第3-21話 夜風と魔術師
「腕輪の調子が悪い?」
「今日の昼間に、ちょっとな」
夜、ロッジの外で夜風に当たろうと思って外に出たイグニと、タイミング良く外に出ていたアリシアが鉢合わせた。
だから、今は2人して砂浜に座って海を眺めた。
「具体的にどんな状況で調子が悪くなったの?」
「水に濡れた時だ」
「水に濡れた時?」
アリシアが問い返す。
「ああ。そうだ」
「水に濡れた時って……。魔導具の作りによるけど、あれは別に濡れても問題ないはずよ」
「なら……老朽化とか?」
「んー。そんなに古くなってるわけでもないと思うけど……」
アリシアはそう言って、少しだけ考え込んだ。
「まあ、良いわ。ここで考え込んでも答えなんて出ないし。予備の腕輪はあるのよね?」
「ああ。サラにはそっちをつけて貰ってる」
「そう。なら良いわ。ちなみにだけど、後で古くなった腕輪をちょうだい。研究部に渡して、データをとらせるから」
「悪いな、アリシア。色々とやってもらって」
「別に良いわよ。私だけじゃなくて、帝国のためでもあるんだし」
「そっか」
「喜んでたわよ。貴重なデータがとれるって」
「でも、ありがとう」
イグニはアリシアを見つめて、真正面から礼を言った。
「な、何よ。そんなに見つめて」
「感謝したかったんだ。サラがこうして、みんなと一緒に外を歩けるように手伝ってくれたことが」
「イグニ、あんた。やけにサラの肩を持つのよね。好かれてるから?」
アリシアからの問いかけに、イグニは少しだけ目をつむってから。
「似てるから、だな」
と、答えた。
「似てる? アンタとサラが?」
「ああ。似てる」
「どこが似てるのよ」
「生まれ持った体質のせいで、ちゃんと生きられないところ」
ざざ……と、波の音が間を埋めていく。
「アンタは……気にしてるの?」
「いや。今はこの体質に感謝してるよ。俺を“最強”にしてくれた体質だからな。でも、サラのは少し違うだろ?」
「そうね。アンタのと違って、あれが制御できるようになるかどうかは分からないものね」
サラは魔力を抑える訓練を行っているが、今のところ上手くはいっていない。今でも、魔力があふれ出せば立ちどころに辺り一帯を『魔王領』へと変質させてしまうだろう。
「どうして、あの子があんな所にいたのかしらね」
「先生たちは、『魔王』が拉致して……人類に対する兵器として扱ってたんじゃないかって話をしてたよ」
「ありえそうな話ね」
「だな」
『魔王』は血も涙もない極悪人だった、と言われている。
だから、人類を滅ぼすためだけに全ての大地を汚染させたのだとしても、何一つおかしな話ではない。
「ねえ、イグニはさ」
「うん?」
夜風が2人の間を抜けていく中で、アリシアが口を開いた。
「“颱”のアリシアについて、どう思う?」
「どう思う、か」
ちらり、とアリシアが少しだけ心配そうにイグニの顔をみた。
アリシアのことは、セリアと刃を交えた後で少しだけ調べた。
帝国の保有する最強の航空兵器。
適性【A】の身だが、血のにじむような努力で空を支配した魔女。
「努力家だなぁって思ったよ」
「どうして?」
「俺だって……まあ、それなりに努力はしてきたから、その辛さは分かってる。適性がAなのに、天災魔術を使えるようになるために必要な努力とかは特に」
「……イグニの適性って【F】だもんね」
「だから、アリシアのやってきた努力の大変さとか……辛さとかっていうのが、伝わってきたよ。頑張り屋なんだなって」
「うそ……」
「嘘じゃない。本当だよ」
イグニは心の底からそう思っている。
だからこそ、それはアリシアに響いた。
「……ありがとう」
アリシアがぼそっと呟く。
イグニはそれに「どういたしまして」と返した。
「ね、イグニ」
「うん?」
「イグニの話を、聞かせて」
「俺の話?」
「うん。聞きたいの」
アリシアの問いかけにイグニはモテの極意その4。――“ミステリアスな男はモテる。それで興味を引き、自己開示のできる男はさらにモテる”。を、思い出した。
「俺の生まれは……貴族だ」
「なんだか、そんな気がしてた」
まさか帝国諜報部の資料で盗み見たともアリシアは言えず、そう言った。
「でも、俺の適性は【火:F】で……『ファイアボール』も満足に使えなかったんだ」
「そうだったの? 私はてっきり、最初からあんなに強かったんだって」
「いや、弱かったんだ。それで、家を追い出されて1年間は奴隷みたいに働かされてた。そこでじいちゃん……ルクスと出会って、『魔王領』で特訓したんだ」
「それで、学校に入ったの?」
「まあな。アリシアは、どうなんだ?」
「私はね、ずっと戦場にいたの」
小さくアリシアがつぶやく。
「小さいときから、ずっと」
その大きな帽子で顔を隠して、表情が分からないようにしている。
「適性の儀で自分の才能が分かってから3年間は、ずっと空にいた。帝国の邪魔をする敵を殺すだけの仕事。魔術とかで、空から敵が攻めてくるからそれをずっと落としてた。でも、嫌だったから抜け出したの」
「それで、学校に?」
「うん。でも、姉さんが来て……。私はそれで終わりだと思ってたの」
イグニは静かに彼女の続きを待った。
「だって、姉さんは“極点”だし。イグニは強いと思ってたけど、まさか勝てるなんて思って無かったから」
アリシアがイグニを見る。
「だから、嬉しかった」
「アリシアが泣いてたから。助けなきゃ、って思ったんだ」
「それで“極点”を倒せる人なんて、いないし」
アリシアが笑いながら言う。
「俺はあの時、自分が強くて良かったって心の底から思ったよ」
「そうなの?」
「じゃなきゃ、アリシアを助けられなかったからさ」
「…………」
アリシアが深く帽子をかぶる。
「そろそろ、帰るか」
「……だ」
「どした?」
「……やだ」
アリシアがイグニの服を強く握る。
「ねえ、もうちょっとだけ」
すがりつくように、小さくアリシアが言う。
「良いよ」
月明かりに照らされたアリシアの顔が可愛くて、イグニは心臓が止まりそうになった。
「イグニは、あの聖女と結婚するの?」
「け、結婚? 急にどうした」
「気になったから、聞いてるの」
「どうだろうな。俺はまだ、結婚とか考えたことも無かったけど……おわっ!」
喋っている途中でイグニは横から強い力で押されて、砂浜に倒れてしまう。
「ちょっと、アリシア!? 何して……」
イグニがアリシアに抗議をする前に、その口がアリシアでふさがれた。
「…………」
「…………」
イグニは驚いたまま、アリシアは顔を真っ赤にしたまま、しばらくそのままで居たが、やがてアリシアから離れた。
「イグニ」
イグニの上に馬乗りになったアリシアを、月明かりが照らしていく。
「好き」
そして、ほほ笑んだ。




