3.統括司令官様は女性嫌い
その後私はよくわからないまま、騎士団の馬車に詰め込まれた。アーウィン所長が「どうしてこんなことに」と泣きそうな顔をしていた。
一体どこに行くのかもわからないまま、馬車は走り出した。
私は、何かやらかしたかなあ、法に触れるようなことはしてないんだけどなあ、と過去の悪事を回顧していると、窓から見える風景がいつもの街中ではないことに気付いた。
美しい石畳、配置された木々と花、そびえ立つ外壁。
間違いない。
王城へと向かっていた。
馬車から降りると、荘厳な城が目の前にあった。
これ、多分裏口だよね?裏口でもこんな大きな扉なの?目の前の建物があまりにも大きすぎて視界に入りきらない。
そのまま、待ち構えていた騎士団員に先導され、私は生まれて初めて入城した。
廊下は長く広く、どこもかしこもゴージャスでキョロキョロと見回してしまう。
やがて、ひとつの部屋の前に到着した。
「クリスティーナ・プレトリウス団員をお連れしました」
先導してくれた騎士が、ノックのあとドアの前で声をあげた。
「入れ」
促されて、部屋に足を踏み入れた瞬間、ヒュッと喉の奥が鳴った。
目の前には、若い男性が二人。プラチナブロンドのロングヘアーを緩やかに括った、ブルーグリーンの瞳の男性が大きな執務机の椅子に座っていた。眉間に皺を寄せ、じっとこちらを睨んでいる。
その傍には、ハニーブラウンの肩上まで伸びた髪の補佐官らしき男性が佇んでいた。
これは······いくら愚鈍な私でも知っている。
やらかしたどころの騒ぎではないかもしれない。
だって目の前の御仁は雲の上の存在。
騎士団ナンバー2であり統括司令官、ギルベルト・アイレンベルクその人だった。
「定告を」
補佐官が促す。
「王都騎士団東部事務所所属所長付補佐官、クリスティーナ・プレトリウスです」
定告とは、騎士団内で使われている最初の挨拶のようなものだ。自分はどこそこ所属の誰ですと、相手方に伝える。ちなみに、目上の者から定告の許可がない限り、基本的に発言は許されない。
「··········」
「··········」
「·········」
えっと········
誰も何も話さない謎の時間に、私は狼狽えた。
どんな悪事がばれたのか、いや、悪事なんて働いていない。落ち着け。
せいぜいアーウィン所長や先輩補佐官のお茶に、もったいないからとこっそり賞味期限切れの物を使ったり、勤務時間にも関わらず、デスクでうつらうつらしていたアーウィン所長にハゲかつらを被せ、記録水晶で撮影をしたくらいだ。可愛いイタズラの範囲内なはず。
「··········」
どうしよう。やっぱりアイレンベルク司令官は怒ってる。
だって見てよ、あの眉間の皺。顔の前で手を組んでいるから口元見えないけど、めっちゃ強い怨念のような意志を感じる。
なんで?こわい、こわい!
無言の時間が流れるにつれ、私は目には涙が浮かんできた。意味わかんなすぎて、どうしたらいいのかもわからない。
すると、不意に補佐官が小さな声でいった。
「ギルベルト、プレトリウス団員が泣きそうです」
「······はっ?!······えっ?!なっ······!!」
司令官は、何か喉につまっているのだろうか。それとも言葉の最初の文字だけで意図を伝える新手の伝言ゲームでもしているのだろうか。
「ギルベルト」
「だ······っ!そ······?!」
まったく人語を話さない司令官の傍で、はあ、と深いため息をついた補佐官は、私のほうをまっすぐ向き直すと、にこやかに笑った。
「申し訳ありませんでした。プレトリウス団員。こちらの目付きが悪い男性はギルベルト・アイレンベルク統括司令官です。名前くらいはご存知でしょうか?」
「あ、はい」
鼻をすすりながら私は答えた。
「怖がらせて本当に申し訳ないです。わたしは統括司令官付補佐官のニコラウス・オーベルマイヤーと申します」
にこっ
神だ。オーベルマイヤー補佐官は神だ。
こんなよくわからない下っ端騎士団員に笑顔を振り撒いてくれた。しかも優しげに話しかけてくれた。しかもよく見たらなかなかのイケメンじゃない!
ポヤポヤと脳内にお花が咲き始めた私は頬を赤らめてオーベルマイヤー補佐官を見上げた。
「······ニコラウス、ずるいぞ······」
その時初めて司令官の発した人語を理解することが出来た。