第3-31話 遠征帰りの魔術師
「なるほど。私たちが寝ている間にそんなことがあったんだ」
サラから高濃度の魔力を浴びて、気絶していたミル会長を起こしたイグニは捕まえたアビスを見せながら、何があったのかを説明した。
ミル会長はふむふむと何度も頷いて、ミコちゃん先輩は申し訳なさそうにしているサラの頭をずっと撫でていた。ちなみにだが、ヴァリア先輩は『占い部』の介抱に向かった。
「で、イグニ君としてはアビスを王国に突き出したいと」
「はい。なので会長の拘束魔術にお願いしようと思いまして」
「おけおけ。そういうことなら任せてよ!」
アビスはただ何も言わずにその場に座っているだけ。
目を伏せて顔が青ざめているあたり、まだ『魔力切れ』から解放されていないのだろう。
普通の場所で『魔力切れ』になると慢性的な眩暈と吐き気に襲われる。かなりアビスも苦しいはずだ。
「『闇に底は無く、故に全てを飲み込み捉える』」
どぽり、と音を立ててミル会長の影が円形状に広がった。
「じゃ、中にいれて」
イグニはアビスを放り投げると、どぷん……音を立ててアビスの身体が闇の中に沈んで行った。
「これ、内側から破られないですかね?」
「んー。どうだろ。私は破られたことないけど、相手が“極点”だったら破ってくるかもね。ま、それも万全の状態なら……だけど」
「というと?」
「この中って魔力が0なんだよ。アビスって今は『魔力切れ』なんでしょ? どこからも補えないから、魔術なんて使えないよ」
「じゃ、破られる心配は0ってことですね!」
「そういうこと」
ミル会長はそう言って、胸を張った。
でか……!
と、イグニは目の前の光景に恐れおののいて、ひれ伏しそうになった。
ちなみにサラには元の腕輪をつけている。最初に不具合を起こして予備の腕輪に変更した腕輪のため、再び不具合を起こしてしまう可能性は高い。だが、付けていた予備の腕輪はアビスに粉々に砕かれてしまったので、仕方なく……と、言った具合だ。
「凄いやイグニ! “極点”を倒すなんて」
「だろ? 俺は“最強”だからな」
ユーリからの褒め言葉にドヤ顔で返すイグニ。
魔法を2回も使ったのに、『魔力切れ』になっていないのはサラからの魔力を受け取っていたからなのだが、本人はそれに気が付いていない。
なんか今日調子が良いなぁ。
と、抜けたことを考えている始末である。
ふとその時、海の向こうから朝日が昇ってきた。ちょうど夜が明けたのだ。
「もう朝か。遠征、楽しかったね」
「ですね」
ミル会長がしみじみと呟いて、イグニはそれに頷いた。生徒会の遠征は二泊三日。
今日はもう帰る日だ。
「帰りますか!」
「そだね。朝ごはん食べたら、準備しようか」
そう言って会長は立ち上がった。
「イグニ、寝てないですけど大丈夫ですか?」
「ああ。平気だ。心配してくれてありがとな」
リリィが心配そうな顔でイグニを見てくるが、1日くらい徹夜したところで平気なのだ!
ということで、イグニたちは朝食を作りに向かったのだが。
(……なんか、微妙に避けられてるんだよな…………)
イグニはちらりとサラを見た。サラはミコちゃん先輩にくっついたままイグニを見ていて、イグニと視線があった瞬間に顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
(うーん。俺、なんかやったかな……?)
個人的にはモテるような行動しか取っていないイグニからすると、どうしてサラに避けられるのかが納得いかず、その頭で考え込んだ。
あーでもないこーでもないと考えていると、ふと睡眠不足の頭の奥がキラリと輝いた。
こ、これは……!
――――――――――
『イグニよ』
『どしたのじいちゃん』
あれは夏の夜のこと。
北ということもあって、比較的涼しい『魔王領』だが、その日は一段と暑かった。
『お前に好きな娘ができたら、どうする?』
『決まってるじゃん。好きって答える!』
『ふっ。若いの。じゃが、今のお前はそれでいい』
『えっ。わ、若いの!? 告白って好きっていうものなんじゃないの!!?』
イグニはちらりと見えた大人の世界に驚いた。
『じゃがの、イグニ。世の中の人間は、そう簡単に好意を伝えられないものじゃ』
『はぁ』
『気の抜けた返事じゃの、まあ良い。じゃがイグニよ。モテを極める中で、お前が知っておかねばならぬ状況がある。これは極意でも作法でもない。これは……知識じゃ』
『ち、知識……!?』
『そう。それはな……好き避け!』
『す、好き避け!?』
『そう! 好きな相手に対してわざと意地悪してしまったり、避けたりしてしまう現象のこと!!』
『なんでそんなことすんの!? 意味分かんねぇ!』
バチン!!
『うおおお!! み、見えなかった……! なんだ今の高速ビンタ……!!』
『この馬鹿ッ!!』
ルクスの怒声が森の中に響く。
『お前はそれでも男かッ!』
『な、何が……!?』
『相手が好きだけど、素直になれない女……! 可愛いとは、思わんのか!!』
『……ッ!』
イグニの脳内では目の前の理不尽よりも、欲望が優先された。
『お、思う……!』
『じゃろう! やっていることはツンデレに近い! じゃが、ツンがない好き避けもある! ただ恥ずかしいからと顔を合わせられなかったり、相手から逃げてしまったりする。このいじらしさが分かるじゃろう!! イグニ!!』
『わ、分かるよ……! じいちゃん!!』
『そういうことじゃ!』
『そういうことなんだな!!』
――――――――――
なるほど。これが好き避けかぁ!
と、脳内をポジティブに全振りしているイグニはポジティブに捉えた。
モテの極意その7。――“前向きな男はモテる”、である。
ちらちらとこちらを見てくるサラにイグニが笑顔で見つめると、サラが顔を真っ赤にして恥ずかしがるのでイグニは可愛いなぁ……と、思いながらサラを見つめていた。
それから朝食を取ったタイミングで、ちょうどヴァリア先輩が戻ってきた。
『占い部』の中でも体調の悪いものは先に返すので、誰か同行して欲しいということだった。
それにユーリとミコちゃん先輩が抜擢されて、2人が『占い部』に同行して先に帰宅。
残されたイグニたちは『占い部』の残ったメンバーと帰宅するということになっていたのだが。
「帰りは一緒なのね。イグニ」
「残ったメンバーはアリシアだったのか」
他にもいたらしいが、みんな先に帰ってしまい残ったのはアリシアだけ。
それにちょっとだけ敵意を見せるリリィ。
馬車は6人乗りで、イグニを挟むようにリリィとアリシアが座った。
目の前にはヴァリア先輩とミル会長。そして、最後にサラである。
こうしてロルモッド魔術学校に向かって出発した馬車であったが、イグニと同じように徹夜をしたサラが最初に眠ってしまい、体調不良と言っていたヴァリア先輩とリリィも同じくらいのタイミングで寝た。
そして最後に残ったミル会長も、そのままウトウトとし始めたタイミングでイグニは小声でアリシアに話しかけた。
「アリシア」
「……ん」
こっそりイグニの腕に抱き着いていたアリシアも、小声で返す。
「海辺でさ」
「うん」
「3年だけって言ってたけど」
アリシアは無言。
タイムリミットはすぐにでも来てしまうだろう。
だから、
「それが嫌だったら、俺を頼ってくれ。何とかするから」
アリシアはイグニの言葉にそっとほほ笑んで。
「……ありがと」
と、笑顔でそう言った。




