1 凶行に及んでしまった
絹を裂くような悲鳴が会場に広がるようにあがっていき、にわかにざわついた会場は潮が引くように、私とあと2人を除いて壁際へと人波が引いていった。
何人かの男子生徒が慌てて近づいてくる。『彼女』のために。
「あ……」
カタカタと震える手は、痛みからなのか、やろうとした事への恐怖からなのかもはや分からない。
王侯貴族の子息令嬢が通う国立の学園、その卒業パーティーで、私はとある令嬢を殺すつもりで刃物を持ち込んでしまった。
ドレスのドレープの間に隠し持っていた、装飾のついたナイフは床に転がっている。すんでのところで、『私の』婚約者であるグレアム・ミスト侯爵子息に叩き落とされたのだ。
青ざめた被害者であるアリアナ・ヴィンセント子爵令嬢の震える肩を、彼は片手に抱いて私から庇うようにしながら、冷たい声で宣告した。
いつの間にか寄ってきていた彼ら……何人かの男子生徒がアリアナ嬢を庇うように、そして私の腕を両側から掴んで、私は床に膝をついた。
「ニア・ユーリオ伯爵令嬢、君との婚約は破棄する。そして、アリアナ・ヴィンセント子爵令嬢への殺人未遂で捕らえさせてもらう」
王侯貴族の学園で行われるパーティーである。当然のように警備兵が扉付近に控えており、外にも警備にあたる兵士がいる。
私は彼らの手によって警備兵に引き渡され、恐怖から涙を流すアリアナ嬢から引き離された。
男子生徒が守るように囲む中で、両手で顔を覆って泣いていたアリアナ嬢は、指の間から私にだけ見えるように笑った。
『お粗末な最後、ご苦労様』
とでも言うように。
私は彼女が憎くて憎くて憎くて憎くて、今日の犯行を企てた。その後のことなんて知らないし、考えていられなかった。たとえその先に死罪が待っていたとしても、アリアナ嬢だけは殺してしまいたかった。
警備兵は乱暴に私を扱う。このまま王城の牢屋に捕らえられて、私は刑の確定を待ち、きっと死ぬことになる。
悔しい、グレアム様は私の婚約者なのに。グレアム様とはずっと仲良くして、気持ちもお互いに温かい物をもっていたはずなのに。
アリアナ嬢は学園に入学してから、グレアム様……だけではないのだけれど……と急速に仲良くなった。
まさか、2人で街に出かけたり、放課後に一緒に勉強したり……時には肩や頭に触れられたり、あちらからグレアム様に腕を組んだり。
婚約者がいながら、そんな事を3年間続けられて、何故私の方がこんな不名誉に陥っているの?
浮気されたのは私。彼女は人の婚約者を奪った泥棒。人を盗むのは罪にならないの?
私のこの思考は声にならない。
兵士に引きずられるようにして歩かされる間も、縄をかけられても、馬車で護送されている間も、全く冷静になれずに泣いて泣いて、冷たく暗い、それでも貴族のもののためだから悪臭がする訳でも無い、半地下の牢屋に入れられて。
備え付けの金属の板に薄い布が敷いてある寝台、目隠しのついたトイレ、それだけの牢屋に閉じ込められて、ようやく頭が冷えた。
凶行を行なってしまった。
ナイフを叩き落とされた手が、ジンと痛む。
「私、何やってるんだろう……」
牢屋の隅で、ぴちゃんと水が落ちた。