第2-6話 大人のお店と魔術師
「通行証を見せろ」
「はい。どうぞ」
時刻は夕刻。
場所は公国の入り口の街『ルルテラ』。
イグニたちは門の前で止まっていた。
「馬車の中を検めてもいいか?」
「それはダメなんだ。ちょっと待ってくれよ」
ルーラは荷物の中を探ると、1つの書簡を見つけた。
「ああ、これだ。これを見たまえ」
「……なるほど」
公国を治める貴族の署名が記された紙。
そこには馬車の中を検めることなく、通すように書いてあるのだろう。
なんてことをイグニは柄にもなく考えた。
「この街には私たちエルフの協力者がいてね。今日は宿に泊まれるぞ!」
「宿ですか! やったぁ! 夜の見張りは無いんですね!!」
「ようやくぐっすり眠れるな。イグニ」
エドワードとイリスは大喜び。
しかし、
「……え。夜の見張り、無いんですね」
「どうしたの? リリィ。悲しそうな顔して」
「し、してません! むしろ喜んでいるんです!!」
ちょっとだけリリィは悲しそうな声を出した。
「またまた~。そんなこと言ってさぁ。本当はイグニくんとの時間が無くなったのが悲しいとかじゃないの?」
「違います!! ルーラ隊長の馬鹿!!」
(お、モテ期か??)
こいつの思考はいつもこれである。
「よし。入って良いぞ」
門番の一声で扉が開く。
「リリィ。フードを忘れないようにね」
「分かってますよ」
リリィとルーラ、そしてエルフの御者がフードを被った。
エルフは人目につく場所にいない。
それもこんな地方都市にエルフが出たなんて話になれば大騒ぎだろう。
そのためのフードだ。
「私は馬車を仲間のところに預けてくる。リリィは代わりに宿を見つけておいてくれるかい」
「……はい」
渋々、といった表情で頷くリリィ。
「やあ、そんな悲しい顔しなくても明日は野営だ。イグニくんとの時間はとれるよ」
「そんなんじゃないです!! もう!!」
「あははっ。じゃあ、またあとでね」
そういってルーラは馬車を連れてどこかに行ってしまった。
「じゃ、私たちは宿を探しましょうか」
「そうだな」
宿……!!
それは男女が1つ屋根の下で寝泊まりする場所……!!
そこではキャッキャウフフな展開が待ち構えているに違いない……!!!
なに?
今まで野営をしてきたって……?
違う……!! ああ、全くもって違うのだ……!!
野営で生まれるのは友情! 絆……ッ!!
お互いがお互いに守りあうという命を預けれる信頼感……っ!!
しかし、宿は違う……っ!
安心感は……ある……っ!!
ならばそこにあるのは……!
男女の関係……!!
それしかない……っ!!
「私、イグニさまと同じ部屋がいいです!」
「ダメに決まってるでしょ! 男女別ですよ」
「えーそんなぁ……」
しかし、イリスの発言はリリィに流された。
イグニは人知れず落ち込んだ。
「それにしても良い宿を取ったね」
酒場に集まって食事を取っているさなか、ルーラはそう言った。
「はい! 不審者が入ってこれないちゃんとした宿にしました!!」
そういってドヤるリリィ。可愛い。
「うん。そうかそうか」
笑顔で頷きながら麦酒をあおるルーラ。
大人だなぁ、素敵だなぁ。と思いながら果実酒を飲むイグニ。
「それにしても2人は何歳なんですか?」
「お、そこ聞いちゃう~。イリスちゃん~」
「む~。教えませんよぉ~」
ちょっと酔っているのか上機嫌なルーラ。
反対に不機嫌になるリリィ。可愛い。
「私は140歳さ。まだまだ若手だね」
「ひゃっ……!」
ルーラは他の客に聞こえないようにぽつりと言う。
100歳かぁ。全然見えないなぁ。
「こっちのリリィは20歳だよ。君たちに近いね」
「ちょっ! なんでバラすんですか!! 隊長!!」
「良いじゃないか。可愛い可愛い」
「も~隊長の馬鹿ぁ~!!」
そういって酒をあおるリリィ。
「20歳だとダメなんですか? ルーラさん」
「んー。ダメってことはないけど、私たちにとって年齢ってのは、そのまま偉さとか偉大さとかに繋がるんだよ。ほら、君たちのところにもあるだろう? 年功序列ってやつだ」
「なるほど」
「私たちは子供が生まれにくいからね。なおのこと年齢ってのが大事になってくる。リリィは私たちの里で一番若いんだよ」
「ちょっ!!! 喋り過ぎですよ! 隊長!!」
「あははっ。可愛いなぁ」
そういって2人でわちゃわちゃやり始める。
こうして見ているとなんだか姉妹みたいだ。
「まるで2人とも姉妹みたいです」
イグニが思っていることをイリスが代わりに言ってくれた。
「あはは。私たちは家族みたいなものだよ。仲良しだからね!」
「隊長~」
もう酔っているのかべろべろになってルーラに抱き着くリリィ。
何だこれ。
結局、その日はリリィが動けなくなるまで酔って、解散となった。
「ふぅ。良い感じだな」
酔いがギリギリ回らないほど飲んだイグニは上機嫌でベッドに腰掛けた。少し離れた場所にはエドワードが座っている。
「……イグニ」
「どうした、エドワード」
「……ここには、僕たちしかいない」
「あ、ああ。そうだな」
急にどうした?
