第3-15話 プレゼントと魔術師
朝、イグニは誰かに頼ること無く目を覚ました。
「あれ? イグニ、今日は朝早いんだね」
「……まあな」
いつも早起きの友人からそう言われて、イグニは寝起きの頭でそう返す。
ぼさっとした髪の毛を整えて、服もいつもよりちゃんとした物を着る。
せっかくのデートにいつも着ているような制服で行くようなナンセンスさは、イグニには無かった。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
さっさと支度を終えて、出発。
どこに、とユーリは聞いてこなかった。
代わりに笑顔でイグニを見送ってくれた。
イグニは寮を後にして、大通りの噴水の前に向かった。
約束の鐘が鳴るまではかなり時間がある。
(最初っから遅刻だなんて……恥ずかしいからな)
モテの極意その2。――“余裕のある男はモテる”だ。
入学式の日には守れなかったが、デートは守る。
その失敗を活かして、次に失敗しなければいいのだ。
と、いつもよりもテンションが上がっているのは、やっぱりちゃんとしたデートというのが大きいだろう。
(よし、15分は早くついた――)
と、思って噴水の前に到着すると、そこにはもうリリィがいた
「……あ、悪い。待たせちゃったな」
「んんっ!?」
後ろから声をかけたリリィはビックリして、振り返った。
「いえ、私もいま来たところですから……っ」
ぱっと振り返ったリリィは、いつものエルフらしい恰好をしていなかった。
その代わり、まるで普通の王国の人々のような服を着ており……それが、とても似合っていた。だから、イグニは臆することなくそれを口に出した。
「可愛い……」
「えっ!?」
「リリィに似合ってるよ。その服」
「ほ、ほんとですか?」
褒められた子犬のような笑顔を浮かべてから、リリィは石畳を踏んでイグニのもとに一歩近寄った。
「いこっか」
「はい!」
イグニはリリィに歩幅を合わせてゆっくり歩く。
こんなものはモテの作法でも何でもない。
気を使える男はモテる。常識だ。
「リリィ、どこか行きたいところはあるか?」
一応、2日かけて頭の中でデートプランは練ってきた。
けれど、それだってリリィが好むかどうかは分からない。
デートの本質はお互いが楽しむこと。
イグニがどれだけ楽しめるか、イグニがリリィのことをどれだけ考えられるか、ではない。
実際にリリィがどれだけ楽しめるのかが大事なのだ。
だから、イグニはリリィにそう尋ねた。
「行ってみたい場所……は、ありますけど今はやってないと思います」
「そっか、じゃあ最初は俺の行ってみたいところでも良い?」
「はい。案内をお願いします」
モテの作法その2。――“リードする男はモテる”。
(バッチリだ……!)
イグニは1人でドヤった。
――――――――――
と、いう2人のやり取りを遠巻きに覗いている者たちがいた。
「ねえ、アリシア」
「何」
「あれ」
「何よ……。ん!?」
イリスが指さした先にいたのはイグニとリリィ。
それもいつもより何だかお洒落をしている。
「2人とも? どうしたんだ?」
「エリーナ。良いところに来たわね」
主席……ではなく、次席になってしまったエリーナは『占い』に使う水晶を選びながら尋ね返した。
3人は『占い部』への正式入部が決まったので、道具を揃えに専門店へと足を運んでいたのだ。
「あれ見てみなさい」
「……ん!?」
エリーナもアリシアと全く同じ反応をして、イグニたちを見た。
「あっ。行っちゃう……」
「追うわよ! 2人とも」
「お、追う? 本気で言っているのか??」
と、エリーナは尾行に乗り気ではなかったがイリスとアリシアに押し流されるようにしてイグニたちのデートを追いかけた。
「わっ。雑貨屋さんに入っちゃった」
「雑貨屋って……。イグニの趣味?」
と、アリシアが話を振ったのはイリス。
「知らないわよ。でも、イグニ様が雑貨に興味がありそうには思えないけど」
「私にも思えないわ」
「ちょっと失礼じゃないか? イグニだって雑貨に興味を持つことはあるかも知れないだろう……」
というエリーナの正論は黙殺された。
「……まさかリリィが最初に誘うとはね」
「こんなことなら私も誘っておけば良かったなぁ」
「アンタとイグニがデートしたってすぐに終わっちゃうでしょ」
「アリシアよりも長く続くし!」
「あー……。2人とも喧嘩はやめてくれるか」
「「…………」」
アリシアとイリスはエリーナによって静められた。
「お、雑貨屋から出てきた……みたいだ」
中から出てきたのは、とても嬉しそうな笑顔をしたリリィ。その手には袋が抱きかかえられている。大方イグニが何かをプレゼントしたのだろう。
