第2-17話 『魔法使い』たち・上
3日後。
イグニはローズとの待ち合わせ場所にやってきていた。
「イグニ。本当にうまく行くのか?」
「上手く行かせるんだ」
イグニの側にいるのはエドワード。
誰かと一緒に説明した方が良いとイグニは思ったのだが、ローズはイグニの周りに女の子がいると怒るのでアリシアとイリスはダメ。ついでにユーリも100000%勘違いされるのでなし。
というわけでエドワードに白羽の矢が立ったというわけである。
「いつまでに待ち合わせとか決めているのか?」
「正午までだ」
正午の鐘が鳴ってからもう30分以上経っている。
しかし、何があったのかもしれないとイグニたちは待ち合わせ場所で待ちぼうけているというわけである。
「『聖女』さまは遅刻する人なのか?」
「……いや、しない」
少なくとも、婚約関係が結ばれていた子供時代でローズは1度も遅刻をしたことは無い。
「エドワード」
「うん?」
「お前、貴族だよな」
「あ、ああ! 名家だぞ!!」
「なら、『聖女』について情報を持ってるよな」
「……ちょっとだけなら知っているぞ!」
「教えてくれ。どこの国が狙っている」
「……分からない。数が多すぎる。だが、推測は出来るぞ!」
「流石だ」
「ほ、褒められてもうれしくないぞっ! ……おそらく、狙ってるのは『聖者協定』で回ってくる順番が後半の方の国々だろう。例えば、帝国や『アリリメニア』とかだ」
「その中で、“水の極点”に勝てるのはどれだけいる」
「“水の極点”は強いからな。……それに勝てそうなのは…………」
エドワードは頭の中で情報を組み立てる。
それこそ、彼の得意技だ。
「ああ。いるな」
そして、エドワードは手を打った。
「“殯”のセリアだ」
エドワードがそう言った瞬間、待ち合わせ場所に至る所に包帯を巻いた女性がやって来た。
「……イグニ様」
「フローリアさん!」
やってきたのは傷だらけのフローリア。
「エドワード、治療を!」
「わ、分かってる! 『治癒』」
「何があったんですか! フローリアさん」
「……ローズ様が、奪われた」
「なんだって?」
「……狙われていたんだ。『魔族』に」
「『魔族』……?」
イグニとエドワードがそろって首を傾げる。
「『聖女』さまが拉致されたんだろ!? 冗談を言ってる場合じゃ……」
エドワードの言葉をイグニは抑えた。
「その話、聞かせて下さい」
モテの作法その17。――“女性の話は最後まで聞け”。
イグニに誘われるように、フローリアは昨晩の出来事を1つ1つ話始めた。
―――――――――
時刻はイグニと極点の邂逅から12時間ほど遡る。
多くの者が寝静まった中、1人の者が宿の廊下を歩いていた。
「…………」
侵入者は提供された情報通りの部屋の扉をこじ開ける。
次の瞬間、扉に設置されていた魔術符が発火ッ!
無数の金属の棘が侵入者に突き刺さったッ!!
「……情報通りだな」
うめくようにつぶやいたのはフローリア。
当然、部屋の中にいるのは彼女だけである。
「馬鹿なやつだ。夜の宿など警戒していないはずがないだろう」
フローリアは棘によって頭を撃ち抜かれた死体を見下ろした。
傷跡からは無数の血液がこぼれていく。
侵入者は1人。
フードを深くかぶっており、性別の判別がつかない。
よほど自分の腕に自信があったのだろうか?
しかし、こうも無警戒で侵入してくるとは。
よほど、無能な侵入者だ。
死体の処理は公国に頼むとして、魔術符の再設置が面倒だとフローリアが考えた時に死体が動いた。
「……流石に警戒、不足だったな」
「……っ!?」
フローリアはとっさに魔術を発動して、死体から距離をとった。
「身代わりかっ!?」
「まさか。そんな下らないことをするわけがないだろう」
死体はフードを脱ぎ捨てると同時に抜刀。
そして、問答無用でフローリアを斬り飛ばすッ!!
