第2-11話 修羅場の抜け方
「この女だれ?」
にこやかな笑顔の後ろにただならぬものを感じ取ったイグニは冷や汗をかきながら、本当のことを言った。
「ご、護衛対象だ……。学校のクエストで」
「私は……イグニの……恋人……だわ」
「はい?」
イグニはクララの言葉に首をかしげた。
普段なら舞い上がるところだが、今のイグニの本能はそれどころではないと叫んでいる。
ふ、触れちゃあいけないところだぜ……っ!
それは……っ!!
「恋人? イグニに??」
ローズが笑顔のままで首をかしげる。
「ああ。なるほど! そういう設定ね!」
しかし、こちらはこちらで意味の分からないことを言いだした。
「だってほら、あなたは目が見えないでしょ? で、イグニは家から追放されてる!」
「何で俺が家から追放されたこと知ってるの……?」
「私はイグニのことなら何でも知ってるわよ!」
返答になっていない返答が返ってきたが、イグニとしては黙り込まざるを得ない。
これ以上ツッコむのは危険だとイグニの防衛本能が告げたのだ。
「……設定……?」
「うん! そうよ。あなたは……きっとイグニの義妹ね! イグニが家から追放されて、あなたの家に引き取られたの。それで、目が見えないあなたを優しいイグニは連れ出して街を歩いているんだわ。それで、あなたはまだ恋人が出来たことがないから、優しいお兄ちゃんであるイグニを今日だけは恋人だと思って接してもらってるんだわ。うん、我ながら名推理ね」
なんかすごいことを言いだしたなぁ、と他人事ながらに見つめるイグニ。
「違う、わ。イグニと……私は本当の……恋人よ」
「今日だけでしょ?」
だ、駄目だ……!
この2人会話が出来てない……!!
自分のことを棚にあげるのはイグニのダメなところである。
「……本当……ですが……」
「ああ、分かったわ! あなたはどこかのお姫様か、貴族の娘ね! だから、イグニに護衛を頼んだんでしょう! 何しろイグニは大会の優勝者だし!」
「なんで大会のこと知ってんの……?」
「まあ確かにイグニは強いからカッコイイわ! それは分かるの。だから、あなたがイグニのファンになって1日だけとは言え恋人の設定で護衛を頼む理由もわかるわ! 私だってイグニの良いところはたくさん知っているからその気持ちはよく分かるのよ!」
「…………」
ローズはイグニのツッコミを無視して喋りつづける。
クララもどうすれば良いのかわからず黙り込んでしまうし。
「ローズ様、あまり勝手に動かれては困ります」
すると、馬車の中から綺麗な女の人が出てきた。
ローズっていつもあんな綺麗な人と一緒にいるのかな?
なんて首を傾げていると、
「ローズ様! その女から離れてください!!」
と、お付きの女の人がそう叫んだ瞬間。
イグニの首が掴まれて全力で後ろに引っ張られた。
「『水弾』ッ!!」
そして、街中で魔術を使ったッ!!
それに対して、イグニを後ろに引っ張ったクララは顔色一つを変えずに――。
「……鈍い」
魔術を斬った。
「……は?」
意味が分からず首を傾げるイグニ。
剣で魔術って斬れたっけ……?
「相変わらず、面倒な魔導具を持っているな……っ! クララ!!」
「……相変わらず……街中で……魔術を、使うのですね……。フローリア」
……知り合い?
「知り合いなの? クララ」
「“水の極点”です」
「なるほど」
綺麗な人だから顔と名前は覚えた。
絶対に忘れないだろう。
フローリアが魔術をぶっ放したことで往来は大騒ぎ。
蜘蛛の子を散らしたように周りの客が散っていく。
「ちょっとフローリア! イグニに当たったらどうするのよ!!」
「私が当てると思いますか?」
「万が一のことがあるかもしれないでしょ!!!!」
な、なんかよく分からないけどローズに怒られてる……。
「フローリア……こちらには……イグニが、いますよ」
「……どこで情報を手に入れたのか知らないが、ローズ様は渡さない」
「それを……決めるのは……貴女じゃ、ないわ」
そういって笑うクララの手元には、白銀に輝く一本の長剣が握られている。
『目が見えない』とは思えないほど正確にフローリアを見据えてクララは構えていた。
「さあ、『聖女』さん。あなたに……選択肢を、あげます」
「選択肢?」
イグニとローズの間にはクララとフローリアが立っている。どちらも“極点”。
こんな街のど真ん中でやりあえば、大勢に被害が出ることは避けられない。
「そう。イグニと……私が、別れる代わりに……貴女には……『アリリメニア』に来てもらう。それか……貴女は自由のまま、だけど……私と、イグニは付き合ったまま。どっち?」
アリリメニアといえばエルフの国だ。そこにローズを誘う理由はなんだ?
