第2-23話 激突の魔術師たち
「そんなに言うなら君の力を見せてよ! イグニ君!!」
「見せてやるよッ!!」
ここは地下。『落雷』のような必殺の技は使えない。
「僕は見たいんだ。人の輝きを! 凡人のたどり着ける点を!!」
「だからクエストを受けたのか?」
「そうだよ!」
イグニの『ファイアボール』が唸りを上げて周囲のゴーレムたちを木端微塵に砕いていく。屋根を埋め尽くさんばかりに生み出された無数の『ファイアボール』が雨のように降り注ぎ、圧倒的な暴力で叩き潰していく。
「『聖女』さまなら“極点”が出てくるだろう!?」
「戦いたかったのか?」
「ああ!」
無邪気な子供のようにマリオネッタが笑う。
「だってさ。“極点”は、子供のころからの憧れだったんだ」
マリオネッタが指揮者のように手を振るうと、沸いたゴーレムたちの動きが変わる。空から降り注ぐ『ファイアボール』から味方を守るようにゴーレムが他のゴーレムたちの上に出ると、その下を駆け抜けてゴーレムたちがイグニのもとにやってくる。
「『水鞭』」
ヒュパパパ!!!
しかし、鞭のような水流がゴーレムたちを吹き飛ばしたッ!!
「やっぱり強いね。ゴーレムたちだけじゃ、勝てないな」
「マリオネッタ! 正面戦闘は苦手なんだろ!?」
「そうだよ。だから、少し搦め手を使う」
ぐるり、とイグニの視界が回った。
「平衡感覚を奪ってみたよ」
「『装焔機動』ッ!」
イグニは空に飛ぼうとしたが、バランスを崩して地面に落下する。
「やっぱり、効くね」
しかし、イグニは地面に倒れこんだまま近寄ってくるゴーレムたちを倒す。
目が回っていようが、平衡感覚を失おうが、目の前に敵がいる限りはそれを打ち払う。
それくらいの訓練は2年間で積んできた。
「『装焔:集束弾』」
イグニの詠唱で生み出された『ファイアボール』の中が無数の『ファイアボール』で埋まる。
それは『散弾』に似て非なるもの。
「『爆発』ッ!!」
ズドドドドドドドッ!!!!!
地震のような爆撃音!
親たる『ファイアボール』の爆発によって周囲に飛び散った『ファイアボール』が爆発していくッ!!
「周囲が分からないからって全方向爆撃に切り替えた? おじさんドン引きなんだけど……」
「シィッ!!」
眩暈と吐き気の中で、イグニはマリオネッタに噛みつかんばかりに飛び込んだッ!!
「嘘ッ!?」
「ローズは返してもらうッ!!」
「『岩壁』!!」
ヒュドッ!!
地面から突然出現した壁がイグニとマリオネッタの間を埋める。
「『装焔』ッ!」
前方を堅い『ファイアボール』に、後方を柔らかい『ファイアボール』にッ!
「『発射』ッ!!」
キュドッ!!
マリオネッタが使った『岩壁』の中心に直撃!
『ファイアボール』がマリオネッタの防御術を突破する!!
「『ファイアボール』は初級魔術だろう!? なんで突破出来るの!!」
マリオネッタの叫びは、まさにその通りである。
「俺は極めたんだッ!!」
「負けてられるかッ! 『視界』と『聴覚』も奪うッ!!」
ぱっ、とイグニの両目と両耳から全てが奪われる。
だが、それと同時に平衡感覚が戻ってきた。
「マリオネッタ! 同時に奪えるのは2つまでだな!?」
「そうだよ。でも、2つで十分だ。僕は君たちに勝つ」
マリオネッタが返すが聴覚を奪われている現状、誰にもそれは聞こえない。
そして、マリオネッタの身体から魔力が熾った。
「『装焔:極小化』」
それをすぐさま撃ち返せるようにイグニは真後ろに魔力で出来た加速炉を生み出す。
「疑似魔法」
ドロリとした粘性の魔力があふれ出す。
「『支配の魔法』」
「2度目はありませんよ。――これが私の奇跡です」
刹那、マリオネッタからあふれ出した粘性の魔力の全てが消えた。
いや、それだけではない。
イグニたちの奪われた『視覚』と『聴覚』も戻ってきている!
