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39.先輩と後輩

 


 テアドルドから2人が戻ってきて、そして私が正式に統括司令官付事務官に任用された次の日以降、私は以前の平和な毎日か復活するかと呑気に思っていた。


「ニコラウス様、そっちの部数何枚ですか?!」

「取り敢えず全部300だ!上院と下院でちゃんと分けろよ!」


 私は書類の山の中で走り回っていた。


「ギルベルト!元帥の次の答弁用の資料差し替えだ!持っていけ!」

「ああ。議会の方の差し替えは任せるからな、行ってくる」


 ギルベルト様は小走りで執務室を出た。


 統括司令官執務室は、テアドルドでの反乱の予兆があったことやその阻止について議会への報告から、残務処理まで嵐のように忙しくなっていた。


 かつて臨時に配属されていた頃は、定時になるとお二人が率先して帰宅を命じてくれたが、今はニコラウス様に「これあげるからもう少しだけ脳を動かせ」とか言われ、簡易食とお菓子を貰いながら、私は期限が迫った報告書をひたすら作り上げた。


 上層部はやっぱり凄く忙しいんだなと改めて思った。少しばかり東部事務所が懐かしくなる。


 今度私もお二人みたいに王城でのお泊まりセット持ってこようと心に決めた。





 議会の最終日、これでやっとお家でゆっくりできるなあと、ふかふかのベットとたくさんのごはんを想像し、ウフフと一人笑いしていた。


 たくさん頑張ったから、少しだけ自分にご褒美をあげよう。そういえばバカ兄達がたくさんワインを買い込んでたっけ。

 私はまだワインは飲めないから、甘いりんご酒(シードル)を買ってみようかな。

 ああ、そういえばもうすぐ祝祭だ、たくさんの種類のお酒が露店に並ぶんだっけ、祝祭と言えば······



 一人で頭の中で連想ゲームのように楽しいことを考えていると、ギルベルト様が当たり前のように抱きしめて匂いを嗅いできた。


「あ~、やっと終わるねクリスティーナ。これで少し楽になるよ。よく頑張ったね」

「有り難うございます。ギルベルト様もすごく大変でしたね」

「慰めてくれるの?嬉しいな」


 私達が話している横でニコラウス様が屍の様に机にへばりついて死んでいた。



 私は倒れているニコラウス様を見ながら思った。

 嵐のような仕事の中、この統括司令官執務室を支えていたのは間違えなくこの人だ。

 正直にいうと、ここの業務の実際の運営はニコラウス様が行っていた。もちろん対外的に動くのはギルベルト様だか、ニコラウス様なしには進めない。


 補佐官の質がそのまま司令官の質に繋がると言っていいくらい、重要なポストであることを今回の仕事で改めて知った。


 ニコラウス様の文官としての技量は本物だった。

 調整、指示、報告、処理、どの場面でも彼は完璧にこなし、その場の臨機応変さも持ち合わせていた。

 私がかつて所長の補佐官をしていたと口に出すのが恥ずかしい。

 本物の補佐官が目の前にいた。


 私は、全く微動だにしない疲れきったニコラウス様に声をかけた。


「ニコラウス様、私、本当に貴方を尊敬しました。補佐官って、あんなに大変で重い仕事だったんですね」


 ニコラウス様はピクっとしたけどそのまま顔を上げないで聞いていた。


「仕事ってこんな風に動かすんだって、初めて思ったんです。正直、少し胸を打たれた気がします」


 黙ったまま反応のないニコラウス様に私は続ける。


「そんな尊敬する大切な先輩へ、僭越ながら少しだけ助言を······もうすぐ祝祭でお休みですよね?実は、王都の平民の間では祝祭のジンクスがあるんです。露店めぐりのあとフィナーレの花火で一緒にいた人と、ハンカチとかスカーフとかイニシャルの入った布ものを交換すると恋が実ると」


 ニコラウス様は動かなかった。


「話題に出さないかもしれないけど、彼女、きっと誘われるの、待ってる」


 誰が、とは敢えて言わなかった。

 しばらく動かなかったニコラウス様は態勢を変えず、グッと拳だけ握りしめた。


「貴重な助言を、有り難う、後輩」


「いえいえ、これからも宜しくお願いします」

 私は笑った。


 傍で目をキラキラさせながらギルベルト様が聞いてきた。


「なにそれ、すごく素敵だね。初めて聞いた」

「あはは、貴族の方は知らないと思いますよ。そもそも露店めぐりなんてしないでしょ?」

「露店······ねぇ、クリスティーナ、俺も行ってみたいな。君と一緒に」

「私ですか?露店は行ったことないですか?」

「うん。ないよ。誘ってもいい?」

「······行ってみましょうか。ふふ、何か楽しくなっってきた。ご案内しますよ、庶民の楽しい祝祭を」


 クスクス笑っていたら、やっと顔をあげたニコラウス様に突っ込まれた。


「だからクリスティーナも貴族なんだってば」



 

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