19 ルークス様の恩返し〜あれ?!刃物を持ち出すのは私では?!
あまりの形相と、この周りにいるアリアナ嬢が狙っている殿方が見えていない行動に、私はさすがに怯んだ。というか、固まった。
だってまさか、この状況でナイフで刺しにくるとは思わないじゃない。まさかこれで私が死んだら、周りの殿方にはまた薬を嗅がせて惚れ薬でも飲ませようと?
ちょっと無理があるんじゃないかなぁ、と、頭の中で考えていたけれど、実際は避ける事もお祖父様の形見を使う事もできずに固まっていた。
だって、ビックリするじゃない。怖いし。なんだって私がこんな目に、とかそんな事しか浮かばないし、それを避けるための行動を起こそうなんて考えは全く出てこなかった。
この間、私の体感だと1分もない。ほんの数十秒。ただ怖くて動けないから、脳が変な事を考えていたのだろう。
「っ?!」
「お粗末な最後だな、ヴィンセント嬢」
ドッ、と鈍い音を立てて、ルークス様がアリアナ嬢のナイフを手首を叩いてはたき落とし、突進してくる肩を掴んでいた。
アリアナ嬢の手は痺れて使い物にならないようだ。咄嗟にポケットに手を入れようとして、宙空の変なところを掴んでいる。
おそらく、何らかの薬を取り出そうとしたのだろう。が、ルークス様は素早くアリアナ嬢の手を後ろに捻りあげる。
「いっ……つ!」
わかる、痛いよね、私も1回目の時やられたもん。そして、動けないんだよね、それをやられると。
「お粗末な最後だな……、いや、今までも充分お粗末だったが」
「私たちの目の前でニア様を殺意を持って害そうとするとは……、あれだけ失敗してまだめげないのはすごいと思うけれど」
「……あなた自身にも何か薬を使っていますね? そのせいでしょう、このような凶行に及んでしまったのは」
バズ殿下、ミュカ様、ムーア様に詰め寄られ、後手にルークス様に捕まえられたアリアナ嬢は……歯を剥いて私を睨んできた。
ムーア様の言う通り、何かの薬の副作用としか思えない。あの時の私のように、もうそれしか考えられないというような。
「ニア嬢。我々は彼女を別室で見張り、警備兵から城の近衛兵に引き渡す。……予定通りミスト殿を目覚めさせたら、彼に送ってもらってくれ」
バズ殿下のお言葉に、こくんと頷く。
私に対して向けられる労りの視線。それ以上に、これ以上アリアナ嬢に私を害させまいという意志を感じる。
私はしみじみと、守られてるんだなぁと感じて胸が熱くなる。しかし、本来なら3年かけて……、という所を私がちょっと邪魔したらここまで急速に事が進むなんてあるだろうか。
今は考えても仕方ない。私は一礼して、夕暮れの保健室に入った。
「離せ! 離しなさいよ!」
そんな声を背中に受けながら。