「“水の極点”!」
マリオネッタの悔しそうな叫び声が吐き出される。
「海は全てを受け入れるのです」
そして、フローリアが静かに宣言した。
『魔法』とは『魔術』ではなく神たる領域に手を伸ばした術理である。
それは即ち、0から1を生み出すこと。
故に彼らは『命』を生み出し、『世界』を生み出すことが出来る。
しかし、それとは全く逆の摂理を描く『魔法使い』がここにいる。
それは神たる領域に手を伸ばした『魔術』。
1を0に出来る『魔法』である。
エルフの剣士は速度を求めて『過程』を消した。
ならば、彼女は。
「私の『魔法』は『奇跡』を消します」
『結果』を消せる。
フローリアの言葉にマリオネッタが後ずさる。
「クララやセリアのように連発できず、準備にしばらく時間がかかるのが難点ですが……マリオネッタ。貴方の行動は全て予測できました。だから、タイミングが合わせやすい」
海は全てを許容する。
無限のような広さと深さを持って、慈愛のごとく全てを飲み込み希釈する。
故に1を無限に分解し続けることにより、限りなく0に近づける。よって、事象を無かったことに出来る彼女の魔法は『海の奇跡』。
若くして、その実力を認められた人類の到達点たる“極点“へと手を伸ばした魔術師は1人ではない。
“水の極点”フローリア。
人呼んで『海のフローリア』。
複雑怪奇な流体魔術を我が身のように扱える魔術師でありながら、事象の全てを飲み込み抱きしめる絶対の防御術師である。
「ふざけるなッ! 僕の魔法をそんな簡単に消せるはずがッ!!」
「『装焔:極小化』」
イグニの後方に、後光のような加速炉が生み出される。
「マリオネッタ。お前の敗因は1つだ」
ここに来るまで、イグニは何も調べなかったわけではない。
『彼我の戦力分析』。
そのためにマリオネッタのことは調べられる限り、徹底して調べあげた。
「どうして自分の得意分野で戦わなかったッ!」
「それは……っ!」
「お前の得意とするのは集団戦だろ!? 相手の軍を混乱に落とし、戦場を稲妻のような速度で支配する。だからお前は“支配”のマリオネッタのはずだ!」
イグニの言葉にマリオネッタは全てを諦めたように笑った。
2度目の『疑似魔法』は撃たない。
いや、フローリアがいる以上撃てない。
「――憧れ、だったんだ」
――キィィィィイイイイインンン!!!!
加速していく。
ひたすらに加速していく。
「イグニ君! 君が羨ましいよ! 僕には何もなかったから『ファイアボール』1つを極められた君が羨ましい!」
「俺には、これしか無かったからな」
イグニの言葉にマリオネッタは驚いたように目を見開いて、そしてほほ笑んだ。
「そうか。僕たちは……同じか」
「そうだ」
そして、亜光速まで加速した『ファイアボール』が解き放たれた。
―――――――――――――
イグニの大規模級魔術により半壊した部屋の中で、瓦礫に挟まれたマリオネッタはイグニたちによって掘り起こされた。
「やあ。助けに来てくれたのかい?」
「違う。セリアさんとクララの居場所を吐き出させるんだ」
イグニの言葉にマリオネッタは肩をすくめようとして……激しく咳をし、血が交じり痰を吐き出した。
「何だぁ。おじさん、心配してくれたのかと思ってちょっと期待しちゃったじゃないか。あの2人なら最初に飲み込んだ場所で吐き出されてると思うよ?」
「そうか。なら先を急ぎましょう。イグニ様」
「ああ。ユーリ、頼んだ」
「任せて」
端の方で傍観していたユーリが『闇の塊』を生み出す。
「イグニ君」
「なんだ?」
「どうして、そんなに強くなれたんだい?」
『闇の塊』を追いかける様にフローリアとユーリが出口に向かって歩いていく。
「目標があったからな」
「目標?」
「俺は、モテたいんだ」
「は、ははっ! ははははっ!!!」
マリオネッタは地面に寝そべったまま笑い続ける。
「君は……眩しいよ。イグニ君」
「そうか?」
「僕はおじさんだからね。君みたいにモテたいなんて言えないよ」
マリオネッタの言葉にイグニは首を傾げた。
「関係あるか? それ」
「うん?」
「男なら、何歳になったってモテたいって思うもんだろ」
イグニの頭の中にいるのはいつも憧れる祖父の姿がある。
「……笑われないかい?」
「モテるなら、笑われたっていいだろ?」
「違いない」
マリオネッタは胸元から震える手で煙草を取り出した。
「火、つけてくれない?」
「それは自分でやってくれ」
「冷たいなぁ」
「男だからな」
「ああ、なるほどね。ぶれないね、君は」
「誉め言葉として受け取っておく」
イグニは2人の後ろを追いかける様に駆けだした。




