27.私と統括司令官
荒れた会場から招待客はいなくなっていた。最後まで残っていた女性達を公爵家の家人が馬車まで連れていく姿が遠目で見えた。
「貴女のお兄さん、ある意味尊敬しますよ。すごいよあれは」
ニコラウス様は苦笑いしながら言った。
その傍で、項垂れて表情が全く見えないギルベルト様が無言で座っている。
「クリスティーナ、ギルベルト頼めますか?」
ニコラウス様に私は頷いて、ギルベルト様の手を握って立たせ、その場を後にした。
広い公爵邸の庭を抜け、少し開けたところまで連れていき、大きな木の下に2人でそのまま座る。
膝を立てて座った状態で、顔を埋めたままギルベルト様は動かなかった。
私も動かなかった。
しばらくして小さな声で「ごめん」とギルベルト様が言い、上着が汚れるのも気にせずそのまま草むらに倒れ込んだ。
「せっかく、君が助けてくれたのに。治ったと思ったのに」
「······ギルベルト様」
「······ごめん。ごめんね。カッコ悪いとこ見せた······自分を押さえきれなかった」
こんな時、どんなことをするのが正解なのかな。
何を伝えればいいんだろう。
一度深呼吸する。
悩むな、私。
考えるな、私!
勢いこそ私の取り柄。考える前に動け!
脳筋一族が頭を使っても答えなんか出てこないんだ!
上着を脱ぎ捨てクラヴァットを外し、首もとを緩めて勢いよく立ち上がった。
「私と戦いましょう、ギルベルト様」
ギルベルト様は、少したってからゆっくり顔をあげた。
「立って、剣をとってください」
騎士である私達は、基本的にいつも帯剣している。
私は自分の腰から、剣を抜いて少し離れたとこれに座っているギルベルト様に向けた。本来上司に向かって剣を向けるなんて、鍛練中以外に許されない。下手したらクビが飛ぶ。
「······なにを······」
「早く立ってください」
ゆっくりと立ち上がるギルベルト様。でも、剣を抜かない。
「剣をとってください、と言ったんです」
「君に剣は向けられない」
「そうですか。では抜かないままお相手くださいますね?」
「お、俺は君とは······」
「いざ」
真っ直ぐ踏み込み、勢いよく耳元を狙った。
反射的に、ギルベルト様は首元を曲げ剣先を避ける。
「······っぶな······」
「真剣ですから。当たり前です。切れますよ」
「······なんで」
「早く抜かないと刺しますよ」
私はすぐに胴を狙って踏み込む。
ギルベルト様が柄に手をかけ抜刀し、私の突きを弾く。
キン!キン!と剣がぶつかり、弾かれてすぐ私は態勢を立て直す。
女の私に力で押すことは不可能に近い。出来るのは、技を磨き、速さで回り込み、相手の油断を誘うことだけ。
私はとにかく突きを繰り返す。数をこなしても、何度でも弾き返される。
キン!キン!と剣の擦れ合う音が響き渡る。私はギルベルト様にくってかかった。
「どうしました?!防戦一方ですよ?!」
「君とは戦えない!!」
「弱い者には剣を向けられませんか?!驕りもいいとこですね!」
身体を捻り、そのまま脇腹に体当たりした。
「······うっ」
ギルベルト様が怯んだ一瞬を狙い、そのまま勢いよく飛び空中でギルベルト様の利き手をガッと押さえ、床に押し倒した。
ギルベルト様の首もとには、私の愛剣の刃がすんでのところで止まっている。
「········っっはっ······はあ····はぁっ」
呼吸を止めて一気に攻め込んだら反動で苦しくなった。
「····はっ······はあっ······たしの、勝ちですね?」
ギルベルト様は目を見開いたまま私の下敷きになって動かない。
「········ははは········」
「······?」
「あっはっは!あはははは!!」
突然、ギルベルト様が爆笑した。
びっくりして剣を離してしまった。
しはらく一人で笑い続けるギルベルト様を目の前に、私はぽかんとしていた。
「あは······ごめ······くくく······ごめんね」
なんだかわからないが笑いのツボを突いたのだろうか。
「本当に······負けるだなんて思わなかったから······あははは」
あれだけ防戦ばかりで全く攻めて来なかったのだ。しかも私は反則して体当たりまでしてる。相当なハンデをもらっているのだ。
「あー······笑った。負けただなんていつぶりだろう」
なんだか一人で清々しく笑うギルベルト様を私は上から見つめていた。
「なんだかスッキリしちゃったな」
「なら良かったです」
「······仮にも上司に剣を向ける君ってすごいね」
「お褒めに預かり光栄です。クビですかね?」
「ぜったいクビになんかしない」
クスクス笑い続けるギルベルト様を見たら、なんだか安心して私もくすりと笑った。
「俺の上に馬乗りになるなんて、いい度胸だね」
「あっ、すみません。いま退きます」
「いや、暫くこのままでいて?」
さっきまでケラケラ笑っていたはずのギルベルト様の目元は少し熱を帯びていた。
「いい眺め」
「?!」
「君に押し倒してもらえるなんて、感激だな」
「?!?!?」
ギルベルト様が私の両腕を掴み、力任せにぐいっと引っ張り、バランスを崩した私はギルベルト様の胸にそのまま倒れ込んだ。
腕の中にすっぽり包まれて、収まったはずの動悸がまた大きくなった。
「いい匂い」
私の頭に顔を近づけたギルベルト様は言った。
「だから、汗臭いのに匂い嗅がないでくださいってば!」
真っ赤になって叫ぶ私。
クスクスと頭上で笑い声がする。
「君にはホント、かなわないな」
そう言って私の頭にキスを落とした。
「大好きだ、クリスティーナ」




