異世界帰りの付与術師は育児をする
……あのね。実はわたし、異世界にいってきたことがあるんだ。高校生のときに、クラスメイトみんなで異世界に召喚されちゃったんだよね。
いや、笑わないで聞いて欲しい。頭のオカシイ子みたいな目で見ないで欲しい。
マジで、ライトノベルや漫画・アニメみたいにジョブやスキルを与えられて、異世界を救ってきたメンバーのひとりなんだって。
まあ……、そうだよね、信じられないよね。
例えば、結婚式で手品をしてくれた彩佳は覚えてる? あの炎を出したり、光を出したりして超盛り上がったじゃん。あれ、手品じゃなくて魔法。彩佳のジョブは魔術師だったんだよね。だから種も仕掛けもないわけ。
あと、優実菜は吟遊詩人だったから、歌ってくれたときにお客さん全員にバフ掛かってたの知らなかったでしょ。あ、なんか体調が良かったって? そうそう体力回復のバフだからね。とはいってもあっちの世界の歌で、祝福の歌だからちゃんと結婚式っぽいよね。めっちゃ上手いし。
二次会にクラスメイトが結構来てくれたのは、やっぱりあの苦労をみんなで乗り越えたからかな。
ちょっと恥ずかしいけど、うちらって絆が強いと思うよ。
学級委員長って紹介した長浜くん。彼が勇者で、最後に魔王に止めを刺してくれたんだ。
最初は異世界転移とか理解できなくて、戦いたくないし、魔法とか無理だったし。やる気のある子もいたけど、まったくない子もいて、そんなバラバラだったうちらをまとめてくれて、辛いときも先頭にたって頑張ってくれたんだよね。
袈裟を着てた寺の跡取りの渡部くんは、本当に僧侶だったのよね。長浜くんの腕がなくなったときに渡部くんがリジェネ覚えていたお陰で大事にならずにすんだし、クラスみんなが無事に帰ってこれたのは彼がこまめにヒールしてくれたからなの。二次会ではふざけまくってたけどね。
あ、わたし? 付与術師ってジョブだったの。付与術師が何かって? 知らないか~。あまり有名なジョブじゃないかもね。武器や防具に魔術を込めてパーティの能力上昇や戦場操作に特化した支援型の魔法使いって感じかな。わたしの付与した魔剣で長浜くんが魔王に止めを刺したんだからね!
ただ付与術師って、直接敵を倒す火力はないからわたし自身は全く戦えなかったんだけどね。
本当にソロでは何もできなかったからさ。レベリングも委員長とかにおんぶにだっこで、クソ王子に役立たずと言われてなんも言い返せないのが悔しくて悔しくて。たまにひとりで始まりの洞窟でスライムを永遠に狩ったりもしたけど、たいしてレベル上がんなかったわ。
そのかわりに鍛治師や錬金術師、魔道具師の子たちと色々な道具を作ったなあ。マジックバッグって知ってる? ゲームとかではよくあるアイテムらしいんだけど、こんな小さなバッグに剣も盾も数日分の着替えや食料も入っちゃう魔法の鞄なんだけどさ。魔道具師の長谷川くんがラノベ詳しくて、そういうバッグ作れば便利だからって。わたしが空間魔法を付与したんだけど、なかなか成功しなくって大変だったなあ。成功したかと思ったらめっちゃ重かったりしてさ。材質や糸に混ぜこむ魔素の量なんかを調節して、魔力を練ったり圧縮したりしてどうにか完成させたのよね。懐かしいなあ。
ほかにも、クーラーとかドライヤーとかポットとかこっちの道具を、魔力を電気のかわりにして作ったりしたんだ。スマホは作れなかったけど、通話道具も作ったよ。
そうそう、長谷川くんが転移の扉をピンク色に塗ったから爆笑したよね。国民的アニメの有名なドアそっくりにするからさあ。だからお腹につけるポケット型のマジックバッグも作っちゃったよね。うちらん中であのポケットむちゃくちゃ流行ったんだけど、あっちの世界の人には一ミリも理解されなかった……って当たり前か。
それからごはんも違うからさー、うちらみんなむこうのごはんが口に合わなくて、味噌や醤油も作ったんだよねえ。錬金術師の服部くんが酒屋の息子だったからちょっとだけ麹に詳しくって助かったよー。大豆は大きさがちがうし、塩も青いし、こっちと全然違うからめっちゃ大変だったよ。熟成とか腐敗の魔法を調節して付与すんのも試行錯誤よ。
幸い和食はあっちの人たちの口にもあったから、出来た味噌も醤油もあれこれ売って結構儲かって、お金持ちになったりしたのよ。大きな家に住んで、メイドさんに家事みんなしてもらって……、あ、だからいま家事が苦手なんだって思ったでしょ! そのとおりなんだけどさあ。
