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とある国の王族の話  作者: 水珠
シェパーズ・ルーセニア
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ぱしゃり


目の前の相手に紅茶がとても見事に頭から被った。とてもいい紅茶の匂いが広がる。被った相手は固まったまま、まるで銅像のようだ。残念ながら、相手が着ている白いブラウスが紅茶色に染まっていくのを眺めるほど私は暇ではないのだ。


「この程度とは…片腹痛い」

「っ!?」


これには、もう興味はない。

私はするりと席を立ち上がった。すぐさま私の側付きのアプリコットが側へと寄ってくる。少し眉を寄せて、紅茶や割れた茶器を一瞥してわたくしを上から下まで異常ないか確認した。


「お怪我は」

「まさか」


あるわけがない。

相変わらず私のアプリコットは心配性だ。

この場の惨状はすでにこの国のメイドが手早く片付けている最中であった。


茶をかけた男は口を半開きにしたまま何も言わない。ようやく男の側付きが慌てて駆け寄ってくるのを遅すぎると思う。主人がダメなら側付きも…いや、離れたところで待機していたからしょうがないことのだろう。


そのまま何もなかったように私たちはその場を去った。

本当にいつものことながら時間の無駄だったわ。



「本当に、お祖母様ったら、嫌がらせかしら」

「またやったんだって?」


王城の一画にある庭園の東家で不機嫌そうに愚痴をこぼす黒い瞳に長い黒髪に軽くウェーブのかかった女、シェパーズ・ルーセニア。


笑いを噛み殺してお茶菓子を摘んでいる紫色の瞳にに真っ直ぐな黒髪の女、チャード・ラーク。


そして何も言わないがため息をついて呆れた顔を隠そうともしない男女2人。


1人は笑っている女のよく似ていて黒い瞳に黒髪の男、グラジオス・ラーク。


もう1人は同じく黒髪にウェーブのかかった長い黒髪に碧色の瞳を持つ女、アクアマリン・ルーセニア。


グラジオスとチャードは兄妹、シェパーズとアクアマリンは従姉妹の関係である。


見合いから蜻蛉返りしたシェパーズは3人を捕まえ、簡単なお茶会を開く。シェパーズが見合いから1時間もせずに帰ってきたのを見て3人は今回もそうだったかと特に驚くことはなかった。この茶会を開くまでがいつも通りなのだ。


「シェパーズ姉様、あまり遊びすぎるのは…」

「まあ、アクアマリン酷いわ、私が悪いのかしら」


アクアマリンの言葉に大袈裟な動作でシェパーズは嘆く素振りをする。それを横目で眺めながらグラジオスは我関せずとお茶を嗜んでいて心底興味がなさそうだ。彼にとっては割とどうでもいい話だが、たかが1時間程度の愚痴に付き合わなかったことで後から延々と恨言を言われる方が厄介なのでここにいる。


「まさか」


一方のアクアマリンは首を傾げた。表情はさほど変わらないが、この幼馴染達にはその仕草だけで十分に伝わる。


「だよねー、仮にもシェパーズお姉様のお見合いなんだから、もっとちゃんとしないと」


チャードはそういってまた一枚クッキーを口に放り込む。言葉遣いも、態度も貴族にしては軽いが何処か品を感じさせる仕草であった。


「食べ過ぎ」

「お兄様のケチ」


また彼女がお菓子へと手を伸ばそうとするのを鋭い瞳で兄のグラジオスは制する。渋々妹は手を引っ込めて大人しくお茶を啜った。

こうして4人で話している方がよっぽど有意義だ。顔も名前も覚えてないが無駄な時間を返せと請求したいぐらいだ。


「これでまたしばらく大人しくしてくれないかしら」

「いい加減、さっさと相手見つければ?」


見合いは懲り懲りだとため息をつくシェパードにグラジオスは言外にさっさと結婚でも婚約でもしろというが彼女は目を逸らした。


この4人はこの国、アルカンシェル国の貴族ではない。ある国の王族だが、シェパーズ以外は理由があって大使としてこの国へと派遣されている。シェパーズは女王である祖母達からの命令でこの国へとお見合いをしにこの国を訪れていた。


本人にとってはお見合いというよりも大事な幼馴染(特に従姉妹)の様子を見に来たという目的が強い。どうせいつものように碌な見合い相手でないだろうと思って来てみれば案の定そうだったわけで、すでに彼女の中では見合い相手の顔なんてかけらも残ってない。


後日、開かれた夜会で強制的に思い出させられるまでは。


「おい、そこの女!!!お前とは婚約破棄してやる!!」

「はい?」


いきなりやってきてシェパーズにビシリと指を指す男。お世辞にも貴族男性としては致命的に品がないなと思っていると男はさらにシェパーズに向かって吐き捨てた。


「お前が膝をついて許しを乞うなら、考えてやってもいいがな!!!!」


男性の言葉に周囲が凍り、固まる。

シェパーズは持っていた扇子をパチリと閉じた。



シェパーズ・ルーセニア。

まがりなりにも、彼女はこの大陸で一番国力を持つ国を統治する一族の1人である。周辺国から様々な感情から傅かれるその国の名は畏れ多いため人々の口に出されないほどだ。

とある国、と呼ばれるその国は2つの一族が代々統治することで有名だ。その2つの一族がルーセニア家とラーク家であり一族の血を持つ人間には必ず特異な能力を秘めている。その能力は素晴らしく高く、かつて一族の者の1人が一国を一夜で滅した歴史も過去にあった。


