6.オムライス事件
さらに1ヶ月が経過した。今日も私は、元気に任務を遂行している。
執務室内に私の存在があることがなんとなく当たり前のようになってきたこの頃、返事がなくとも私から司令官に一方的に話しかけるようになっていた。
「今日も天気いいですよね」
「········」
「今日はどんなランチを食べようかなあ。食堂のごはん美味しいから迷ってしまいますよね」
「········」
もはや独り言だ。
「······オムライス······」
ボソリと呟いた言葉に私はハッとして、司令官を見上げた。
口元に手をあて、恥ずかしそうに俯いた司令官がそこにいた。
私は補佐官と視線を交わす。
補佐官はウンウンと頷き、その目にはうっすら涙が!!
私も思わず、じわりと涙が滲み、司令官の方を向き直した。
「オムライス、美味しいですよね」
その日を境に、司令官は私に毎日ランチメニューを教えてくれるようになった。
「さて、そろそろ次の段階にいきましょう」
「おっ、やる気ですねクリスティーナ」
「任せてください、ニコラウス師匠」
オムライス事件から、さらに1ヶ月が経過した。
司令官はあの日から、少しずつ私の会話に返答をしてくれるようになっていた。
決して長文ではないけれど、なんとなくコミュニケーションがとれ始めてきたのだ。
この急成長の裏側で、補佐官が給湯室で「よかった······」と言いながら涙を拭っている姿を目撃した。
数日前からは女性の名前を口にする、という試練を与え、戸惑う司令官に、お手本として私と補佐官が名前で呼びあう姿を見せつけていた。
さすがに難易度が高かったのか、司令官は挑戦しようとするも、顔を真っ赤にして、両手で覆ってしまった。それでも、悪魔のような雰囲気で人を殺しかねない睨みをきかせていたころからすると、大きな進歩だ。
「今日からは、『触れる』をメインテーマにしていきましょう」
私は偉そうに手を腰にあてた。
そう、触れることは貴族社会で不可避なのだ。
男性から女性への挨拶は手をとる必要があるし、社交ではダンスもある。
公爵家の一員たる司令官が、女性を全く触れません、ではお話にならないのだ。
「いきなり身体に触るのは難易度が高いでしょうから、そうですね、髪の毛とかどうですか?」
「最初は手のほうがいいんじゃないか?」
触る部位について論議をする私たちに司令官は顔を伏せた。
結果、最初は髪の毛にしようということになり、私は司令官の一歩離れた横に椅子を移動させてスタンバイした。
私の薄紫の髪の毛は腰まであるので司令官とそこまで密着しなくても毛先を触ることが出来る。
仕事の資料を手にしながら、私は司令官にひたすら髪を触らせた。
その日、アイレンベルク司令官のトイレへ行く回数が異常だった。