というか何で俺とクララが付き合ってることになってるんだ??
もしかして本当にモテ期が来ちゃった???
「い、行くに決まってるわ! 私とイグニの絆は誰にも――」
「ローズ様、嘘です」
「う、嘘!? 何が嘘なのよ! フローリア」
「イグニ様とクララが付き合っているということが、です」
「ど、どうしてわかるのよ!」
「あの人格破綻者が人と付き合えるはずがありません」
「ぐふ……っ」
勘違いして自ら流れ弾に激突しにいったイグニの心が粉砕された。
「イグニ……いまのは……私への、悪口ですよ」
見かねたクララが助けの手を差し伸べた。
「なんだ。安心したわ。まさかイグニが私以外の女の子と付き合うはずがないものね」
「………………そうですね」
フローリアは短く返す。
こういう時はあまり何も言わない方が良いと長年の経験で学んでいるのだ。
「さっさとイグニを返しなさい! アンタと付き合ってるなんて嘘よ!」
「……困り、ました。イグニを……餌にして……釣る、つもりだったの……ですが」
「……え?」
イグニはクララの言葉を問い返した。
つ、釣るって何を……?
「『聖女』の気を……一番引けるのは……イグニ、だったので……こうして、街を歩けば……釣れるだろう、と……思っていたの、ですが」
モテ期という幻想を破壊されたイグニの心は崩壊寸前。
揺らめく視界の中、イグニはモテの極意も作法も忘れてクララに聞いた。
「お、俺の身体が目的だったってこと!?」
「人聞き……悪い、ですね……」
「ま、魔術に興味があったっていうのは……?」
「そっちは……本当、です」
クララは、はっきりと答えた。
どうやらこっちは本当らしい。
「何よ! 私だってイグニの魔術に興味あるんだけど!!」
「ローズ様。別に張り合うところではありませんよ」
「むむむっ! フローリア!! あの女からイグニを離して!!」
「はい。元よりそのつもりです」
フローリアの周りに水球が出現。
3つの水球がフローリアの周りを綺麗な衛星軌道を描いて飛ぶ。
対するクララは剣を一本、右手で掴んだまま先ほどから一歩も動かない。
「ボコボコにして! イグニに手を出すとどうなるかってのを教えてあげるのよ!」
「イグニ……。私を、守って……ください。2対1は……分が、悪い……です」
彼我の戦力分析。
“極点”たる彼女がどのような計算をしたのか分からないが、クララはイグニに助けを求めた。
「ダメ! イグニ!! 守っちゃだめよ!!」
「イグニ……。お願い、します」
「イグニ!!」
クララとローズの両方からイグニを求める言葉が投げかけられる。
お、俺は……どうすれば……っ!!
心が焼き付くような感覚……!
そうだ。これは前にどこかで……!?
―――――――――
『イグニよ。モテていれば、決して避けては通れぬ道がある』
『何?』
『“修羅場”じゃ』
『それ、前も聞いたよ』
『うむ。じゃからの、おさらいじゃ。良く聞け』
『う、うん』
『ワシが若いころ、ある女とデートをすることがあった』
『それで』
『別の女と約束していたことを忘れて同じ日の同じ時間に2人の女が鉢合わせた』
『……えッ!?』
ヒリついた展開にイグニは手に汗を握る。
『じ、じいちゃんは……どうやって、解決したの……?』
『とりあえず、殴られた』
『は?』
意味が分からず首を傾げるイグニ。
『それしか……ないじゃろう……ッ!!!』
『………………』
『禁じ手は……出せんのじゃ……!!』
―――――――――
あの時は……何を言っているんだと思ったけど……っ!!
じ、じいちゃんは……正しかったんだ……!!
間違ってなかった……!!!
流石は……じいちゃん……!!!
“極点”なだけは……ある……っ!!!!
「……イグニ」
「イグニ!!」
2人の声を、静止するようにイグニは掌を2人向けた。
「分かったんだ。2人とも」
「何が……ですか?」
「やっぱりイグニには私の気持ちが伝わるのね」
クララとローズの2人を見て、イグニはドヤ顔で言った。
「俺を、撃ってくれ」
刹那、静寂が場を制した。