とある国は、周辺国を統治もしないし支配下にもおかない。しかし攻撃されたらその国は塵も残らないと歴史が証明している。そのため周辺国にとってとある国からの客人は賓客として傅かれている。一族のものは自由気ままに諸国を訪れ、気に入った国などにその才能による恩恵を授けることも稀にあるためである。


2つの一族の特徴として必ず真っ黒な黒髪で生まれてくる。黒髪を持つものはとある国の王族の血縁である証。とてもよく目立つのだ。そしてラーク家であれば真っ直ぐで癖のない髪質、ルーセニア家であれば軽くウェーブがかかった髪質で生まれてくる。瞳は黒いものがほとんどだが、稀に先祖返りでラーク家は紫、ルーセニア家は碧の色を持つ者が生まれてくる。


シェパーズ、グラジオス、チャードそしてアクアマリン。この4人は一族の中で1番若い世代である。シェパーズ以外は同い年、彼女よりも3つ年下であり15歳になったばかりだ。そしてシェパーズは18歳、年齢的にそろそろ婚約者どころか結婚してもおかしくない年頃であった。


この一族は変わり者が多く一癖も二癖がある際物ぞろいで有名だが、素晴らしく整った美貌の一族でも有名である。そして自身の伴侶は自ら見つけてくることも知れ渡っている。結婚も強要はされることはない。何故なら、気に入らなければ間違いなく力尽くでも逃亡することが目に見えているため婚約者などは意味がなかったからだ。


シェパーズがこの国でお見合いしていたのは、とある国の現女王の命令という名の暇潰しであった。最初は伴侶を探そうともしない、いつまでも従姉妹達にべったりな年長のシェパーズを思ってという名目での思いつきだった。だが彼女がその席で色々と相手にやらかすのを報告で聞いて最近はそれを楽しんでいる節がある。おそらく相手もくじ引きか何かで適当に決めているか、わざと火種になりそうな相手を選んでいるかのどちらかだ。


つまり、シェパーズ・ルーセニアが彼の婚約者というのはありえない話だ。

見合いでは言葉をろくに交わさず、茶をかけられた相手に婚約破棄したい気持ちはわからなくはないがそもそも婚約した覚えは彼女にはない。


「まぁ…とりあえず名前をお聞きしても?」

「姉様、名前覚えてないのですか」


シェパーズは顔から見合いで座っていた男だとは記憶にあるが、名前は見合いの釣書さえ見てないので覚えていない。いや、流石に一度は目を通したのだが、興味もなかったので覚えなかったのだ。

アクアマリンはそんな従姉妹に呆れている。表情があまり変わりないので顔色一つ変えない人形姫と揶揄される彼女はシェパーズから見ても完璧に美しく完璧に可愛い。


「今日も素晴らしく可愛いわ…やっぱり新しく仕立てて正解ね…」

「姉様」

「ああでもこの間の新色の布で作ったドレスも良かったわ、チャードとお揃いのアレも良かったわね、でも今度作るならドレスの形を変えるのもいいかしら?いつも同じ形では飽きてしまうしマリンの美しさの全てだしきれないなんて許されないことよ!早速作りましょう、ああそういえばそろそろグラジオスの衣装もいい加減新調しなければ、あの子ったらあるものだけでいいなんて、そんな」

「シェパーズお姉様いい加減にしてください、あとこれ以上は何もいりません」


「おい、聞いているのか!!!」


再度怒鳴り声が響く。シェパーズは表情もなく男へと目線を向けた。地面に落ちているゴミを見ているような視線に男は、さらに怒りが増したようで歯を噛み締める。


「なんだ、その目は!!!!」

「五月蝿い、私の従姉妹の耳が汚れるような酷い音を撒き散らさないでいただける?」


シェパーズがそういった途端、男は再度怒鳴ろうと口を開くが音が発せられない。戸惑ったように口を開いているが声にはならなかった。


「それで、貴方のお名前は?」

「な、あ?…ハザードだ!!スティード国の公爵家嫡男である俺を…っ」

「なるほど」


彼女がそういった途端、男は勢いよく名乗ったがまた声が出なくなったらしく口をパクパクとさせている。喉を押さえたりして必死に何か話そうとしているが音にはならなかった。


「スティード国ねぇ」

「ここの同盟国ですね、確か数日後にそこの皇太子が来国予定です」


アクアマリンがそう言い終えた途端、人垣が割れて足早に数人の男達がやってきた。せっかくの夜会がこれで台無しになるだろうなとシェパーズは扇の影でため息をつく。


「…申し訳ありません、おい!牢へ連れて行け!!」


軽く頭を下げてそういって連れてきた兵士にそう指示を出すのはこの国の宰相に就任したばかりの青年だった。ものすごい勢いでハザードは兵士たちに引っ捕らえられて会場から連れていかれる。


「アンバー様、お騒がせして申し訳ありません」

「いや、こちらこそ…駆けつけるのが遅れて申し訳ありません」


シェパーズの前に進み出て深々と頭を下げる背の高い優しそうな男にシェパーズはにっこりと微笑み謝罪を口にした。この男はアンバー・アルカンシェル、次期国王が内定している青年だった。側で同じく頭を下げているのは騎士団長だ。


おそらく今夜の夜会はこれでお開きだろう。宰相がものすごい勢いで部下や参加貴族達に指示を出している。確かに残念だが、仕方がないことだ。


ルーセニア家の次期王候補にたかが小国の公爵家の嫡男が暴言を吐いたのだ。

普通ならその場で首を切られてもおかしくない状況である。


「さて、どうしましょうか」


どうやらこの騒ぎは、女王の単なる暇潰しではなく火種の方を引いたようである。


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