「あのうるさいお目付け役どもも、だ。イグニ、お前の周りにもいない」
「うん?」
「……いかないか」
「ど、どこに……!?」
「『お店』だ」
「ま、まさか……っ!?」
イグニの頭がフル回転。
アルコールで鈍りつつあった頭が冷や水をかけられたように冷静になった。
「そうだ……っ! 『えっちなお店』だ……っ!!」
「え、『えっちなお店』……っ!!!」
『えっちなお店』ッ!!!
それは人類最古の職業といっても過言ではない……!
需要と供給がある限り、そこに必ず職業が存在する……!!
ならば……3大欲求という大きな需要を満たすための職業も、必ず存在する……!!
それこそまさに……!!
『えっちなお店』!!
「イグニ。これはチャンスだ。僕たちが大人になるための……!!」
「……っ!!!!!」
イグニは首を縦に振ろうとした瞬間、頬の痛みがそれを止めた。
……っ!
こ、この痛みは……っ!?
―――――――――
あれは、新しい服を買いに街に出かけた時だった。
『じ、じいちゃん! あのお店は……!?』
『うん? ああ、風俗店か』
『な、何あのお店……!』
『えっちなことをする店じゃ』
『……っ!! お、俺行きたい!!』
バチン!!!!
『痛ったッ!?』
『喝ッッッツツツ!!!!!』
『うるさっ!?』
『イグニ! あのお店は上級者じゃッ!!!!』
『じょ、上級者!? なんで!!? お金を払えばいいんじゃないの!!?』
バチン!!!!!
『甘い! 甘すぎる……!! 何も考えておらん……!!』
『……っ!?』
『考えろ、イグニ。お前と同じ考えをした男がこの世に何人いると思う……! 何人があのお店にお世話になっていると思う……!』
イグニは少し考えて、その数字の大きさに気が付いた時、震えた。
『い、いっぱい……!』
『そうじゃっ!! つまり、あのお店の女は男に慣れておる……っ! 初心者が男慣れした女を落とせるか!? モテると思うか!!?』
『そ、そんなのやってみないと……!』
バチン!!!
『勇気と無謀は違うッ! 今のお前が『ヘルスパイダー』に挑むようなものじゃっ!!』
『……っ!? 俺、死ぬの!!?』
『……死ぬ』
『ッ!!!』
イグニは恐ろしさに震えた。
『イグニ、お前が行くときは十分に自信と実力を身につけた時だけじゃ』
『わ、分かったよ……! じいちゃん!!』
―――――――――
……まだ、だ。
今の俺は……まだまだ……っ!!
弱小……! 貧弱……!
負けは……避けられない……っ!!!
負け確に挑むのは……! 無謀……!!
勇敢では……ない……っ!!
「……エドワード」
「どうした? イグニ」
「俺はまだ……行けない」
「そ、そうなのか?」
「ああ……。まだ、死ねないんだ……」
その言葉で何かを察した様子のエドワード。
「そ、そうか。お前にも色々あるんだな……」
「誘ってくれたのに悪いな」
「いや、良いさ。僕も我慢するよ」
「ふっ」
「ははっ」
宿の夜。
男女の仲は深まらなかったが、男たちの友情は深まった。
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