トータル2年半くらいあっちの世界で修行して、冒険して、魔王討伐して―――、やっと帰ってこれたのにこっちの世界じゃ1時間しかたってなかったんだよね。放課後のたった1時間。親に泣きながらただいまって言ったらきょとんとされたよね。こっちは2年ぶりでも、親からしたらいつもより少しだけ遅めの帰宅なだけなんだから。
異世界からの帰りにあっちとこっちを繋ぐ不思議空間があって、たぶん神様って存在に逢えたんだよね。
不思議な存在だったよ。顔は靄が掛かって認識出来ないし、言葉も日本語じゃないなにかなんだけどなぜか意味が通じたし。
あっちで使えた魔法の類い、レベルアップの恩恵は、地球は魔素の関係で20分の1しか使えないって説明を受けただけなんだけどね。
そう。せっかくの魔法も剣技もほとんど使えなくなっちゃったんだ。彩佳はかなりの大技を使える魔術師だったのに、こっちでは手品師くらいのことしか出来ないし、優実菜はほんのり効果の歌しか歌えない。あの祝福の歌は、むこうだったらうちのパパの毛根だって回復するはずなのに。
わたしも大剣にも付与出来ていたのに、今じゃ手のひらサイズのものに軽い魔法がやっとなわけ。
せっかくの経験だから、それを生かした仕事をしたいって思ったけど20分の1のチカラだとなかなか生かせない。
それでも盾役の神林くんは自衛隊に行ったし、騎士の立河原くんは警察官。あと、聖女と呼ばれた回復魔術が得意な山本さんは看護師になったけど、みんな異世界から戻った後に普通に努力してなってるしね。
逆に鍛治師の今泉ちゃんはYouTuberだって。前はどちらかって言うとおとなしいタイプの女の子だったんだけど、「異世界に行ってから、人生はどうなるかわからないって思ったから、好きなことだけをしたい」って急に。日本刀とかをゴッツいおじさん達に混ざって打ってた格好いい系女子だったのに。今の時代に鍛治師って需要ないとは言え、ゲーム実況に大食いとか異世界に行く前にはしそうになかったことばかりしててビックリだよね。それなりに人気があるらしいよ。それに今の今泉ちゃんはイキイキしていて、さらに好きになっちゃった。
わたしも付与術師ってこっちの世界じゃなんも出来ないから、普通に大学行って、普通に就職して、――君と結婚したわけだけど。
うん。だから、今は20分の1しか使えないし、この世界じゃ付与術は役に立たないって思ってたんだ。
異世界から戻った頃にいろいろ試したけど、思ったように付与出来なかったし、出来ても実際役立ったり売れそうなものは何一つなかったから。
だけど僚太を産んだ後に、本当に、本当に困ったから。だから、ちょっとだけ使ってみたんだよね。
授乳のとき、あかちゃんって人生においてそれしか食料がないから死に物狂いで吸い付くんだけど、半端ない吸引力でたぶんダイソンよりスゴイ。そんなエグい吸引力で浅い吸い方をすると乳頭の付け根に亀裂が入ったり、血豆が出来たりして痛くなるんだよ。
でも母乳を出すプロラクチンってホルモンは、2~3時間毎に乳頭刺激しないと血中濃度上がんないし、あかちゃんの胃袋はビー玉くらいの大きさしかないから2~3時間で欲しがるからとにかく吸わせる必要がある。一日の平均授乳回数は11回なんだって。それだけ乳首を酷使するわけだ。
痛くならない、傷が出来ないようにするには乳輪まで深く咥えてもらえって、どの助産師さんも言ってたな。
浅いと一部分にだけチカラが加わり痛みが出るが、乳輪まで深く咥えるとチカラが分散される。
あかちゃんが欲しがるタイミングで、しっかり口を開けてくれるときに授乳すれば深い吸啜で痛みが少ないよって。だからあかちゃんの欲しがるタイミングを隣でうかがいながら生活してたし、欲しそうな素振りを見せたらすぐに授乳したよ。夜中も寝ながら授乳したし、昼間も昼寝しながら授乳してた。
だけどわたし扁平乳頭だったから、乳汁分泌し始める3日目くらいに胸が張って僚太が吸えなくなったんだよね。おっぱいが板みたいに固くなっちゃって、僚太の口がつるんつるん滑って泣くばっかりになっちゃった。胸が張る前の柔らかいうちは吸えていたのに。
困って助産師さんに相談して、差し出されたのがニップルシールド!
