照れ屋な鏡 【ショートショート】
「やっと手に入ったわ!」
一カ月前に予約注文していた品が届き、三上紗枝は歓喜の声を上げた。
意気揚々と開けた段ボール箱に入っていたのは、一枚の鏡。
縦に長い楕円形で、鏡面の周りには小洒落た金色の装飾が施してある。壁に掛けるタイプのようで、彼女は早速、用意していたスペースに鏡を設置した。
「さて……鏡よ鏡、この世で一番可愛いのは誰?」
三上は御伽話のキャラクター染みたセリフを唱える。事情を知らない人が見れば何ともおかしな光景だ。
しかしこれが、巷で話題沸騰中の商品――どんな問いかけに対してもポジティブに答えてくれるAIが組み込まれた「御伽の鏡」の、正しい使い方なのである。
「世界で一番可愛いのは誰?」と訊かれれば、登録されたユーザーの名前を答え。
「私のどこが美しい?」と訊かれれば、顔認識センサーを用いて最適な答えを導き出す。
手軽に自己肯定感を高めてくれるアイテムとして、若い女性の間で大流行しているのだ。
「……どうしたのかしら?」
だが、本来なら三上の問いかけに饒舌に答えるはずの鏡は、沈黙を保ったままである。
「スイッチは入っているはずだし……」
彼女は何度も質問をするが、当の鏡は一向に喋る気配がない。
それどころか――鏡面が発熱し、赤く光り出したのだ。
「どういうこと! 全く不良品じゃない!」
憤った三上は製造元のメーカーに電話を掛ける。
コール音が数分続いたのち、担当の男が電話口に出た。
「はい。こちらお客様サポートセンターです」
「ちょっと、おたくの『御伽の鏡』を買ったのだけれど、こっちの質問にうんともすんとも言わないわ。挙句の果てに赤く光っている始末よ」
三上のクレームに対し、しかし男は冷静にふむふむと相槌を打つ。
「我が社の鏡は照れ屋な鏡でして、目の前にいる人物があまりにもお綺麗だと、恥ずかしくて何も喋れず赤面してしまうのです。ですから、不具合ではございません。あなた様がお綺麗であると、鏡は示しているのです」
「そ、そうだったの。まあ、なんて可愛らしいのかしら」
担当者の説明を聞いた三上は、上機嫌になって電話を切る。
通話の終わった受話器を見つめながら、男はふうと溜息を吐いた。
「急な需要の増加で粗悪品を大量に作ってしまったが……たまたま赤く光る不具合があって助かった。あの鏡を買うような奴らは、照れ屋な鏡というお題目も大いに信じてくれるようだしな」