第3-30話 疑問から始まった
「じいちゃん! 『術式極化型』って何なの!?」
それは、『魔王領』で修業を始めたばかりのイグニが抱いた疑問だった。
『術式極化型』という音の響きはカッコイイ。
カッコイイが、それがなにかという話になるとイグニは何も理解できていなかった。ルクスも基本的に説明しなかったからだ。
「何か、と聞かれると困るのぉ」
「じいちゃんでも分からないの!?」
「ワシでも、というより多くのやつが分かっておらん。あくまでも、理論上の存在じゃからな」
「理論上……」
「『属性特化型』に近しいからの。そこからの推測で良ければ話すが」
「教えてよ! 俺知りたいよ!!」
「うむ。ならば聞け。『属性特化型』はその名の通り1つの属性にしか適性がない。その代わり、他の魔術師と比べてその属性の適性が著しく高く……魔法にたどり着く者も多いという」
「魔法!?」
イグニは目を輝かせた。
「そうじゃ。頭の中を全部その属性に特化させとるんじゃ。そりゃあ、そうなるじゃろうて」
「はぇー! 凄いんだ!」
「うむ。すごい。やつらは中規模魔術で大規模魔術や天災魔術と渡り合う。と、言ったら凄さが分かるかの?」
「え! えっ!? そんなことができるの??」
「できる。少なくとも、『属性特化型』の連中はそうして戦っておる」
「じゃあ、『術式極化型』ってのは?」
「『術式極化型』は頭の中をたった1つの術式に極化させておる。故に、『属性特化型』を遥かに上回る力を発揮できる……と、考えられるの」
「じゃあ小規模魔術で天災魔術を撃ち破れるの!?」
「できるかも知れん」
ルクスはそれに関しては歯切れが悪かった。
単純に誰も確認したことがないので細かいことが言えないだけだが、イグニは「じいちゃんも歳だからなあ」と考えた。
「でも、じいちゃん。俺、どうやったら『ファイアボール』を強くできるかな? どんなに頑張っても『ファイアランス』みたいにモンスターの堅い甲殻を突き破れないし、『ファイアウォール』みたいに魔術から自分を守ったりできないんだ」
「そうかの? ワシはお前の術式はとても扱いやすいように見えたが」
「えっ!? そうなの!!?」
「うむ。しかし、ここでワシが教えてもつまらんの。よし、イグニ。ワシがお前に魔術を見せてやろう」
「じいちゃんの魔術を!?」
「そうじゃ。分かりやすいやつを見せるから、あとは自分で考えるんじゃぞ」
「分かったよ! じいちゃん!!」
そして、ルクスはイグニに魔術を見せた。
イグニの『ファイアボール』に数多くの種類があるのは、この時にルクスから見せてもらった魔術を元にイグニが自分で生み出したものだ。
常人にはできない『ファイアボール』でも、『術式極化型』の処理能力があれば可能だった。
そうしてイグニが魔術を極める中で、ある疑問にぶつかった。
それは魔術の研究者であれば誰でもたどり着く場所。
『果たして、ファイアボールの球体とはどこまで許容されるのか?』
という疑問である。
完全なる球体というものは『ファイアボール』では作れない。
『ファイアボール』という、燃え上がる炎の塊を完全なる球体に押し込めることはできないからだ。
例えば、楕円体ならばそれでもいいのだろうか?
答えを言うならば、それは可であった。
イグニは『徹甲弾』で球体を高速回転させることで楕円体にしている。
そして『それ』は、再び疑問から始まった。
イグニが魔術の形を考える時、地面に『ファイアボール』の模式図を書いているときの疑問だった。
果たして、平面に描かれている円は球体か?
という疑問である。
物は試しとばかりに、イグニは『ファイアボール』の厚みを限りなく薄くしてみた。しかし、『それ』が完全なる円になることはなかった。この時のイグニは知らなかったが、『それ』は存在している1を0にする魔法の領域だったのだ。
だが、収穫はあった。
球体とは、円を厚みとして重ねたものであるという発見だ。
そして、円はただの直線を重ねたものであるという発見であった。
ならば、逆に球体を重ねたらどうなるのだろう?
始まりは、常に疑問であった。
――――――――――
夜風がイグニとサラをなでる。
吹き飛んだ山脈から、血液のようにどろどろとした赤い溶岩が地面に流れていく。
『天使』はただ、ロッジに向かう。
なぜロッジに向かっているのかは分からない。
もしかしたら、どこかに行きたいだけなのかも知れない。
もしかしたら、ただこの場から離れたいだけなのかもしれない。
だが、ロッジにはいるのだ。
イグニのことを、好きだと言ってくれた女の子が。
始めて出来た、友人が。
生徒会の誇らしい先輩たちが。
そして何よりも――ただ生まれてきただけでこんな状況に置かれたサラのためにイグニは動いた。
イグニの手元には『ファイアボール』があった。
『超球面』によって生み出された『ファイアボール』である。
それは、ふと見ると『ファイアボール』の中に複数の『ファイアボール』が重なり合って奇怪な形に見えた。だが、それは正しくない。4次元の構造体を人間の目でとらえると、そうなってしまうだけだ。
イグニは『術式極化型』である。『ファイアボール』以外は使えない。だが、どんな形であろうと球体なら『ファイアボール』である。
当然、4次元の球体も球体だ。
それはイグニが持ちうる第2の魔法。
『ファイアボール』を4次元構造体として3次元物体に落とし込む奇跡。
やっていることは、たったそれだけだ。
だが、高次元の物体を低次元に落とした時、それは無限を内包する。
アビスの魔法が3次元を2次元平面に落とした時に無限の広さを持ったように、
イグニの『ファイアボール』は無限のエネルギーを持った。
それは、1つの次元を0にする魔法。
『創造の奇跡』の真逆のプロセスを描く、破壊するだけの魔法。
その名は『次元の奇跡』。
イグニが“最強”と自負をする、第1の魔法の対となる魔法である。
「『発射』」
イグニはそれを天使に向かって放った。
一瞬だけ、イグニの手元が煌めいて……そして、『ファイアボール』は『天使』に直撃した。
イグニの『ファイアボール』と天使の姿が互いに干渉しあい、まるで真昼のように真っ白い光で周囲が染め上げられるとその全てを巻き込むようにして大きく球が拡大して――『天使』ごと消滅した。
それで、アビスの目論見は全て根底から破壊しつくされた。
「……は?」
海の上で何もできない男が、静かに声を漏らした。
「高次元球体。あとの説明は要らないだろ」
「……別の次元から無理やりこっちに落とし込んだ、無限のエネルギーを持った『ファイアボール』かよ。異なる無限が重なり合って……0になったってわけか」
アビスは息も絶え絶えに、いま見た現象を呟く。
「だが、おい……。それは……『魔法』だろうが」
「魔法を何個も使える魔法使いはお前だけじゃないってことだよ」
イグニは静かにアビスに告げる。
「……チッ。もう、俺の専売特許じゃねえのかよ」
「アビス、お前を逮捕する。王国に突き出してやるからな」
「…………ああ、クソ。こんなのいるなんて聞いてねえよ」
魔術はおろか、魔力切れで指一本として動かせないアビスは息を吐き出した。
腕輪が壊れ、天使を支えていた魔力が解放されたはずなのに『魔王領』としての浸食が始まらない。それもそのはず。サラからあふれ出す魔力は全てイグニに向かっていたからだ。
だが、その場にいた3人は誰もそのことに気が付かなかった。