「あ、移動する」
「まだ追うのか……?」
「エリーナ、アンタはどうしてそんなに平然としてるの?」
「不思議なことを聞くな、アリシア。私が1番なことは変わりないだろう」
「……成績じゃ次席に落ちたのに?」
そう言った瞬間、エリーナが死ぬほど落ち込み始めた。
「わ、悪かったわよ……」
――――――――――
尾行されていることなど微塵も気がついていないイグニとリリィは、屋台で甘味を買って食べ歩きをしていた。
「ほ、本当に良いんですか? おごってもらっても」
「ああ。俺、『大会』で優勝してさ。優勝賞金はそれなりに貰ってるんだ。それに」
「それに?」
「リリィの前なんだから、カッコつけさせてくれよ」
「もう……」
リリィは顔を真っ赤にして、ちょっとだけ抗議してきた。
「わっ。イグニ、見てください。錬金術師のアトリエですよ」
「興味ある?」
「はい!」
「じゃあちょっと寄ってみようか」
錬金術師は街にアトリエと呼ばれる自分の拠点を持つ。
そして、錬金術師ギルドで取り決められたルールに乗っ取って、商売を行うのだ。
中に入ると大小様々なポーションが置いてあって、その材料も置いてある。
香でも炊いてあるのか、とても良い匂いがした。
「いらっしゃい」
アトリエの主は、老人だった。
イグニたちを見て優しい笑顔でほほ笑むと、
「何をご所望ですかな?」
と、聞いてきた。
「い、いえ。私たちは見に来ただけですから」
「ゆっくり見ていってくださいな」
老人は柔和な表情で、リリィからの返答を受け取った。
「ポーション、か」
イグニはぽつりと呟いた。
「どうかしたのです?」
「いや。何でもないよ」
【生】属性の治癒魔術であらゆる傷が修復されるとは言え、魔力切れの心配が常に付きまとう魔術師たちにとってポーションは命の綱だ。
また、賢いモンスターの中には治癒師だけを優先して狙ってくるモンスターもいるらしい。そうなった時、倒れた治癒師を癒すのは治癒師ではなくポーションだ。
だが、イグニはそのどちらでもない理由でポーションを使う。
「面白そうなものは見つかった?」
デートの時まで戦うことを考えていては、何のために強くなったのか分からない。
そう思ってイグニは思考を振り払うと、リリィを見た。
「イグニ、これ見てください」
「香水か」
「ウチのはちょっと特殊でね。一時的に魔術の威力を高めたり……反対に魔術からの攻撃を弱めたりできるんだよ」
店主がイグニたちにそう教えてくれた。
「欲しい?」
「あ、いえ。ただ、珍しいなって思いまして」
「そうなの?」
「はい。森の中で暮らすエルフは匂いにも敏感なので」
「そっか。リリィはどの匂いが好き?」
「この匂いが素敵です」
「じゃあ、プレゼントするよ」
「で、でも。もう今日は2つもプレゼントをもらって……」
「俺も似合うと思ったんだ」
そう言ってイグニはリリィに香水をプレゼントした。
(プレゼント……。喜んでくれるかな?)
と、イグニは心の中で首を傾げた瞬間、何者かがイグニの心の中で語り掛けて来た。
いや、そんなもの誰かなどと言うまでもない……!
ルクスだ……!!
――――――――――
『イグニよ。もし、お前が金を持ってデートに行ったら何をする?』
『プレゼントを買うかなぁ。たくさん』
『ほう。なぜ?』
『モテるかもって』
『甘いッ!!!』
バチン!!!
『な、何で!? ビンタするようなことだった!!?』
『プレゼントをしたからモテるじゃと……? なら、この世におる金持ちの中年どもはなぜモテぬ……っ!』
『そ、それは……っ!』
『イグニ……! 認識を改めろ……! プレゼントじゃあ……モテぬッ!!』
『な、何だって……ッ!?』
イグニは今まで自分が信じてきた幻想が打ち砕かれたことによるショックで眩暈がした。
『プレゼントは……良い……ッ! じゃが、プレゼントに頼るのが……ダメ……っ! まったくもって……ナンセンス……ッ!!』
『そ、そんな……。じゃあ、プレゼントは……無駄……?』
『人の話を聞けェッ!!!』
バチン!!
『ぐおおお……』
『プレゼント自体は良いと言って居るじゃろうがッ! 問題なのはそれに頼ること……ッ! プレゼントを贈り続ければ、それは相手にとっての媚び……ッ! 媚びている相手から好かれたところで……何も嬉しくはない……ッ!! 女心とはそういうものじゃッ!! 心しろッ! イグニ!!』
『わ、分かったぜ! じいちゃん!』
『分かれば良い!!』
――――――――――
……ぷ、プレゼント……1日で2回も送っちゃったけど……大丈夫か……?
と、イグニは恐るおそるリリィを伺うと、
「……嬉しい」
リリィは喜んで受け取ってくれた。
イグニはやっぱり1人でドヤった。




