私は突然第一王子と婚約することを伝えられた。
初めて出会った時は、王子らしかった彼に、幼いながら恋をした。
けれど、国王様と王妃様の仲が悪くなり、王妃様が狂ったように王子を溺愛するようになったことで、まるで変わってしまう。
殿下は心の病を患った王妃様に逆らうこともできず、そしてとうとう本当にダメ男になってしまわれた。
「これからは、支えさせてほしい。君のためだったらなんでもできる自信があるんだ」
素敵な旦那様のお嫁さんになるという、幼い頃の夢が、ついに叶ったのだ。
旦那様は、育てるものだと、私は思うのです。最初から完璧な方なんて、誰かの育成済みか、大きな猫を被っていらっしゃるのかですのよ。
夫の尻敷きの上に座って、私は今とても幸せなのです。
数年後、ダズル様が王位を継ぎ王となられ、仲睦まじい国王夫妻と素晴らしい統治により、国はより栄えたという。
噂によると、王様が王妃様を溺愛しているらしい。