ん? ニップルシールドが何かって?
えーっと乳頭保護器とも言われたりする、陥没乳頭や扁平乳頭なんかで授乳しにくいひとがニップルシールドをはめることで赤ちゃんが吸いやすい形を作ることができ、スムーズに授乳することが可能になる乳首を保護するシリコン製の器具なんだけど。
これのおかげで無事に僚太は吸い付くことができたんだけど、デメリットとして吸引力が弱くなるのと、乳汁分泌が少なくなっちゃうんだって。たしかに痛くなくなったけど、僚太のおしっこの量が少なかったから足りなかったのかもしれない。飲めてたら出るはずだからね。
その時に思ったんだよね。シールドって、盾かよって。盾にはよく付与してたな、よし、付与しよう、ってね。
産後の一日平均11~12回の授乳は判断力の低下を招いたんだろうね。ホルモンバランスの変化でちょっとだけマタニティブルーズだったしね。こっちの世界ですべきじゃないなんて考えもしなかった。
ちょうど手のひらサイズだし、風の魔法を少しだけ付与してみたら、ちょうどいい陰圧になってしっかり飲み取れたのかおっぱいの張りもいくぶん良くなったんだよね。助産師さんにも「あかちゃんの体重増えてきてるから、ちゃんと飲めてるね」って褒めて貰えた。シリコンだから魔力が抜けやすくて、2日に一回付与し直さなきゃならないのは面倒ではあったけど、僚太がごくごく飲んでる姿をみたら止められなかったね。上からみる姿めっちゃ可愛かったもん。実家に里帰りしてたから、君はあまり見れなかったころだね。
それから一ヶ月健診まで使ってたら、乳汁分泌ホルモンのプロラクチンと射乳ホルモンのオキシトシンがバランス取れたのか、張らずに乳汁が分泌するようになったから、ニップルシールドなしでも痛くなく吸えるようになったんだよね。しっかり飲めてたから僚太の体重も増えて、口が大きくなったのも深く咥えられるようになった要因の一つだけども。
これに味をしめて、まあ、いろいろ作ってしまったのは事実。
そのがま口のついたポーチは空間魔法を付与して、オムツを約70枚入るようにしてあるんだ。Mサイズのオムツ一袋ぶんくらいね。
こっちの小瓶には適温のお粥が入っていて、時間停止と状態保存の付与をしてみたんだ。これでいつでも適温の離乳食があげられる。潰したポテトの小瓶とニンジンの小瓶もあるよ。
哺乳瓶は大きすぎて付与出来なかったけど、おしゃぶりケースには浄化の魔法を付与出来たから、ぺっと吐き出して床に落ちてもケースに戻すだけで綺麗になる。お出かけ先で地面に落としても、全然問題なかった。
さっきも言ったけど、こっちには魔石もミスリルもないし、シリコンやプラスチックは魔力が抜けやすくて頻繁に付与しないといけなかった。早くて一日、長くて3日に一回。まあこうやって指先に魔力を集めてエイっとするだけなんだけど。
だから僚太もそれをみてたんだろうね。子供ってすぐ真似するじゃん。
まさか、ミニカーとかソフビ人形に付与出来るようになるなんて……!
―――そんなわけで、この部屋が荒れ放題なのは僚太の魔法のせいなのです。
一瞬で果てしない散らかり具合になるのは絶対魔法を使ってるからだと思う