14 続く傷害・殺人未遂
翌日から、私の護衛を申し出てくれた方々によるガードが続いた。特に活躍……して欲しくはなかったのだけど……してくれたのはミュカ様だ。ランチが鬼門だった。
『うっかり』転けてナイフで首を切られそうになったり、『うっかり』手が滑って熱々のシチューを頭から被りそうになったり、ほかにも『うっかり』アリアナ嬢に怪我、ないしは殺されかけるランチタイムが続いた。
何故ナイフを持って転けそうになるのか、もう状況証拠は怖いくらいに揃っている。が、わざと受けてやる気はない。シチューだって、熱々のものを頭から被ればただの火傷では済まない。
ミュカ様がその辺をきれいに弾いてくれたので、私よりも魔法を使ったミュカ様の人気が高まっている。アリアナ嬢には要注意だ。
しかし、殿方の手の届かない所がある。そう、お手洗いだ。こればかりはグレアム様もついて来れないし、貴族の子女が一人でトイレにも行けないなど恥ずかしい事極まりない。
私はその日、辺りを警戒しながらいつも通りお手洗いに向かった。そして用を足して出ようとした、ら、鍵が開かない。
「は……?」
「やっと2人でゆっくりお話しできますね、ニア様」
私の思わず出た声に、アリアナ嬢の実に嬉しそうな声が返ってきた。
私はあなたと2人でお話しとかさっぱりしたくないんですけど?
「最近のあなた様の行動……婚約者のグレアム様がいらっしゃるのに、少し他の殿方との距離が近いんではありませんこと?」
おっと、割と真っ当なご意見をもらってしまった。私もそう思いますが、あなたに命を狙われてるので護衛してもらってるんです、とこの状況で言うのはよろしくない。なんせこちらは閉じ込められている。何が起こるか分からなくて、私はなるべく角の壁側に寄った。
「まぁ……そうでしょうか? ちょっとしたご縁がありまして、それで皆様と交流を深めているだけなのです。グレアム様も承知してくださってますし、これもまた貴族の交流の範疇ですわ」
「あんたのせいで私や他の令嬢が近付けなくて迷惑してるって言ってんのよ! いいからさっさとグレアム様にだけ構えばいいでしょ!」
1回目の時に私からグレアム様を薬で奪っておいて……あぁ、なるほど。私とバズ殿下は偶に情報交換で話しているから、ミスト侯爵家の力が弱くなることを見越してグレアム様はあのラインナップから外れたんですね。
「しかし、皆さまのご好意でよくしていただいてますの。私からなんの理由もなく離れる事などできませんわ」
ここで始業のベルが鳴る。
やばいやばいやばい。この状況であと1時間は誰も来ないというのは完全にやばいルートだ。
「そうね、何の理由も無かったらお断りできませんよね。だから、私は理由を作ってあげようと思いますの」
「理由を……? 何を、する気ですか……?」
私は服の下にお守りがわりに付けていた祖父のペンダントをぎゅっと握る。
私を2回目に戻した事で、その力はもう無いのかもしれない。だけど、今頼れるのはこのペンダントだけ。
お祖父様、どうか私をお守りください!
「人間の皮膚だけを爛れさせる薬があるんです。うちは『ご存知の通り』薬師の家系ですの。出回らない毒も、いろいろと都合が、ね……? バケツの水で薄めても効果はありますので、安心して人に見せられない姿になってくださいな」
「……!」
私は目をギュッと閉じて、ペンダントを強く握りしめる。
チャポンというバケツいっぱいの水の音を聞いた。個室なんて狭いところに、上から勢いよくバケツの水を放り込まれたら……、最初は避けられても、いずれ頭から被ってしまう。
御手洗いの燭台の蝋を変えるための台を足で引きずってくる音がする。
そっと目を開けて上を見たら、とても醜悪に笑っているアナリア嬢の顔と目があった。
(お祖父様……!!)
私は強く願って目を閉じる。この状況を、無事に切り抜けられますように、と。