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58.あの日の約束


 

 ギルベルト様に続いて隣室に入り、ドアを閉めた。


 後ろを向いたまま、ギルベルト様はこちらを見ず話しかけてきた。


「クリスティーナ」

「はい」

 どんな厳罰だって受ける覚悟だ。


「俺、怒ってるんだよ、解ってる?」

「わかってます」

 拷問されても私は受け入れる。


「じゃあ······何故俺が怒っているか、答えて」


 ギルベルト様が振り向いた。泣きそうな、悲しそうな顔で。


「私が、貴方の感情を利用したから」


 私の言葉が放たれた瞬間、彼は目を見開いて、ゆっくりと苦しそうに瞼を閉じ、俯いた。


「どうして君はいつも······」


 ゆっくりと近づき、そっと私の顔を撫でた。

 どうして、そんな悲しい顔をしているの。

 私に利用されたのことが、怒りよりも強い悲しみに侵されたのだと、私はそう理解した。


「なんで、いつも解ってくれないの」


 きつく、きつく抱きしめられた。いつも、私の匂いを嗅いでるギルベルト様の肌から、優しい彼の匂いがした。


「ギルベルト様······」

「クリスティーナはわかってない」

「私は、どんな罰でも受け入れます」

「そうじゃない」

「貴方が死ねというなら、死にます。殺されたって構わない」

「クリスティーナ!!」


 そのまま力任せに引き倒され、ソファに二人で倒れこんだ。


 ギルベルト様は私の胸に顔を押し付け、腰をぎゅっと握りしめ、泣いていた。


「ギルベルト様······?」


 何故泣いているのか全くわからなくて、どうしていいのかもわからなくて、私はただただギルベルト様を見つめてオロオロと戸惑った。


 声を殺して、肩を震わせ、私に表情(かお)を見せずに、ギルベルト様は泣き続けた。


 私は、ギルベルト様の頭を撫でた。

 どうしていいかわからなかったから、ただ子供をあやすみたいに、ゆっくりと彼の髪を触り続けた。


 やがて、小さく囁くような声が聞こえた。


「どうしていつも離れていくの」


 言葉の意味を飲み込めず、私は彼を見つめる。


「クリスティーナはいつもそうだ、ずっと一緒だと言ったのに」

「········?」

「俺を一人にしないで」

「ギルベルト様······」

「君がいないと、生きていけないと言ったのに」


 小さな悲鳴が聞こえる。


「なんで、わかってくれないの······!!」


 ゆっくりと起こした顔の、真っ赤に染まった目から涙が溢れている。


「俺が怒っていたのは、君が自分自身を犠牲にしたからだ」


 喉の奥が焼けつくように、悲しみに痛む。

 彼の言葉が体を巡り胸が締め付けられた。


 ギルベルト様は、ずっと私を求めてくれていた。

 たった一言、他愛もない、子どものような約束だった。


 ずっと、そばにいる、と。


 私にとってはその場限りの。

 彼にとっては永遠の。


 真っ直ぐで純粋すぎるこの人の、一番深く柔らかい場所に、最初に刃を立てたのは私の方だった。


 やっと理解(わか)った。

 私は何も見えていなかった。


「ごめんなさい、ギルベルト様」


 私の目から涙が溢れた。両手で顔を覆ったけど、次から次に流れ出て止められなかった。


「君を永遠に失ったかと思った」

 ギルベルト様の綺麗な瞳からまた涙が流れた。

「君が生きていて、本当に良かった」


 私たちは、そのまま抱き締めあって泣いた。


 あとから、あとからわき出る悲しみと温かさに、お互い縋るように泣き続けた。


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