しかし、侵入者の剣に伝わってきたのは水を押すような感覚。
侵入者の目に映ったのは、自らの身体を『水』へと置換することで斬撃を防いだフローリアの姿だった。
そして、それと同じくして侵入者の姿をフローリアは捉えた。
「貴様……ッ!! セリアかっ!?」
そこに居たのは『不死』の魔法使い。
ならば先ほどの無警戒もうなずける。
死なないのであれば、何に警戒することがあるのだ。
「ご名答。この部屋に『聖女』様はいないようだな」
「当り前だろうッ!」
フローリアは叫ぶと同時に、『水弾』を5つ展開ッ!!
「出て行けッ!」
フローリアの叫びと同時に5つの『水弾』が発射ッ!!
全弾セリアに命中すると、窓からセリアを往来に吹き飛ばしたッ!
「良い攻撃だな。だが、これしきの技が通用すると思うか?」
「いや、思わない」
人類として到達点にいる“水の極点”の得意とする攻撃範囲は中距離、長距離とする。すなわち、近距離は少々苦手なのだ。
「“水の極点”よ。『聖女』の居場所を教えるのなら、痛む時間が少なく済むぞ」
「諦めるのはお前の方だ、セリア。私がお前の得意とする攻撃範囲で戦うと思うのか?」
「逆に問うぞ。私がお前の得意とする位置に甘んじると思うのか?」
「思わない。だから、私だけがお前と戦うつもりはない」
フローリアが笑うと同時に、セリアは後方からの殺気を感じてとっさに剣を後方に向けた。
ギィン!!!
爆発的な金属音が響くと同時に、セリアの身体が無数に刻み込まれたッ!!
「……セリア。剣が、おろそか……になって、いますよ……」
「くはっ。これはこれはっ!」
セリアが獣のように笑うと、大きく剣を振るう。
剣による風圧で往来の露店が吹き飛んだッ!!
「クララ師匠ではありませんか」
「……1日、剣を……教えた……だけ、ですよ」
“剣の極点”は困ったように笑った。
「なるほど、2対1か。これは困ったな」
とてもそうとは思えないような獰猛な笑い。
ぞっとするような殺気を感じて、フローリアが身構える。
「しかしクララ師匠。あなたが『聖女』の側につくとは」
「ある、人……と、約束を……しまして。私、は……その『希望』に……かけよう、かと」
「……なるほど。私は師匠のことはもう少し現実主義者だと思っていましたよ」
「私は、理想……主義者……ですよ。『魔法』を見れば……分かる、でしょう」
「ははっ! それなら私も人のことは何も言えない」
お互いがお互いに夢想する『魔法』を手にした“極点”同士である。
「師匠。覚悟を」
「……覚悟?」
クララの殺気が漏れ出す。それを真正面から受けたセリアの身体が硬直する。
「ああ。そう言えば……セリア、に……使うのは……初めて、でしたね」
盲目のクララは剣を静かに構えて、笑った。
「私の剣……は、神に……至った、と……そう言われてます」
「知っていますとも! だから私はあなたに師事しに向かったのですから!」
「これが、それです」
フローリアは次の瞬間、魔法を見た。
ストン、と音を立ててセリアの首が落ちる。
瞬きする間にクララの身体が10mほど移動し、剣を振り終えている。
クララの剣筋をガードしていたはずのセリアの剣は無傷。
しかし、彼女の首だけが確実に刎ねられている。
「あなたには、何も……させませんよ」
クララがほほ笑む。
技の威力を上げるには、速さか重さを追求すればよい。
しかし、エルフという長命の種族に生まれたクララは体重を確保できなかった。
だからこそ、速さを求めたのだ。
早く、速く、ただ疾く。
剣を握るのが遅さだった。
剣を抜くのが遅さだった。
剣を振るのが遅さだった。
剣術という行為そのものが剣を鈍く、遅くしている。
故に彼女は考えた。
――ああ。最初から斬れていれば良いのに。
彼女は魔術が使えない。
だが、それを妄信し、“極点”に至るまでの狂気こそがそれを成し遂げた。
「『神に至るは我が剣』」
魔法が0から1を生み出せるのであれば、
――1を0にするのも同様に魔法である。
その『魔法』は過程を消す。
故に、その『魔法』は結果だけをもたらす。
因果も過程も無視をして、ただ斬ったという結果を押し付ける。
故にそれは、『剣の魔法』。
魔術の使えない魔法使い。
それが振るう絶対無慈悲の一撃である。




